第4章
夢小説設定
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朝の空気は張りつめているというほどでもなく、かといって、いつも通りでもなかった。
音が少ない。
人は動いているのに、声だけが、どこか抑えられている。
兵法会議当日。それだけで、空気が一段、硬い。
私は支部の廊下で立ち止まり、遠ざかる背中を見送っていた。
──リヴァイ兵士長。
立体機動装置を整え、必要最低限の装備だけを身につけた姿。
いつもと同じ。何ひとつ変わらない。
けれど今日は、その背中がいつもより遠く感じた。
「……行ってらっしゃい。」
短く、低い声。
振り返らない。こちらを確認する事もない。
それが、会議に向かう背中だ。
「……お気をつけて。」
私の声は、自分でも驚くほど落ち着いていた。
リヴァイ兵士長はほんの一瞬だけ足を止め、それから、頷く。
それだけ。
会議の中で、何が決まるのか。私は、知らされていない。
けれど知らされていない事自体がひとつの答えだと、もう分かっていた。
リヴァイ兵士長の背中が、角を曲がって見えなくなる。
私は、ゆっくりと息を吐いた。
──さて。
今日はもう一度、見送る事になる。
それは、少し時間が経ってからだった。
装備を整えた足音が、廊下に増える。
エルド。グンタ。オルオ。ペトラ。リヴァイ班の4人。
兵法会議とは直接関係ないが、その結果を受けての動きだ。
彼らは私を見つけると、自然に足を止めた。
「ユニさん。」
ペトラが、少し緊張した声で呼ぶ。
私は、一歩前に出た。
「……準備はいい?」
「はい。問題ありません。」
「いつでも動けます。」
返事は揃っている。顔つきも、覚悟がある。
私は1人ずつ、視線を巡らせた。
怪我はない。疲労はあるが、動けないほどじゃない。
……大丈夫。
「今回は、私が指示を出します。」
改めて、そう告げる。
「目的は、指定区域の警戒と連絡。無理に前へ出る必要はありません。何かあればすぐ戻る事。それが最優先です。」
4人は、迷いなく頷いた。
「了解。」
返事は短い。
それが、リヴァイ班だ。
私は少しだけ間を置いてから、続ける。
「……必ず、全員で戻ってきて。」
それは、命令じゃない。でも、願いだけでもない。
4人はそれぞれに、小さく笑った。
「当然です。」
「帰ってきますよ。」
「置いていかれる気はないです。」
「……任せてください。」
それを聞いて、胸の奥が僅かに緩む。
「……行ってらっしゃい。」
私がそう言うと、4人は一斉に背を向けた。
足音が、廊下を遠ざかっていく。
私は、その背中を見送りながら思う。
今日は、二度、見送った。
一度目は、判断を背負う人。
二度目は、現場を動かす人達。
どちらも、私が立つ場所とは少し違う。
でも──見送る役目を任されたのも、また事実だ。
私は拳を軽く握りしめ、静かに息を吸う。
ここに残る。
それが、今日の私の役割。
誰かが戻ってくる場所を、守るために。
私は、廊下の奥へと歩き出した。
静かな1日が、もうすぐ大きく動き出す予感を、胸の奥に残したまま。
◇
夕食を終えた後。
食堂は思っていたよりも早く静かになった。
空になった食器の音。椅子を引く、控えめな気配。
私は片付けを終えても、すぐには席を立てずにいた。
満腹でも、空腹でもない。
ただ胃のあたりに、重さだけが残っている。
──今日1日。
考えないようにしていた事が、夜になるとどうしても浮かんでくる。
その時だった。
「……ユニ。」
背後から、聞き慣れた声。
振り向くと、ナナバが立っていた。
「ちょっと、いい?」
「……うん。」
頷くと、ナナバは向かいの椅子を引いて、ためらいなく腰を下ろす。
気遣いはあるけど、探る感じじゃない。昔から変わらない距離。
「今日さ。」
ナナバは私の顔を一度見てから、言った。
「ずっと力、入りっぱなしだった。」
断定でも、責めでもない。ただの事実みたいな口調。
「気づかないふりもできたけど、放っておくのも嫌でさ。」
私は、小さく息を吐いた。
「……そんなに分かりやすかった?」
「うん。」
即答。
「分かりやすかった。」
それから、少しだけ笑う。
「でもね。崩れてはいなかったよ。」
一瞬、言葉の意味を測る。
「ちゃんと立ってた。無理はしてたけど、折れてはなかった。」
……昔から、この人はそうだ。
慰めもしない。大げさにも言わない。でも、核心だけを外さない。
「……ありがと。」
短く言うと、ナナバは肩をすくめた。
「思い通りにいかない日なんて、いくらでもあるでしょ。」
「頑張っても、正しくても、前に出れない日。」
私は、何も言わずに聞いていた。
「でもさ、」
ナナバは、少しだけ身を乗り出す。
「前に出ない判断が、逃げってわけじゃない。立ち止まるのも、ちゃんと選んでるって事。」
胸の奥に、静かに、何かが落ちる。
分かってはいた。でも、言葉にされると違う。
「……事実は変わらないけどね。」
そう言うと、ナナバは頷いた。
「うん。変わらない。だから、今日はそれでいいんじゃない?」
無理に前を向かせない。解決もしない。
「元気出せとか、納得しろとか、言わないよ。ただ──独りだと思うなってだけ。」
胸の奥が、ほんの少しあたたかくなる。
全部は消えない。気分が晴れたわけでもない。
それでも。
「じゃ、私は戻る。」
ナナバは立ち上がって、軽く手を振った。
「眠れなかったら、無理に寝なくていいからね。」
そう言って、食堂を出ていく。
私はその背中を見送ってから、ゆっくり立ち上がった。
事実は、何も変わらない。
判断も、距離も、立場も。
でも胸の奥に残ったこの温度は確かに、今の私を支えている。
それだけで今夜は──十分だった。