第4章
夢小説設定
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夜の巡回は、いつもより静かだった。
昼間の作業の名残がまだ街のあちこちに残っているはずなのに、風の音以外、ほとんど何も聞こえない。
……静かすぎる。
壁沿いを歩きながら、私は無意識に視線を高い位置へと走らせていた。
その時だった。
──白い、揺らぎ。
蒸気。
討伐の後に立ち上る、あの、見慣れたもの。
でも今日は、巨人を倒す作戦は行われていない。
捕獲個体はすべて拘束したまま、立ち入り禁止区画に置かれている。……なのに。
足が、止まった。呼吸が、わずかに浅くなる。
「……おかしい。」
小さくそう呟いて、私は音を立てないように、蒸気の元へ近づいた。
視界が開ける。
そこにあったのは──倒れ伏す、2体の巨人。
拘束されたままの姿勢。動かない。暴れた形跡も、ない。
そして2体ともが──同時に、蒸気を上げている。
背筋が、冷たくなる。
討伐じゃない。
討伐なら、こんな終わり方はしない。誰かが意図的に"始末した"。
それも、2体同時に。
私は、一歩も近づかなかった。
触れない。確認しない。今は、見ない。
ここで必要なのは、私の判断じゃない。
「……エルヴィン団長に、報告を。」
そう決めた瞬間、頭の中がすっと冷える。
踵を返し、全力で走り出す。
夜の空気を切り裂きながら、ただひとつだけ、はっきりしていた。
これは、現場で処理していい異常じゃない。
そして──調査兵団の内部に、"何か"がいる。
私は息を切らしながら、エルヴィン団長のいる建物を目指した。
今すぐ。一刻も早く。この異変を、上に渡すために。
───────────────
夜の空気は、ひどく澄んでいた。
静かすぎる、と言っていい。
ユニの背についていく形で捕獲区画へ向かう途中、私は何度も、同じ感覚を反芻していた。
──蒸気。
夜の巡回でそれが上がる理由は、ひとつしかない。
灯りの届かない区画に足を踏み入れた瞬間、それは確信に変わった。
倒れている。2体とも。拘束されたまま、その場で力を失ったように。
蒸気が、まだ細く立ち上っている。
私は一瞬だけ立ち止まり、全体を見渡した。
拘束具は破壊されていない。周囲に争った痕跡もない。暴れた形跡もない。
……同時だ。
「触れていないな。」
確認するように言うと、隣で足を止めていたユニが、小さく頷いた。
「はい。」
それで十分だった。
私は一歩近づき、視線を巨人の項へと走らせる。
蒸気に遮られながらも、切断面の輪郭が見える。
……やはり。
立体機動装置だ。
討伐の角度。深さ。躊躇のなさ。
偶然ではない。事故でもない。
これは、明確な意思を持った行動だ。
「照明は、このままでいい。区画は引き続き立ち入り禁止。陽が入らないよう、布をかけろ。蒸気が収まるまで、現状保持。」
指示を出しながら、思考はすでに次へ進んでいる。
捕獲した巨人が、同時に、内部の人間によって殺された。
つまり──立体機動装置を扱える者が、ここにいた。
私はもう一度だけ、2体の巨人を見る。
"壁を塞ぐ存在が現れた直後に、"研究対象"が消された。
偶然で済ませるには、出来すぎている。
「……早馬を出す。ハンジを呼び戻せ。」
そう告げてから、ほんの一瞬だけユニを見る。
冷静だ。だが状況を正しく理解している目だ。
「今夜は、ここまでだ。夜明け前に、すべてを整理する。」
これは、ただの事件じゃない。
世界が、次の段階へ進んだ、その兆しだ。
私は踵を返しながら、すでに次の一手を考えていた。
───────────────
……ひどい。
最初にそう思ったのは、悲惨さでも、無惨さでもなかった。
──正確すぎる。
蒸気が、まだ薄く立ち上っている。完全には消えきっていない亡骸。ほんの少し前まで、確かに"巨人だったもの"。
私は、その場に膝をついた。
「……っ……!」
喉の奥が、きゅっと締まる。
泣いている。それは、はっきり分かる。けれど視線だけは、どうしても離れなかった。
項。切断面。刃が入った角度。深さ。迷いのない、一撃。
「……そんな……。」
声が、勝手に震える。
これは事故じゃない。混乱の中で起きた、偶然でもない。狙って、やっている。
立体機動装置。人間の装備。人間の距離感。
……人間の判断。
「……うそでしょ……。」
涙が落ちる。
それでも、指先は勝手に動いていた。布越しに、切断面の位置を確かめる。角度を、なぞる。
──2体とも、ほぼ同時刻。
傷の入り方も、ほとんど同じ。
「……これは……、」
声に出した瞬間、自分でも分かってしまった。
……人間のやり方だ。
足音。2人じゃない。
顔を上げると、エルヴィンとユニが立っていた。
エルヴィンは状況を一目見て、何も言わない。
……いや、言葉を選んでいるのかもしれない。
ユニは、ほんの少し距離を取って立っている。
視線は私ではなく──亡骸そのものに向けられていた。
私は、唇を噛んだ。
……泣いてる場合じゃない。
深く息を吸って、ゆっくり吐く。
もう一度、切断面を見る。
「……刃の入り方が、綺麗すぎる。」
声は、まだ震えていた。
「力任せじゃない。ためらいも、ない。」
エルヴィンが、低く問う。
「……人間の仕業だと?」
私は、頷いた。
「うん。それも……、」
一瞬、言葉を探す。
「訓練を受けた人間だ。」
その時だった。
ユニが、一歩前に出た。
「……私が、発見しました。」
聞かれる前に、静かな声で。
「巡回中に、蒸気を見て……異常だと思って。2体とも、発見した時には既に、倒れていました。」
落ち着いた声。けれどほんの僅かに──硬い。
「……誰も、いませんでした。物音も。」
一瞬、言葉を切る。
「だから……内部の問題だと思って、すぐに報告を。」
その言葉を聞きながら、胸の奥が、静かに冷えていく。
外敵じゃない。未知の脅威でもない。
──もう、内側にいる。
涙は止まったはずなのに、目の奥だけがまだ熱い。
私は立ち上がり、2人を見る。
「……これ、」
言葉が、重い。
「絶対に、隠しちゃいけない。」
エルヴィンは、ゆっくりと頷いた。
ユニは、何も言わなかった。
ただ視線を逸らさずに、現実を受け止めている。
……もう、後戻りはできない。
そう、はっきり分かる夜明けだった。
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