待人想参
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「マコちゃん、初詣行った?」
新年のご挨拶にと、大量の御餅のおすそ分けついでにやってきた福士さん家。
不意に叔母さんに聞かれて、私は首を振った。
「それがまだなんです、宿題に追われて…」
苦笑すると、叔母さんは「あら、じゃあ丁度いいじゃない」ってぱっと笑う。
え?と思う間もなく、叔母さんはぼーっとこたつでテレビ見てる息子さんにこう言った。
「ミチルー、アンタ一緒に行ってきなさいよ」
ミチルくんは振り向いて、「?どこに」って怪訝な表情。
「初詣。マコちゃんもまだなんだって」
「‥あー」
考えるように遠くを見るミチルくんは、やっぱり少し面倒くさそうだ。
それにこの年頃の男の子って、そんなに馴染みのない従兄弟と行くのは抵抗があるんじゃなかろうか。
しかも同い年だったらまだしも、私は彼より1つ年上だし。
そう思うけど、叔母さんはそんなこと気にした様子もない。
「ミチルくんもまだなんですか」
「そうなの、合格祈願してきたらって言うのに面倒臭がって」
そうか、そういえばもうそんな時期だっけ。
1つ下なことを考えればすぐ気付けそうなことなのに、どうもしばらく会ってないとそういう情報に疎くなってしまう。
「わあかったよ、じゃあ行くよ」
ミチルくんはそう言いながらこたつから出て、ハンガーにかかったジャケットを取った。
私の戸惑いが表情に出てしまったのか、叔母さんは気を遣ってこう言ってくれる。
「ああ、ごめんね勝手に。この後大丈夫?」
「ええ、私は構いませんが…」
ちら、とミチルくんを窺うと、ちょうどかち合う視線。
「ああ、俺は準備オッケーす」
ジャケットに袖を通しながら、そう言ってくれる。
本心はどうだか分からないけど、とりあえず付き合ってくれるそうだ。
置いていたマフラーを首にひっかけながら、私は笑って言う。
「あ、うん、私もいつでもオッケ」
…
「いってらっしゃーい」
叔母さんに見送られて、最寄りだという神社までの道を歩く。
辺りは住宅街で、子供がはしゃぐ声やテレビの音が聞こえてくる。
今はまだ三が日。
お正月独特の落着かないような、それでいて慎ましやかな相反する空気に満ちている。
並ぶ家の玄関飾りを見ながら、私は何となしを装ってミチルくんに話し掛ける。
何せ二人きりで出かけるなんてことは今までなかったから、少し緊張しているのだ。
「ミチルくんはどこ受験するの?」
「あー北星っつう、中学に近い高校です」
「あ、やっぱ近いほうがいいよね」
「そうですねー」
寒がりな彼はグレイと黒のボーダーマフラーに顔を埋めてるから、少しくぐもった声。
可愛いな、と何だか微笑ましく思う。
「ていうか背伸びたね」
「そうっすか?」
「170くらい?」
「お、当たり。ピッタリ170なんすよ」
「へーそうなんだ」
私より頭一つぶん高いミチルくんに、ちょっと感慨深くなる。
3年程前に親戚で集まった時は、私とたいして変わらなかったのに。
「でももっと伸ばしたいんす、本当は」
「大丈夫、まだ15でしょ?もっと伸びるよ」
「あー、だといいですが」
話しながら、ミチルくんてこんなに饒舌だったっけ?と思い出を辿る。
饒舌は言い過ぎかもしれないけど、私が記憶してるミチルくんはもっと大人しかった。
小さい頃から、どちらかというとあまり自分から人と関わろうとはしない子だった。
大勢が集まる席では一人離れてテレビ観てたりして、私はそんなミチルくんをいつも気にかけていたっけ。
3年前の席でも、やはり彼は大人しかったように思う。
逆に私はお祭り人間な気質上、大人に混じってやいやい騒ぐのは大好きだった。
だからミチルくんは私と違って繊細で、自分の世界を持っている、そんなイメージだ。
「スポーツしてよく食べよく寝ればまだ伸びるって。テニスはまだ続けるの?」
「あー‥」
聞くと、ミチルくんは少し困惑したように視線を泳がせた。
あれ、もしかして辞めちゃうのかな?
「テニス部に入るかは分かりませんけど、テニスは続けていきたいって思ってます」
「うん、そっか」
何だか嬉しくて、頬が緩む。
中学に入学してすぐテニス部に入部したと叔母さんから聞いた時は、正直少し驚いた。
あまり身体を動かすのは好きじゃないイメージを勝手に持っていたからだ。
でも聞けば、小学生からたまにテニスはやっていたらしい。
そんなミチルくんが3年生に上がって部長に抜擢されたと聞いた時は、さらに驚いた。
だって聞けばテニスの名門校であり30人もの部員がいる中で、ミチルくんが選ばれたんだから。
部長は部員を引っ張る大役。
大人しかったあの頃のミチルくんを変えたのは、きっと間違いなくテニスなんだろう。
いやもしかして、最初から彼に対する私の認識が間違っていたのかもしれない。
神社は小さく、まばらに人がいるだけだった。
私とミチルくんはお賽銭を済ませたあと、どうしようかと顔を見合わせる。
「ね、おみくじ引いてみない?」
「あー、いっすねー」
お金を払い、私は巫女さんが差し出してくれたおみくじの箱に手を入れる。
勘でぱっと引き出した、一枚のくじ。
「後で一緒に見ようよ」
「っスね。じゃあ俺の番か…」
ミチルくんは心なし気を落ち着けているように見えた。
そして六角形の箱を前にすると、ゆっくりと手を入れて、やたら真剣な面持ちで目を閉じた。
「ハァー………銀華ァ!!」
何やらうめいたと思ったら突如叫びだしたから、私と巫女さんの身体がビクッと跳ねる。
何事?なんて目を点にしてミチルくんを見ていると、ハッとした視線とかち合う。
「すっすいません…つい、クセで…」
なんて、マズイ!と言いたげな表情で、恥ずかしそうに呟く。
唖然としながらも沸沸と笑いが込み上げてきて、堪えきれずに吹き出してしまう。
「う、ううん、ビックリしたけど…はは、ごめ、ツボに入ったかも」
「そ、そんなにっすか」
咳をしてどうにか笑いを止めて、はーと息を整える。
「やーごめんごめん、おみくじ見てみよ」
「あ‥そですね」
怒らせちゃったかと不安に思ったけど、ミチルくんは苦笑を浮かべるだけだった。
それにしても学校名を叫ぶのがクセだなんて、きっとあらゆる場面で部長として部の命運を背負ってきたからに違いない。
私はこの従兄弟のことを、とても自慢に思う。
「せーので開けるよ」
「了解」
「じゃいくよ、せーの!」
のりを剥がしてぱっと開いたそれ。
まず目に飛び込んできた文字は『小吉』。
うん、まあ悪くない。高望みはいけない、小さな幸せに気を配ってこその運勢だ。
連なる文字を目で追いながら、「ミチルくんどうだった?」って聞いてみる。
…だけど返事がない。
不審に思って目を遣ると、彼はおみくじを両手にかすかに震えていた。
「?どうし…」
「――ヨッシャー!!」
突然の歓喜の叫びに、また私の寿命が少し縮まったような気がする。
ミチルくんは笑顔でガッツポーズつくりながら、おみくじを私の眼前に突き出してくる。
「…あ、大吉だ…!?」
戸惑いながら目にするそれには、確かに『大吉』とある。
これはさぞかし嬉しいだろう。
どうやら、ミチルくんはとことん運に見放されてるらしいから。
「ウワー良かったじゃん!」
「はい!もー感動っすよ!あーとうとう…!とうとう俺の、時代、が‥……」
興奮混じりに話していたのに、語尾が弱くなっていく。
感動に浸っているのかと呑気に思ったら、そうじゃなかった。
「でも何で今なんだ…」
ぽつり。マフラーにくぐもって本当に小さい声だったけど、ちゃんと聞こえた。
おみくじを見つめる視線は、少し淋しそうにも映る。
関東大会に駒を進めた銀華中は、部員全員の腹痛により棄権負けしたと聞いた。
良かれと思ってしたことが裏目に出てしまったらしい。
それ以上詳しいことは知らないけど、ただミチルくんのその言葉で確信した。
部員たちへの思い、そこからくる自責の念。
掴み取れなかった勝利への重圧。
繊細なこの男の子は、未だに全部背負ってる。
「…ミチルくんさ、さっき銀華ー!って叫びながら大吉引いたよね」
「え?」
「だから思うんだけど、今年は後輩がミチルくんたちの雪辱を晴らしてくれると思うんだ」
慰めになってるのか分からない。もっと他にいい言葉があったかもしれない。
だけどミチルくんは驚きながらも、私の言葉にふっと笑ってくれた。
「…そう、っすね」
「そうだよ」
だからもう、背負った荷物を下ろしてもいい頃だと思うんだ。
そんな意味を込めながら、肩を軽めに叩いてみた。
無責任な思いかもしれないけど、胸が痛くて仕方なかった。
「そっ…そういえばマコさんどうでした?」
「あ、私?『小吉』。ていうか内容全部読んだ?」
「!そうだよ、まだですよ」
ミチルくんの態度が少しぎこちなくなった気がするけど、たいして気には留めず肝心の内容に目を通す。
えーと、確か健康運から…良好。しかし思わぬ事故に注意、と。
そして恋愛運…『待ち人・近しき人か 友人・従兄弟に目を凝らしなさい』
「……」
思わずミチルくんを見ると、彼も私を見てきて視線がぶつかる。
「あ…どうだった?」
「え、あ、いやー大吉だけあって、まあそれなりに‥」
「そっか。私はぼちぼち…」
ミチルくんはまたどこか落着かなそうに視線を泳がせてる。
どうしたんだろう、私まで落着かなくなってきてしまう。
「あ、じゃあコレ枝に結ぼっか?」
「で、ですね」
「…確か良い結果の時ほど低い位置に結ぶといいんだっけ?」
「ああ、確かそうだったような‥」
だよね?なんて確認し合いながら、ミチルくんは低めの枝に、私はそれより気持ち高めの位置にそれぞれ結び付けた。
ずっしりとおみくじが巻き付けられた木は、毎年のことながら壮観だ。
「木におみくじ結ぶとね、その人の思いが神様に伝わるらしいよ。木には神様が宿るから」
「へえー‥」
「だから今年のテニス部はやってくれるよ、きっと」
「そっか…そうっすね。きっと」
少し肩の力が抜けたような、柔らかい声のトーン。
多少力になってあげられたって、自惚れてもいいのかな?
……
「お、ミチル?ミチルじゃねーか」
「!堂本」
帰ろうと鳥居を潜ったところで、ミチルくんの知り合いと鉢合わせた。
がっしりと大柄で、髪型がまたドレッドパーマと個性的で…年下とは思いたくないような子だ。
と、その堂本くんとやらは、私を見るなり大げさに後ずさる。
「アイーン!ちょっと待てお前、いつの間に彼女できたんだあ!?」
「「!?」」
思わぬ言葉に固まってしまう。恐らく隣のミチルくんも。
「何だよ初詣デートかよ~。俺なんて御札の買い出しだぜ?」
ニヤニヤしながら言われて、顔が一気に熱くなっていく。
完璧に誤解されてる。でも、よりによって何でこのタイミングで!
「いやあの、わ、私たち従兄弟で!」
「そっそうだ!ちっげえよ!誤解すんな!」
こんなしどろもどろな弁明で、信じてもらえるか分からない。
だってミチルくんのお友達は、依然上がった口角を崩さず探るような視線を向けてくるのだ。
「従兄弟ぉ?…でもよ、確か従兄弟って結婚できるよな?」
「!?け・っけけ‥」
「…えと、私はともかくミチルくんに悪いからそういうことは‥」
動揺しすぎな隣の彼に代わって、どうにかこの話を終わらせようとしてみる。
でも言い方が悪かったのか、逆効果だったみたいだ。
「…ふーん。お前次第だってよ、ミチル」
「!?なっ…」
「ははは!んじゃあな!仲良くやんな!アイーン」
絶句する私たちを尻目に、彼は楽しそうに笑いながらとっとと境内に入っていってしまった。
取り残されて、気まずい沈黙。
「…あ、あはは、強烈なお友達だね。志村の真似といい」
「あ、あー、すいません!あいつにはよく言っときますんで‥」
「は、早いとこ誤解解いてあげてね」
「…あ、分かってます…」
ミチルくんの耳も真っ赤で、ホント参ってしまう。
それにしても、傍目からはそう見えるんだ、私たち。
不思議でくすぐったい気持ちで胸がいっぱいになる。
赤い顔を隠すように先に歩き出したミチルくんは、今どんな思いだろう?
少しぎこちなく会話を交わしながら、並んで帰路を歩く。
空は徐々に橙に染まって、どこからか流れてくる夕ご飯の香りが鼻孔をくすぐる。
時間の流れはあっという間だな、と思いながら、近づいてきた分かれ道で私は立ち止った。
「…じゃあミチルくん私、こっちだから」
「あ…、」
駅へ続く道を指しながらそう告げると、ミチルくんはハッとしたように目を見開いてから、じゃあ、と続けてくれる。
「俺、送ります」
「へへ、実はそう頼もうとしてたとこ」
「!?そっそうなんすか?」
「うん。ありがと」
笑って隣に並ぶと、少し戸惑ったように視線を泳がせて軽く頭を掻く。
そんな頭一つ分高い彼を盗み見ながら、上がっていく口角。
もう私の知ってる”ミチルくん”じゃないんだ。
こんなにステキな男の子がこんなに近くにいたなんて。
『待ち人・近しき人か 友人・従兄弟に目を凝らしなさい』
「私ね、今年は健康に気を付ける。確か不意の事故に注意だって」
唐突な話題にミチルくんは当然ハテナ顔。
私は早くその言葉の意味を教えてあげたくてしょうがない。
「え?ああ、なんでまた急に」
「だってあのおみくじ、やっぱり当たってるみたいだから」
”今年はミチルくんツイてるね”って続けようとして、寸前で口を噤んだ。
ミチルくんが「へえ‥」と興味深そうに私を見てくるのだ。
冷え切った耳に熱が戻っていく感覚に、少し焦る。
「…だったら」
『待ち人・近く来る 昔からの顔なじみか』
「俺も期待します」
そう薄く笑うミチルくんにそうだねって頷きながら、私は携帯番号とアドレスを聞き出すタイミングを窺うのだった。
……お互いが同時に切り出すまで、あと5秒。
2008.1.4
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