Your Song
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今日買ってきたばかりの雑誌を放り投げ、ソファーに項垂れる。ダメだ。どれもピンと来ない、気がする。雑誌を読んでみたりインターネットで調べてみたり、色々としてはみたものの、なんかもうよく分からなくなってきた。そもそも私は、家族以外の異性にプレゼントをあげたことがないのだ──自慢するようなことでもないが。やはり無難に腕時計とかが良いのだろうか。けれど、欲しいものを聞いたら「ない」ではなく「いらない」と言われてしまった手前、あまり高価なものではまたグチグチ言われそうである。とはいえ二人で旅行に行く、とか、それこそ無理な話だし。半返しとはいかないまでも、私だって何か返したいのに。
──というのをここのところ悩み過ぎて、そろそろ零に見抜かれている気がする。いい加減種明かしをしなくては、次来た時には問い詰められるのではないか。頭を抱える私の耳に飛び込んできたのは、ろくに見てもいない点けっ放しのテレビから流れてきた懐かしい音楽だった。私は飛び起きてその歌詞を反芻し、使っていないタンスの一番下、捨てられなかったそれを思い出す。何年かぶりにそこを開くと、少し縒 れた包装のそれがあった。あの頃、渡せなかったプレゼント。目にしたくなくて思い出したくなくて、だけど捨てられなくて、ここに封印したんだっけ。昇華できなかった当時の感情が昨日のことのように蘇ってきて、気付けば何故か涙がこぼれていた。
こんなこと、してる場合じゃない。私はそれをそっと元に戻し、立ち上がって身支度もそこそこに家を飛び出した。
◇
「……」
「おかえり」
「あ、ああ、ただいま……」
玄関を開けると、そこにいたのはいやに上機嫌な名前だった。呼び鈴を鳴らしたわけでもないのに。それに、いつもなら寝ているであろう時間だ。正直面食らっている。
「……酔ってるのか?」
「え~? そんなことないよ。まだちょ~っとしか飲んでないもん」
促されてあがったリビングのローテーブルには、「ちょっと」とは言えない量のそれ。彼女が二杯や三杯程度でこんな風になるほど弱くないのは昔からだ。
「ビールにする? チューハイにする? それともワイン?」
さながら新婚夫婦のようなそれ(ご飯にする、お風呂にする、とかいうやつ)でふざけてみせる名前は、ウイスキーもあるよ、と、机の上にゴトゴト並べていく。普段はあまり深酒をしないので、彼女のこういう姿はなかなか見られない。ポヤポヤした彼女が物珍しくて可愛くて、彼女と、あいつらと皆で馬鹿騒ぎしたあの頃が何だか懐かしく思えた。
「ビールね、ハイ、どーぞ」
「ありがとう」
彼女は僕が手に取った缶を奪ってグラスに注ぐ。それを受け取りながら軽く礼をいえば、名前はニンマリと笑ってみせた。なんだ、本当に、あるいは新婚ごっこでもしているのだろうか。ただでさえ疲れた身体に沁みる一杯だというのに、そんなに嬉しそうに見つめられたら、なんだか余計に顔が綻 んでしまう。
「おいし?」
「ああ」
「ふふ」
「……なんだ、じっと見て」
「ん? 別に、好きだなって思ってただけ」
本当に、なんなんだ。今日の名前はおかしい。ここのところ彼女は何か悩んでいるというか、何かを隠しているような素振 りが続いていた。今日あたり問い詰めようと思っていたのに、これでは話が違うじゃないか。悩むどころか、いつも可愛いのにいつも以上に愛らしいというか──僕も疲れてるな。言ってて恥ずかしい。
「照れてる。珍しい」
「……珍しいのはそっちだろ」
「そ? いつも思ってるけど言わないだけだよ」
調子が狂う。誤魔化すようにグイ、とグラスを飲み干せば、名前は後ろからゴソゴソと取り出した包みを俺に差し出した。
「……何だ?」
「あげる」
名前はふふ、と笑って、今しがた僕に差し出していた袋を自分で開けると、その中身を広げて見せた。
「シャツ」
「……シャツだな」
「それと、シャツ」
「シャツ、だな」
「そう。ちゃんと着て見せてね、どっちも」
「……ああ」
長袖と半袖のシャツが一枚ずつ。「季節が巡っても」という、名前の、精一杯の我儘なのか。差し出されたそれを受け取って、彼女を抱き寄せた。その首元には先日自分から送った指輪が光っている。
「……これね、本当は昔、零と会えなくなる前に渡したかったの。特別な関係になれなくてもいいから、ずっとそばにいられるようにって」
「…………」
「あ、流石にそれはちゃんと買い直したやつだよ? シャツはおまけ。本命はこっち」
僕の腕からするりと抜け出し、名前が抱えてきたものは。
「あ、圧力鍋……」
「うちにないって文句言ってたから、買った」
「いや、文句を言ったわけでは……」
「これで思う存分胃袋掴んでもらおうと思って」
「僕が掴むのか」
「そ。私、零の作ったお味噌汁が飲みたい」
毎朝とまでは言わないけどね、と、抱えた箱を机の上に降ろしながら彼女は笑う。普通胃袋を掴むのは女性側ではないか、とか、本命が圧力鍋って、とか、思うところはなくもないのだが。
「……圧力鍋がなくても味噌汁は作れるぞ」
「あれ、バカにしてる?」
「はは! プロポーズされたような気分だ」
「んー、プロポーズっていうより、呪いかな」
「……なるほど」
あまりにも斜め上の発想をする彼女が可愛くて可愛くて、一緒にいて飽きなくて。初めて会った頃も再会してすぐの頃も、昨日も、ずっとずっと愛しいのに、今日が一番愛おしい。そして明日はきっと、また今日よりずっと彼女が愛おしいのだろう。呪いなんて、もうとっくにかけられている。腕を引き抱き寄せて、その赤く染まった可愛らしい耳にキスをした。
「……本当は、そんなにベロベロでもないだろ。いつもよりは酔ってるけど」
「……ベロベロだなんて言ってないもん」
「酔っ払ったフリでもしないと素直になれないなんて、本当に名前は……」
「うるさいなあ」
「そんなところも、好きだよ」
「……う、うるさいなあ」
ぶつぶつ言うその可愛らしい口を、自身のそれで塞ぐ。こんなに毎日可愛くて愛おしくて大丈夫なのだろうか、なんて、自分でも訳の分からないことを頭の隅で考えながら。
──というのをここのところ悩み過ぎて、そろそろ零に見抜かれている気がする。いい加減種明かしをしなくては、次来た時には問い詰められるのではないか。頭を抱える私の耳に飛び込んできたのは、ろくに見てもいない点けっ放しのテレビから流れてきた懐かしい音楽だった。私は飛び起きてその歌詞を反芻し、使っていないタンスの一番下、捨てられなかったそれを思い出す。何年かぶりにそこを開くと、少し
こんなこと、してる場合じゃない。私はそれをそっと元に戻し、立ち上がって身支度もそこそこに家を飛び出した。
◇
「……」
「おかえり」
「あ、ああ、ただいま……」
玄関を開けると、そこにいたのはいやに上機嫌な名前だった。呼び鈴を鳴らしたわけでもないのに。それに、いつもなら寝ているであろう時間だ。正直面食らっている。
「……酔ってるのか?」
「え~? そんなことないよ。まだちょ~っとしか飲んでないもん」
促されてあがったリビングのローテーブルには、「ちょっと」とは言えない量のそれ。彼女が二杯や三杯程度でこんな風になるほど弱くないのは昔からだ。
「ビールにする? チューハイにする? それともワイン?」
さながら新婚夫婦のようなそれ(ご飯にする、お風呂にする、とかいうやつ)でふざけてみせる名前は、ウイスキーもあるよ、と、机の上にゴトゴト並べていく。普段はあまり深酒をしないので、彼女のこういう姿はなかなか見られない。ポヤポヤした彼女が物珍しくて可愛くて、彼女と、あいつらと皆で馬鹿騒ぎしたあの頃が何だか懐かしく思えた。
「ビールね、ハイ、どーぞ」
「ありがとう」
彼女は僕が手に取った缶を奪ってグラスに注ぐ。それを受け取りながら軽く礼をいえば、名前はニンマリと笑ってみせた。なんだ、本当に、あるいは新婚ごっこでもしているのだろうか。ただでさえ疲れた身体に沁みる一杯だというのに、そんなに嬉しそうに見つめられたら、なんだか余計に顔が
「おいし?」
「ああ」
「ふふ」
「……なんだ、じっと見て」
「ん? 別に、好きだなって思ってただけ」
本当に、なんなんだ。今日の名前はおかしい。ここのところ彼女は何か悩んでいるというか、何かを隠しているような
「照れてる。珍しい」
「……珍しいのはそっちだろ」
「そ? いつも思ってるけど言わないだけだよ」
調子が狂う。誤魔化すようにグイ、とグラスを飲み干せば、名前は後ろからゴソゴソと取り出した包みを俺に差し出した。
「……何だ?」
「あげる」
名前はふふ、と笑って、今しがた僕に差し出していた袋を自分で開けると、その中身を広げて見せた。
「シャツ」
「……シャツだな」
「それと、シャツ」
「シャツ、だな」
「そう。ちゃんと着て見せてね、どっちも」
「……ああ」
長袖と半袖のシャツが一枚ずつ。「季節が巡っても」という、名前の、精一杯の我儘なのか。差し出されたそれを受け取って、彼女を抱き寄せた。その首元には先日自分から送った指輪が光っている。
「……これね、本当は昔、零と会えなくなる前に渡したかったの。特別な関係になれなくてもいいから、ずっとそばにいられるようにって」
「…………」
「あ、流石にそれはちゃんと買い直したやつだよ? シャツはおまけ。本命はこっち」
僕の腕からするりと抜け出し、名前が抱えてきたものは。
「あ、圧力鍋……」
「うちにないって文句言ってたから、買った」
「いや、文句を言ったわけでは……」
「これで思う存分胃袋掴んでもらおうと思って」
「僕が掴むのか」
「そ。私、零の作ったお味噌汁が飲みたい」
毎朝とまでは言わないけどね、と、抱えた箱を机の上に降ろしながら彼女は笑う。普通胃袋を掴むのは女性側ではないか、とか、本命が圧力鍋って、とか、思うところはなくもないのだが。
「……圧力鍋がなくても味噌汁は作れるぞ」
「あれ、バカにしてる?」
「はは! プロポーズされたような気分だ」
「んー、プロポーズっていうより、呪いかな」
「……なるほど」
あまりにも斜め上の発想をする彼女が可愛くて可愛くて、一緒にいて飽きなくて。初めて会った頃も再会してすぐの頃も、昨日も、ずっとずっと愛しいのに、今日が一番愛おしい。そして明日はきっと、また今日よりずっと彼女が愛おしいのだろう。呪いなんて、もうとっくにかけられている。腕を引き抱き寄せて、その赤く染まった可愛らしい耳にキスをした。
「……本当は、そんなにベロベロでもないだろ。いつもよりは酔ってるけど」
「……ベロベロだなんて言ってないもん」
「酔っ払ったフリでもしないと素直になれないなんて、本当に名前は……」
「うるさいなあ」
「そんなところも、好きだよ」
「……う、うるさいなあ」
ぶつぶつ言うその可愛らしい口を、自身のそれで塞ぐ。こんなに毎日可愛くて愛おしくて大丈夫なのだろうか、なんて、自分でも訳の分からないことを頭の隅で考えながら。
