草色春恋
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「…混んでんなあ」
私の横を歩きながら、ミチルは満開の桜の元に集って騒ぐ人々を遠く眺めながら呟く。
隙間も無いくらいに詰め寄られた色とりどりのシート。
その上で、花びらを受けながら赤い顔で缶ビールを流し込むおじさんや、キャッキャとはしゃぐお姉さんたち、 赤ちゃんをあやしながら喋りまくるお母さんたちだとか。
いろんな人がびっちりと楽しそうに宴を開いている。
「天気もいいしね…もっと早くに場所取りにくれば良かったね」
空いてる場所を探してだらだらと歩きながらそう言葉を返した私に、ミチルは「んー‥」どこか気だるそうな、それとも何か考えていそうな微妙な返事。
木の植えてある芝生から線を引いたように離れた歩道は、前からもたくさんの見物客が歩いてくる。
せっかくお花見を提案したのに、これじゃあ無理か…なんてがっくりしていると、
「お、ここは空いてるか…?」
「え?どこ?」
ミチルの指差す方向は私の隣を向いてて、見れば垣根の向こうに少しの淡いピンクの木が見える。
ここの公園には図書館やスポーツクラブがあって、今私たちが歩いている歩道の隣に建つ建物は図書館だった。
その図書館の隣には、余った土地を埋めるようにさほど大きいとは言えないけれど小さくもない、穴場的に作られた目立たない遊び場があるようで、 まさにいいタイミングでの発見。
「行こ」
歩道からは見えなかった垣根の向こうは利用者のための一列の小さな駐輪場になっていて、更にその先。
踏み込んだ視界に広がるのは一面のふわふわとした芝生と、広場の隅で他の木に紛れるように佇む数本の桜の木。
ここは人が少ないからか、小さな子供とお父さんがフリスビーで遊んでいる。
木の下で背を向けて、仲むつまじく並んで座ってるカップルもいる。
気持ち良さそうに寝転がって寝息を立ててるお父さんの横で、お弁当をつついてるお母さんと子供の姿もある。
さっきの大宴会場と化していた空間と比べると、ここはとっても緩やかで穏やかな空気に満ちていた。
淡いピンクの色は少ないけど、もうそんなことはどうでも良くなって私はミチルを見上げて言った。
「ここにしよう」
「桜少ないけど、いいの?」
「静かでのんびりやれるとこならどこでもいいよ、だからここでいいじゃん」
「なんか投げやりだな…」
そう言いつつも、歩き出す私に付いてくるミチル。
少しの木漏れ日が差す木陰の良い場所を探しながら、私は言葉のキャッチボールを続ける。
「別にそうじゃないって。たまには静かな場所で語らおうじゃないの」
「語らう~?なあにを?」
「いや、愛を」
「!?ブッ!おま、」
そんな噴出したミチルを振り返って、私は笑うでもなくただこう言った。
「たまには恋人らしくしたっていいと思うんだけどなあ…私たち」
今まで友達だった私たちが付き合うようになったのは、つい一週間ほど前。
卒業式にどちらともなく想いを告げたのだけど、前に一回デートに行った時もやっぱりどうにも照れ臭さが抜けなくて、 手つなぎもなく友達ノリで終わってしまった。
甘いムードの欠片も無いこの関係が私たちらしいのかもしれないけど、でもそこはやっぱり、私だって恋する女の子。
終始この調子じゃ物足りなもあるわけで。
だから私は何とかしようと今日のお花見デートを提案したわけだ。
今日は反省して、いつものパンツルックからスカートに穿き替えて。
いやらしい話かもしれないけど、少しでも女の子らしくしようと頑張って来たわけで。
ミチルは「なっ…!」なんて目を見開いて言葉に詰まってる。
そんな赤い顔に向かって、私は手を差し出して笑ってやって。
「あはは、動揺しすぎだっつの。ねえホラ、手繋ごうよ」
「い、いや、手、ってお前、人が、だな‥」
視線を右往左往しながらもごもごと口篭るミチルに、「気になる?」と問えば「ったりまえだろ」なんて怒ったような返答。
「じゃ帰るときにね」
向き直しざまにニッと笑って、私は柔らかい芝生を踏み出して再び場所を探す。
でも私の心情は察してくれたんだろう、そう思うと今さらになって少し気恥ずかしくなってくる。
頑張ってるな自分、なんて己を労いながら、私はちょうど良い場所を見つけてミチルを誘導した。
ミチルの頬の火照りはまだ引いてなかったけど、木陰に入ってしまえば分からなくなった。
この場所は桜の木からは少し離れてしまってるけど、ちゃんと見えるから花見の目的からはかけ離れてないだろう。
私が持参してきた2人分のビニールシートを敷いて、二人で腰掛けて。
「乾杯しよ」
「へ?」
「…宴って言ったら乾杯はお決まりじゃんか」
「まあなあ‥けど二人だし」
「関係ないって」
公園に来る前にコンビニで買って来たお茶とサンドイッチと、いちごポッキー。
ミチルはそれらが入ったビニール袋をガサガサさせて、私の分のレモンティーを取り出して渡してくれる。
ペットボトルの蓋を開けながら、私に視線を寄越して。
「はあ‥じゃあ、乾杯?」
「やる気ないなあーじゃ私が言う。二人の愛にかんぱ―」
「!!」
「っちょ、お茶こぼれ…ってあ、スカート」
「だあーからお前、ベタすぎんだよ!」
「え、?あ、そうだった?」
乾杯のことなんか忘れて、返事をしながら私は慌ててスカートにお茶が飛び跳ねてないかを確認する。
白いから染みになったら目立つな、とハラハラしたけど、どうやらセーフみたいだった。
そんな私の様子を見てミチルは「あ、悪い」なんて謝ってくれたけど、これはあの反応を想定していての発言をしてしまった私が悪い。
「別に謝ることないよ、大丈夫だったし」
「そっか………そういや今日、スカートなんだよな」
なんて、今気付いたみたいにまじまじと眺めて言うミチルに思わず「今気付いたの?」って問い返す。
「い、いやっ、私服でスカートってなんか珍しいな~と思ってだなあ‥」
「気まぐれ。たまにはね、デートだからね」
墓穴を掘ったことに気付いたようで、ミチルはハッとしてから「アッそ、そうかあ、デートだもんな!」なんて誤魔化すみたいにアハハと笑う。
私はそんなミチルをアホだなあ‥と思いながら「そうだよ」って肯定して、「いやあ~そうなんだよな…」なんてミチルは視線を落として 芝生を見ながらブツブツと呟いてる。
そんな赤い横顔に私は喉の奥で笑いを押し殺しながら、仕切り直すように改めて乾杯の音頭をとる。
「じゃー…また来年も一緒に来れますように、ってことで」
「お、‥おう。そうだな」
「カンパーイ」
「‥乾杯」
ペットボトル同士がゴツン、とぶつかる音。
二人同時に一口、少し温くなってしまったお茶と紅茶を流し込む。
それからミチルはコンビニの袋をガサガサ漁って、私にポイとサンドイッチを投げてきた。
両手でキャッチして、「ありがと」ってお礼をしてからフィルムを剥がしていく。
「…ねーミチルはさあ、私のどこを好きになった?」
「!ブッ」
今日で三度目、またミチルが動転する。
何気なく口にした私の質問は、彼には少々刺激が強すぎたみたいだ。
幸い何も口にしてなかったミチルはサンドイッチを手に私に怪訝な眼差しを向けている。
「なんだよいきなり…」
「だって愛を語らおうって言ったじゃん」
「おま、言葉のままの話しようってワケデスカ?」
「(なんでカタコトなの)そうだけど?」
「…パス」
チェ、そう呟いて私はサンドイッチを一切れ取り出す。
まあこういう返答だろうって分かってたけどさ、ちょっと気になってしまったんだ。
サンドイッチを一口齧りながら、私はミチルのどこを好きになったんだろうと思い出す。
気が合って、一緒にいると安心できて楽しくて…そんなありきたりな理由ばかりが並ぶ。
テニスが好きなところや、試合でボールを追う一生懸命な姿とか、部長の仕事してる時のいつもバカばっかりやってる普段からはかけ離れた表情だとか。
顔に出やすい上にリアクションでかくて面白いところや、何だかんだ言って優しいところだとか。
チラ、と目だけを動かして隣のミチルを見る。
サンドイッチ片手にぼうっと周りの景色を眺めてる横顔。
気が付いたらとんでもなく好きになってて、卒業間近になってようやく自分の気持ちを実感したんだ。
私とミチルは進む高校が違ってしまうから、離れたくないって急激に思って。
告白のタイミングが同じだったから、もしかしたらミチルも私と同じような気持ちになってくれたのかもしれない。
それにしても気付いたら好きになってたなんてこれもよく聞く話だけど、やっぱり案外そういうものなんだ。
ビビ!っと誰かを好きになる瞬間なんていうのはそんなにないもんなのかもなあ。
そんな思考を連ねているとこの時間がとてもいとおしく思えてきて、少し頬が緩みそうになるのを誤魔化すみたいに、目の前のサンドイッチにまた齧りついた。
さあっと柔らかな風が緩やかに流れていって、気持ちいい。
ひらひらと揺れるスカートの裾。
その下で体育座りのように芝生の上に置いた足の、女の子らしい靴の横に位置してる大き目のスニーカー。
少し動かせばくっついてしまいそう。
こんな今にもくっついてしまいそうな距離がくすぐったくて、気恥ずかしくて、なんだか幸せで。
ずっとこんな距離にいられたらいいなって思う、私たち。
「私はね、気が付いたら好きになってたよ」
不意打ちみたいにそんなことを言い出したから、またミチルは固まってしまっただろう。
反応を窺うことはしないで、私は何気なさを装ってサンドイッチにかじりつく。
「………俺も、だな」
咀嚼していた動きが止まる。ウワ、仕返しされた気分。
こっちが不意打ちを喰らってしまって、私は驚いたようについミチルを見てしまった。
と、こっちを見ていたらしい視線と視線が、必然的にぶつかる。
「気付いて、そんで…卒業前で猶予もなく‥焦って…」
「あ、あは、同じ…」
赤い顔で必死に言葉を繋いでいくミチルに、ぎこちない笑顔を返す。
まさかそんな言葉を返してくれるとは思ってなくて、嬉しさと同時にリアルな気恥ずかしさが込み上げてくる。
愛を語らおうとは言ったけど、実際そうなってみるとこそばゆいものなんだなあ。
それでも、嬉しいくすぐったさなんだから私は大歓迎なんだけれど。
「あ、へえー、そ、そうかあ」
「うん」
ミチルは私からぎこちなく目を逸らして、「で、だ…」と仕切り直すように呟く。
「何?」
「これから別々になるわけで、…だからだなーえ~と‥」
「……」
「アレだ‥なるべく時間作ろうぜって話」
「…ああ、一緒にいる時間をってことね?」
「まあ、そーいうことだ」
そんなふうにいっぱいいっぱいな感じで告げて、向き直ってしまうミチル。
ここが木陰でも分かる。きっと現時点で一番、顔が赤い。
そんなミチルの言葉に私は嬉しくなって、頬が緩むのを抑えきれない。
「待ち合わせて下校デートとかしようね」
「そっ、そうだなあ」
「で、来年もここ来よう」
「ああ」
未来なんて不確かなことは分からないけど、今出来ることはこの穏やかな時間の中で約束を交し合うこと。
不確かだからこそ、私たちはお互いを思いやることができる。
私もミチルも、不安なのは同じ。
この約束までが不確かなものにならないように、ちゃんとお互いを繋ぎ止めないといけない。
まあ私がミチルの隣から去るなんて考えられないけど、それはきっとミチルも同じ思いなんだろうな、と自惚れてしまう。
不安なのは同じ、大丈夫。
とにかく大切なのは笑ってることだと思って、私は素直に頬を綻ばせることにした。
このくすぐったくて気恥ずかしい空気をいつまでも共有していたい、そんな気持ちで。
サンドイッチを食べ終わって、私は変わらない体育座りのままでいちごポッキーを一本口に運ぶ。
噛み砕くと甘酸っぱい味が広がって、そんな美味しさにミチルにも食べさせようかとシートに片腕ついて覗き込む。
ミチルは気持ち良さそうに足を投げ出して寝転んでて、ちょうど顔に木漏れ日が当たるのが煩わしいのか、片腕で瞼をガードしてるから顔はよく見えない。
だけど口は見えてるし、押し込んじゃおうか。そんないたずら心が疼く。
寝転んだのはついさっきだし、きっとまだ起きてるはず。
だったら私の気配にも感づいてるはずだけど、反応は無い。
…もしかしてもう寝てしまったんだろうか。
だったらチャンスとばかりにリアクションを予測して笑いを堪えながら、ポッキーを一本取り出して唇に近付けていく。
けど、閉じている唇にポッキーを押し込むのはなかなか至難の業だということに直前で気付く。
下手したら起こしちゃうかもしれないけど、まあその時はその時だ。
「なあにやってんの?」
「…エヘヘ」
「エヘヘじゃねえよ…‥っあ~ねっみー」
唇に押し当てようとしたその瞬間、残念なことに腕を捕らえられてしまった。
狸寝入りしてたミチルが欠伸をした後、目尻に涙が溜まってるのが確認できた。
「ポッキー、おいしいよ?」
「いや…、いらねえ」
覗き込むと眠そうな目と、私の目とが交じり合う。
そういえばこの体勢はちょっと恥ずかしいかもしれない、なんて我に返ったように思う。
掴まれた腕の部分がなんというか、熱い。
…あ、やばい。
今になって、ポッキーよりもキスしとけば良かったなんて後悔してる。
そもそも今日の目標は少しでも恋人らしく、ってことで頑張って慣れないスカートとか穿いてきて、
さっきのこそばゆい空気からその点ではもう目標達成なんだろうけど。
だけど私は、もっとスキンシップを欲しがってしまってる。
そんな自分の気持ちをまざまざと知ってしまった途端急に恥ずかしくなって、かあっと顔に熱が帯びていく。
いくら何でもキスは…まだ早いっしょ、なんて内心で一人突っ込んで。
覗き込んでいるミチルに気付かれないように、私は屈んでいた体勢を戻して難を逃れた。
「あ‥、マコ」
と、私の名前を呼んだかと思えば、急に私の腕を掴んでいた手が頭の後ろに回ってきて。
ぐいっと再び俯かせられてしまった私は、驚きでどうしていいか分からなくなりそうになる。
「え、何?…なんか付いてる?」
きっと赤い顔でバレバレだろうに動揺してるのを悟られまいと、私はなんとか平静を装ってそんなことを聞く。
でもミチルはそんな私の様子に気付くどころか質問も聞いていないかのように、きもち顔を背けるようにして何かを観察してる。
…まるで、周囲の様子を窺ってるように。
「あの、ミチル?」
私がそう声を掛けた途端、ミチルの目がキッとマジになって私を見た。
そして頭に回った手に力が込められて、私はあっという間に吸い寄せられる。
一瞬の出来事だった。
ぶつかるように押し当てられたものが一体何だったのか、止まってしまった思考でも分かる。
だって、感触が。
なんかあったかい感触が。
いちごポッキーの、甘い匂いがした気が、する。
既に元通りの体勢をとる私は、まだ呆然としたまま。
ミチルも同じように顔に腕を乗せて寝転がってるけど、でも隠しきれてない首からの赤い火照り。
この沈黙がどうにも居た堪れず、私はおずおずと声を掛けてみる。
「…えっと、」
「……したかったんだよ」
「…ああ、」
ぶっきらぼうな返事に、納得してしまう。なんだ、ミチルも同じ気持ちだったんだって。
それにしてはいきなり過ぎたけど、私の心は安堵と照れ臭さで満ちていく。
そういえば、不器用な人でもあった。そんなところも好きになった要素の一つだ。
「いや…ビックリしたけど、嬉しかった‥よ?」
自分の気持ちを素直に伝えると、ミチルは腕を少しずらしてチラ、と私を見上げた。
「そっか…」
ホッとした様子でそう言われて、次いで「み、見られてないよな‥?」なんて視線を動かして周囲の視線を懸念する。
私は周りのマイペースな雰囲気を確認して、「大丈夫っぽい」と安心させてやって。
「…でもそんなに気になるんだったらここじゃなくても」
「い、いや‥だからしたくなっちゃったんだっつーの」
慌てて、まるで子供みたいに言い訳を通すミチルについ笑ってしまう。
それに、私も気持ちは同じだったから堪え切れなくて。
「なんだよ?」
「いや…私たちって本っ当バカップルだなーって思って」
「…あー‥ま、そうかもなあ」
「かもじゃなくて、そうだよ」
私の苦笑いの言葉に、「そっか…」って眉を寄せて困ったようにミチルも苦笑い。
コイビトドウシのくすぐったい空気が揺れて、緩やかな風が私たちの火照った頬を優しく冷やしてくれる。
そんな中でふと微かに靡く芝生に目を遣ると、転がったさっきのポッキーに一匹の小さな蟻がかじりついていた。
そんな穏やかな、3月の終わり。
2006.3.26
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