here comes my love
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「……せやけど、言い方っちゅーもんがあるやろ」
「……はは……」
隣の席の転入生──もとい、名前──に、白石はご立腹らしい。
その日の部活終わり。謙也は昼休みの、自分が弁当を受け取って放送室へ飛び出していった後のことを白石から聞いた。そして名前によるそれ以外の気儘な、時に不可解な言動も。何となく想像は出来ていたが、相手が白石となると、謙也はより一層板挟みになる思いだ。タオルで汗を拭いながら、白石は言葉を続ける。
「再現したるわ。『おたくには関係あらへんやろ。話しかけてくんなや鬱陶しいんじゃボケ、しばくでホンマ』」
「ふ、ほんまにそんなんやったか?」
「ちょお盛っとるけどだいたいこんなもんや」
「いや、あんまりにも似とらんからつい」
「うっさいわ!」
一年ぶりに再会した彼女は、謙也の知る名前とはまるで違う人物のようだった。たった一年で人はここまで変わることが出来るのかと衝撃を受けるほどに。けれど具体的に何が変わったのかと言えば筆舌に尽くし難く、口を開けばかつてとさして変わっていなかったし、謙也はきっと自分の勘違いだろうと片付ることにした──のだが。どうやらそれはあくまでも自分たち家族に対するそれだけで、新たな人間関係を構築する気はないらしい。謙也の覚えた違和感は間違いではなかったのだ。
白石の物真似(と呼べるほどのクオリティでもなかったが)のさすがに後半部分は脚色だろうが、今の名前なら、「関係ない」くらいは言いそうである。白石が言ったコテコテな関西弁を、名前がそのまま口にしているのを想像して、思わず謙也は吹き出してしまった。
「何わろとんねん」
「いやいやいや! すまんな、ほんまあいつは」
「……別に、謙也に謝ってもろてもな」
口ではああ言っていたが、どうやら少しイラついた程度で、本当に心の底から怒り心頭というわけではないらしい。根本的に性根が穏やかである白石に謙也は安堵した。
「あいつなあ……何かなあ。何でそんなわざと距離作るようなことすんねやろ」
「ああ、やっぱわざとなんか。なんやそんな気したわ、教科書見せとる時とかはもっと普通やったし」
「んー……元々人見知りなんはせやったけど、それにしてもちょっとなあ」
「……まあ、ええんちゃう? おまえがそこまで気にせんでも」
「いや、それも分かっとんねんけど」
正論だ、と思う。謙也は、名前にその気がないのに自分だけがヤキモキしていても仕方がないと理解はしていた。友人を増やすことが彼女にとって幸せなこととは限らない。だが、いくら交友関係を広げる気がなくとも、わざわざ敵を作る必要だってないはずなのだ。かつての名前ならば、何か思うことがあってもそれなりに取り繕うことが出来ていたはず。そういう意味では大人になったどころか、その逆なのかもしれない。だからこそ、謙也は気にせずにはいられなかった。せめて四天宝寺に通っている最中くらいは少しでも気楽に、楽しく過ごしてほしい。謙也の、いや、謙也だけでなく、この転入を提案した謙也の母──万里子の願いでもあった。
「せやけど気になるんやからしゃーないやん」
「なんや謙也、あの子んこと好きなんか?」
「ぶっ、ごほ……っ」
「うおっ」
白石の問いに、謙也は口に含んでいた水分を勢いよく吹き出した。水浸しになった自身のロッカーの扉とユニフォームに、ただの水でラッキー、練習前終わりやからもう後帰るだけやし、とせめてもの自己暗示をする謙也に対し、白石は呆れながら雑巾を差し出す。
「あーあー、何しとんねん……」
「おまえが、げほっ、変なこと言うからやろ……っ」
「そない驚くようなこと言うてへんやろ。図星か?」
「ちゃうわ! 何でそうなんねん、伝わらんか? この兄ゴコロが」
「兄ちゃうやん」
「どっちでもええねん! とにかく、こーんなちっさい時からお互いホンマもんの家族みたいにしとったんに、好きも嫌いもあらへんっちゅう話や」
「ほーん」
そんなモンなんかなあ。白石は別の布巾で謙也のロッカーの戸を拭いながら呟く。納得したようなそうでもないような、どちらとも取れる態度だった。あまり否定しても逆に怪しまれるかもしれないが、どうしようもない。何をどこからどこまで、自分の口から伝えて良いものか、謙也は床を拭く手を止めて、言葉を選びながら続けた。
「……まあ、色々あんねん、あいつにも。やから、何も考えんと楽に過ごしてほしいて思っとるだけや」
「……謙也……」
「ともかく悪かったな! あいつにも俺から言うとくし、出来たら、あんま嫌わんといたってや」
名前の転入について周囲に聞かれた時、回答は「親の海外転勤」で統一することになっていた。名前自身がそう決めたことだ。本当の理由はあまり自身で口にしたいものではなかっただろうし、かと言って「家庭の事情」とボカすのも、かえって意味ありげになりそうで嫌だと。わざわざ自発的に言うこともなし、教室ではそう聞かれることもなかったが、テニス部ではやはりしばしば話題となっていた。従姉とはいえ同い年の女子と一つ屋根の下暮らすことになったのだ、当然と言えば当然である。
こんな言い回しをすれば、今まで答えてきた理由が嘘だと白石に勘付かれるかもしれない。謙也は白石の聡明さをよく知っていたし、それが名前の意思に反することも理解していた。だが、白石はたとえ勘付いたとて、謙也が触れないそれを深掘りするほど無粋な人間ではない。そして何より謙也は、二人に仲睦まじく──とまでは言わないが、たとえ疎 み合うことになってしまうのだとしても、お互いのことをよく知ってからにしてほしかったのだ。謙也にとっては、二人ともが良き友人と良き家族であるからこそ。
「……別にそんな、嫌うっちゅう程やないけど。そこまであの子のことも知らんし」
「おーおー、物分かりのええ弟で兄ちゃん幸せや」
「誰がや。どっちかっちゅうとおまえが弟やろ」
「まあまあ、細かいこと気にすんなて。っちゅーか、ホンマに俺あいつのこと好きそうに見えるん? 嫌やねんけど」
「んはは! 嫌なんかい」
「嫌っちゅーか、なんや噂でも立って名前の耳に入りよったら俺がシバかれる」
「昼もそないなこと言うとったけど、あの子がシバくとか、あんま想像できんなぁ」
「いや、あいつキレたらホンマにヤバいんやて」
「おもろ。そん時は呼んでな、撮影しといたるわ」
「助けろや!」
名前には名前の孤独があり、白石は白石で、自分には想像も出来ないような大きな責任を背負っている。謙也は二人がどことなく似ているような、けれどどこがと問われると、やはり言葉では言い表せないような思いを感じていた。
──ちゃんと喋ってみたら、結構馬が合うと思うんやけどなあ。さすがにこの状況で口には出来なかったが、思うくらいなら自由であろう。……いずれにせよもう少し、名前が前向きになってくれたら良いのだが。
「……はは……」
隣の席の転入生──もとい、名前──に、白石はご立腹らしい。
その日の部活終わり。謙也は昼休みの、自分が弁当を受け取って放送室へ飛び出していった後のことを白石から聞いた。そして名前によるそれ以外の気儘な、時に不可解な言動も。何となく想像は出来ていたが、相手が白石となると、謙也はより一層板挟みになる思いだ。タオルで汗を拭いながら、白石は言葉を続ける。
「再現したるわ。『おたくには関係あらへんやろ。話しかけてくんなや鬱陶しいんじゃボケ、しばくでホンマ』」
「ふ、ほんまにそんなんやったか?」
「ちょお盛っとるけどだいたいこんなもんや」
「いや、あんまりにも似とらんからつい」
「うっさいわ!」
一年ぶりに再会した彼女は、謙也の知る名前とはまるで違う人物のようだった。たった一年で人はここまで変わることが出来るのかと衝撃を受けるほどに。けれど具体的に何が変わったのかと言えば筆舌に尽くし難く、口を開けばかつてとさして変わっていなかったし、謙也はきっと自分の勘違いだろうと片付ることにした──のだが。どうやらそれはあくまでも自分たち家族に対するそれだけで、新たな人間関係を構築する気はないらしい。謙也の覚えた違和感は間違いではなかったのだ。
白石の物真似(と呼べるほどのクオリティでもなかったが)のさすがに後半部分は脚色だろうが、今の名前なら、「関係ない」くらいは言いそうである。白石が言ったコテコテな関西弁を、名前がそのまま口にしているのを想像して、思わず謙也は吹き出してしまった。
「何わろとんねん」
「いやいやいや! すまんな、ほんまあいつは」
「……別に、謙也に謝ってもろてもな」
口ではああ言っていたが、どうやら少しイラついた程度で、本当に心の底から怒り心頭というわけではないらしい。根本的に性根が穏やかである白石に謙也は安堵した。
「あいつなあ……何かなあ。何でそんなわざと距離作るようなことすんねやろ」
「ああ、やっぱわざとなんか。なんやそんな気したわ、教科書見せとる時とかはもっと普通やったし」
「んー……元々人見知りなんはせやったけど、それにしてもちょっとなあ」
「……まあ、ええんちゃう? おまえがそこまで気にせんでも」
「いや、それも分かっとんねんけど」
正論だ、と思う。謙也は、名前にその気がないのに自分だけがヤキモキしていても仕方がないと理解はしていた。友人を増やすことが彼女にとって幸せなこととは限らない。だが、いくら交友関係を広げる気がなくとも、わざわざ敵を作る必要だってないはずなのだ。かつての名前ならば、何か思うことがあってもそれなりに取り繕うことが出来ていたはず。そういう意味では大人になったどころか、その逆なのかもしれない。だからこそ、謙也は気にせずにはいられなかった。せめて四天宝寺に通っている最中くらいは少しでも気楽に、楽しく過ごしてほしい。謙也の、いや、謙也だけでなく、この転入を提案した謙也の母──万里子の願いでもあった。
「せやけど気になるんやからしゃーないやん」
「なんや謙也、あの子んこと好きなんか?」
「ぶっ、ごほ……っ」
「うおっ」
白石の問いに、謙也は口に含んでいた水分を勢いよく吹き出した。水浸しになった自身のロッカーの扉とユニフォームに、ただの水でラッキー、練習前終わりやからもう後帰るだけやし、とせめてもの自己暗示をする謙也に対し、白石は呆れながら雑巾を差し出す。
「あーあー、何しとんねん……」
「おまえが、げほっ、変なこと言うからやろ……っ」
「そない驚くようなこと言うてへんやろ。図星か?」
「ちゃうわ! 何でそうなんねん、伝わらんか? この兄ゴコロが」
「兄ちゃうやん」
「どっちでもええねん! とにかく、こーんなちっさい時からお互いホンマもんの家族みたいにしとったんに、好きも嫌いもあらへんっちゅう話や」
「ほーん」
そんなモンなんかなあ。白石は別の布巾で謙也のロッカーの戸を拭いながら呟く。納得したようなそうでもないような、どちらとも取れる態度だった。あまり否定しても逆に怪しまれるかもしれないが、どうしようもない。何をどこからどこまで、自分の口から伝えて良いものか、謙也は床を拭く手を止めて、言葉を選びながら続けた。
「……まあ、色々あんねん、あいつにも。やから、何も考えんと楽に過ごしてほしいて思っとるだけや」
「……謙也……」
「ともかく悪かったな! あいつにも俺から言うとくし、出来たら、あんま嫌わんといたってや」
名前の転入について周囲に聞かれた時、回答は「親の海外転勤」で統一することになっていた。名前自身がそう決めたことだ。本当の理由はあまり自身で口にしたいものではなかっただろうし、かと言って「家庭の事情」とボカすのも、かえって意味ありげになりそうで嫌だと。わざわざ自発的に言うこともなし、教室ではそう聞かれることもなかったが、テニス部ではやはりしばしば話題となっていた。従姉とはいえ同い年の女子と一つ屋根の下暮らすことになったのだ、当然と言えば当然である。
こんな言い回しをすれば、今まで答えてきた理由が嘘だと白石に勘付かれるかもしれない。謙也は白石の聡明さをよく知っていたし、それが名前の意思に反することも理解していた。だが、白石はたとえ勘付いたとて、謙也が触れないそれを深掘りするほど無粋な人間ではない。そして何より謙也は、二人に仲睦まじく──とまでは言わないが、たとえ
「……別にそんな、嫌うっちゅう程やないけど。そこまであの子のことも知らんし」
「おーおー、物分かりのええ弟で兄ちゃん幸せや」
「誰がや。どっちかっちゅうとおまえが弟やろ」
「まあまあ、細かいこと気にすんなて。っちゅーか、ホンマに俺あいつのこと好きそうに見えるん? 嫌やねんけど」
「んはは! 嫌なんかい」
「嫌っちゅーか、なんや噂でも立って名前の耳に入りよったら俺がシバかれる」
「昼もそないなこと言うとったけど、あの子がシバくとか、あんま想像できんなぁ」
「いや、あいつキレたらホンマにヤバいんやて」
「おもろ。そん時は呼んでな、撮影しといたるわ」
「助けろや!」
名前には名前の孤独があり、白石は白石で、自分には想像も出来ないような大きな責任を背負っている。謙也は二人がどことなく似ているような、けれどどこがと問われると、やはり言葉では言い表せないような思いを感じていた。
──ちゃんと喋ってみたら、結構馬が合うと思うんやけどなあ。さすがにこの状況で口には出来なかったが、思うくらいなら自由であろう。……いずれにせよもう少し、名前が前向きになってくれたら良いのだが。
