「はあーーーーーーーーーーーー。」
主人の深い溜息にクラノッホは自身もそっと息を吐いた。
クラノッホが執事としてお仕えしている島主ゴーレックは娯楽島ラッカランのオーナーであり、アストルティアで一、二を争う大富豪である。
そして何よりちいさなメダルの随一にして唯一のコレクターでもあった。
日毎夜毎ちいさなメダルのことを考え、愛し、集め、そのためにはどんな財宝も手間も惜しまない。
そんな主人のことをクラノッホは理解できないにせよ共感し、敬い、誠心誠意お仕えしていた。

主人にしては珍しく、とある「人」のことで頭を悩ませていたのだ。
ちいさなメダルと全く関係はないと言うわけではない。
しかし彼女の持つちいさなメダルを如何にして快く譲ってもらうのかについて、主人は頭を悩ませているようだった。

彼女とは今や救国の英雄となったアンジェラのことである。
アンジェラには島主ゴーレック自身も第２執事レノッホのことで世話になった。
初めて彼女がこの娯楽島ラッカランを訪れた時、彼女は今ほどではないにせよかなり旅慣れた冒険者だった。
冒険者のセオリーとしてはかなり外れた御仁である。
何せこの娯楽島ラッカランはコロシアムやカジノを備え、どんなにレベルが低く、貧しかろうと立ち寄ることが出来る島である。
一攫千金を狙ってくるのが常というものだ。
それだと言うのに彼女はある程度の資金と装備を身につけてからこの島を訪れたのだ。
娯楽とは人生の余暇である。
それを実践しているかのような控えめで実直で真面目な、絵に描いたようなお人好しだった。

実際のところ、レノッホを探してくれたのもちいさなメダルの交換がしたいと言うよりはレノッホが行方不明のためちいさなメダルの交換もできないほど悩んでいた主人を思うクラノッホに同情してのことであろうと思われた。
（ゴーレックが心配していたのはレノッホが持っていたちいさなメダルではあったが）
それが証拠に彼女が初めて交換した景品は貴重なアクセサリでもアイテムでもましてや武器でも無かった。
なんとグロリアスコートだったのだ。
当然ドワーフ用だったのでその時彼女の仲間にいたドワーフ、つまりは主人の実弟であるダストンが着る物であった。

ここだけの話というわけではないが主人とダストンの仲は悪い。
彼女は彼らが兄弟であるとは知らなかったろうし、目の前にいるにもかかわらず、2人は言葉の一つも交わさなかった。
彼女はゴーレックの交換して欲しいという期待に応えるべく、さりとて欲しいものは無く、（その時必要な枚数が無かったとも言えるが）仲間のためのものではあるが彼女にとっては必要がない物を交換したのだ。

クラノッホはあの時のダストンのしたり顔とその時は彼女との初めての交換にテンションが上がって気づかなかった主人が後から言った、
「何でよりによって愚弟の物なんですか……。」
という言葉を思い出していた。

それから主人は彼女にラッカランに頻繁に来てもらうべく、行動を開始した。
彼女が仲間思いなのを見越して複数の貴重な装備のレシピを用意したがこれは彼女がすでにそれよりも良い装備を整えていたため失敗に終わった。そのためカジノに他の仲間の見た目装備を配備したのだ。
果たして彼女は現れた。
しかしいきなりコインを1000枚購入したかと思えばポーカーやスロットであっという間にVIPパスライセンスを手に入れ、VIPルームでルーレットで大掛けしては勝ち、めぼしい物を一通り手に入れた後はやはり来なくなってしまった。

しかしやがて転機が訪れた。
彼女はバトルマスターとなり、裏切り者の炙り出しのために彼女を巻き込むことに成功したのだ。

そしてその時、ゴーレックは初めて彼女を真正面から見た。
美しい。
主人がちいさなメダル以外を美しいと称するのは初めて聞いた。
しかも彼女を「人間」だと称したという。

彼女は「オーガ」であって「人間」ではない。
そもそも他種族を美しいと称することはあまりない。
エルフやウェディであればわからないでもないというのは偏見だろうか？
確かに彼女がまっすぐこちらを見る様は好感が持てるがしかし。
クラノッホは彼女にまた来てもらうべく、せっせと準備を進めている主人を見た。

彼女は先日とうとうレンダーシア大陸に渡ったそうだ。
さらに強い装備が必要だろう。
新たな仲間もできるかもしれない。
強さをさらに極めた彼女の戦いの場も必要だ。

クラノッホは主人がいつか彼女欲しさに彼女がドワーフに、またはちいさなメダルに見えると言い出さないかと戦々恐々としている。