here comes my love
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「松潤……カッコええな」
「……そんなしんみり言うようなことでもなくない?」
煎餅を齧 りながら視線をテレビに向けたままぼんやり呟くと、気だるそうな返事がかえってきた。風呂も夕飯も済ませ一息ついたところである。謙也から見て名前が唯一──なんて他人が決めることではないのだが──ゆったりと過ごしている時間のようだった。
「何食ったらあんなんなるんや」
「さあ……少なくともタコ焼きではないんじゃない」
「何や、タコ焼きバカにしとんのか」
「いや、謙也をバカにしてる」
「ほーかほーか、ならええわ……ってならんわ!」
はは、と笑うその顔は、やはり昔と変わらないようにも見える。昔と変わらないところとそうでないところを矢継ぎ早に次々と見せられ、謙也は正直のところ混乱していた。
「そーいや名前、そろそろ友達の一人や二人出来たか」
「あー、出来た出来た」
「……嘘つくんやったら、せめてもーちょいホンマっぽく言うた方がええんちゃう?」
「そう?」
「そらそない仏頂面しとったら出来るもんも出来んっちゅう話や」
「だよねえ」
悲しそうな素振 りすらもすることなく、名前は生返事をする。やはり、「わざと自分から距離を取っているのでは」という推測は正しかった。──どちらかと言わずとも外れていてほしい予想だったのだが、と、謙也は少しだけ肩を落とした。
画面の中では男女が言い争っている。誰が見てもここから大盛り上がり間違いナシというようなところで、名前は大欠伸しながら机に体を預けた。一応顔だけはテレビの方を向けているが、その目は今にも閉じそうである。先程のから返事もありテレビに夢中になっているのかと思ったが、どうやらそうではなかったらしい。
「おい、寝るんなら部屋行きや」
「んー……」
「ちゅうかおまえ、夜ちゃんと寝れとんのか?」
「……え?」
謙也は白石から、名前がよく授業中にも船を漕いでいることを聞いていた。慣れない生活に疲れもあるのだろうし、母親──皐月のことが気にかかるのも分かるが、それだけではない。謙也は、名前が夜一人で机に向かっていることを知っていた。日中気怠げなのも人当たりに余裕がないのも、睡眠不足から来るものであるなら多少合点がいくといったところだ。
謙也の問いかけに名前は一瞬驚いたようだったが、すぐに何もなかったかのよう、目元を擦りながら体を起こした。
「寝とる寝とる」
「こん前夜中起きとんの見たで」
「あー……宿題やるの忘れてただけだよ」
「授業中もぐーすか寝とるらしいし」
「成長期だからね」
「……ホンマ、口の減らんやっちゃな」
やはり、昔はこうではなかった、と謙也は思う。何でも話してくれていたとまでは言わないが、少なくとも今よりは開けっぴろげに言葉を交わせたはず。名前は感情を言葉にすることこそ昔から少なかったが、それでももう少し表情でだって見てとれたものだった。今では、考えていることは何となく分かっても──それも昔からの付き合いだからだが──それが表に出ることはまずないように感じる。ポーカーフェイスというやつだ。……ユーシじゃあるまいし。
これ以上突っ込んだところで何も答えないだろう。すべて躱 されるだけだ。謙也は名前の性格をよく分かっていた。あまり表には出さないが、それなりに頑固なところは変わっていないらしい。
「まあ……あんま無理せんと、何か言いたなったらちゃんと言うんやで」
「大袈裟だなあ」
まあでも、ありがとね。
こうやって、何だかんだ言いながら意外と素直に礼が言えるところも、昔のままだ。……あまり自分の物差しで、彼女が変わっただのそうでないだの考えるのはよそう。名前は名前でしかないのだから。
「せっかく白石の隣なんやし、もっと仲良うしたらええのに」
「……あぁ、白石くんね。あの人めっちゃ親切だね」
「面倒見ええからなあ。真面目やし」
「ああ……そんな感じする。優しそうだし」
「優しそうっちゅうか、優しいな、あいつは」
「……優しいっていうか、うーん……」
「何や、なんか言いたげやな」
「……この前さあ、白石くんに酷いこと言ったんだけど」
「お、おお」
先日の白石の愚痴を思い出し、謙也はつい動揺してしまった。……誤魔化せるかとも思ったが、やはりそう甘くはないらしい。名前は目をぱちくりさせて、ふう、と息を吐く。
「なんだ、聞いてるんじゃん。やっぱ怒ってたんだね」
「え? ああ、まあ……いやでも何ちゅうか、別に……」
何で俺が焦らなあかんねん。心のどこかでそうぼやきながらも、なんとか上手く取り持てないかと思ったが、何一つ気の利いた言葉は出てこなかった。脳をフル回転させながら意味のない感嘆詞と接続詞だけを並べる謙也に、名前は呆れたように笑いながら続ける。
「いや、普通怒るでしょ。怒ってない方が不思議だし、むしろちょっと安心したかも」
「え?」
「謝ってもないのに、何もなかったみたいにしてくるし……逆に不気味だった」
「不気味て。ちゅうか、謝るようなこと言うたーて思てんのやったら謝りや」
「うーん、正論。まあ……そのうちね」
歯磨こ、と言って名前は立ち上がり、洗面所の方へ向かってしまった。──あかん、あいつが何考えとるのか、さっぱり分からん。白石に酷いことを言った自覚も罪悪感もあって、けれど、白石が怒っている方が安心する? 何のこっちゃ。
考えても分からないことを考えていると、急激に眠気が襲ってくる。明日も朝早い。そのうち話してくれるだろうか、話してくれなくとも、せめて名前が少しでも健やかに眠れるよう祈りながら、謙也はエンドロールが流れるテレビの電源を落とした。
「……そんなしんみり言うようなことでもなくない?」
煎餅を
「何食ったらあんなんなるんや」
「さあ……少なくともタコ焼きではないんじゃない」
「何や、タコ焼きバカにしとんのか」
「いや、謙也をバカにしてる」
「ほーかほーか、ならええわ……ってならんわ!」
はは、と笑うその顔は、やはり昔と変わらないようにも見える。昔と変わらないところとそうでないところを矢継ぎ早に次々と見せられ、謙也は正直のところ混乱していた。
「そーいや名前、そろそろ友達の一人や二人出来たか」
「あー、出来た出来た」
「……嘘つくんやったら、せめてもーちょいホンマっぽく言うた方がええんちゃう?」
「そう?」
「そらそない仏頂面しとったら出来るもんも出来んっちゅう話や」
「だよねえ」
悲しそうな
画面の中では男女が言い争っている。誰が見てもここから大盛り上がり間違いナシというようなところで、名前は大欠伸しながら机に体を預けた。一応顔だけはテレビの方を向けているが、その目は今にも閉じそうである。先程のから返事もありテレビに夢中になっているのかと思ったが、どうやらそうではなかったらしい。
「おい、寝るんなら部屋行きや」
「んー……」
「ちゅうかおまえ、夜ちゃんと寝れとんのか?」
「……え?」
謙也は白石から、名前がよく授業中にも船を漕いでいることを聞いていた。慣れない生活に疲れもあるのだろうし、母親──皐月のことが気にかかるのも分かるが、それだけではない。謙也は、名前が夜一人で机に向かっていることを知っていた。日中気怠げなのも人当たりに余裕がないのも、睡眠不足から来るものであるなら多少合点がいくといったところだ。
謙也の問いかけに名前は一瞬驚いたようだったが、すぐに何もなかったかのよう、目元を擦りながら体を起こした。
「寝とる寝とる」
「こん前夜中起きとんの見たで」
「あー……宿題やるの忘れてただけだよ」
「授業中もぐーすか寝とるらしいし」
「成長期だからね」
「……ホンマ、口の減らんやっちゃな」
やはり、昔はこうではなかった、と謙也は思う。何でも話してくれていたとまでは言わないが、少なくとも今よりは開けっぴろげに言葉を交わせたはず。名前は感情を言葉にすることこそ昔から少なかったが、それでももう少し表情でだって見てとれたものだった。今では、考えていることは何となく分かっても──それも昔からの付き合いだからだが──それが表に出ることはまずないように感じる。ポーカーフェイスというやつだ。……ユーシじゃあるまいし。
これ以上突っ込んだところで何も答えないだろう。すべて
「まあ……あんま無理せんと、何か言いたなったらちゃんと言うんやで」
「大袈裟だなあ」
まあでも、ありがとね。
こうやって、何だかんだ言いながら意外と素直に礼が言えるところも、昔のままだ。……あまり自分の物差しで、彼女が変わっただのそうでないだの考えるのはよそう。名前は名前でしかないのだから。
「せっかく白石の隣なんやし、もっと仲良うしたらええのに」
「……あぁ、白石くんね。あの人めっちゃ親切だね」
「面倒見ええからなあ。真面目やし」
「ああ……そんな感じする。優しそうだし」
「優しそうっちゅうか、優しいな、あいつは」
「……優しいっていうか、うーん……」
「何や、なんか言いたげやな」
「……この前さあ、白石くんに酷いこと言ったんだけど」
「お、おお」
先日の白石の愚痴を思い出し、謙也はつい動揺してしまった。……誤魔化せるかとも思ったが、やはりそう甘くはないらしい。名前は目をぱちくりさせて、ふう、と息を吐く。
「なんだ、聞いてるんじゃん。やっぱ怒ってたんだね」
「え? ああ、まあ……いやでも何ちゅうか、別に……」
何で俺が焦らなあかんねん。心のどこかでそうぼやきながらも、なんとか上手く取り持てないかと思ったが、何一つ気の利いた言葉は出てこなかった。脳をフル回転させながら意味のない感嘆詞と接続詞だけを並べる謙也に、名前は呆れたように笑いながら続ける。
「いや、普通怒るでしょ。怒ってない方が不思議だし、むしろちょっと安心したかも」
「え?」
「謝ってもないのに、何もなかったみたいにしてくるし……逆に不気味だった」
「不気味て。ちゅうか、謝るようなこと言うたーて思てんのやったら謝りや」
「うーん、正論。まあ……そのうちね」
歯磨こ、と言って名前は立ち上がり、洗面所の方へ向かってしまった。──あかん、あいつが何考えとるのか、さっぱり分からん。白石に酷いことを言った自覚も罪悪感もあって、けれど、白石が怒っている方が安心する? 何のこっちゃ。
考えても分からないことを考えていると、急激に眠気が襲ってくる。明日も朝早い。そのうち話してくれるだろうか、話してくれなくとも、せめて名前が少しでも健やかに眠れるよう祈りながら、謙也はエンドロールが流れるテレビの電源を落とした。
