here comes my love
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ガシャン、というボールの籠が引っくり返る音は、静まりかえった体育館には嫌というほど大きく響いた。続けて特有のバウンド音とともに、ボールが散り散りに転がっていく。
バスケットは好きだ。ただ謙也を見ていると、名前は言いようのない焦燥感を覚えた。謙也は凄い。その快足はさることながら、それをテニスに活かそうとする心意気が名前には眩しかった。専門的なことは分からないが、陸上部からの声掛けを蹴ってまでテニスに情熱を注いでいるのだ。真面目で勤勉で快活で、それはまさに名前が「そうありたい」と思う姿そのもののようだった。
対して自分は。比べるまでもない。バスケットは好きだ、好きだが、“手段”として利用していることが名前は酷く後ろめたかった。夢中でボールを追いかけている間は、他のことを何も考えずに済むから。部活で仲間と友情を深め合うことが、模範的なことに思えたから。好きだからバスケットを選んだが、掛け値なしにテニスに打ち込む謙也を見ていると、自分がバスケットを好きだと言うことすら烏滸 がましいような気がしてならなかった。
──私ももっと、そうやって生きられたら。なんて、もっと浅ましい願いだ。未来永劫そんな日は来ないし、来てはいけない。名前はかぶりを振って自分に言い聞かせる。
散々悩んだ名前は、結局バスケットボール部に入部することにした。謙也に「そんなに決まらんならテニス部のマネでもええで」などと冗談混じりに言われ、半ば逃げるようにバスケットボール部への入部届を出したのだ。そんなに四六時中謙也と一緒にいてはますます自分が嫌になるし、そもそもマネージャーなんて自分には無理だと名前自身が一番よく分かっていた。……そもそも、謙也も発破をかけただけで、本気で言ったわけではないだろうが。
バスケ部に入るのはいいが、部活を決めたことでとりあえず一息つけた気がしていた名前は、文化部にも入らなければならないことを謙也から聞いて心底ゲンナリした。この学校は何から何まで変わっている。
無造作に転がるボールをひとつずつ、拾った場所から元の籠に放り投げる。頭を無に出来て時間潰しにもなり、さほど体力も使わないこの作業は名前にとって、練習というよりもルーティンの一部だった。体育館の外にまで飛び出していくボールを視界の端で追いながら、周りに馴染めず一人暗い世界へ外れていく様は、まるで自分のようだとぼんやり思った。仄暗 いピロティに出るとやはり静かで、先ほどの籠を蹴り倒した音は相当のものであっただろう事実を改めて感じる。部活終了時刻も過ぎているし、誰にも届いていないだろうが。
仲間外れのように追い出されたボールを拾い上げ指先で回しながら、外へ出たついでに水道へ向かう。すると遠くの方から、一定の間隔で刻まれる音が聞こえた。静寂に掻き消されそうなほどかすかではあるが、それでも確実に。
──誰かいる、のだろうか。
そのリズムに誘われるように、名前はそろそろと足を進める。あちらの方には確かテニスコートがあったはず。確認のために必要最低限な距離をはかりつつ、少しずつ音の鳴る方へ近付いた。
「……? あ……」
そこにいたのは、まだ四天宝寺では数少ない、名前でも見知った人物だった。色素の薄い髪色が暗闇によく映えて、ラケットを振るたびに揺れて時折キラキラと輝いている。これが『絵になる』というやつか。がむしゃらというには少々荒々しさに欠ける、哀愁さえ含んだようなその後ろ姿さえ様 になっている。
白石は転入初日からずっと親切だった。教科書も嫌な顔ひとつせず見せてくれたし、移動教室の際も案内してくれたり、そしてそれは今も変わらない。変わらないのだ。名前には、彼に酷い態度をとったという自覚があった。あまり踏み込まれたくなかったのは事実だが、それにしたってあんな風に恩を仇で返すような発言までする必要はなかったと、今は思う。名前は白石が怖かった。眉目秀麗、テニスは全国区、二年にして部を纏 め上げる手腕も兼ね備え、そのうえ誰にでも寛大で親切で。そんな完璧な人間が実在してしまっていては、名前は打ちひしがれる他なかった。今まで自分がそうありたかった理想すらも遥か超えるような人物が、突然目の前に現れたのだ。謙也とはまた違った種類のそれは、謙也に対して感じる息苦しさに一層拍車を掛ける。
──けれど、それこそ彼には関係のない話だ。私の勝手な感情で、彼に冷たい言葉を吐いた。それで傷付くほど私の存在に興味などないかもしれないが、罪悪感は変わらない。謝りたいような、蒸し返してまた苛つかせるのも忍びないような、謝ったところで自己満足でしかないような、それでも謝らないよりはマシのような。……なんて、こんなことで悩んでいる方が阿呆らしい。答えの出ない自己問答に吐き気がする。いつも、ずっとそうだ。あの日からずっと。どうしてもっと上手に生きられないんだろう。どうして、こんな私の為に。
ダメだ。頭が痛い。片付けて、さっさと帰ろう。万里ちゃんの作った美味しいご飯を食べて、ゆっくりお風呂で温まって、宿題やって、寝る。健康で文化的な、理想の生活。……でも今日も、眠れないんだろうな。
堂々巡りする思考に溜息を吐き、名前は体育館へと踵を返した。
バスケットは好きだ。ただ謙也を見ていると、名前は言いようのない焦燥感を覚えた。謙也は凄い。その快足はさることながら、それをテニスに活かそうとする心意気が名前には眩しかった。専門的なことは分からないが、陸上部からの声掛けを蹴ってまでテニスに情熱を注いでいるのだ。真面目で勤勉で快活で、それはまさに名前が「そうありたい」と思う姿そのもののようだった。
対して自分は。比べるまでもない。バスケットは好きだ、好きだが、“手段”として利用していることが名前は酷く後ろめたかった。夢中でボールを追いかけている間は、他のことを何も考えずに済むから。部活で仲間と友情を深め合うことが、模範的なことに思えたから。好きだからバスケットを選んだが、掛け値なしにテニスに打ち込む謙也を見ていると、自分がバスケットを好きだと言うことすら
──私ももっと、そうやって生きられたら。なんて、もっと浅ましい願いだ。未来永劫そんな日は来ないし、来てはいけない。名前はかぶりを振って自分に言い聞かせる。
散々悩んだ名前は、結局バスケットボール部に入部することにした。謙也に「そんなに決まらんならテニス部のマネでもええで」などと冗談混じりに言われ、半ば逃げるようにバスケットボール部への入部届を出したのだ。そんなに四六時中謙也と一緒にいてはますます自分が嫌になるし、そもそもマネージャーなんて自分には無理だと名前自身が一番よく分かっていた。……そもそも、謙也も発破をかけただけで、本気で言ったわけではないだろうが。
バスケ部に入るのはいいが、部活を決めたことでとりあえず一息つけた気がしていた名前は、文化部にも入らなければならないことを謙也から聞いて心底ゲンナリした。この学校は何から何まで変わっている。
無造作に転がるボールをひとつずつ、拾った場所から元の籠に放り投げる。頭を無に出来て時間潰しにもなり、さほど体力も使わないこの作業は名前にとって、練習というよりもルーティンの一部だった。体育館の外にまで飛び出していくボールを視界の端で追いながら、周りに馴染めず一人暗い世界へ外れていく様は、まるで自分のようだとぼんやり思った。
仲間外れのように追い出されたボールを拾い上げ指先で回しながら、外へ出たついでに水道へ向かう。すると遠くの方から、一定の間隔で刻まれる音が聞こえた。静寂に掻き消されそうなほどかすかではあるが、それでも確実に。
──誰かいる、のだろうか。
そのリズムに誘われるように、名前はそろそろと足を進める。あちらの方には確かテニスコートがあったはず。確認のために必要最低限な距離をはかりつつ、少しずつ音の鳴る方へ近付いた。
「……? あ……」
そこにいたのは、まだ四天宝寺では数少ない、名前でも見知った人物だった。色素の薄い髪色が暗闇によく映えて、ラケットを振るたびに揺れて時折キラキラと輝いている。これが『絵になる』というやつか。がむしゃらというには少々荒々しさに欠ける、哀愁さえ含んだようなその後ろ姿さえ
白石は転入初日からずっと親切だった。教科書も嫌な顔ひとつせず見せてくれたし、移動教室の際も案内してくれたり、そしてそれは今も変わらない。変わらないのだ。名前には、彼に酷い態度をとったという自覚があった。あまり踏み込まれたくなかったのは事実だが、それにしたってあんな風に恩を仇で返すような発言までする必要はなかったと、今は思う。名前は白石が怖かった。眉目秀麗、テニスは全国区、二年にして部を
──けれど、それこそ彼には関係のない話だ。私の勝手な感情で、彼に冷たい言葉を吐いた。それで傷付くほど私の存在に興味などないかもしれないが、罪悪感は変わらない。謝りたいような、蒸し返してまた苛つかせるのも忍びないような、謝ったところで自己満足でしかないような、それでも謝らないよりはマシのような。……なんて、こんなことで悩んでいる方が阿呆らしい。答えの出ない自己問答に吐き気がする。いつも、ずっとそうだ。あの日からずっと。どうしてもっと上手に生きられないんだろう。どうして、こんな私の為に。
ダメだ。頭が痛い。片付けて、さっさと帰ろう。万里ちゃんの作った美味しいご飯を食べて、ゆっくりお風呂で温まって、宿題やって、寝る。健康で文化的な、理想の生活。……でも今日も、眠れないんだろうな。
堂々巡りする思考に溜息を吐き、名前は体育館へと踵を返した。
