BIRTHDAY
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
4.
都大会ベスト4の称号を手にし、同時に関東大会への切符も手にした。
もう充分だろう、俺は言うこと聞かねぇ部員たちを相手に良くやった。
もちろんまだ為すべきことはあるが「今年の銀華は層も厚い強豪」という評判を裏付ける実績は残せた。
俺を責めるやつは誰もいないだろう。
そう思う内にいつしか俺は戯れのようにテニスをし、ストリートコートに行っては弱い奴に茶々を入れるということを繰り返していた。
そんな態度は堂本にも伝染し、ストレスを発散するかのように二人でからかい交じりのテニスを続けた。
部長と副部長がそんなザマだ、部内全体の雰囲気まで悪くなっていった。
……そうやって燻っている時に、颯爽と“あのお方”は現れた。
都大会ベスト4という輝かしい戦歴も手に入れた我がテニス部。
なのにそのレギュラーメンバーである俺らが全員、青学の1年一人にノされてしまった。
気持ち良いほどにこてんぱんだった。
そりゃもうぐうの根も出ないほどに、だ。
ただ、今までの自分までも叩きのめされたようで悔しかったからこそ思い出した。
あの絶望的な壁を前にした時、これまでの日々を走馬灯のように。
1年の時、親が昔やってたというテニスに興味を惹かれ体験入部した時、初めてボールを打った時に心が躍ったこと。
入部したはいいものの球出しと素振りと雑用しかさせてくれねぇのを恨めしく思ったこと。
憂さ晴らしにストリートコートで対戦した試合で年上の奴らにこてんぱんにやられて悔しかったこと。
その悔しさをバネに俺は真面目に鍛錬を積んだ。
その甲斐あってか2年に上がって都大会のトーナメントでS2に宛がわれ、期待された試合に勝利したこと。
ランキング戦で健闘した結果、レギュラーに抜擢されたこと。
やがて佐藤部長とヤッさんから新部長に任命されて、嬉しくて張り切っていたこと。
悔しさ、しんどさ、嬉しさ、楽しさ。
全て“あのお方”が思い出させてくれた。
唾を吐きたくなるような苦労も吹き飛ぶくらい、俺はやっぱりテニスが好きで仕方ないって気持ちを。
そして何より、いつかあのお方の隣に並んでみたいという思いも。
元来負けず嫌いだった性分までも浮き彫りにされてしまったようだ。
そう思い返していると、あのお方の横にぼんやりと浮かぶ影。
自棄になり自分を見失いかけていた中で、あいつは何故かいつも俺が好きな飴を寄越してきた。
言ったことはないはずなのに、なんでいつもあいつは絶妙なタイミングであれをくれたんだろうか。
田中の件で泣いてくれたことといい……正直、意識してしまうじゃないか。
「よし!次はラリー練習!ペア組んで開始だ!」
「げっ…今筋トレしたばっか…」
「文句あるなら辞めちまえ!」
愚痴を垂れる部員を勢いよく一喝する。
あれから練習メニューを一新し、俺たち部員は心を入れ替えて練習に励む日々が始まった。
まるで部長に就任した時のような活気が己の中に満ちているのを感じていた。
「福士!後で俺と練習試合してくれよ」
「おう、後悔すんなよっ」
田中が抜けた後の近藤はしばらく燻っているようだったが、吹っ切れたのか今は見違えるように上手くなった。
たまに俺でも思いつかないような駆け引きを見せてくれる。
近藤だけじゃなく、他の部員からも熱い闘志が伝わってくる。
次の試合のオーダーは良い意味で悩みどころだな、と嬉しく思いながらラケットをバッグから取り出していると。
「ふふ」
ボール磨きをしていた磯野が雑巾片手に嬉しそうに笑いながら近づいてくる。
意識しているせいか、つい後ずさってしまう俺。
「なっ、なんだよ」
「福士部長。おかえりなさい」
言いながらまた、ずいっと手を差し出してくる。
予感しながら手のひらを差し出すと、例の飴が乗せられて。
――瞬間、心の奥が熱くなった。
やたらと嬉しそうな表情を真正面から見れなくて、つい顔を逸らしてしまう。
そんな素っ気ないように見える態度を気にする素振りもなく、磯野は依然と笑顔で俺を見つめている。
「…も、貰っといてやる」
本当は汚ぇ手で口に入れるモン寄越すなよ、的なことを言うつもりだったが咄嗟に出てきた言葉はそれだった。
どもりながらもどうにか平常心を保ち、いつもの包みをポケットの中で握りしめる。
急激に顔が熱くなってくるのを誤魔化すように、さっきから目についていたフォームがなっていない一年の元に足を向けた。
この異常な顔の熱さは今日の日差しのせいだということにしておこう。
そうしよう。
と、フェンスの外に何気なく視線を遣ったところで、見覚えのある姿を見つける。
あれは……
「さ、佐藤部長!?」
ブレザーを着込んだその姿に一瞬他校の偵察かと思ったが、よく顔を見れば俺が知る元キャプテンだった。
慌てて走り寄る俺に気付いた佐藤部長は笑顔で手を上げて応えて。
「はは、気付かれちゃったか」
「驚き桃ノ木ですよ!いつから来てたんですか?」
「30分くらい前からかな」
「声掛けてくださいよ!」
「いや、練習の邪魔するつもりはないよ」
驚く俺に佐藤部長はフェンス越しに優しく目を細めて。
「それより福士、お前立派に部長務めてるじゃないか。一年前と顔つきが全然違う」
「えっ……」
「聞いたぞ、都大会ベスト4まで進んだって。俺の時は地区大会までしか行けなかったから…すごいよ」
「今年は良い選手が揃ってますからねー。でもそんな俺たちに育ててくれたのは佐藤部長でしたよ」
感謝してます、と続けると、ポカンと口を開けて固まる佐藤部長。
「……まさかそんなこと言われるなんて思わなかった。お前、本当に変わったな」
「あー……同じ立場に立って辛酸を舐めてきましたからね。そりゃあ感謝の一つや二つ言いたくなりますよ」
一年前の俺も他と違わず文句垂れぞうだったことを思い返し、内心で自省する。
さぞや苦労したことだろう。
けれどいつも微笑んで弱さを見せなかったこの人のことを、今では尊敬している。
そんな尊敬する人に褒められれば、嬉しくないはずがなかった。
「そうか…部をまとめて引っ張っていくのは大変だよな。けど必ず陰で支えてくれる人がいるんだ。その人がいたから俺も頑張れた」
嬉しそうに目を細めて紡がれたそんな言葉に、視線がつい磯野を探してしまう。
コートの端で汚れたボールを拭いている姿を目に留めて視線を戻すと、ニンマリ顔の佐藤部長と目が合って。
「あ……」
「ふーん。なるほどねぇ」
「…っい、いやだもう佐藤部長ったら~!あはは!」
「ははっ、部長はもうお前だろ」
不覚だった。
厳しく照り付ける太陽の元、ただでさえ暑いってのにさらに体温が上昇していく。
動揺丸出しの俺をさんざんからかって、他の部員たちにも軽く挨拶をしたのち佐藤部長は去って行った。
しばらく顔の熱が引かなかったせいで磯野や他のやつらに熱中症を疑われ、心配されてしまう羽目になってしまった時は元部長をちょっと恨んだ。
・・・・
・・・・・・・・
そして迎えた都大会準決勝。
俺はもう覚悟を決めていた。
こんなとんでもねぇルーキーを携えた青学が、俺たちの前に立ちはだかったのだ。
あのお方だけでなく、他のレギュラー陣もデータを集めれば集めるほどにその一人一人の強さに慄かされて危機感は増すばかりであった。
――……諦めた。
言いたいことは分かる。
だが俺は部長として極めて合理的な判断を下したつもりだ。
この試合は捨てだ。
俺の下した判断に、あのルーキーの実力を目の当たりにした部員たちは揃って頷いた。
どうシミュレーションしても青学には一丸となって立ち向かっても敵わない。
ここで棄権しても関東大会には出れるわけだし、今は無駄な労力を払わずに潔く降参するべきだろう。
そしてその温存した力を全力で次の対戦校にぶつけにいく。
…ヤッさんはそんな俺の提案を渋い顔しながら何も言わなかったが、懸念であったマネージャーである磯野の怒りは凄まじいものだった。
最終的には折れてくれたが、その般若と見紛う形相で連ねられた罵詈雑言はあえてここでは触れないでおく。
「ハァーーーー……銀華ぁ!!」
そして抽選会、銀華魂で気合を入れてクジを引いた。
恐れていた青学と当たることは免れたものの、立海大と当たってしまった。
ここでくるのかと、銀華中伝統の運の無さを恨んだ。
しかし都大会準決勝を棄権した手前だ。上に行くため、勿論ここで諦めるわけにはいかなかった。
磯野と堂本を引き連れ立海大へ偵察に赴き、データ収集の後、立海大に特化した練習メニューを組んで連日練習に励んだ。
さらに俺たちには心強い秘密兵器があった。
それは青学の強さの秘密。
以前青学まで偵察に行った時に、マネージャーが意気揚々と謎のドリンクを作っているのを目撃したのだ。
きっとそれが奴らの強さをさらに飛躍させるアイテムに違いないと俺は踏んだ。
そして当日、どうにか青学から例のスペシャルドリンクを入手した。
これに俺が考案した栄養配分が完璧なドリンクを合わせれば最強のドリンク“銀華三昧”の完成だ。
これでイケる!!
『ハァァーーーーッ銀華ぁ!!』
俺たちは気合を込め叫ぶと、ジョッキを勢いよく傾け、何とも言えない色をした液体を呷った。
血の滲むような努力の上にこのドリンクがあれば、俺たちは百人力だろう。
途中でスタミナが切れることもないはず。
あの立海を、俺達が追い込んでみせる!!
そして結果は………。
……………………。
………………。
………。
俺と磯野は微妙な距離を保ちながら歩いていた。
試合前に眩しい光をもたらしていた太陽は沈み始め、並ぶ影は長く伸びている。
ちらっと視線を横に遣れば、隣に並び歩く磯野。
その表情は、身長差と前髪にかかる影のせいで何とも読めない。
点滴を受けて容体が回復した俺は、ヤッさんに学校に報告はしておいたからお前も磯野と一緒に帰れと病院を追い出された。
連絡が行った親からは迎えに行くと言ってきたらしいが、応答したヤッさんに死ぬ気で断ってくれと伝えておいた。
そりゃ病院に担ぎ込まれたとなれば心配もするだろうが、どうしても譲れなかった。
だって俺はまだ、隣を歩くコイツに何も伝えてないからだ。
二人きりになれるシチュエーションをどうにか今日中に作りたかった。
マネージャーである磯野はうなされて動けない俺の代わりに他の部員に声を掛けて回っていた。
回復し、しょんぼりと病院を後にしていく部員の肩を明るく叩く背中。
迎えに来た部員の両親をヤッさんと共に申し訳なさそうに出迎える姿。
病室のドアの隙間から見えたその光景は、何とも言えない居心地悪さを俺に与えた。
それから病院を出てしばらく、俺たちはまともに会話をしてない。
多分時刻は17時過ぎくらいだろうか。
やけに眩しい夕日が俺たちの伸びる影を照らしている。
それをただ眺めながら歩く。
俺の肩で揺れるラケットバッグの音と、磯野が手に持つ鞄の中で何かがぶつかる音をBGMにして。
そして、角を曲がると途中で小さな児童公園が現れた。
住宅街に挟まれた隠れ家のようなその公園は、ベンチが2つと小さな遊具と砂場が1つあるだけで誰もいなかった。
直感した俺はここでやっと一言、声を発する。
「ちょっと座ろうぜ」
言うなり俺は磯野の反応を見ずに公園に向かい、左側のベンチに腰を下ろした。
ラケットバッグをベンチに凭れ掛かるように置いていると、磯野も右隣に腰を下ろしたのが分かる。
少し安堵する。
ここでタイミングを逃せば、もうすぐ駅に着いてしまうところだった。
少し一息ついてから切り出すことにして、言うべき言葉を反芻する。
……さてまずは、だ。
「……悪かった。迷惑かけて」
「……ううん、私は大丈夫」
意外な言葉に驚いて磯野を見ると、真剣な眼差しとかち合う。
「おっ、怒ってらっしゃらない…?」
「…だって、今回は良かれと思ってやったことなんでしょ?勝つつもりで」
「あっ、あぁ」
「だったら仕方ないよ」
そう言って磯野が柔らかく笑うもんだから、俺は狐につままれたような気持ちになる。
かなり予想外な反応だった。
泣かれるか、はたまた怒りのままに殴られるかもしれない覚悟は決めていたというのに。
ポカンと口を開けた俺のアホ面が面白いのか、磯野が笑いながら右の拳を差し出してくる。
ほら手のひら出してと促され、言われるまま左手を広げた。
すると、拳の中からバラバラと飴の雨が落ちてきた。
いつもの白いいちごの包みがたくさん。
片手でどうにかキャッチするなり、磯野が得意げに笑う。
「はい。頑張ったで賞」
「俺は小学生かよ…」
「はは、だって福士がここまで頑張ってきたの知ってるもん」
「っ…」
「お疲れ様でした、福士部長。部員代表として言うね。……ここまで連れて来てくれて有難うございました」
やたらと優しい笑みを浮かべながら、軽く頭を下げられて。
――途端、身体が震えるのと同時、目頭が熱くなってきて顔を逸らす。
……そんなの反則だろ。
まだ責められた方が楽なのに。
そうすればまだいつもの俺でいられるってのに。
その言葉で報われたと、思ってしまう。
そして急速に実感し始める。
「あぁ……終わっちまったんだなぁ…」
一言呟くと鼻の奥がツンとして、一気に視界がぼやけてきてしまった、と思う。
これまでの楽しく、苦しく、嬉しかった日々が一気に頭に雪崩れ込んできて俺を吞み込んでいく。
コイツに泣き顔なんか見られるワケにはいかねぇ。
両手を飴ごと握りながら念じる。
泣くな、泣くな泣くな泣くな泣くな。
「…っ!」
唇を噛んで耐えていると、不意に膝の上で握りしめた左手を磯野の右手がそろそろと重ねてきた。
いつもならあまりに大胆な行動をからかうところだが、生憎今は余裕がなくて。
あまりにも優しい手を振りほどけるはずもなかった。
コイツはいつもこんなタイミングで俺が欲しいものをくれる。
……確信犯かよ、タチわりぃな。
内心で毒づきながらも伝わってくる温もりに抗えず、為す術もなく溢れてくる雫。
一筋顎を伝って落ちて行けば、それを合図のように次から次へととめどなく流れていく。
俯けば地面の砂に雫が落ちて、ポツポツと水玉ができた。
……あぁだめだ、止められそうにない。
それを見たら尚のこと実感が湧いてくる。
終わってしまった。終わらせてしまった。
今の俺達なら立海に爪痕を残すくらいはできたかもしれないのに。
仲間の顔と悔しさが怒濤のように溢れてきて止まらない。
震える唇を嚙みしめる。
喉の奥がぎゅっと絞られるようだ。
鼻水を啜りながら、ただただ濁流のように押し寄せる感情をどうにか堰き止める。
その時、重ねられた磯野の握る手が強くなった気がした。
その温かさと力強さに縋るように、俺は嗚咽を堪えながら地面に雫を落とし続けた。
すっかり地面が雨が降ったように濡れた頃、途中で差し出されたタオルハンカチで顔を抑えて、静かに息を吐き出す。
……やっと落ち着いてきた。
このハンカチ、磯野が使ってる柔軟剤かなんかのいい香りと太陽の匂いがして安心してしまう。
そんな柄でもねぇことを思ってしまうのは弱ってる心のせいか、それとも……。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔を拭っていると、ふと漏れ出る声が聞こえた。
隣を見れば、磯野が左手でタオルに顔を押さえつけていた。
咽び泣いているのか、肩が震えている。
……いつかの姿と重なる。
あれは、そうだ。
田中の野郎に俺のラケットを滅茶苦茶にされた時だ。
俺の代わりに怒って泣いてくれたコイツに救われたあの日。
今度は銀華のため、そして俺のためにまた泣いている。
……本当、いいマネージャーだよ。
嬉しくなって、つい軽い笑いを零してしまう。
すると、笑い声に反応してタオルから顔を外してこっちを見る磯野。
赤い夕陽の中でも分かる。
赤い顔に、涙で濡れた赤い瞳に、赤い鼻。
「…ブッサイクになってんぞ」
「…!う、うるさいなっ、そっちこそ、人のこと言えないっ」
きっと俺も赤いであろう鼻を啜りながらからかえば、くぐもった憎まれ口が返ってくる。
そんな憎まれ口を封じ込めるには、素直な言葉しかない。
「磯野、部長として礼を言う。ここまで着いてきてくれてありがとな。お前がマネージャーで良かったよ」
ちょっと気恥ずかしさを覚えながら一気に言えば、ますます磯野が泣き出してしまって予想通りな展開にまた笑ってしまった。
やっと泣き止んだ磯野にジト目で「笑うことないじゃん」と脇腹を肘で小突かれて「イダダタタ!酷い!アタイ病人よ!?」とおちゃらければ、いつもの空気が戻る。
お互いようやく落ち着いたところで公園の時計を見上げると、時刻はもう18時を過ぎていた。
重ねていた手を離し、慌てたように帰り支度を始めようとする磯野を、これまた俺はちょっとお待ちなさい!!と引き留める。
ハテナ顏の磯野に、俺はん、っん-と軽く咳払い。
泣いてしまった後だからか気分が変に高揚していて、このまま素直に言えそうだった。
拳の中にある飴をズボンのポケットに突っ込んで、1つだけ残したそれを開いて差し出す。
「ほら」
「え?」
「俺からも頑張ったで賞だ!」
「……って、さっき私があげたやつじゃん…」
俺の手のひらに乗った1つの飴を摘まみ上げ、笑いながら言う磯野にお前はさ、と言葉を繋ぐ。
「え?」
「お前ってドジだし馬鹿だし要領は悪ぃし、たまにイライラさせられたこともあったんだけどよ」
「うっ……福士には言われたくない単語が含まれてるんだけど…」
「それでも一生懸命部のために尽くしてる姿、俺はちゃんと見てきた。俺や部員が困ってる時、さり気なくサポートに回ってくれたのも助かった」
「…そ、そっか。ありがとう」
いつになく真剣な面持ちで素直に褒められるのが恥ずかしいのか、磯野は飴の包装紙を指で弄びながら俯いている。
腹を決めた俺は、構わずこのまま突き進む。
「周りのことだけじゃなくて俺のこともちゃんと見ててくれた」
「……」
「途中部長として道に迷って、それでもゴールするまでずっと。待っててくれて嬉しかったんだぜ」
「っ……」
まだ赤い濡れた目と目が合う。
俺からそんな言葉が出るなんて信じられないといった表情だ。
でも今からもっと驚かせる言葉を言う。
「……好きだ」
「えっ…」
丸くなった目がさらに開いていくのを見ながら、顔の熱が上がってくるのを素知らぬ振りして続ける。
「お前がいたから部長としてここまで来れた。お前のおかげだ。だからこれからも俺を支えてほしい」
―――これからは俺の彼女として。
最後まで言い切ったところで、見開かれた目がすっと閉じられると、瞼にまた涙が滲んでいた。
俯いたかと思うと、握ったままのタオルをベンチに置き、左手を両手で包まれて。
「はい。……私も好きです」
最上級の笑顔で告げられた。
もちろんこれまでの態度から勝算は大いにある賭けだったが、どうだこれは。
実際に勝ってみるとどうしようもない喜びと感動が身体中を駆け巡っていく。
「初彼女ゲットだぜ…!!」
「ポケモンか私は」
「お互い経験値稼ぎ頑張ろうなッ」
「何言ってんの」
目を閉じて感慨に浸る俺を、磯野の柔らかな笑い声が包む。
初彼女……男にとってなんと甘美な響きだろうか。
いずれは磯野とあんなことやこんなことも――ってイカンイカン。
一瞬にして頭に浮かんだピンク色の想像を慌てて消し去る。
隣でこんな邪なことを考えてるなんて知られたら殴られそうだ。
必死で振り払っていると、隣で何かペリペリと音がしだした。
気付けば左手から温もりが消えている。
横を見ると、お互いの熱で少し溶けてしまった飴の包装紙を剥がし、磯野が口に放るところだった。
「この飴、福士が好きだって前に堂本あたりとポロっと話してたのを聞いてね」
「んなっ…盗み聞きだったのかよ。どうりで…」
「私も好き。これ美味しいよね」
あいつらにはお前は好みがガキっぽいと馬鹿にされたからあまり知られたくはなかったのだが。
まぁもう既に彼女となった相手に知られたところで問題ないだろう。
「…好きなものを渡すくらいしかできなかったのになぁ」
「んぁ?」
「なんでもない。……ね、福士」
――と、何か呟いたかと思えば急に腕を掴まれる。
周囲を見渡すように視線を走らせながら意を決したかのように真面目な表情を作る磯野に、何かされるのかと俺はつい身構える。
「な、何だよ」
「――そのまま動かないで」
一瞬にして近づいてくる気配に、目を閉じる間もなく。
唇を掠めた、あの甘いいちごミルクの香り。
「……」
「…なっ、…なっ…!」
「……」
「あっ、あーた、意外と大胆なのね!?」
「……私への頑張ったで賞。あれじゃ物足りなかったから」
ぽそりと赤い目元を逸らして呟く。
その破壊力に思わず俺は右手に持ったままのタオルを顔に押し付けて項垂れた。
もう降参するしかない。
「……俺も最上級の頑張ったで賞もらっちまったじゃねぇか…」
顔の熱さとともに、至福の音が含まれた言葉がつい零れる。
そんなくぐもった俺の呟きに、磯野は軽く笑いながらまた俺の左手を取って応えてくれた。
……生まれ変わった銀華魂はきっと、次世代が繋いでくれる。
そんな想いが流れてくるような温かい手のひらを、俺たちはしっかりと絡め合うのだった。
2021.6.15
HAPPY BIRTHDAY!
back
4/4ページ