BIRTHDAY
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1.
それは俺が部長になってしばらく経ってからの出来事だった。
夜に学校の正門からエアガンをぶっ放したやつがいるらしい、との噂が広がったのだ。
BB弾が正門の中からいくつか見つかったらしい。
もちろん、そんなもん俺には関係ないと思っていた。
ウチの生徒なのか、はたまたどこかの馬鹿がやったんだろうと。
そうやって他人ごとに考えていた俺は、授業が終わり部室に向かいながら今日の練習メニューを反芻していた。
と、部室に入る前にウチの顧問こと山之内――ヤッさんに捕まる。
「おう福士、ちょっとこっち。着いてこい」
何やら険しい顔で二つ隣の空き教室を指差し歩き出すヤッさんの後を、言われるまま着いていく。
普段あまり見ないヤッさんの表情に何か嫌な胸騒ぎを感じた。
「あのな、」
ドアを閉めると頭をがしがしと搔きながら、ヤッさんは俺に向き直る。
さっき感じた胸騒ぎが大きくなるのを感じながら、眉根を寄せて告げられた言葉は。
「――エアガンの件は知ってるな?」
ただごとではなさそうなその雰囲気から良くない話をされるだろうとは予感していた。
しかし、まさかその話題が出てくるとは思わず身体が固まる。
そんな俺の反応をヤッさんは渋い顔で見つめながら、やや言いづらそうに続ける。
「……あれな、うちの連中の仕業らしいのよ」
「!?えっ…」
「近藤と田中。…監視カメラに映ってたらしい」
思わず絶句する俺に、ヤッさんは腕を組んで項垂れる。
近藤と田中はレギュラーで、1年の時から仲良くやっていた奴らだった。
……信じられなかった。
どうして、と何かを口にする前にヤッさんが言葉を重ねてくる。
「部長であるお前に言うならまぁ…今まで以上に部員のこと気にかけてやれってとこか。ま、形式上は厳重注意ってやつなんだが、今回の件は俺はともかくお前がそこまで責任を負う必要はない。けど部活は今日から一週間停止とのお達しだ」
「――なっ、でも来週は柿ノ木中との練習試合じゃ…」
「断るしかないだろう」
思わず奥歯を噛みしめる。
部長として初めて臨む、他校との練習試合。
練習メニューだって柿ノ木中対策として少しアレンジを加えて頑張っていたところだというのに。
「ざっけんなあいつら!一体どういうつもりだよ…!!」
「おいっ、落ち着け」
頭に血がのぼり教室を飛び出そうとする俺を、ヤッさんの腕が咄嗟に引き留める。
「今回の責任は多大に俺にある」
「でもっ…、くそっ、納得いくか!」
「……お前も無関係じゃないんだ。聞くところによると理由は“部長に選ばれなかった腹いせ”だと」
「っ!?」
愕然とした。
腹いせだと?
俺の方が試合の成績もいいし、駆け引きだってうまい。
部活だってずっと真面目に出てるし、リーダーシップだって自分ではあると思っている。
実際監督や元部長に推薦されて、満場一致で選ばれたはずだ。
選ばれて当然だと思っていたのに。
ヤッさんは動揺する俺に、静かに言い聞かせるように告げた。
「お前のせいじゃない。だがまぁ…理不尽だろうがそれを受け止めにゃならんのが上に立つもんの務めってやつだ」
「っ…」
ぎっと床を睨むしかない俺に、宥めるような声が落ちてくる。
「……ちょっと厳しいことを言う。まだ成りたてで分からんだろうが、こういう理不尽なことはまたお前に降りかかってくるぞ。部をまとめて引っ張ってくってのは想像以上にしんどいんだ。けど佐藤だって散々その理不尽に耐えてきて、結果まぁ立派になった」
佐藤……前の部長の姿を思い出す。
真面目だけど弱弱しい印象のある人だった。
そんな人だから部員は佐藤部長の考える練習メニューやオーダーが気に入らないとよく文句を言ったものだ。
というのも、このテニス部は昔からなかなか良い戦績を残せずにもたついているからだ。
結局それは当時の部長の責任ということになり、歴任部長への風当たりは強かった。
その鉾先は当然監督…ヤッさんにも向かうはずなのだが、どこか飄々としていていい加減な面がありつつも的確な指導と親しみ易さのおかげか標的になることはなかった。
部長には、実際に自分も指示された内容に疑問があればよく意見していた。
困ったように宥める佐藤部長の影にあった苦労を、この時俺は初めて知った。
掴まれていた腕が離され、肩にぽんと何かが乗った。
顔を上げるとそれがヤッさんの手だということが分かって。
「まっ、いずれ分かる。お前なら背負って立てる男だと思って俺もお前を選んだんだ。だから自棄は起こすんじゃねぇ」
「……」
「……話は終わりだ。他の奴らには俺から言っといてやる。さっさと帰んな」
いつもよりもやたらと優しい声音で言いながら、ヤッさんは教室を出て行ってしまった。
扉が閉まると、握りしめた拳で壁を叩き壊してしまいたい衝動に駆られた。
……けど、だけど。
「ふぅー…」
一つ、深呼吸を吐き出した。
俺は、部長なんだ。
さっきのヤッさんの言葉を反芻しながら、佐藤部長の姿を思い出す。
一見弱弱しいけど真面目で、不貞腐れる部員をまとめて決して俺たちの前で弱音を吐かなかったあの人。
実は強い人だったあの人。
これからまたこんな理不尽なことが俺にも―――
耐えられるだろうか。本当に。
なれるだろうか。あの人みたいに。
14年生きてきた中でも理不尽な出来事なんてのはいくつかあった。
だけど組織の長として受ける痛みはこれが初めてで、不安に心が揺れる。
肩に掛けたままのラケットバッグがやたらと重く感じられて、床に落とした。
そのまま壁に立てかけて、その隣に背を預けて座り込むと、向かいの窓から差し込む光が直に当たって眩しくて目を細める。
時刻はまだ16時前くらいだろうか。
あまりの眩しさに目を開けていられないでいると、扉が開かれる音とともに何かの気配。
「福士?」
聴き慣れた声に、それがマネージャーの磯野だということが分かる。
だけど俺は、きつく目を閉じたままぶっきらぼうな言葉を返すしかなかった。
「んだよ。部活は中止だ。聞いたんだろ」
「う、うん…」
「とっとと帰んな。やることなんかねーんだから」
右腕で光を遮断しながら言う。
だけど磯野は何も言わない。
やがて何かを探る気配がしたかと思うと、「福士!」と言葉と共に何かが投げられた。
受け取り損ねて足元に転がったそれを拾う。
「ま、元気だしなよ。じゃね!」
言うなり扉が閉められたのが分かる。
袋に包まれたそれは飴だった。
白地のパッケージにいちごの絵が描いてある。
俺が昔から好きなやつだ。
日光を遮っていた片手を下ろして、しかめっ面しながら両手でその包みを開くと中から三角形の固形物が現れた。
それを口に放ると、甘酸っぱい味が口中に広がっていく。
俺が好きないちごミルク味。
あいつは知っててこれをくれたんだろうか。
そんなに落ち込んでるように見えたんだろうか、俺は。
「甘ぇ…」
舌で転がしていると、少しだけ怒りや痛みが和らいでいく気がする。
俺は明るすぎる日差しを睨みながらも、少しだけ口角を上げた。
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