ONE TWO STEP
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「よっしゃーいくぜ!!」
福士がそう喝を入れた時、握った拳に力がこもった。
いよいよここからだ。
子細は知らないがあの青学の一年生に全員が完敗したと聞いた時は驚いた。
だってうちの部員達は決して弱くないから。
それを機に練習メニューを強化・時間も増やして部員全員が毎日頑張ってきたのを、私は側で支えながらずっと見てきた。
大丈夫。
きっとあの時間は無駄にはならな―――
「棄権します、腹痛いんで…」
次の瞬間全員揃って申し出るのを見て、思わず目が点になる。
ぼとり。
持っていたペットボトルのお茶が地面に転がってこぼれた。
その後はもう怒り心頭だった。
泣いて喚いてバカなのアホなの何考えてんのって罵倒した。
だって信じられなかった。あの努力を重ねた日々は何だったんだろう。
たとえどんなに実力差があっても全力でぶつかれば良かったのに。
関東大会への切符は手に入れてるからって都大会をあっさり投げ出す姿勢が情けなかった。
まるでマネージャーとしての自分の働きごと無下にされたように思えて、悔しかったのだ。
帰りのバスで一切口を利こうとしない私に「悪かったよ…」と気まずそうに福士に謝まられて、深いため息を落とした。
それが都大会での出来事。
そして今回の関東大会。
今回の相手はあの強豪、立海大付属だった。
……「だった」と過去形なのは、私は今なぜか担架で運ばれていく部員を呆然と眺めているからだ。
何が起こったのか事情を知る部員に聞けば、何やら全員で変なドリンクを作って飲んだらあたってしまったらしい。
――眩暈がした。
と、腹を抑えながら救急隊に運ばれていく福士が、私の姿に気付いてあっ、と更に顔を青くする。
「ちっ違うんだ…!これには深い理由が…っ」
あたふたと弁明しようとする福士を冷たい視線で見下ろせば、ヒッと言葉に詰まる。
そのまま踵を返して私は試合会場に戻った。
トーナメント表を確認すると銀華は不戦敗となっていて、しばらく立ち尽くす。(もう笑うしかない)
……長かった夏が、あっけなく終わった。
翌日。
大会の後処理のために部室に行くと、ちょうど扉から出てくる福士と鉢合わせた。
無視してそのまま開けられた扉の隙間を目指して素通りしようとすると、肩を掴まれて。
「磯野っ、待ってくれよ」
「…何ッ!」
キッと睨むと、うっと狼狽える。
もう終わってしまったんだからコッチは今更弁明なんて求めてない。
福士は気まずそうに視線を逸すと、私と1歩距離を取るなりバっと頭を下げてきて。
「その、悪かったよ。これまでサポートしてくれたのにこんな結果になっちまって」
ちょっと面食らう。
返ってきたのは弁明じゃなくて真っ直ぐな謝罪だったから。
まさかあの福士が私に頭を下げてくるなんて。
「だから詫びというか労いというか…俺に出来ることがあったら何でも言ってくれ」
「えっ?」
「あっ…でも無理難題はナシでお願いしますね!」
何故か敬語で言ってから頭を上げた福士に、呆気に取られてしまう。
かなり珍しい展開に、だったら…として欲しいことを思い浮かべてみるけど、咄嗟には思いつかなくて私のこれまでの汗と涙と時間を返してくれって言うと「ごめんなさいそれは無理ですぅっ!」とやたら悲壮な声で謝られる。
「…そうだなぁ…」
後処理の仕事だって手伝ってもらうような量じゃないし、それにせっかく福士がこう言ってるんだ。
半端なお願いじゃ割にあわない。
きっと最初で最後であろうこの機会を生かさないと。
――そう考えた時、ピンときた。
「じゃあ、遊園地」
「…え」
「遊園地いきたい」
ウチだって一応強豪のテニス部。
部活漬けの毎日で、思いっきり遊びに行く暇なんてこれまで全然なかったのだ。
全て終わってしまった今だからこそ、久しぶりにはしゃぎたい気分だった。
それなりに長い付き合いの福士とだったら楽しめるって確信もある。
「遊園地…そっ、そんなんで宜しいんでございましょうか!?」
「もちろん奢ってくれるんだよね?」
「えっ…、いやぁ〜!それはもちろんでございますですとも!」
奇妙な日本語で慌てたように了承する福士に、じゃ決まりね。って私は久しぶりに軽く笑ったのだった。
……
………
そして約束した日曜日。
遊園地のエントランスにあたるここは、待ち合わせらしき人たちがあちこちに屯していた。
改札を見ればぞろぞろと同じ目的の人たちが吐き出されてくる。
そして約束の10時より15分も前に、福士が改札から姿を見せた。
かくいう私もすっかり15分前行動が身に染み付いてしまってるから、ついさっき同じ改札を通ってきたわけだけど。
「よぉ。やっぱこの時間でビンゴだったな」
「そっちこそ」
部長もマネージャーも常に時間に遅れるわけにはいかなかったから、自然と職業病のように染み付いたこの習慣。
決して悪いものじゃないけど、朝が辛いから取れてほしい。
「んげっ、もうけっこう並んでるじゃねーか」
福士は外したイヤホンをショルダーバッグにしまいながら、チケット売り場の行列に顔をしかめる。
うちらも早く並ぼうと急かしながら、今日の福士をチラチラと眺めてしまう。
いつも学ランか緑のジャージだから私服姿は新鮮だ。
ややダボっとした薄グレーのボーダーTシャツに、濃い色のデニムに、黒いショルダーバッグ、白いスニーカー。
TシャツはVネックになっているからいつもの鎖骨が見える。
そういえば襟まわりが詰まった服が苦手だと前に言ってたっけ。
ふと同じような視線を福士からも感じて、目線をあげたらふいっと逸らされた。
今日の私はといえば細めのデニムに、多少女の子らしく白いブラウス、赤いポシェット、歩きなれたパンプスといった出で立ちだった。
…べつに変じゃないよね。
列の最後尾に並びながら、部活のことだとか昨日のTVの話題だとか朝ごはんは食べたかだとか他愛もない話をしてる内にじりじりと列が進んでいって、やっと自分たちの番がくる。
福士が学割を使って乗りもの乗り放題のワンデーパスを買ってくれると、ほらよ、と手渡される。
「ありがと」
「いいんだよ。今度出る新弾諦めりゃいいだけだからな!ははっ…」
乾いた笑いを漏らした福士が言う新弾とは、遊戯王の新作カードのことだろう。
学割がきいたといっても学生にとっては安くない金額だ。
ほんの少し悪く思ったけど、まぁ約束は約束だ。
気を取り直して、代わりに精いっぱい楽しむことにする。
「さて、どこから回ろうかなー」
ゲートを潜ってゲットした園内マップをうきうきしながらチェックすると、ここから少し歩いたところに面白そうなアトラクションがある。
「これ乗りたい!」
「いいぜ。どこにあんの?」
早く早くと引っ張って目的の場所に着くと、福士は目を見開いて固まった。
宇宙船のような形をした船が、大きく左右に振れている。
そして今まさに、その宇宙船はぐるりと360度に回転した。
「ヒッ…」
「きゃーっすごいすごい!」
乗客は楽しそうな悲鳴をあげている。
それをはしゃいで見上げてから乗降口を見れば、ちょうど10人も並んでいないから次には乗れそうだ。
並ぼうと腕を引っ張るけど、福士は固まったまま動かない。
「ちょっとー、今日は付き合ってくれるんでしょ?」
「ぐっ…」
拗ねたように言えば、福士は両手を握ってしばし目を瞑った。
と、次の瞬間。
カッと目を開いてすうっと息を吸い込んで、いやな予感。
「っハァーーーッ!銀華ぁ!!………ぃよし。さぁ行くぞ!」
まさかここでそれをやられるとは。
周囲からの視線が痛い。
でもまぁ、どうやら銀華魂によって決意は固まったようだ。
福士は自ら歩いて乗降口へと歩き出した。
慌ててその後を付いていきながら、私はちょっとだけ福士を遊園地に連れてきたことを後悔するのだった。
……
………
その後、私は遠慮なく乗りたいものに福士を付き合わせた。
宇宙船に乗ったあとは、いくつかあるコースターの中でも比較的空いていたジェットコースター。
その後は、急上昇したあと落下するアトラクション。
続けて、高速で回転する空中ブランコ。
福士は絶叫するとき「△@*○=~!」みたいなよく分からない奇声を上げるから余計に楽しい。
「あー、面白かったー」
「…そう…良かったデスネ…」
福士を見ると、膝に手を付いて俯いていた。
覗き込めば少し顔色が悪い。
心ここにあらずといったその面持ちに、ちょっと無理させちゃったかなと自省した。
携帯を取り出して時刻を確認すると、ちょうど13時を過ぎたところだ。
「大丈夫?もうお昼だしちょっと休憩しよ」
「…そ、そうだな」
ちょっとホッとした様子の福士と、レストランを目指して歩く。
だけど辿り着いたレストランは混雑していたから、フリースペースのベンチとテーブルを確保してから近くの売店で買って適当に食べることにした。
私だって鬼じゃない。
食事代くらいは奢ることにして、じゃあ、と頼まれたカレーとメロンソーダ、私は焼きそばとウーロン茶を注文する。
トレーを持って福士の待つテーブルに戻ると、ありがとなって受け取るなりメロンソーダを吸い込んだ。
今日は日差しが強くて、暑い日だ。
私たちが確保した場所はちょうど日差しが当たる場所だから、早めに食べてしまおう。
暑い暑いと言いながら汗をかきかき食べてから、次に行くアトラクションを園内マップを見ながら吟味する。
後半戦の一発目は、暑いから室内にあるアトラクションに行くことにして、トレーを片付けて歩き出した時だった。
「――わっ」
「あっ!」
ばしゃん。
人にぶつかってしまった瞬間、服に冷たいものがかかった。
見ると、茶色い液体が白いブラウスを染めている。
「あ…」
「ごっ、ごめんなさい!」
知らないお姉さんが手に持っている蓋の取れたカップと匂いから、この液体がコーヒーだと悟る。
お姉さんは慌てたようにハンカチを取り出すと、私の服を必死に拭い始めた。
「本当にすみません…これシミになっちゃいますよね~…」
「えっ、いえ…」
「クリーニング代お渡ししますね…ごめんなさい」
「えっ!?いえそんな、大丈夫で――」
お姉さんがバッグから財布を取り出すのを制しようとする。
そこまでしてもらうのも悪いと思ったからだけど、福士がそんな私をさらに制するように言った。
「いいんじゃないの。貰っておきな」
「え、でも…」
「明らかにぶつかってきたそっちの過失だろ。遠慮することねぇよ」
戸惑う私に構わず、お姉さんは1000円札を私の手に握らせてきた。
「彼氏の言う通りだよ。私も貰ってくれた方が有難いから」
「えっ?じゃ、じゃあ…有難うございます」
「本当にごめんなさい」
“彼氏”という単語に引っかかりつつ、私は差し出された1000円札を頂くことにした。
お姉さんと別れてから、私は改めて自分の姿を確認してみる。
ブラウスにべったりと茶色いシミがついている。
下にもかかってるけど濃い目のデニムだからまだ良いとして、ブラウスは白いからかなり目立つ。
……どうしよう。
財布に1000円札をしまいながら落ち込む私の頭に何かが乗せられる。
見上げれば、それが福士の手だということが分かって。
「災難だったな」
慰めるように笑いながらぽんぽんと頭を叩かれて、不覚にもドキッとする。
さっきの“彼氏”という単語を意識してしまって視線を落とした。
「お前はさっきのベンチで待ってな」
そう言うと、福士はどこかに向かって歩き出してしまった。
よく分からないけど、この格好で歩き回るのも抵抗があるので大人しく座っていることにする。
そして、しばらく経って戻ってきた福士の手には謎の黒い布が握られていた。
不思議に思っている私に、福士はそれをずいっと差し出して。
「ほらよ。これに着替えとけ」
「えっ」
受け取って広げてみれば、それはここの遊園地のキャラクターと花が描かれた黒いTシャツだった。
「…買ってきてくれたの?」
「まぁな。それじゃ歩き回れねぇだろ」
「う、うん…」
驚いた。
さり気ない気づかいに、ちょっと感動してしまう。
Tシャツをまじまじと眺めながら、私は心を込めて言った。
「ありがとう。助かる」
「フッ、死ぬ気で感謝しな」
ちょっと得意げな声で言われて笑う。
早速とばかりに私はトイレを探してTシャツに着替えた。
サイズはちょうど良い。
…ちょっとダサいけど、そこは仕方ない。
応急処置として水で流して絞ったブラウスを手に元の場所に戻ると、福士は私の姿を見るなり楽しそうに笑いだした。(くそう)
「マシなの選んだつもりだけどさ、ははっ、ダセェな」
「う、笑わないでよ…。それよりコレいくらだった?」
「10円」
「何それ。そんなわけないでしょ」
ポシェットから財布を取り出そうとする手を、伸びてきた手に止められる。
えっ?と見ると、福士はまだ笑いながらもちょっと恥ずかしそうに視線を泳がせて。
「黙って受け取っとけって。ホラ俺、お前の“彼氏”らしいしなっ」
「えっ…」
“彼氏”の部分をやたら強調しながらそんな科白。
しかも赤い顔で言われたら、私にもうつってしまう。
「あ、アンタみたいなのが彼氏なんて御免なんだけど」
「なっ!そんな可愛くないこと言う彼女なんて俺だって御免だっつの!」
熱い顔で憎まれ口をきけば、同じように憎まれ口が返ってくる。
お互い赤い顔して睨みをきかせるけど、どちらともなく視線をずらして。
「…と、とりあえず行くか」
「そ、そうだね」
こそばゆい空気にお互い耐えられなくなった私たちは、仕切り直すように歩き出すのだった。
…
……
午後からは少し手加減してやり、緩めのアトラクションを中心に巡っていった。
コーヒーカップで目を回す福士に笑って、一人乗りのゴーカートに乗ればお互いムキになって競い合った。(もちろん私が勝った)
お化け屋敷では…福士の虚勢はすぐに崩れて案の定絶叫の嵐。
途中で泡を吹いて倒れかけたので慌てて叩き起こしたりと忙しかったせいで結果的に私は怖がる暇もなかった。
途中見つけたゲーセンで、私が可愛いと言ったUFOキャッチャーの小さい犬のぬいぐるみを、福士がじゃあ取ってやるって気合を入れて挑んでくれて。
取れないかと思いきや2回目でゲット出来たそれを掲げて、得意げにふんぞり返る福士に笑った。
細長く延ばされたレールの上を二人乗りの自転車で進むスカイサイクルでは、カーブに差しかかかる度に機体が傾いて、二人でギャーギャー叫んでは肝を冷やした。
そんなふうに過ごしていたらあっという間に時間が過ぎて、携帯の時刻はもうすぐ17時になろうとしていた。
「最後に観覧車でも乗ろっか」
携帯をしまいながら私は言った。
シメに何か乗って帰るならこれしかないだろう。
「おう。そうすっか」
「じゃ、行こ」
思った通り今日は福士と来て正解だった。
楽しくて時間を忘れるなんて久しぶりだったから。
夕日で赤く染まり始めた遊園地を眺めながら歩いていると、ちょっと寂しいような、名残惜しいような気持ちが沸き上がって来る。
やけに短い時間で辿り着いた観覧車の乗り場は10人程の人たちが順番を待っていた。
同じように考えてる人たちなんだろう。
最前列の人たちが写真を撮られてるのを見て、私は記念に買っておこうと思った。
もしかしたら最初で最後かもしれない、福士との写真だし。
列は徐々に進んで、やがて順番がくる。
「はーい、じゃー撮りますねー」
スタッフの人に笑顔で誘導されて、二人で寄り添ってみる。
何だか二人だけで写真を撮るのは変な感じだ。
…これって、まるでデートみたいじゃない?
ここにきて今まで意識してなかった――否、しないようにしていた単語が浮かんでしまって、顔が一気に熱くなった。
目が泳いだその瞬間にフラッシュが炊かれてしまって、内心で叫ぶ。
ちょっと待って!だってこんなの、まるでカップルみたいじゃない!?
「お写真は出口で販売してますので記念にどうぞお買い求めくださいねー」
そう促されながらやってきた観覧車に乗り込む。
そう言われても、自分がどんな顔して写ってるのか不安になってきた。
買うつもりだったけど、どうしようかな…なんて考えていると「いってらっしゃーい」と扉が閉められる。
……二人だけの静寂が訪れて変に緊張が増した。
「観覧車なんて乗るの久しぶりねぇ」
「なにそのカマ口調」
突っ込みながらも顔の熱はいっこうに引いてくれなくて、福士の顔が見れない。
誤魔化すように外の景色を眺めていると、徐々に橙に染まる遊園地の全景が見渡せる高さまで昇ってくる。
ちらっと福士を見てみると同じように窓の外の景色を眺めていて、オレンジ色に照らされた横顔がキレイだと思った。
福士って…こうして黙ってると結構かっこいいよね。
そんなことを思ってまた勝手に顔を熱くしてしまう。
ああ、何だか調子が狂いっぱなしだ。
「今日は満足できたかよ?」
ふいの問いかけに福士を見ると、試合の時に見せるような真剣な表情をしていた。
「えっ…、そりゃもう楽しかったよ!大満足!」
「そっか、そんなら良かったよ。無事に目的は達成できたってことだな」
そう言われてハッとする。
そういえばそもそも今日福士とこうしてるのは、私への贖罪のためだった。
今だって義務感で付き合ってくれているに過ぎない。
そう思うと、何だか無性に寂しさを感じた。
観覧車はちょうどてっぺんまでもうすぐのところまできていた。
でも景色を見る余裕もなく切羽詰まった感情にかられた私は、つい言ってしまう。
「楽しかったよ。だから…だから、ね、」
もう後には引けない。
両手をぎゅっと握りしめる。
きょとんとした福士の顔を真っすぐに見つめて、顔を熱くしながら私はぽそりと告げた。
「また来たいな」
「えっ…」
「……」
「…俺と?」
自らを指さす福士に私はこくんと頷く。
すると福士もみるみる顔を赤く染めていった。
あまりに今日が楽しくて、福士とこうするのがこれきりだなんて嫌だと思った。
引退して卒業しても、こうしてまた遊びたいと思う。
さらっとそう言えばいいだけなのにこんなにも照れてしまうのは、“それ以上”を意識してしまうせいだろう。
福士を“彼氏”呼ばわりしたさっきのお姉さんをちょっと恨めしく思う。
「だめなの?」
「だっ、ダメなわけねぇよ!けどっ、おま、それって本当に俺に彼氏になってほしいって思って――!?」
「なっ!んでそうなるの!違うよ!!」
「違うのかよ…」
ちょっとがっかりしたように項垂れる福士に胸がざわめく。
つい勢いで否定してしまったけど、本当は多分、それも悪くないって思い始めている。
けどそれを口に出すのも憚られて何も言えない。
ガコンと機体が揺れて、窓の外の景色からちょうどてっぺんまで来たことにやっと気づく。
地上を見下ろせば、人々や建物がミニチュアのように見える。
午前中に乗ったジェットコースターがおもちゃのように滑走していく。
私たちは擽ったい空気を誤魔化すように眼下の景色を眺めた。
「なぁ」
「ん?」
「…その、受験が終わったら次は別の遊園地に行こうぜ」
「あ…」
「けど、そんときゃ絶ッ対手加減してもらうかんな!」
紅潮した顔で拗ねたように言われて、つい噴き出してしまう。
午前中の福士の様子を思い出してしまったのと、嬉しさから。
「笑うな!」
「ははっ、ごめん。うん、だったら多少手加減してあげよう」
「多少って何だよっ」
「だってジェットコースターとか絶対乗りたいもん、私」
「~~クソッ。じゃあジェットコースターだけは付き合ってやる!それ以外の絶叫系は一人で乗ってもらうからな!」
「えー」
つまんないのー。
でも無理やり付き合わせたら今後遊園地に行ってくれなくなるかもしれないから、私は唇を尖らせながら渋々了承した。
「死ぬ気で守れよ。約束だからな」
「ふふ、本当ビビりだよねアンタって」
「うっせ!」
そんな話をしているうちに、いつの間にか終わりが来てしまった。
扉を開けられて、先に福士が観覧車を降りる。
そして振り返ると、
「ほら」
手を差し伸べられて、一瞬ポカンとしてしまうも慌ててその手を取る。
初めて取った福士の手のひらは硬くて、大きくて、少し熱かった。
「あ、ありがと」
観覧車から降りるとすぐに離されてしまった手のひらを、何だか寂しく思った。
そんなふうに思う自分にまた顔を熱くしてしまう。
ちらと見上げれば前を歩く福士の耳も、少し赤くなっていた。
出口で搭乗前に撮られた写真をチェックすると、案の定私は赤い顔で視線を逸らしてしまっていて。
アチャーと思っていると、「何で横見てんのよ」って福士に軽く笑われた。
私は写真と同じような表情で「うるさいなぁ」って言いながら、その写真を買うことにしてお金を払う。
最後なんかじゃなくて、これが私たちの始まりの1枚になる予感がしたから。
写真を買うとは思ってなかったのか福士の不思議そうな視線を感じるけど、気にしないでおいた。
「ちょうど頂きます。ありがとうございましたー」
手渡された写真は、この遊園地のキャラクターが描かれた台紙に挟まっていた。
今着ているTシャツと同じキャラだ。
気恥ずかしい思いでポシェットにしまおうとしたけど思いのほか大きくて仕舞えないから、手提げできるビニールに入れてもらった。
「んじゃ、行こっか」
「え、おお」
それを持ってあまり顔を見られないように先に歩き出すと、後から付いてくる声。
次第に並びながら、私たちはオレンジ色の空のもと駅を目指して歩く。
夕日に照らされる景色と、何やらオーダーを考えてる時のような思案顔をしながら歩いてる福士の横顔を、目に焼き付けながら。
……
…………
「わざわざ送ってくれてありがとね」
「おう。んじゃ遠慮なく貰っとくよ」
家の玄関前で、私は福士にせんべいやらクッキーやらが入った袋を渡しながらお礼を言った。
この前親戚から大量に頂いたものだ。
道中、小腹が空いたと言っていたからちょうど良いと思って。
同じ電車に乗って帰る途中、福士は途中で乗り換えのために降りる私の腕を取って「送っていく」と言ってくれた。
その言葉に甘えて私は家までの道のりを福士と一緒に歩いて帰ってきたのだけど、正直あっという間過ぎてもの寂しさを感じる。
「えと、……また明日ね」
自分で出そうとした声よりも随分暗い音が出てしまって内心しまった、と思う。
けどその瞬間、頭の上に何かがポンと乗せられて。
「おう。また明日な」
「あ…うん」
福士の手が私の頭に乗せられたのだと分かって、顔が一気に熱くなる。
今日で二度目。
一度目は忘れもしない、コーヒー事件の後。
こんなことを男子…よりによって福士にされると、余計に“彼氏”という単語を意識してしまう。
返事をしながら焦って咄嗟に俯くと、離れていく気配。
熱い顔をゆっくりを上げて離れていく福士の背を、私は玄関扉に手を掛けながら見送った。
空はもうネイビーに染まりはじめていて、夜が来る一歩手前だった。
薄暗い景色の中で分かりづらいけどもしかしたら福士の顏も赤くなってるのかもしれない、なんて勝手に想像してしまって頬が緩む。
角を曲がって姿が見えなくなってから、私は家に入って玄関先に置いていたポシェットと写真を回収してから2階の自室へ向かった。
――早速、写真を棚に立てかけておく。
その横に福士が取ってくれた小さい犬のぬいぐるみも一緒に並べておいた。
ベッドに座りながらそれを眺めていると、自然と顔が緩んでくる。
と、ポシェットの中からバイブレーションの音がすることに気付いて携帯を取り出すと、メッセージが届いていた。
開いてみると、それは。
『お前の家は覚えたからまた気が向いたら送ってやるよ。感謝しな。』
送信主の名前はもちろん―――
私たちの関係が“彼氏”と“彼女”に変わる日は、きっとそう遠くない。
確信に近いものを感じながら、私はキッカケとなったあの知らないお姉さんに今度はそっと感謝するのだった。
2021.5.8(加筆修正)
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