Your Song
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「あれ……苗字さん?」
高木が私服姿の名前を見かけるのは、もしかすると初めてだったかもしれない。駅前の木の下はこの辺りでは定番の待ち合わせ場所で、とはいえ、知り合いに遭遇することもそうなかったのだが。
「た、高木くん……」
「誰かと待ち合わせですか?」
「うん、まあ、そんなところ。そちらも?」
「そうなんです。はは……」
ふ、と笑う彼女は、まるで知らない人のようだった。確かに仕事で関わりがあるという程度、そこまで親しい仲という訳ではないので、自分の知らない顔があっても不思議ではないのだが──こんな風に微笑む人だとは知らなかったな。
「なんか苗字さん、普段と雰囲気違いますね」
「ええ、そう? 作業服じゃないからかな」
それもあるのだろう、けれど、何というかこう、……誤解を恐れずに言うのであれば『可愛らしい』。名前のイメージと言えば、明るく元気でサバサバしていて……と刑事部の誰もが答えるだろう。恋人との逢瀬に浮き立つ様は、そんな普段の彼女からは想像出来ないものだった。これまであまり彼女のそういう話は聞いたことがなかったものだから、尚更である。
「でも知らなかったです、苗字さんに付き合ってる方がいたなんて。大騒ぎになっちゃいますね」
「あの佐藤さんを射止めた高木くんがそれ言う?」
「いや、まあ確かに佐藤さんは凄い人気ですけど、苗字さんだって……何たって『鑑識のお姫様』じゃないですか」
「それほんと、勘弁してよ」
そう答えるその笑顔で僕は、ああなるほど、と腑に落ちた。彼女のその呼び名は外見というよりも、この気さくで明るい性格と人懐っこさ故だ。塔の上の高嶺の花ではなく、人好 きするムードメーカーの『お姫様』。だからこそ本気で狙っている男性陣も少なくない、なんて由美さんが言っていたっけ。
「お姫様、ねえ」
「あ」
「あ、安室さん!?」
「こんにちは。高木刑事、でしたっけ?」
「は、はあ……」
背後から聞き覚えのある声が突然聴こえ、高木は振り返る。そこにいたのは安室透だった。安室は少しの間何やら考える素振りを見せてからニッコリと笑い、名前の腰を抱き寄せる。
「ちょ、ちょっと……」
「あれ、もしかして口説かれてる最中でした?」
「くど……っ!?」
「またふざけたこと言ってる」
「ひどいなあ、ふざけてなんかないのに」
腰に回された安室の手の甲を抓 りながら、名前は「ごめんね、高木くん」と笑う。彼らのその雰囲気はまるで長年連れ添った恋人同士のようだった。
「苗字さんの待ち合わせ相手って、安室さんだったんですね……」
「ああ、すみません。名前は僕のなので」
口説かないよう『お姫様』を慕う皆さんにも言っておいてくださいね、なんて言って、彼は苦笑いする名前を引っ張って行ってしまった。あんなセリフもサマになるのだから世の中不公平だ。
……なんか、安室さんは安室さんで、思ってたのと違う感じの人なんだな。もっと落ち着いた人かと思っていたが、あの笑顔は何というか、余裕のある大人とも──はたまた学生のような独占欲ともとれる。……よく分からないが、ここで待ち合わせていたということは関係を隠しているわけでもないらしい。誰かに知られたら近いうち、大騒ぎになるだろうなあ。
◇
「……何か言いたいことあるなら言えば?」
彼の車に乗り込んで、漸 く一息つく。結局車で移動するのならあんな所で待ち合わせなくても良かったのではないか、と考える名前の隣で、待ち合わせを提案した張本人は口元に手をあてて必死に笑いを堪えていた──いや、正確には堪え切れていない。
「……ふ……はは……っ」
「……」
「お、お姫様……っ」
「そんな笑う?」
予想はしていた。だから知られたくなかったのに。
……というか予想はしてたけど、ここまで笑わなくてもいいのではないだろうか。この人、笑いすぎて泣いてるんですけど。失礼過ぎない?
「警備部のおてんば娘だった名前が、はは……っ」
「うるさいなあ」
「はー、久々にこんなに笑った」
「そりゃ良かったですね」
お姫様なんて柄じゃない。そんな歳でもない。そんなことは自分が一番よく分かっている。そもそも『お姫様』だって、プリンセスの意味で呼ばれてるわけじゃない。妹とか娘とか孫とかの『我が家のお姫様』、そういう類だ。とはいえ、ここまで笑われるとそれはそれで面白くない。仮にも恋人だというのに。だいたい零だって、王子様って柄じゃないくせに。……『安室さん』はちょっと王子様っぽいけど。
「……どーせ女らしさのカケラもないじゃじゃ馬娘だし」
「ああ、拗ねた。そんなこと言ってないだろ」
「拗ねてないし、事実だし」
「ごめんって。ほら、こっち向いて」
両頬に手を添え、彼の方を向かされる。そのまま何度かむにゅむにゅと私の顔を弄 ぶと、零は再びプッと吹き出した。何なのこいつ。
「なに」
「ふ、いや、あまりにも可愛くて、つい」
「そう言えば誤魔化せると思ってるでしょ」
「本当だって。さすが僕のお姫様」
ふ、と愛おしげに眉を下げ、零は私に唇を落とす。
「でも、他の男に姫扱いされるのは気に入らないな。名前は僕だけの姫なのに」
「……ばか」
何度も何度も角度を変えて、触れるだけのキス。包み込まれた頬が、触れた手のひらが、熱い。「続きは後で、な」と私の頬に口づけて、零はシートベルトを締めエンジンをかける。お姫様になんてなれなくて良い。零にだって、王子様になんかなってほしくない。どんな形であれ傍にいられるのなら、それだけでいい。でも、だけど、やっぱりちょっと嬉しくて。私もまだまだ乙女みたいだな、なんて思いながら一度締めたシートベルトを少しだけ緩め、カーステレオを弄 る愛しいその横顔にキスをした。
高木が私服姿の名前を見かけるのは、もしかすると初めてだったかもしれない。駅前の木の下はこの辺りでは定番の待ち合わせ場所で、とはいえ、知り合いに遭遇することもそうなかったのだが。
「た、高木くん……」
「誰かと待ち合わせですか?」
「うん、まあ、そんなところ。そちらも?」
「そうなんです。はは……」
ふ、と笑う彼女は、まるで知らない人のようだった。確かに仕事で関わりがあるという程度、そこまで親しい仲という訳ではないので、自分の知らない顔があっても不思議ではないのだが──こんな風に微笑む人だとは知らなかったな。
「なんか苗字さん、普段と雰囲気違いますね」
「ええ、そう? 作業服じゃないからかな」
それもあるのだろう、けれど、何というかこう、……誤解を恐れずに言うのであれば『可愛らしい』。名前のイメージと言えば、明るく元気でサバサバしていて……と刑事部の誰もが答えるだろう。恋人との逢瀬に浮き立つ様は、そんな普段の彼女からは想像出来ないものだった。これまであまり彼女のそういう話は聞いたことがなかったものだから、尚更である。
「でも知らなかったです、苗字さんに付き合ってる方がいたなんて。大騒ぎになっちゃいますね」
「あの佐藤さんを射止めた高木くんがそれ言う?」
「いや、まあ確かに佐藤さんは凄い人気ですけど、苗字さんだって……何たって『鑑識のお姫様』じゃないですか」
「それほんと、勘弁してよ」
そう答えるその笑顔で僕は、ああなるほど、と腑に落ちた。彼女のその呼び名は外見というよりも、この気さくで明るい性格と人懐っこさ故だ。塔の上の高嶺の花ではなく、
「お姫様、ねえ」
「あ」
「あ、安室さん!?」
「こんにちは。高木刑事、でしたっけ?」
「は、はあ……」
背後から聞き覚えのある声が突然聴こえ、高木は振り返る。そこにいたのは安室透だった。安室は少しの間何やら考える素振りを見せてからニッコリと笑い、名前の腰を抱き寄せる。
「ちょ、ちょっと……」
「あれ、もしかして口説かれてる最中でした?」
「くど……っ!?」
「またふざけたこと言ってる」
「ひどいなあ、ふざけてなんかないのに」
腰に回された安室の手の甲を
「苗字さんの待ち合わせ相手って、安室さんだったんですね……」
「ああ、すみません。名前は僕のなので」
口説かないよう『お姫様』を慕う皆さんにも言っておいてくださいね、なんて言って、彼は苦笑いする名前を引っ張って行ってしまった。あんなセリフもサマになるのだから世の中不公平だ。
……なんか、安室さんは安室さんで、思ってたのと違う感じの人なんだな。もっと落ち着いた人かと思っていたが、あの笑顔は何というか、余裕のある大人とも──はたまた学生のような独占欲ともとれる。……よく分からないが、ここで待ち合わせていたということは関係を隠しているわけでもないらしい。誰かに知られたら近いうち、大騒ぎになるだろうなあ。
◇
「……何か言いたいことあるなら言えば?」
彼の車に乗り込んで、
「……ふ……はは……っ」
「……」
「お、お姫様……っ」
「そんな笑う?」
予想はしていた。だから知られたくなかったのに。
……というか予想はしてたけど、ここまで笑わなくてもいいのではないだろうか。この人、笑いすぎて泣いてるんですけど。失礼過ぎない?
「警備部のおてんば娘だった名前が、はは……っ」
「うるさいなあ」
「はー、久々にこんなに笑った」
「そりゃ良かったですね」
お姫様なんて柄じゃない。そんな歳でもない。そんなことは自分が一番よく分かっている。そもそも『お姫様』だって、プリンセスの意味で呼ばれてるわけじゃない。妹とか娘とか孫とかの『我が家のお姫様』、そういう類だ。とはいえ、ここまで笑われるとそれはそれで面白くない。仮にも恋人だというのに。だいたい零だって、王子様って柄じゃないくせに。……『安室さん』はちょっと王子様っぽいけど。
「……どーせ女らしさのカケラもないじゃじゃ馬娘だし」
「ああ、拗ねた。そんなこと言ってないだろ」
「拗ねてないし、事実だし」
「ごめんって。ほら、こっち向いて」
両頬に手を添え、彼の方を向かされる。そのまま何度かむにゅむにゅと私の顔を
「なに」
「ふ、いや、あまりにも可愛くて、つい」
「そう言えば誤魔化せると思ってるでしょ」
「本当だって。さすが僕のお姫様」
ふ、と愛おしげに眉を下げ、零は私に唇を落とす。
「でも、他の男に姫扱いされるのは気に入らないな。名前は僕だけの姫なのに」
「……ばか」
何度も何度も角度を変えて、触れるだけのキス。包み込まれた頬が、触れた手のひらが、熱い。「続きは後で、な」と私の頬に口づけて、零はシートベルトを締めエンジンをかける。お姫様になんてなれなくて良い。零にだって、王子様になんかなってほしくない。どんな形であれ傍にいられるのなら、それだけでいい。でも、だけど、やっぱりちょっと嬉しくて。私もまだまだ乙女みたいだな、なんて思いながら一度締めたシートベルトを少しだけ緩め、カーステレオを
