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今日は風が強い。
度々吹き付けてくる突風のせいで、スカートを抑えながら歩かなきゃならない。
「あーもう何でこんな風強いのー今日」
「さあ、春一番ってヤツかもな」
と、話してる間にもブワッと。
瞬間、チラッと期待を込めるように下半身を見遣ってくるミチルにさすがに呆れる。
「スケベ」
「!?なっ、」
「気付いてないわけないでしょー、いちいち見てくんなっつの」
「しょ、しょうがないだろ!男の性ってヤツだっつうの!」
こういうとき、男子は決まってこの台詞を口にする。
クラスメイトの杉本も、上り階段で友達のスカートの中を覗き込もうとしたとき、同じ台詞を言っていた。
「開き直られても・・・ったくもー」
口ではぶつくさ言うものの、まあ別に不快なわけではないんだ。
付き合って1年が過ぎているけど、まだちゃんと異性としてのトキメキを持って見てくれているんだって思えるから。
・・・・・・まあ、私たちは未だプラトニックな関係だという理由が土台にあるからだとは思うけど。
突風との戦いを続けて数十分。
やがて見慣れた一軒家が現れ、門をくぐる。
ようやっと玄関に入るなり、ミチルが私を見て噴出した。
「ブッ、マコ、髪ボッサボサだぜ」
「え、・・・あー・・・、ていうかミチルもじゃん!」
慌てて手櫛で整えながら、私も軽く噴出す。
でも髪が乱れたミチルは、それはそれでかっこいいから面白くない。
「フッ。俺のはお洒落だからいいんだよっ」
言うなり、ミチルの手が私の頭に伸びてくる。
一瞬構えるけど、その手は私の予想に反して優しく髪の毛を滑っていく。
指先で質感を確かめるかのように丁寧に撫でていくものだから、つい固まって。
口角を上げるミチルの瞳の奥に、何だかいとおしそうな感情が見て取れて、心臓が跳ねる。
私は急激に体温が上がっていくのを感じながら、視線をさ迷わせるしかない。
最近、ミチルはたまにこういうこそばゆいシチュエーションを仕掛けてくる。
少し前は逆の立場で、私が主導権を握っていたはずなのに。
でもこうやってミチルにペースを狂わされるのも悪くない。というか、嬉しい。
「うん。いいんじゃないの」
「も、もう、何がよ。お邪魔するよ?」
「あいよ、どうぞ」
「おじゃましまーす・・・」
数度目となる福士家への訪問。
今日はおばさまは、お父様の単身赴任先である千葉に、朝早くから出掛けているとのことだった。
でも夕方には戻るとのことだから、あと30分から1時間ほど待てば久しぶりにご挨拶ができるだろう。
ミチルのお母さんはキレイなのに、あっけらかんなところが楽しくて好きだ。
「飲みもん持ってくるから部屋で待ってて」
「ありがとー」
階段を上ってすぐにあるミチルの部屋にお邪魔すれば、相変わらずそれなりに整頓された部屋が広がる。
・・・・・・私の部屋よりキレイなんだよなあ。
毎度のごとく己を反省しつつ、ローテーブルの前にクッションを持ってきて、腰掛ける。
6畳ほどの広さの空間を見渡すと、あちらこちらに思い当たるものを見つける。
あれは去年、初めての誕生日に、ケーキと一緒にあげたメッセージカード。
テレビ台の隣にある背の低い棚の上に無造作に置いてあった。
そしてテレビ台の中にある籠の入れ物には、一緒にゲーセンで取ったガチャピンのキーホルダーが転がってる。
本棚に収まってるあの漫画は、私が貸しっぱなしのやつ。
ベッド下の床に落ちてるのは、先週のデートの時に買ってた、ガンダムだか遊戯王だかのカードゲームの袋。
数枚、袋から飛び出して散乱してたから戻してベッド脇のサイドテーブルに置いてやった。
カードゲームはよく分からないけど、カードのパックを選んでる時の目は試合中の時と同じくらい真剣で、こっそり噴出しちゃったんだっけ。
ミチルだけの空間だった場所に、私の物や思い出の物が増えていくのは嬉しくてくすぐったい気分になる。
・・・と、浸っている時だった。
―――ガタガタッ!
びくっとして咄嗟に窓を見る。
外で風が低く唸ってるから、窓枠がガタガタと震えている。
・・・春一番にしてはすごくない?
そんな疑問が過ぎった時、その音に混じって階段を上ってくる一定のリズムが聞こえてきた。
「はいよ、ウーロン茶と煎餅しかなかったけど」
「ああ十分だよ。そんなお構いなく」
「・・・・・・あ、ちょっとテレビ付けて」
ウーロン茶をコップに注ぐミチルに言われ、ローテーブルにあったチャンネルの電源ボタンを押す。
適当にチャンネルを変えているとNHKでお天気ニュースがやっていた。
”現在低気圧からのびる寒冷前線の影響で、全国的に強い風が吹いております。交通機関にも乱れがでており――”
「え、おばさん大丈夫かなあ・・・あ!そうだ洗濯物は?」
「おおそうだよ、取り込んどかねえと」
ミチルが弾かれたように部屋を出ていくのを見送って、なんとなくチャンネルをいくつか変えてみる。
渋谷駅の中継を見るとまさに”春の嵐”といった具合で、レポーターや通行人が突風に煽られて吹き飛ばされそうになる様子が映る。
おばさんは帰ってこられるのか心配になりつつも、私もひどくならない内にに帰った方がいいんじゃあ、と己のことも少し心配になってくる。
――プルルルルル
下の階から電話のコール音が聞こえてきたかと思えば、それはミチルがいる2階のすぐ隣の部屋からも響いてきた。
4回目のコール音が鳴り終わろうとしたところで、「もしもし」と応答するミチルの声が聞こえてくる。
「あー、・・・はいはい、取り込んどいてやったよ今さっき」
「・・・ああそう。親父は、・・・・・・ふーん」
「で、今どこよ?もうこっちにはいるんだろ?」
耳を澄ませばけっこう聞き取れてしまう会話。
くだけた話し方と会話から想像するに、相手は間違いなくお母様だろう。
勝手に聞くのもあれだし部屋のドアをちゃんと閉めてあげたほうがいいかと思って、手を伸ばしかけたその時だった。
「・・・ハア?んじゃそっち泊まってくの?」
「・・・・・・」
「あっそ分かった。・・・え、何?メシくらい何とかするって。ん、じゃあ切るよ」
――ピッ。
子機の切れる音を聞いて、私はハッと我に返る。
こんなところに立ってたら、会話を聞いてたのがバレてしまう。
いや、別に聞いてマズイような内容でもなかったんだけど・・・。
何だろう、この居たたまれなさは。
動けないでいるとドアが開いて、私は咄嗟に後ずさる。
「ん・・・?突っ立ってどうしたのよ?」
「え、いやー別に・・・」
「電話おふくろからだったんだけど、まだ千葉にいるらしくて。微妙な天気だし親父のところに泊まるってさ」
「んーそっかあ・・・会いたかったんだけどまた今度だね」
さも今初めて聞いたかのように振舞ってしまう自分にチョップを入れてやりたい気分だ。
おばさまに会えなくて残念な気持ちは本当なんだけど。
「・・・ていうか、お前ももう帰ったほうがいいんじゃないの?」
子機を片手で弄びながら、ミチルがそう問いかけてくる。
その言葉と、度々聞こえる強い風の唸り声が私の心を急かしてくる。
「その、送るぜ?」
「・・・・・・・・・そう、ね」
こんな状況なら今すぐ帰るべきだって分かってるのに、なかなか言葉が出てこない自分に焦った。
何考えてるんだろう。
もちろんもう少し一緒にいたいって気持ちはあるけど、しょうがないじゃない。
窓の外を見れば、風でざわつく木々。
空はさっきよりも少し雲が増えて薄暗くなっている気がした。
「――現在、強風の影響で特急列車などが運転を見合わせております。また、私鉄やJR線ではダイヤの乱れが――」
テレビから流れるキャスターの声を聞きながら、何気なく携帯を開く。
メールが一通届いていた。お母さんからだ。
”風強いね。早く帰っておいで”
すぐに”今から帰るよ”って返信しようかと思ったけど、どうしてか今日はそんな気になれなくて、返信画面に切り替えたところで指が止まってしまう。
・・・・・・私、何考えてるんだろう。
「おい?」
携帯片手に静止してる私を不審に思ったんだろう、ミチルが顔を覗き込んでくる。
何でもないって笑って誤魔化したいのに、どうしてかそれができない。
困惑を訴えるみたいに、ミチルの目を見つめて固まることしかできない。
「な、何だよ・・・どうした?」
ポンと頭に手が頭に載せられる。
すると、感情が弾けたように自分の素直な気持ちが溢れてきて、恥ずかしくなった。
そうだ。私は、帰りたくないんだ。
ここにいたいんだ。ミチルの傍に。
でもそれを口にする勇気が、出てこない。
俯いてるだけじゃミチルには何も伝わらないって分かってるのに。
「あの、さ」
「ん?」
「私・・・・・・・・・、」
一言、帰りたくないって呟けばいいだけなのに。
でも迷惑じゃない?断られたり、ドン引きされたらどうする?
その言葉が意味するところを思うと、気恥ずかしさも邪魔をする。それでも。
「・・・・・・か」
「・・・・・・泊まってく?」
ほぼ同時に発せられた言葉に、私は目を見開いた。
といっても私のは、ただの単語だったけれど。
ぱっと顔を上げると、ミチルはほんのり耳の辺りを赤くしながら、真剣な顔で私を見つめていた。
「えっ・・・」
「いやっ!嫌ならいいんですよ!?もちろん!!」
途端、いつものノリで慌てふためき始める。
親御さんのこともありますしね!なんて必死に取り繕っている姿を見てたら、何かとてつもなく安心して、笑えてきて。
「もーさっきまでかっこよかったのに。肝心なところはコレなんだから・・・」
「う・・・・・・でも、その、俺は本気なんですが・・・」
「うん。おばさんがいないのに、いいのかなって感じなんだけど・・・・・・でも、お世話になっていいならお世話になりたい、・・・かな」
ああ、顔が熱い。こっぱずかしくてしょうがない。
きっと今私は、16年史上最高レベルに真っ赤な顔をしているんだろう。
ミチルは私のその言葉を聞き終えるなりガバッと抱きついてきて、更に熱を上昇させてくる。
「!?ちょ、ちょちょ、」
「長かった・・・長かったぜ・・・!」
あれ?何か・・・肩が震えてる?
「いよっしゃーーあああああ!!!」
鼓膜が破裂するかと思うくらいの歓声。
そして苦しいと思うくらいの抱擁。
ミチルの歓喜っぷりに驚きつつも、また吹き出してしまう。
この1年と2ヶ月、随分我慢してくれたんだなっていうのが分かって。
部屋にいる時に何度かそういう甘い雰囲気になりかけたことはあるけど、結局タイミング悪く邪魔が入ったり、恥ずかしさのあまり私がついついいつもの調子でふざけて流してしまったり・・・して、いた。
前者はきっとミチルの不運のせいだけど、後者に関しては、私は酷なことをしてきてしまったんだなと今になって気づいて。
”ごめんね、ミチル”
なんて心の中でそっと謝りながら、私も背中に手を回して、ぎゅっと力を込めるのだった。
・・・・・
・・・・・・・・・・・・
一応友達のミカちゃんに電話してアリバイを作ってから、お母さんにはミカちゃんの家に泊まっていくと電話で伝えた。
心配していたけど意外なほどあっさりと了承してもらえて、ちょっと拍子抜けする。
万が一を考えてアリバイ作りは完璧だし、とりあえずは安心していいだろう。
・・・ほっとしたら、さっきのミカちゃんのテンションの高い声が勝手に脳内再生され始めた。
”やっとかー頑張ってね!”って、頑張るって何!!
そして声を潜めながら言われたアレ・・・
そういえば・・・・・・・・・持ってるのかな?
その疑問を意識した途端、恥ずかしさのあまり床を転げ回りたくなった。
「おーい。電話終わったかー?」
その時、階下にいたミチルの呼び声に我に返り、慌ててミチルの部屋を出た。
そういえば、もう時刻は18時を回っている。
夕食は家であるもので済ませようということで、冷蔵庫にある材料からカレーを作ることにした。
と言っても肉は冷凍の鶏肉しかなかったので、チキンカレーだ。
カレーくらい作れるぜ!って余裕ぶっこいてたミチルにまず玉ねぎと人参を切ってもらうことにしたら、案の定というかお約束と言うか。
「イッデー!」
「ちょ、大丈夫!?切った!?」
「やっちゃいました、ハイ。ついでに目も痛え・・・・・・クッソ」
幸い指先の切り傷は深くはなく、絆創膏で手当てをしてやってからはキッチンから去ってもらうことにした。
しかし味付けの段階でなにやら怪しげな調味料を入れてこようとしたので、必死に阻止。
そしてどうにか無事に完成へとこぎつけたカレーの味は・・・
「・・・まあ、普通かな」
「やっぱこの特製スパイスを加えなかったせいなんじゃないの?」
「えー、大体何が入ってんの?それ」
「ふふん。俺が独自に調合したスペシャルスパイスの全容を知りたいか?」
「へーすごいねーそんな色々入ってんだー」
「聞く気ゼロかよ!!」
そんな他愛もないやり取りをしながら食事を終え、食器を片付けていると、「洗い終わったらコンビニでも行く?」とリビングから声が投げられた。
そういえば、急なことになってしまったから色々と買わないといけない。
洗い物をあらかた片付けたところで、私たちはコンビニに向かった。
外はまだ風が強いけど、心配していた雨は降っていなかった。
おかげでスカートがめくれそうになっても両手で抑え込むことができたし(ミチルはその度になんか歯軋りしてたけど)セブンが歩いてすぐのところにあるおかげで大した被害は受けずに済んだ。
洗顔料やスキンケアセット、それから替えの下着。
それらを見繕ってカゴに入れていく。
そして目に留まってしまった以上、どうしても意識してしまう・・・棚の端に陳列している、例のアレ。
ミチルはこれを買いに来たんだろうか?
私は先にカゴに入れた物の清算を済ませてからミチルを探した。
そして飲料コーナーでドリンクを物色中のミチルを見つけるなり、シャツの裾を引っ張った。
「ん?」
「・・・・・・」
どうやって聞けばいいか分からなくて、とりあえずさっきの棚の方向をチョイチョイ指差し、そのまま付いてきてもらう。
「えっと・・・か、買わなくていいの?」
アレを指差した途端チャイムと共に人が入ってきて、慌てて指を引っ込める。
一気に顔が熱くなってきた。
「!?っあ、あああ・アレか、大丈夫だ」
「え?あ、そうなの」
「ああ・・・・・・いつかのために、その、一応・・・」
「う、ああ、そそ・そうなんだ・・・」
だから大丈夫だぜ!って親指を立ててやたら嬉しそうにポーズをキメるミチル。
ちなみにその頬は相変わらず紅潮している。
「りょ、了解・・・」
言いながら、二人してそそくさとコーナーから離れる。
ていうかミチルよりも私のほうが動揺丸出しで、なんか悔しい。
私たちは飲み物とお風呂上りに食べるアイスを買って、コンビニを出る。
強風の煽りを受けて、私とミチルが持つ買い物袋がガサガサと揺さぶられる。
その音と突風の音に負けないように、少し大き目の声で言った。
「ねー、ちょっと持ち手変えて」
「あ?何でよ?」
「いいから!」
ミチルが買い物袋を左手に持ち替えたところで、私はその右手を取った。
その手は案の定冷たくて。
「おっ、おお、おまっ・・・」
「ん?」
「なな・何でそんなに体温高いんだよ!?んな寒いのに」
「えー?ミチルが冷え症なだけっしょ」
アレを前にこれから起こることを想像して、つい体温が上がってしまったことを誤魔化す。
「まあ、ホッカイロ代わりにはなるけどな・・・」
そう言いながら、指を絡める繋ぎ方に変えてきた。
今度は私が動揺する番だった。
今日この日だからだろう、なんかミチルがやたら積極的だ。
・・・正直、幸せすぎて泣きそう。
なんて感激に浸る間もなく、急かすように容赦なく吹き付けてくる風。
軽口をたたきながら足早に家路を急いだ。
家に入って玄関にある鏡を見たら、お互いに耳の辺りが赤くてつい笑ってしまった。
・・・・
・・・・・・
ミチルがお風呂の掃除を頑張ってくれてから、一番風呂をいただくことになった。
福士家のお風呂場がどこにあるのかは話には聞いてたけど、2階の角部屋の向かいに、それなりの大きさの脱衣所と浴室があった。
「バスタオルとかはこれ使って」
「あ、う、うん」
「シャンプーも適当に使っていいから」
「うん」
「それから寝巻きはこれだ!」
やけに気合いの入った声音でずいっと渡されたのは、畳んである黒い服だった。
それは、いつも嗅いでいるミチルの匂いがした。
「ありがとう。いいの?」
「もちろんだっつーの!」
ミチルから得体の知れないワクワク感が漂ってくる。
・・・なんなの、一体。
「ほかに必要なもんある?」
「あ、大丈夫・・・」
まあミチルが変なのはいつものことだ。それよりも、なんだか緊張してきた。
そわそわしながら視線をキョロキョロさせていると、何を勘違いしたのか。
「べっべべべ別に覗きなんてしねえよ!!」
「はっ、はあ?」
「だから安心して入りやがれ!」
あ、ああ。私がそれを心配してると思ったのか。
突拍子もないことを言うもんだから呆気に取られる。
「違うそんな心配してないし!ていうかそんなことしたらDDTで浴槽に沈めるかんね!」
「ウッ・・・!」
・・・・・・なに、そのうめき声は。
これでもかと念を押してからミチルを追い出すと、何か緊張が解けた気がする。
まさか気を利かせて?・・・・・・うーん、まさかね。
服を脱いで浴室に入ると、ミチルが掃除をしてくれたからなのかとても綺麗だった。
念入りに髪と体を洗ってから、ざぶんと浴槽に浸かる。
しかも浴槽もうちのよりも大きめだから、少し足を伸ばすことができて、ちょっと贅沢な気分。
・・・・・・それにしても、ミチルの家のお風呂に自分が入ってるなんて信じられないような気分。
というか、こんな日がくると思ってなかった。
いや正確には、こんなに早くこうなるとは思わなかった。
一年経ってるんだから期間としては充分なんだけど、なんだかんだで私たちにはまだ先の出来事な気がしてた。
伸ばした足を抱え込む。
身体には全然自信がない。
出るとこ出てないし、いわゆる幼児体系だし。
まじまじと自分の身体を見ていると、勇気がだんだん萎んでくる。
いまさら逃げ出すわけにはいかないし、腹を括るしかないんだけど。
・・・・・・痛いというのもだけど、幻滅されたらって考えると、やっぱり怖いかも。
いやそっちのほうが遥かに怖い!
しばらく悶々としてると、外で風が大きく唸る音がした。
瞬間、窓の外枠がガタタッ!と大きな音を立てて軋んで、ナーバスな思考から浮上する。
――いけない。
こうしてるとまたミチルをガッカリさせてしまいかねない。
そもそも今日は私が望んでこうしてるのに。
ひとつ深呼吸して心を落ち着かせてから、湯船からあがった。
少しお湯に浸かりすぎたのか、頭がぼうっとする。
浴室から出てミチルから借りた服を広げる。
黒い無地のパーカー。
「・・・・・・?」
それだけだった。
一瞬ボトムを渡し忘れたのかと思ったけど、さっきのミチルから感じたワクワクした気配でピンとくる。
ああ・・・そういうこと。
呆れながら着てみればそれは予想通り少し大きくて、着丈なんてまるでミニのワンピースそのものだ。
お風呂上りで火照った身体には悪くないスースー感なんだけど、いくらなんでも、その・・・どうなの、コレ。
ドライヤーで髪を乾かしながら、またもや悶々としてしまう。
これじゃあ脱衣所から出るのにちょっと、いや、大分勇気がいる。(たださえスッピンだってのに!)
髪もほどよく乾いたところで顔に冷風を当てる。
こうしてると、少し気持ちが落ち着いてくるような気がするから不思議だ。
・・・・・・・・・よし、いこう。
荷物を片手に私は脱衣所のドアの引き戸を勢いよく引いて、心臓を落ち着けながら階段を下りていった。
「よう」
「!!」
足音で私が降りてくるのがわかってたんだろう、リビングのドアからミチルが顔を出していた。
心の準備をしていたつもりでも、心拍数が一気に跳ね上がる。
慌ててパーカーの裾を引き下げながら私は叫んだ。
「こンの馬鹿!これどういうつもり!?」
「・・・・・・!!クッ~~、俺は今モーレツに感動、して、いる・・・!!」
「ちょ・・・」
呆然としていたかと思えば、急に涙を流して拳を握り、何やら感無量といった様子のミチル。
色気のない私なんかでこんなに喜んでくれるなら、まあ悪くはない・・・とは思うものの!
なんたって死ぬほど恥ずかしいのだ。
「こっ、このスケベー!」
「ああそうだよ悪いか!男はみーんなスケベなんだよ!」
「なに開き直ってんのーもう!」
「否定してもしょうがねえだろ・・・!よし、いっちょ俺も風呂入ってくるぜ」
「まったくもー・・・・・・行ってらっしゃい」
「・・・覗くなよ」
階段を昇っていく途中のそんな台詞に、誰が!と返す。
はは、と笑いながらお風呂場に消えていったミチルを見送ってから、ふっと胸をなでおろす。
私をまじまじと見るミチルの視線に、お風呂で火照った身体がまたさらに熱くなってしまった。
ああ、本当に暑い、熱い。
・・・やっぱ私、緊張してるな。
落ち着かない心を静めるようにソファーでテレビを見ていると、ミチルは意外なほど早くでてきた。
男の子なんだからこれくらいが普通なのかもしれないけど。
いや、もしかしたら、実際には長い時間だったけど私が短く感じただけなのかもしれない。
リビングの入り口から背を向けるようにソファがあるから、気配は感じるけどミチルの姿は見えない。
そして私は、そこから硬直したように動けない。
そんな私にミチルはなにも言わず、キッチンのほうに向かって行ったようだ。
何だかどんな顔をすればいいのか分からなくて、ただただテレビのバラエティー番組を見続ける。
内容なんてこれっぽちも頭に入ってこないけど。
「はいよ」
「~~~!?!?」
と、急に首筋に冷たいものが当てられる。
声にならない声を上げる私を見て、濡れ髪のミチルが意地悪そうに笑う。
「もー何・・・あ!パピコ!」
「忘れてたのかよ?さっき買いに行っただろ」
「そうだったそうだった。わーい、お風呂上りのパピコ~」
少し緊張が解れて、ウキウキしながら吸い口の部分を開けようとすると、ミチルが隣に腰を下ろしてきた。
「開けられる?」
「馬鹿にすんな、これくらい開けられるよ」
二人分の重みで沈むソファに、やっぱりドギマギしてしまう。
隣の、シャンプーの匂いがするミチルを意識しながらパピコを食べる。
正直味わう余裕なんてないに等しい。
横目でちらりとミチルを見る。
髪が濡れていい匂いがするだけなのに、こんなにも普段とは違って見える。
ミチルのくせに。ミチルのくせに。どうしてそんなに大人びて見えるの。
気付けば時刻は23時を回って、テレビ番組もそれまで見ていたバラエティからニュース番組に変わった。
冷たいパピコを食べていたら寒くなってきて、片腕をさする。
と、ミチルが感づいたようでひざ掛けを持ってきてくれて。
ありがと、と受け取ろうとすると、なぜかミチルは二人分の身体にそれを広げた。
「はは。ミチルも冷えちゃったの?」
「ん、んなことねえよ」
「そんならいいけど。お腹壊さないでよ?」
ただでさえお腹が弱いミチルのことだ。
心配になって言うと「これは防止策だ」とのこと。
そう、とあまり深く考えずに言いつつ、テレビから流れるニュースにあーだこーだ意見を交わして。
内容にあまり興味がなくなってきたところで、チャンネルを変える。
すると、映画のラブシーン。よりによって、裸で絡み合っている。
「!!」
まずった。
慌ててチャンネルを変えるも、気まずいようなこそばゆい空気が漂う。
どうしてこう、タイミングが悪いんだろう。もしかしてミチルの運の無さがうつった?だとしたら最悪だ。
おかげでまた熱さが戻ってきてしまったけど、手の中のパピコはほぼ液体となって、この熱を鎮めてくれそうにはない。
やけくそ気味にちゅーっと吸い切って、ミチルにごちそうさま、と渡す。
「ああ」と受け取るミチルの顔も赤いのだろうということが想像できる。
ああもう、また顔が見れない。
「――よし。歯ー磨いてそろそろ寝るか?」
ミチルが空になった二つのパピコをゴミ箱に向かって投げながら言う。
なんでもない風な声色に目を遣ると、精一杯平静を保ってることは赤い耳でバレバレだった。
ガコンと片方は入ったものの、一方ははじき出された。
仕方なさそうにそれを身体を伸ばしてテレビの横にあるゴミ箱に捨てるミチル。
それはつまり。ミチルの部屋に行くという合図。
「う、うん・・・」
そう返した自分の声があまりにもか細くて驚く。
ああこんなんじゃダメなのに。
大丈夫って、ちゃんとしっかり言わないと。
言葉を振り絞ろうとしていると、ミチルがゆっくりと近づいてきて、つい俯いてしまう。
「その・・・、怖い?」
不安気な声。
見上げれば覗き込むように、微かに眉を寄せた顔がある。
声色通りの表情を見て、私は必死に首を横に振った。怖いといえば確かに怖い。
でも私はもう心を決めたんだ。だからここにいる。
「上行ったらもう後戻りできないぜ?今なら・・・」
「ごめん、大丈夫。本当に」
「・・・マジかよ?」
「うん。・・・怖いは怖いけど、私、ミチルのこと好きだから。だから・・・」
精一杯自分の気持ちを言葉に出して伝えてみる。
これ以上好きな人に我慢を強いたくないし、私自身も、ミチルにもっと触れたいっていう思いが湧き上がってきてる。
ミチルだから、ミチルになら、預けられるんだ。ミチルがいいんだ。
「そっか」
語尾は口ごもってしまってしまったけれど、私の思いは伝わったようだった。
唇に軽くキスをされて、頭に手をポンポンと載せられて。
「なら、上いくか」
・・・なんでこんなドキドキさせてくれちゃうんだろうか。
今日何度目になるかも分からない”ミチルのくせに”という悪態を心の中で呟く。
自然と手をつなぎなら真っ暗にしたリビングを後にして、階段を登っていく。
私よりも大きい、熱っぽい手のひらに意識が集中する。
いつもはヘタレで頼りないミチルの背中が、やっぱり何だか大人びて見える。
まさに今、大人の階段を昇っているんだな、私。なんて可笑しなことを思いつつ。
胸の鼓動を鎮めるように一段一段、踏みしめるように昇っていった。
「ま、まず歯磨きだな!よし!」
「!な、なに、その無駄な気合いの入れよう」
苦笑する私を張り切った面持ちで洗面所に連れて行くミチル。
新しい歯ブラシを出してもらって、一緒に歯を磨いて、口の周りを泡だらけにするミチルに笑って。
うがいをしてる時に「何か新婚生活みたいじゃない?」なんて冗談に盛大に噴出すミチルにまた笑った。
ムードのないこんな感じがやっぱり私たちらしいな、なんて緊張が解れたところで、腕を引かれてミチルの暗い部屋に足を踏み入れる。
カーテンの隙間から覗く月明かりで浮かび上がる、白いシングルベッド。
ドアがバタンと閉まる音を聞いて、つい唾を飲み込んでしまう。
電気は点けずに、そこに誘導されるようにおずおずと腰掛ける。
そこで掴まれていた腕が解かれ、代わりに両腕が背中に回って、きつく抱きしめられる。
私もそれに応えて、ミチルの背中に手を回した。
お互い身体が熱い上に、心臓の音がおかしいくらいに響いてきて、つい噴出す。
「なっ、なんだよ」
「ごめん。緊張してるなーと思って」
「そりゃそうだろ・・・」
「・・・・・・・・・その。優しくしてよね」
ミチルならこんなふうに頼まなくても優しくしてくれるだろう。
でも「極力努力する、としか言えねえな・・・なんせ我慢しっぱなしだったんだから」なんて、またドギマギするような返し。
それに対して口ごもっていると、ふっと抱擁が解かれる。
見上げると、ミチルの真剣な瞳が窓からの月明かりに照らされて、とてもキレイだ。
髪が濡れているからだろう、色っぽく見える。
ミチルってやっぱりかっこいいんだな、ってこんな時に再認識させられる。
上がっていく心拍数もお構いなしに顔がゆっくりと近づいてきたので、それが合図だと思って私もぎゅっと瞳を閉じた。
啄ばむような軽いキスから始まって、だんだんと深くなっていく。
肩を押されてベッドに沈みながら、余裕のない上気した顔を見て、また心臓を掴まれる。
”ミチルのくせに”って悪態をまた密かにつきながら、私は瞳を閉じてそのままミチルに身を委ねた。
・・・
・・・・・・・
ブーブー。ブーブー。
バイブレーションの音に気付いて目を開けると、カーテンの隙間から差し込んだ朝日が眩しくて、それを避けるように右に寝返りを打つ。
と、ミチルの裸の胸が目の前に飛び込んできて・・・数秒後、一気に覚醒する。
バイブレーションが止んで、うーん・・・とミチルは呻いたけど、起きる気配はなく。
再び規則正しく上下しだしたミチルの胸と、涎を垂らしながらもけっこう端正な寝顔を見つめていると、だんだん昨夜の記憶が蘇ってきて、あーとかわーとか叫びながらベッドの上をローリングしたくなってくる。
そもそも今、お互いに何も着ていないという事実が恥ずかしくて落ち着かなくてたまらない。
せめて下着はつけたい・・・ああでも、床に落ちてるのかな。
布団の下に埋もれていないか確認しようと掛け布団をそっとどかそうとしたところで、私はたまらなく驚くことになる。
「ちょ・・・!」
「ん~・・・もうちょっと寝てようぜ・・・」
急に抱きしめられて、体が密着する。
ていうか、待って、裸なんですけど!!
叫びたい衝動を必死に抑える私の気なんて露知らず、ミチルはまた夢の世界を漂いだしたみたいだ。
ど、どうしよう・・・なんて思考も数秒後には思考の隅に追いやられて、私はこのダイレクトに伝わってくる温もりを堪能することに決めた。
おでこにかかる寝息が少しくすぐったくて、見上げればすぐそこにやっぱり間抜けな寝顔がある。
つい笑いそうになって、何とか堪える。
ああ幸せってきっと、こういうことを言うんだろうな。そんなことを思うと更に顔がにやけてしまう。
ブーブー。ブーブー。
あれ、また?
サイドテーブルに置いてあるミチルの携帯が再び震えだした。
ブーブー。ブーブー。ブーブー。ブーブー。
「・・・んっ~~~、くわぁああ・・・・・・何だ、俺の?」
鳴り止む気配のない携帯に、やっと目を覚ましたミチルはのろのろと手を伸ばして、パチンとそれを開いた。
ブーブー。ブーブー。ブーブー。ブーブー。
私も一緒になって覗き込むと、電話の着信画面。しかも「母親」とでている。
つい私たちは顔を見合わせて固まる。
・・・・・・なんか嫌な予感!
『あっ、もしもしミチルー?さっきも掛けたのにさあ~ずっと寝てたんでしょ。お母さんね、もうこっち戻ってきてて今スーパーにいるのよ。お昼ごはん買って帰ろうと思ってさ。あんた何がいい?』
「・・・えっ、あ、・・・あーーー、いや、俺は今、あれ、あれだ。フレンチがすげえ食べたい気分なんだよなあ~」
「なーに寝ぼけたこと言ってんの。そんな弁当あるわけないでしょ。ハンバーグ弁当でいいわよね?』
「却下だ!つうかスーパーよりデパ地下のうまい弁当買ってきてくれよ」
「何贅沢なこと言ってんの!そんなめんどくさいことしたくないわよ」
青ざめたミチルのアイコンタクトを受けて、私は猛ダッシュで落ちていた下着を身につけ、畳んで床に置いておいたスカートやブラウスを身にまとっていく。
ミチルはこういう星の下に生まれてきたんだから仕方ないとはいえ、二人で迎える初めての朝ってやつを、本当はもっと堪能していたかった・・・なんて悔しさをかみ締めずにはいられないけど・・・!(おばさまごめん・・・)
最後にタイツを履いてる途中で、ようやく電話が終わったようだ。
ミチルは枕に顔を埋めて、深い深ーいため息をついた。
「ま、まあまあ。ミチルも早く着なよ。もうすぐ帰ってきちゃうんでしょ?」
「だぁーーーもう何なんだよ・・・俺が何したってんだ・・・!」
ミチルも初めて二人で迎える朝の余韻をちっとも味わえないままこんなことになってしまって、大分悔しがっているようだった。
気持ちが同じなことに少し気を良くしながら、私はミチルが着ていたTシャツとハーフパンツを差し出した。
漫画だったら顔に縦線が入っているだろう面持ちで、うな垂れるようにそれを身に付けていくミチル。
あのこそばゆいながらも幸せな空気は完全に霧散してしまったようだ。
――ああもう、こうなったらしょうがない。
ミチルが被ったTシャツから頭を出したと同時、私は思い切ってずいっと顔を近づける。
いくらなんでもこんな空気のまま慌しく帰るのは、申し訳なくて。
「!?なっ――、」
「昨夜はありがとね。その、幸せだったから、!」
言葉を発し終えると同時に、ぐっと唇を押し付ける。
そしてニッコリ笑って見せてから、じゃあまた!と慌しく福士家を後にした。
我ながらこれまた史上最強にこっぱずかしい台詞を発してしまって、顔が火照る。
ひんやりとした風を切りながら走っていると、幾分か火照りが引いていくような気がして、このまま駅まで走って帰ることに決めた。
去り際に見たミチルは真っ赤になってポカンとしてたけど、あの後どうしたんだろう。ちょっと反応が気にならなくもない・・・なんてことを考えてるとまた顔が熱くなってくる。いけないいけない。
ふと空を見上げればもう嵐は去ったのか、穏やかな晴天が広がっていて。
そういえばと起き抜けに見た、ミチルのちょっと間抜けな寝顔を思い出して。
思わずにやけそうになる口元を頑張って引き締めてみるけど、効果はイマイチ。
「ミチルのくせに」
私にこんな幸せをくれる人は彼をおいて他にいない。
そう心では思ってるのについ口をついて出てしまうのは、やっぱりそんな悪態だった。
2013.12.31
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