スタート
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卒業式が終わって、解散となって。
私は友達の吉田に、人気のない体育館裏に連れて来られた。
そして、何?って私の不審がちな視線を、逸らさずに見つめて言われたのだ。
「あの、俺さ、お前のこと好きっぽい」
スタート
時間が止まったような錯覚を打ち壊すように、ざあっと温い風。
風に飛ばされた迷子のような花びらが一片、目の前を横切っていった。
「ちょ……本気?」
「…うん、ごめん。大マジ」
「……ありがとう。…でもごめん」
視線を落として、そう言うのが精一杯だった。
吉田はずっと私の憧れていた人だった。
リーダーシップがあって、何事にも一生懸命。
正直者で裏表がなくて、勉強もバスケもできるし、お笑いのセンスだって抜群だ。
…だから動揺してしまう。
ずっと欲しかった言葉だったのに、どうして今なんだろう。
喜べるはずだったのに、もう遅いよ。
「そ、っか。そういうと思ってた」
力ない声。でもその掌が卒業証書が入った筒を強く握るのを、ただ複雑な思いで見つめる。
「…ごめん」
「お前の好きな奴ってアイツだろ?テニス部の部長だった…」
つい驚いてしまって顔を上げると、吉田は薄く苦笑していた。
どうやら、感づかれていたらしい。
「……やっぱな。わかったよ。ごめんな急に」
苦笑を苦痛に歪めながら背を向けて去っていく吉田に、つい目頭が熱くなる。
大好きだった。1年の時からずっと想い続けてた、初恋の人だった。
…なのに、なのに。全然振り向いてくれなかったくせに、どうして今になってなんだろう。
胸が苦しくなって、深呼吸する。
吉田の背中がとうとう角を曲がって見えなくなってしまっても、私は深呼吸を繰り返していた。
それでも、やばい、景色がぼやけていく。
慌ててブレザーの裾で拭って、その場にしゃがみこんだ。
一年くらい前までは、吉田にめげずにアタック続けてたのに。
…どうして、いつの間にこんなにも福士くんにもってかれちゃったんだろう、私の心は。
……
…………
………………
鼻をすすって空を見上げると、薄い空に白い雲がいい感じに混ざり合っていて。
眩しいその空を、心の整理がつくまでぼんやり見上げていると…どこからか、ボールを打つ音が聞こえてきた。
聞きなれたその音に、私の聴覚は敏感に反応する。
そして自然と立ち上がり、私は居ても立ってもいられずに歩き出し、ついには駆け出す。
テニスボールとラケットのガットが、ぶつかり合う音。
こっそりフェンス越しに見てきた、あの姿が脳裏に浮かぶ。
3年で初めて同じクラスなった。なのに、あまり話したことはない。
属しているグループが違ったから、理由でもなきゃ話もできなかった。
友達と盛り上がるその姿を無意識に眺めるようになってしまったのは、いつからだったか。
吉田に片想いを続けながらも、テニスコートの前を通る度に彼の姿を探してしまうようになっていた。
眺めているだけで面白い福士くん。
…それだけのはずだった、のに。
偶然修学旅行で同じ班になったのがいけなかった。
あるハプニングで面白いだけの人じゃないってこと、知ってしまったから。
テニスコートへ続く角を曲がって、とっさにブレーキを掛ける。
やっぱり、ここにいた。
福士くんたち卒業生が賑やかに、ブレザーのままで打ち合っているのが見える。
私は桜の木の下、あまりばれない位置で立ち止まり、乱れた息を整える。
今打ち合っているのは、ちょうど福士くんと堂本くんだった。
そうだ。コートを駆ける彼を見れるのは、もしかしたらこれで最後かもしれない。
『アイーン!どうしたよ、取ってみろよミチル!』
『チッ!んなパワーサーブばっか繰り出しやがって!』
『へへ、んじゃもーいっちょ!』
『クソッ、なめんなッ!!』
わ、すごい、あのサーブ返した!?
彼の必死の反撃に、卒業証書の入った筒を持つ手に力が篭もってしまう。
『―――!?イッデ!』
やっぱりさすがに返すのは厳しかったんだろう。
ラケットが吹っ飛んで、カラカラと地面を滑っていく。
『おーい、大丈夫かあ?』
『バッキャロ、なめんなってんだろ!』
言い返しながら、ラケットが飛んでいった方向…私のほうに歩いてくる。
どうしよう、気付かれる?思わぬ展開に身体がカチンと固まって動けない。
「ったく、バカ力出しやがって…」
ぶつぶつ言いながらラケットを取りに来た福士くんが、ふと、何気なくこっちに視線を投げた。
「…あ?磯野?」
とうとうばれてしまった。
福士くんの見開いた目に、困惑顔の自分が映ってるのが分かる。
どうしよう、何か、何か言わなきゃ。
「あー、こ、こんにちはー…」
「あ!アンタまた来てたのかよ。最近しょちゅう見に来てたよな、確か」
「…何?誰か目当てのヤツでもいるのか?アイーン」
福士くんの背後の部員仲間から、次々とそんな言葉が投げられる。
福士くん以外は明らかにニヤニヤしてて、既に見透かされてそうで居た堪れなくなる。
だけど、ここで誤魔化すわけにはいかなかった。
だって私がここに来たのは、彼を捜して息切らせて走ってきたのは、まさに福士くんに会いたかったからだ。
彼だけに告げたい言葉が、あるからだ。
「…それは、試合が終わってからの話ということで。続けてください!」
熱い顔で話題を逸らすように言うと、んじゃさっさと続けんぞーってわざとらしそうに中断していた試合を再開してくれる。
私は彼らの好意でコート内に入れてもらい、フェンスに遮られることなく福士くんたちの試合を観戦できた。
福士くんは最後、なんと渾身のスマッシュを決めて堂本くんに勝利した。
「最後くらい元部長らしいとこ見せとかないとなあ」
って、制服なのにも関わらずコートに座り込んで、満足そうに笑った彼が眩しくて。
ぐっと心臓が掴まれる感覚がした。
あんなに幼い笑顔で、あんなに嬉しそうに笑う福士くんを、初めて見た。
「…な、アンタ福士狙いだろ?」
背後から急にぼそっと問い掛けられて、驚きつつも素直に頷いておく。
名前が分からないけど部員の誰かは、低い声で「やっぱな」って笑って。
「じゃ、お邪魔虫はしばらく追っ払ってやるから」
「え?」
「おい福士!俺ら先に打ち上げの準備行ってるぞ!!」
ロン毛の人がそう声を張り上げると、他の部員は示し合わせたようにコートを後にしてしまう。
ちょ、おい!?って福士くんは当然ながら戸惑っている。
いきなりの展開に私も戸惑いつつも、彼らに内心感謝した。
二人きりになれるチャンスを作ってくれたんだから、ちゃんと生かさないと。
「…な、何だよあいつら…」
ズボンについた砂埃を払いながら、福士くんはようやく立ち上がる。
心臓がせわしなく暴れだしてくる。それを押さえつけながら、私は彼に近付いていく。
「福士くん、あの、お疲れ様。すごいかっこよかった」
「…え、あ、ああ、そう?」
「いつも見てたけど、一段とかっこよかった。ホントに」
素直に賛辞を述べると、「あ…あ~~サ、サンキュ」って、目を逸らして首の後ろを掻いた。
日差しが眩しくて分からないけど、この仕種は多分照れてるんだろう。
私も顔が熱いのを我慢して言った甲斐があった。
「修学旅行以来あんまり話してなかったよね。あの時はありがと」
「いや、別にいいって。あの時はああするしかなかっただろ」
そう、初めて彼に気持ちが傾いてしまった、修学旅行での出来事。
班で京都のお寺を回っている時に、うかつにも一人逸れてしまった私。
その時に階段を踏み外して、あろうことか捻挫してしまって。
歩けないし周りは知らない人だらけだし、心細さで半泣きになった時に私を見つけてくれたのが福士くんだった。
歩けないことを知ると彼は私をおぶって、先生達のいる場所まで運んでくれた。
知らない人や、学校の子たちの好奇の視線を一斉に浴びて、恥ずかしくないはずはなかったのに。
実際、首から耳の辺りまで赤くなっていたのを、私はバッチリ見ている。
この時、知り合いや吉田に見られたらどうしようという不安もあったけど、それ以上に、嬉しい驚きも存在していた。
こうして吉田で埋め尽くされていたはずの私の心は、福士くんの新たな一面を見つけるたびに少しずつ、確実に、もっていかれてしまったんだ。
それは例えば、テニスをしている時の必死な表情だったり。
部長として、策でも練っているのかペンを回しながらノートに向かっている真剣な横顔だとか。
部員に指示を飛ばしている時の真面目な声だとか。
理科が得意で授業で当てられてもすらすら答えられるところだとか。
友達と話している時の百面相だとか。
そういえば社会科準備室へ重い荷物を持っていかなきゃいけない時、手伝ってくれたこともあったっけ。
…そんな走馬灯を脳裏に馳せながら、私は笑って言った。
「福士くんはハート泥棒だよ」
「は、…え?」
「ハート泥棒」
目を白黒させる福士くんをじっと見上げて、言葉の意味を咀嚼してくれるのを待つ。
と、目に見えて狼狽しながら彼が聞き返してきた。
「おっ、俺が?」
「そうだよ。だから私、…好きだった人のこと、振っちゃったんだし」
今度は目を見開いて硬直してしまった。
口をぱくぱく金魚みたいに動かしてるけど、言葉が出てこないみたいだ。
あれ、福士くんて、もしかして告白ってあまりされない系?
一瞬意外に思ったけど、彼の評判を思い出してちょっと納得してしまった。
確かに福士くんて、実際に接しないと分からない良さがあるかもしれない。
でも、だったらおあいこだ。私だって告白なんて生まれて初めてするんだから。
暴れ出す心臓を落ち着けるように深呼吸して。
信じられないと言いた気な目を、ちゃんとこの目に映して。
引きつりそうな喉を、声帯を震わせて。
「好きです。福士くんのこと」
ぽかんと口を開けた福士くんの顔を遮るように、数枚の花びらが目の前を横切っていく。
「だからもっと、福士くんのこと知りたくて」
これからも一緒にいられたらいいなって、そう思って。
進学先が同じとはいえ、伝えなきゃ今までと何も変わらないばかりか、どんどん疎遠になってしまいそうで。
そんな結末だけは避けたかったのだ。
「……」
福士くんは私から告白されるだなんて、本当に予想もしてなかったんだろう。
顔がそう言ってる。
気恥ずかしい思いがして、つい俯いてしまう。
福士くんの砂埃で汚れたスニーカーに、風で飛ばされてきた花びらが寄っていく。
居た堪れない思いを持て余しながら、しばらくそれを見ていていた時だった。
「――目ぇつぶって」
不意にそんな声が頭上から降りてきたのは。
慌てて福士くんを見上げれば、いつものどこかふざけた調子じゃなくて…至って真面目な顔をしていた。
いくらなんでもそんなわけない。
でもやっぱり好きな人から急に「目をつぶれ」って言われたら、動揺するのも無理はない。
「いいから。んで手ぇ出して」
痺れを切らすようにそう言われちゃ、言われるままにするしかなくて。
躊躇いながらも言われた通り目を瞑って手のひらをだすと「俺がいいって言うまで目ぇ開けんなよ!」と続けられる。
一体なんだろう、想像を膨らませる余裕もない。
福士くんの方からブチッと、何かが千切れる音が聞こえた。
すると間もなく、手のひらに何かが乗せられる感触。
「いいよ」
目を開ける。
手のひらに乗せられたものは、制服のボタンだった。
信じられない気持ちで福士くんの学ランをよく見ると、第二ボタンは糸くずに変わっている。
ますます信じられない気持ちで福士くんの顔を見ると、…明るいけど分かる。首まで真っ赤だった。
「え、…これ」
「欲しいってヤツがいなかったから、丁度いいだろ」
目を泳がせて、少し拗ねたような口調で言う。
私は呆気にとられながら、手のひらで鈍く光る金色のボタンをまじまじと見つめた。
このボタンの意味。
私、自惚れてもいいんだろうか?
「えと、福士くん…」
「大体なあ…」
「…え?」
「振ったってなんだよ…バスケ部の吉田だろ?俺もう諦めてたし…」
「……」
……え?モロバレですか?
「…私ってそんなに分かりやすい?」
「……前に”吉田が吉田が”って森本達と騒いでたの見たことあったしな」
「う、そっかー…ってちょっと待って。福士くんて、その…?」
信じられないけれど、福士くんはもしかして、ずっとチャンスを待っていたのか。
その福士くんは落ち着きなく後頭部を触りながら、ぼそぼそと搾り出すように言葉を紡いでいく。
「……まあその、良かったよ。俺だって、下心なきゃあんなことやってねーしな…」
「は、ははは…」
泣き出してしまいたくなるほど幸せな気持ちがこみ上げてくる。
それを誤魔化そうと、笑ってしまって。
「笑うこたないだろ」
「ご、ごめん。あの、さ、じゃあ…」
ぐっと顔をあげて、落ち着きなく逸らしてる瞳を追う。すると、かち合う視線。
顔の赤さは負けないくらい、心臓の音は、おそらく同じくらい大きい。
私はすう、と酸素を吸い込んで、ボタンを握り締めて。
「これからよろしくね。……ミ、ミチルくん」
ぎこちなくどもりながら、鮮やかな未来をここに繋いだ。
2009.8.1
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