ヒミツのブーケ
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「……あれ?」
家から自転車で15分の花屋さん。
小さな店内に入ると、レジの前で見覚えのある背中を見つけて、もしかして?と期待した私はつい声をあげる。
「…!お、偶然、だな」
「うん。やっぱり福士くんだ」
福士くんは私の姿を視認するなり、気まずそうに視線をそらしてソワソワし始めた。
…その理由を店員さんが作っている花束を見て理解する。
「福士くんもあげるんだね」
「ちげーよ、親父に無理やり頼まれたんだよ。ったく」
「そっかあ、大変だね」
「まったくだぜ…」
そうぶっきらぼうに言い捨てる福士くんが微笑ましくて、つい頬が緩む。
オレンジ、ピンク、白。そしてカスミソウ。
色とりどりのカーネーションは、初夏らしい華やかさを放っている。
母の日に花を買うという行動が、男子には想像以上に気恥ずかしくて勇気がいるもんなんだと、前にお兄ちゃんやその友人から聞いたことがある。
「頼まれた」と言っていたけど、傍から見ればそんなの関係ない。
だから福士くんも恥ずかしさを堪えてここにいる。
ずっと落ち着きのない様子からそれがよく分かるから、緩みそうになる頬を必死に引き締める。
「ありがとうございましたー」
ブーケを手にそそくさとお店を出て行く福士くんを見送りつつ、私も自分の母親の分をオーダーする。
このことはきっと、友達にも話さないほうがいいんだろうな、と思いながら。
・・・・
10分ほどして会計を済ませて、鮮やかなブーケを抱いてお店を出る。
強い熱気が上からもアスファルトからも照りつけてきて、思わず顔をしかめる。
「あっつ…」
近いからと油断して日焼け止めを塗ってくるのを忘れてしまった。
ちょっと後悔しながら自転車のカゴにブーケを乗せていると、急に頬に冷気が走る。
「!!?な、何!」
「俺だよ」
「ちょ!びっくりした…!」
振り向いたら福士くんがいた。
動転してる私に、福士くんはずいっとレモンティーを突き出してくる。
その意味を瞬時に飲み込めずにポカンとしてると、
「やるよ。ありがたく受け取んな」
そう言いながら私の片手に、冷たいペットボトルを握らせてきた。
予想外の出来事に躊躇ってると、「だからだな…」と真面目な顔をして、じっと見つめてきて。
「今日のことは誰にも言わないと約束してくれ。……ください」
語尾の哀願するような切ない響きを聞いて、一拍おいて私は盛大に笑い出した。
笑われるのは想定内だったのか、苦い顔で私の手にあるペットボトルを奪い返したかと思うと、フタを開けてまた握らせてくる。
「あは、はは、これ飲めば契約成立ってことね」
「ああそうだよ!ホラさっさと飲みな!」
「……どうしよっかな~」
「…じゃあ飲ませてやろうか?」
その申し出に、言葉通りの映像が頭を過ぎってブンブンと首を振る。
おかげで身体の熱が上がって、まんまとレモンティーで身体を冷やすはめになった。
しかも言い出した福士くんまでなんか赤い顔でポカリ飲んでるのはどうしてなのか。……やっぱり面白い人だ。
私が2口飲んだのを見届けて、福士くんは満足そうに頷いて、友達に向けるいつもの笑みを見せてくれる。
「約束だからな。死ぬ気で守んな!」
「うん。死ぬ気で守ります!」
今度こそ私は笑顔で威勢よく答えてみせた。
だってこれは、二人だけのヒミツだから。
2010.5.9
back
1/1ページ