BIRTHDAY
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3.
最近、どうにも福士の様子がおかしい。
正確には北条中に勝利して都大会への切符を手に入れてからだ。
最初は割と細かく部員にメニューや指示を飛ばしていた時と比べると、言い方が雑になってきた。
1年へのフォームの指導も、することはするけど乱暴なやり方が目立つ。
質問に来た1年を軽くいなして、自身は堂本と1ゲーム始めてしまうこともあった。
最低限部長としての仕事はこなしてるけど、どこか投げやりな雰囲気を感じることが増えた。
……要するに福士は荒れていた。
原因はきっと過去のトラブルのせいだと察してるけど、私はぞんざいな扱いを受けた部員へのフォロー以外何も出来ずに、ただ自身の仕事に勤しむしかない日々を送っていた。
「ちょっといい?磯野さんてテニス部のマネージャーだったよね」
「え、そうだけど」
昼休み。
お弁当が入ったミニバッグを手に屋上へ行こうとしたところで、クラスメイトの名栗さんに話しかけられて立ち止る。
どこか居心地悪そうなその様子に、いやな予感を覚えて恐る恐る聞いてみる。
「もしかして…うちの部員が何かした?」
「うん、いや、…黒髪の部長の人とさ、ドレッドヘアの人?」
「っ…うん。どうしたの?」
努めて明るく振舞おうとするけど、続く言葉が怖い。
私の顔色がみるみる悪くなっていくのが分かるからだろうか。
名栗さんはロングヘアを指で弄びながら、どこか気まずそうに続ける。
「河川敷の方にストリートコートあるじゃない?あそこに昨日帰るとき友達と通りかかったらさ……二人が女の子と言い合いしてたんだよね」
「え…」
「ちょっと観察してたんだけど、部長たちのほうが悪いみたいだった。約束したのにずっとコートを譲ってくれないみたいで。でも二人はそのキレてる女の子に逆切れしてて…」
「……」
「修羅場になってたからどうしようと思ってたんだけど、最終的には他校のテニス部の男の子が治めてくれて何とか終わったんだけどさ…」
昨日は部活が休みだった。
だけど福士は策を練るために対戦校の下調べは怠らなかったから、何だかんだ部活がなくても部室で作業していたり、私や堂本と偵察に向かうことが多かった。
昨日は部室に姿が見えなかったから、堂本と偵察に行ったのかななんて思ってた。
……浅はかだった。
「磯野さんには話した方がいいかなって一応…」
「うん、教えてくれてありがとう。助かったよ」
精いっぱい笑ってそう答えるけど、正直泣きそうだった。
そのままお弁当を持って教室を出るけど、屋上に行く気になれない。
そりゃ福士も堂本も普段から荒っぽい振る舞いはしがちだけど、今までこんなトラブルは聞いたことがなかった。
真っ白になった頭で、とぼとぼと廊下を歩きだしてしばらく。
――あの黒髪を見つけた。
息が詰まる。
止めなきゃって思う。
最低だって、何やってるのって怒らなきゃ。
肝心のアンタがここで問題起こしてどうするの。
ここでトラブルなんか起こしたら、今までの努力も我慢も水の泡になるかもしれないのに。
副部長たる堂本にも一言申したかったのにここにいないのが悔しかった。
以前よりも力が抜けたように見える背中。
上履きの踵を潰してペタペタと歩きながら、友達と何か話している。
だけど私は縫い付けられたようにその場から動けない。
声を上げたいのに、マネージャーとして何かしたいのに。
どこか覇気のない横顔を見ると胸が締め付けられて、言葉が見つからなくなってしまう。
「――!あ!磯野!これありがなー!!」
と、背後から叫び声。
振り向けば、隣のクラスの鈴木が授業前に私が貸した歴史の教科書を手に走り寄ってくるところだった。
「…って、ん?どうしたんだよお前?」
「な、何でもないよ」
「だ、だってなんか…泣きそうになってんぞ?」
笑顔を作ってるつもりだけど、そんなにひどい顔をしてるだろうか。
鈴木が気遣わし気に私を見てくるのが恥ずかしくて、とりあえず受け取った教科書で顔を隠した。
困惑しているであろう空気を一旦無視して、目を閉じてゆっくり深呼吸。
…………よし、少し落ち着いた。
教科書を離して、今度こそ安心させるために笑って見せて。
「本当に大丈夫!ちょっとへこむことがあっただけ」
「そ、そうなのか?」
「うん。教科書貸した代わりに今度日本史のノート写させてよね」
「えぇ?ずるくねーかそれ?」
「ふふん。約束ね!」
鈴木のちょっとホッとしたような返しを受けて、私は教科書をミニバッグに押し込みながら踵を返す。
すると、私たちの姿を認識した福士が友達と二人でこっちを見ていた。
意を決した私はずんずんと福士の元まで歩いて行く。
一直線に自分に向かってくる私を胡乱な視線で見てくるけど、気にしない。
「な、なんだよ」
目の前で立ち止まった私を怪訝に見下ろしてくる福士に、この勢いのまま一息で言い切る。
「福士部長、私アンタが馬鹿なのは知ってるけど本物の馬鹿じゃないってことも知ってるから、待ってる!」
ポカンとしたその顏。
突然の科白にきっと意味を図りかねているんだろう。
気付かれる前に、私は予めスカートのポケットから取り出しておいたそれを福士のズボンに勝手に突っ込んだ。
「!?キャーッ!?いきなり何すんのよ!?」
カマ声で喚く声を背中で聞きながら私は走り去った。
言葉の裏に隠したのはただ“信じてる”って言葉。
やっぱり今の私に伝えられる言葉はこれが精いっぱいだった。
普段の態度は昔からちょっと横柄でムカつくこともたくさんあるけど、実は努力家で直向きで責任感が強くて。
就任した時の、あの一生懸命な銀華中テニス部部長・福士ミチルが戻ってくるって信じてる。
そんなことを思いつつ屋上への階段を駆け上がっていると、つい自嘲してしまう。
気持ちを伝える方法がいつもこれしかないことが、我ながら子供染みてて笑えてしまった。
いつだってアイツにあげられるように、スカートのポケットには入ってる。
昔から好きだって言ってたいちごミルクのキャンディが。
どうか伝わるといいな。
前を向いてほしい、足を止めないでほしい。
だって福士部長、本番はこれからなんだから。