よるをいく
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サンタって、何歳頃まで信じてたかな。
店の入り口にずらりと陳列されたクリスマスの装飾の数々を見て、名前はぼんやりと考えた。クリスマスは好きだ。特有の赤や緑の配色も気分が上がるし、いろんな場所のいろんなものがそれ仕様に少しだけ飾られていたりしてかわいいし。時期的にそろそろ始まるであろう最寄りの駅のささやかなイルミネーションだって──都心のものに比べれば地味ではあるが──それなりに綺麗だ。きらきらしたものを見ると、心が躍るのだ。目の前に並べられたツリーのオーナメントだって、蛍光灯のあかりでこれだけ輝いて見えるのだから、ツリーの電飾と合わさればどんなに──と手を伸ばしかけ、やめた。実家を出て初めて迎えるクリスマス、今の家には飾り付けるツリーそのものがない。
──なに、買いに来たんだっけ。名前はコートのポケットからスマートフォンを取り出して、メッセージアプリを開いた。百円均一に来ると、いつも目の前の商品に気を取られて本来の目的を忘れてしまう。『段ボール縛る紐』、ああ、そうだった。アプリを閉じようとした瞬間画面が動き、新しくメッセージが届いたことに気付く。『今どこ?』という短いそれに『駅前の百均』とだけ返して、再びポケットへと突っ込んだ。
サンタクロースやらトナカイやら、色とりどりの小さな置き物たち。このくらいなら、家の玄関にも飾れるだろうか。並べられた商品を見ていたら、実家にあった、お気に入りのそれを思い出した。大きな袋を抱えたサンタクロースが尻餅をついているポーズの小さなオブジェだ。間抜けでかわいくて、ほかのどんなキラキラしたオーナメントよりもお気に入りだった。親がクリスマスの飾り一式を引っ張り出す季節になれば、いの一番にそれを奪って自分の部屋に飾ったものだ。
「あ。いた」
「うわっ、びっくりした」
「別に驚かしてないんだけど」
「あーあー、ほんとにびっくりした、心臓飛び出た」
「わかったわかった」
呆れたように肩を揺らす幸村の鼻は、ほんのりと赤い。あれだけ屋外で過ごしてきたはずなのにどうしてだか白い肌のせいか、その赤みは尚更引き立って見える。赤鼻のトナカイ──と言いかけて、思いとどまった。
「なんかろくでもないこと考えてるだろ」
「ふ、バレてる」
「ほかに何か買うの?」
「ううん。見てただけ」
ふーん、と、幸村は並べられた小さな置き物のなかから適当に手に取り軽く眺めては戻し、を数回繰り返す。
「名前の家にもあったよね、こういうの。俺あれが好きだったな。あの、サンタが尻餅ついてるやつ」
「よく覚えてるね」
「うん、なんか名前みたいだなって思って」
「褒めてる?」
その問いに、彼はふふ、と笑うだけで、答えはしなかった。まあ──いつものことだ。
「なんか買えば? 好きだろ、クリスマス」
「うーん、好きだけど」
本当は大きなツリーが欲しかった。実家にあったツリーもそれなりの大きさだったが、大人になったら、さらにもうひとまわり背の高いそれが欲しいと、小さな頃からずっと思っていた。だけど、いざ大人になって──現実を知ったのだ。値段も、それを置けるような広い部屋も、今の名前の手には届かないようなものだった。
「まあでも、今年はいいかなって」
「……そう? いいんなら、いいけど」
あの頃、大きなツリーもサンタクロースも当たり前だった。愛されて、恵まれていた証拠だったと、気が付いたのは大人になってからだ。
◇
建物を出ると、冷たい空気がむき出しの顔やら手のひらやらの肌を刺す。日中はまだそうでもなかったが、やはり夜になると格段に寒い。名前は息を吐きかけながら、自身の両手を擦り合わせた。
「さっむ……」
「手袋は?」
「忘れた、朝急いでて」
「紐つけて首から提げといた方がいいんじゃないの」
「幼稚園児?」
ほら、と自身のそれを取り外し、幸村は名前に手袋を差し出す。「いいよ」と断ったが彼の押しに勝てるわけもなく、名前は渋々受け取って身につけた。まだ幸村の体温が残っていてあたたかい。
「……ありがと」
「いいよ。冷え性なんだからさ、俺の普通のやつじゃあんまり意味ないかもしれないけど」
「……なんか、柳みたいなこと言うようになったよね」
「ええ。褒めてる?」
「褒めてる褒めてる。ていうかなんかその言い方、私が柳の悪口言ったみたいになってるじゃん。やめてよね」
幸村が「はは」と漏らした笑い声は、存外大きなものだった。吐き出される白い息越し、街灯の薄明かりに照らされる彼の笑顔は、中学生時代 と同じようにも見えるし──大人になったようにも見える。いや事実、大人になったのだ。男友達の名前でも出そうものなら眉を顰 め、あからさまに不機嫌になっていたあの頃が懐かしい。
「あ、そうだ」
「ん?」
「向こうの銀行寄りたかったんだった。いい?」
「あー、いいよ」
踵 をかえす幸村に続き、もと来た道を引き返す。百円均一の出入り口からぐるりとロータリーをまわって反対側にある件 の銀行からは、まださほど離れていない。駅の方から家路につく人々とすれ違いながら、家の冷蔵庫の中身を思い浮かべた。半歩前を歩く幸村の背を追いつつ、ぼんやりと考える──夜は鍋だな。夕飯に気を取られていた名前は、急に立ち止まった彼に気が付かず、その背に鼻から突っ込んだ。
「ちゃんと前見て歩きなよ」
「いや、そっちこそなんもないところで急に立ち止まらないでよ」
「ぼーっとしてるからだろ。何考えてたか当ててあげようか」
「当たるからいい」
「“夕飯、鍋だな”」
「いいってば! ていうか、なに? 急に立ち止まって。銀行行くんじゃないの」
「まあ、ちょっと待ってよ。そろそろ……」
コートの袖を少しだけ捲 りあげ、幸村は暗がりに目を細めながら自身の腕時計を覗き込む。時間を気にしているのだろうか──ロータリーの中心部に立つ時計を見上げれば、長針がちょうど十二を指そうとしていた。
「なに、……あ」
突如明るくなって、彩りに満たされる視界。イルミネーションが点灯されたのだ。
「今日から、だったんだ」
「そうみたい。まあ、明日からもしばらく毎日見られるんだけどね」
「びっくりした……」
「あ、そうだ。これもあった」
ポケットから取り出されたのは、小さなサンタクロースのオーナメントだった。尻餅こそついていないが──どことなく間の抜けた、能天気そうな、だけど憎めない顔をしている。
「これ……」
「似てるよね、おまえに」
「おまえ言うな」
「はは、ごめんごめん。じゃ、帰ろうか」
「え、ちょ……銀行は?」
「え? 別に用ないよ」
「はい?」
「好きだろ、こういうの」
なにか言葉をかえすよりも早く自然に手を引かれ、今度こそ帰途につく。「あ、待って」と引き留めて、名前は手袋の片方を外し彼に返した。そのままもう一度、次は直接彼の手をとって、きゅっと握りしめる。表面こそ少し冷えているが、どうしてだか未だに熱を保ったそれがひどく心地良かった。
◇
「どこに飾ろうかな」
「壊すなよ。いつかツリー買ったら吊るすんだから、“名前そっくりシリーズ”」
「シリーズ化するほどこの世にないでしょそれ。ていうかツリー欲しいの? 意外」
「いや、俺はツリーが欲しいわけじゃないけど」
「何言ってんの?」
「ツリー欲しいのは名前のほうでしょ」
「……言ったことあったっけ?」
「さあ、覚えてないけど。でもまあ見てたらわかるし」
「そ、そう……」
「ウキウキしながら飾り付けする名前は、俺も見たいしね」
「……」
「あ。照れてる」
「うるさい!」
「今年のクリスマスは楽しみだな。一日中ずっと一緒にいられるし」
「…………」
「顔真っ赤だよ」
「うるさいってば!」
彼はいたずらに笑う。かわいい、けど──おとなの、男のひとの笑顔だ。どうやら大人になるって、そんなに悪いことでもないらしい。
店の入り口にずらりと陳列されたクリスマスの装飾の数々を見て、名前はぼんやりと考えた。クリスマスは好きだ。特有の赤や緑の配色も気分が上がるし、いろんな場所のいろんなものがそれ仕様に少しだけ飾られていたりしてかわいいし。時期的にそろそろ始まるであろう最寄りの駅のささやかなイルミネーションだって──都心のものに比べれば地味ではあるが──それなりに綺麗だ。きらきらしたものを見ると、心が躍るのだ。目の前に並べられたツリーのオーナメントだって、蛍光灯のあかりでこれだけ輝いて見えるのだから、ツリーの電飾と合わさればどんなに──と手を伸ばしかけ、やめた。実家を出て初めて迎えるクリスマス、今の家には飾り付けるツリーそのものがない。
──なに、買いに来たんだっけ。名前はコートのポケットからスマートフォンを取り出して、メッセージアプリを開いた。百円均一に来ると、いつも目の前の商品に気を取られて本来の目的を忘れてしまう。『段ボール縛る紐』、ああ、そうだった。アプリを閉じようとした瞬間画面が動き、新しくメッセージが届いたことに気付く。『今どこ?』という短いそれに『駅前の百均』とだけ返して、再びポケットへと突っ込んだ。
サンタクロースやらトナカイやら、色とりどりの小さな置き物たち。このくらいなら、家の玄関にも飾れるだろうか。並べられた商品を見ていたら、実家にあった、お気に入りのそれを思い出した。大きな袋を抱えたサンタクロースが尻餅をついているポーズの小さなオブジェだ。間抜けでかわいくて、ほかのどんなキラキラしたオーナメントよりもお気に入りだった。親がクリスマスの飾り一式を引っ張り出す季節になれば、いの一番にそれを奪って自分の部屋に飾ったものだ。
「あ。いた」
「うわっ、びっくりした」
「別に驚かしてないんだけど」
「あーあー、ほんとにびっくりした、心臓飛び出た」
「わかったわかった」
呆れたように肩を揺らす幸村の鼻は、ほんのりと赤い。あれだけ屋外で過ごしてきたはずなのにどうしてだか白い肌のせいか、その赤みは尚更引き立って見える。赤鼻のトナカイ──と言いかけて、思いとどまった。
「なんかろくでもないこと考えてるだろ」
「ふ、バレてる」
「ほかに何か買うの?」
「ううん。見てただけ」
ふーん、と、幸村は並べられた小さな置き物のなかから適当に手に取り軽く眺めては戻し、を数回繰り返す。
「名前の家にもあったよね、こういうの。俺あれが好きだったな。あの、サンタが尻餅ついてるやつ」
「よく覚えてるね」
「うん、なんか名前みたいだなって思って」
「褒めてる?」
その問いに、彼はふふ、と笑うだけで、答えはしなかった。まあ──いつものことだ。
「なんか買えば? 好きだろ、クリスマス」
「うーん、好きだけど」
本当は大きなツリーが欲しかった。実家にあったツリーもそれなりの大きさだったが、大人になったら、さらにもうひとまわり背の高いそれが欲しいと、小さな頃からずっと思っていた。だけど、いざ大人になって──現実を知ったのだ。値段も、それを置けるような広い部屋も、今の名前の手には届かないようなものだった。
「まあでも、今年はいいかなって」
「……そう? いいんなら、いいけど」
あの頃、大きなツリーもサンタクロースも当たり前だった。愛されて、恵まれていた証拠だったと、気が付いたのは大人になってからだ。
◇
建物を出ると、冷たい空気がむき出しの顔やら手のひらやらの肌を刺す。日中はまだそうでもなかったが、やはり夜になると格段に寒い。名前は息を吐きかけながら、自身の両手を擦り合わせた。
「さっむ……」
「手袋は?」
「忘れた、朝急いでて」
「紐つけて首から提げといた方がいいんじゃないの」
「幼稚園児?」
ほら、と自身のそれを取り外し、幸村は名前に手袋を差し出す。「いいよ」と断ったが彼の押しに勝てるわけもなく、名前は渋々受け取って身につけた。まだ幸村の体温が残っていてあたたかい。
「……ありがと」
「いいよ。冷え性なんだからさ、俺の普通のやつじゃあんまり意味ないかもしれないけど」
「……なんか、柳みたいなこと言うようになったよね」
「ええ。褒めてる?」
「褒めてる褒めてる。ていうかなんかその言い方、私が柳の悪口言ったみたいになってるじゃん。やめてよね」
幸村が「はは」と漏らした笑い声は、存外大きなものだった。吐き出される白い息越し、街灯の薄明かりに照らされる彼の笑顔は、
「あ、そうだ」
「ん?」
「向こうの銀行寄りたかったんだった。いい?」
「あー、いいよ」
「ちゃんと前見て歩きなよ」
「いや、そっちこそなんもないところで急に立ち止まらないでよ」
「ぼーっとしてるからだろ。何考えてたか当ててあげようか」
「当たるからいい」
「“夕飯、鍋だな”」
「いいってば! ていうか、なに? 急に立ち止まって。銀行行くんじゃないの」
「まあ、ちょっと待ってよ。そろそろ……」
コートの袖を少しだけ
「なに、……あ」
突如明るくなって、彩りに満たされる視界。イルミネーションが点灯されたのだ。
「今日から、だったんだ」
「そうみたい。まあ、明日からもしばらく毎日見られるんだけどね」
「びっくりした……」
「あ、そうだ。これもあった」
ポケットから取り出されたのは、小さなサンタクロースのオーナメントだった。尻餅こそついていないが──どことなく間の抜けた、能天気そうな、だけど憎めない顔をしている。
「これ……」
「似てるよね、おまえに」
「おまえ言うな」
「はは、ごめんごめん。じゃ、帰ろうか」
「え、ちょ……銀行は?」
「え? 別に用ないよ」
「はい?」
「好きだろ、こういうの」
なにか言葉をかえすよりも早く自然に手を引かれ、今度こそ帰途につく。「あ、待って」と引き留めて、名前は手袋の片方を外し彼に返した。そのままもう一度、次は直接彼の手をとって、きゅっと握りしめる。表面こそ少し冷えているが、どうしてだか未だに熱を保ったそれがひどく心地良かった。
◇
「どこに飾ろうかな」
「壊すなよ。いつかツリー買ったら吊るすんだから、“名前そっくりシリーズ”」
「シリーズ化するほどこの世にないでしょそれ。ていうかツリー欲しいの? 意外」
「いや、俺はツリーが欲しいわけじゃないけど」
「何言ってんの?」
「ツリー欲しいのは名前のほうでしょ」
「……言ったことあったっけ?」
「さあ、覚えてないけど。でもまあ見てたらわかるし」
「そ、そう……」
「ウキウキしながら飾り付けする名前は、俺も見たいしね」
「……」
「あ。照れてる」
「うるさい!」
「今年のクリスマスは楽しみだな。一日中ずっと一緒にいられるし」
「…………」
「顔真っ赤だよ」
「うるさいってば!」
彼はいたずらに笑う。かわいい、けど──おとなの、男のひとの笑顔だ。どうやら大人になるって、そんなに悪いことでもないらしい。
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