第4章
夢小説設定
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歩きながら、足音を数える。
石畳。いつもと同じ廊下。同じ壁の中。
なのに胸の奥だけが、少しだけ違う。
──迷っている、わけじゃない。
やるべき仕事は、分かる。見えている。必要な場所も、思い当たる。
でも「ここでいい」と自分だけで決めてしまうには、今の状況は少し大きすぎた。
リヴァイ兵士長はいない。エレンという存在が、兵団の中心に置かれた。
判断は、上に集まりつつある。
だから私は、立ち止まる事を選んだ。
止まって、確認するために。
扉の前で、一度だけ息を整える。
──大丈夫。
一拍置いてから、扉を叩いた。
「どうぞ。」
中から、低く落ち着いた声。
扉を開けると、机に向かうエルヴィン団長の背中が見えた。
書類に目を落としたまま、こちらを見ずに言う。
「どうした、ユニ。」
呼び止めるでもなく、急かすでもない。
その距離感に、少しだけ肩の力が抜ける。
「少し、お時間をいただけますか。」
「構わない。」
ようやく視線が上がる。その目は、忙しさの中でも澄んでいた。
私は一歩前に出て、姿勢を正す。
「今の状況で、私がどこにいるのが適切か──判断を仰ぎたく、参りました。」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
エルヴィン団長は、すぐには答えない。数秒だけ、こちらを見る。
試すようでもなく、量るようでもない。ただ、確認する目。
「君自身は、どう考えている。」
問い返される。
私は、少しだけ考えてから答えた。
「現場には、人手が要ります。新兵も増えました。捕獲された巨人の警戒も続いています。」
一拍。
「ですが判断の線引きが曖昧なまま動くのは、今は避けるべきだと感じました。だから、自分の位置をここで一度、確認したいと思いました。」
エルヴィン団長は、小さく息を吐くように笑った。
「なるほど。」
それだけ言って、椅子にもたれかかる。
「君は"仕事がない"から来たわけじゃないな。」
「はい。」
即答だった。
「"動きすぎないため"に来た。そういう顔をしている。」
その言葉に、胸の奥が少しだけ軽くなる。
エルヴィン団長は、机の上の書類に視線を戻しながら言った。
「では、こうしよう。君には当面、トロスト区に残ってもらう。現場の整理と、情報の取りまとめだ。直接前に出る必要はない。だが現場を"回す"役は必要だ。」
視線が、再びこちらに向く。
「君ならできる。それに──」
一瞬だけ、言葉を切る。
「リヴァイが戻った時、状況を正確に渡せる人間が、そこにいる方がいい。」
胸の奥で、静かに何かが落ち着く。
守られたわけでも、押し出されたわけでもない。ただ、置かれた。
「……承知しました。」
そう答えながら、私は小さく頭を下げる。
エルヴィン団長は、それ以上何も言わなかった。それで十分だった。
部屋を出る。
廊下に戻ると、さっきより足取りが少しだけ軽い。
前に出ない。でも、止まらない。
今の私は、この位置でいい。
そう、はっきり分かったから。
───────────────
旧調査兵団本部。
長く使われていなかった建物特有の、埃と湿気の混じった匂いが鼻につく。
「……そこ。」
床を見下ろしたまま、言う。
「雑巾がけが甘い。やり直せ。」
「えっ、あ……はい!」
オルオが慌てて戻る。その横で、エレンが一瞬だけ手を止めた。
「……俺も、ですか。」
「当たり前だ。立ってるだけなら、外に行け。」
「い、いえ!やります!」
慌てて雑巾を動かす。動きは素直だが、力任せで、無駄が多い。
「力を入れすぎだ。汚れを削るんじゃねぇ。浮かせて、拭き取れ。」
「……はい。」
言われた通りにやり直すエレンを、無言で一瞥する。
……悪くない。飲み込みは、早い。だが。
「そこ、壁際。」
俺の声に、エレンが反射的に顔を上げる。
「え?」
「埃は、端に溜まる。中央ばかり拭いてどうする。」
「……あ。」
素直に膝をつき、壁際を拭き始める。
その姿が一瞬、別の光景と重なった。
あいつなら、今のを見て、もう少し違う言い方をした。
「壁際、先にやると楽ですよ。」
声は静かで、でも確実に伝わる。
相手が萎縮しない、ちょうどいい距離感。
……クソ。
「兵長……?」
ペトラが、様子を窺うように声をかける。
「……何でもねぇ。手を動かせ。」
そう言って、視線を逸らす。
エレンは雑巾を握り直し、黙々と作業を続けている。
必死だ。ここにいる意味を、体で示そうとしている。
その姿を見て、胸の奥が僅かに軋む。
ユニが最初にここへ来た時も、似たような顔をしていた。
前に出すぎず、引きすぎず。
"自分の場所"を、測るような目。
「……グンタ。棚の裏も確認しろ。エルド。雑巾、取り替えろ。汚れを広げるな。」
指示を飛ばすたび、空気が引き締まる。
それでいい。それが、俺の役目だ。
だが──エレンが拭き終えた場所を見て、小さく息を吐く。
「……こんなもんで、いいですか。」
床を一瞥する。
……及第点だ。
「まだ甘いが、さっきよりはマシだ。」
「はい!」
声が、少し明るくなる。
それを見て、無意識に比較している自分に気づく。
教え方。距離。言葉の選び方。
あいつがいたら──
そんな考えが、また浮かぶ。
「……チッ。」
小さく舌打ちし、雑巾を絞り直す。
ここは、新しい拠点だ。
新しい兵士が来る。新しい役割が始まる。
ユニは別の場所で、別の仕事をしている。
それでいい。それが、正しい配置だ。
……分かっている。
それでもこの場にいない事をこうして何度も意識してしまう時点で、俺の集中は、完全じゃない。
「……掃除に集中しろ。」
誰に向けた言葉か自分でも分からないまま、俺はもう一度床に向き直った。
雑巾を動かしながら視界の端で、無意識に"いない影"を探している事に──気づかないふりをしたまま。