視線の先
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七英雄との戦いの最中にあっても、アバロンは麗しい。
戦いももう終盤に近づいていた。
それでも束の間の平穏は憂いのないものであってほしい。
些細なことであったとしても手の届く範囲だけでもいいから。
戦いが無くても皇帝の仕事は無くならない。
留守の間の内政は文官に任せているとしても、皇帝は今日も今日とて忙しい。
「陛下。」
ファティマは帝国大学図書室の1階で静かに書物に目を通している陛下に声を掛けた。
振り返った陛下はこちらの姿を認めて淡く微笑んでいる。
最近の陛下は亡国の故事をお気に入りのようで、よくそこにおられた。
ファティマとて多忙な陛下の束の間の余暇を邪魔したくはなかった。
「アレは放っておいて良いのですか。」
顔を動かさず視線だけ階段上へと向ける。
そこにはあの軍師がいた。
奇妙なメガネのせいではっきりとはわからないがそれでもじっと陛下を見つめているのは見てとれた。
護衛の為に注意を払っているなどでもなく、
観察というほど温度感のないものでもない。
皇帝はまっすぐに彼を見た。
陛下が顔を向けた途端彼の表情は和らぎ、いつも通りどこか胡散臭い笑顔に戻り、手をヒラヒラと振っている。
皇帝はふっと笑って振り返し、こちらに向き直った。
「いつも通りだよ、大丈夫。
流石にシゲンも他の人の話に割り込むほど無粋ではないよ。」
いやそういう意味ではなく、と続けたかった。
陛下は気付いていないのだろうか。
絡みつくような幾分熱と湿り気を感じるあれを
睨め付けるようなあの視線を
ファティマはその視線をステップで狩りをするときの、獲物を狙う時のそれに似ていると感じた。
不穏だ。
なのに陛下はなんともないことのように言うのだ。
ファティマは首を捻る。
納得のいかない様子の彼女に、陛下は笑ってこう続けた。
「シゲンにとって私は路傍の石のようなものよ
……せめて花であれば良いのだけれど。」
陛下はそれこそ花が綻ぶように笑った。
周りからほうというため息が聞こえる。
陛下に向けられる視線は一つでは無い。
それでもファティマはあの軍師の不躾な視線の意味だけは理解出来なかった。
数多いる陛下の仲間の中ではノーマッドは比較的最近加わった方である。
加入したばかりの頃、既に陛下の周りには強い仲間たちが揃っており、自分達が今更入っても、と気後れしたものだった。
しかし皇帝陛下という人物はそういうことは気にしない御仁だった
戦いにおいては適切な武器防具、技や術を覚えさせ、自分の旅に同行させ、仲間にした以上はいっぱしに戦えるようにするのが常だった。
日常では積極的に関わるまではなくとも、不自由はないかとこまめに気遣われ、声を掛ければ市井の民にも気さくに接する皇帝陛下に大変恐縮したものだった。
同じ頃加わった軍師は仲間の中でも更に重用されていた。
術士としてだけでなく、陛下や代々皇帝に仕える文官と共に軍議や内政、議論を活発に行なっているのをよく見かけている。
だからあんな離れたところから睨めつけるように見る必要なんかない。
それを咎めもせず、意にも介さない陛下の反応は何ともスッキリしない。
同郷のアルタンに愚痴ってみたが彼は呆れた顔で
「放っておいてやれ。」
というばかりで反応が捗々しくない。
挙句に「馬に蹴られるぞ。」と言い捨てて逃げられた。
馬の扱いに慣れたノーマッドが馬に蹴られるなんてことはない。失礼な。
そもそも、陛下の周りから少しでも不穏を取り除こうとは思わないのか。
陛下にはステップを救ってもらったというあまりある恩があるというのに冷たいヤツだ。
(そういう意味では軍師にも恩があることになるが一旦無視しよう。)
ファティマはますます憤慨していた。
ここは本人に問い質すべきかと思案して、再び帝国大学に赴くが姿が見当たらない。
帝国大学から出ようとしたとき、後ろから底冷えがするような低い声が響いた。
「陛下は、」
ばっと振り向くとあの軍師が立っていた。
狩りを旨とするノーマッドの後ろを取れるものなんてそうはいない。
「貴女と一緒の時はあんな風に笑って下さるんですね。」
逆光で表情は全く見えない。
驚愕の表情を浮かべるファティマに、軍師はこう続けた。
「私と一緒の時は困ったように微笑むだけなのに。」
何やら敵意に近いものを感じ、ファティマは腹立たしさを覚えた。
「あなたがあんな遠くからじっと睨め付けるからでしょう!」
先程までの苛立ちがファティマを後押しする。
「陛下はおっしゃってましたよ、シゲンにとって自分は石に過ぎないって。」
「石?」
先程までの冷たい表情はどこへやら。
珍しくキョトンとした顔に目を見開いたがファティマはもう後には引けなくなった。
「ええ、ろぼーの石だって。
せめて花であればとも仰って、」
その辺の石を表すのに随分古風な言い回しだと思ったが、陛下は教養がある方だから自然とそういう言葉も出てしまうのだろう。
その時はそう思っただけだった。
石も花もただそこにあるだけだ。
価値がない、というつもりはない。
それでも、陛下にそんなことを言わせるなんて酷い、陛下は傷付いている、そう続けるつもり、だった。
いつの間にか目の前にいた軍師は頬をステップの夕焼けのような色に染め上げていた。
「陛下が、私の、路傍の花になりたいと、本当に?」
ガクガクと両肩を揺さぶられて頷くことしかできない。
正確には花であれば、であってなりたいではない。
しかし軍師はそんなことお構いなしに早口でぶつぶつと呟く。
「先日お見せしたあの本を?いや先走ってはいけない思い違いをしてはならないだがしかしそれでも」
彼が頭を片手で支えながらフラフラとした足取りでその場を去るのを、ファティマは揺さぶられて呆然とする頭で見送った。
入れ替わりのように向かい側からひどく驚いた顔でフリーメイジのローズがやって来た。
「何アレ、初めて見たわあんな真っ赤なシゲン!
ファティマ、何があったの?」
驚きつつも不審に思ったローズに聞かれてファティマはありのままを説明した。一言一句一挙一動一挙手一投足の労をさえ惜しまず間違いなく。
ローズはひとしきり爆笑した後それでも笑いを堪えきれないままにファティマの手を引いて図書館に連れて行き、先程陛下が読んでいたすぐ近くの本棚から一冊を取り出してページを広げた。
亡国の故事が書かれた書物だった。
ローズのたおやかな指で示されたのは、血筋は良いが只人だった男が王になるまでの長い物語の一節である。
戦いに明け暮れる中で数少ない淡く色づいたそれに、花、とこぼした陛下。
それに気付いて頬を染めた軍師。
ファティマは自身の思いもよらぬ展開にいっそ感心を覚えた。
興奮冷めやらぬままアルタンに教えてみたが、気付いていなかったのは自分だけだったようで、
「だから言っただろう。」
と改めて呆れられるだけに終わったのだった。
戦いももう終盤に近づいていた。
それでも束の間の平穏は憂いのないものであってほしい。
些細なことであったとしても手の届く範囲だけでもいいから。
戦いが無くても皇帝の仕事は無くならない。
留守の間の内政は文官に任せているとしても、皇帝は今日も今日とて忙しい。
「陛下。」
ファティマは帝国大学図書室の1階で静かに書物に目を通している陛下に声を掛けた。
振り返った陛下はこちらの姿を認めて淡く微笑んでいる。
最近の陛下は亡国の故事をお気に入りのようで、よくそこにおられた。
ファティマとて多忙な陛下の束の間の余暇を邪魔したくはなかった。
「アレは放っておいて良いのですか。」
顔を動かさず視線だけ階段上へと向ける。
そこにはあの軍師がいた。
奇妙なメガネのせいではっきりとはわからないがそれでもじっと陛下を見つめているのは見てとれた。
護衛の為に注意を払っているなどでもなく、
観察というほど温度感のないものでもない。
皇帝はまっすぐに彼を見た。
陛下が顔を向けた途端彼の表情は和らぎ、いつも通りどこか胡散臭い笑顔に戻り、手をヒラヒラと振っている。
皇帝はふっと笑って振り返し、こちらに向き直った。
「いつも通りだよ、大丈夫。
流石にシゲンも他の人の話に割り込むほど無粋ではないよ。」
いやそういう意味ではなく、と続けたかった。
陛下は気付いていないのだろうか。
絡みつくような幾分熱と湿り気を感じるあれを
睨め付けるようなあの視線を
ファティマはその視線をステップで狩りをするときの、獲物を狙う時のそれに似ていると感じた。
不穏だ。
なのに陛下はなんともないことのように言うのだ。
ファティマは首を捻る。
納得のいかない様子の彼女に、陛下は笑ってこう続けた。
「シゲンにとって私は路傍の石のようなものよ
……せめて花であれば良いのだけれど。」
陛下はそれこそ花が綻ぶように笑った。
周りからほうというため息が聞こえる。
陛下に向けられる視線は一つでは無い。
それでもファティマはあの軍師の不躾な視線の意味だけは理解出来なかった。
数多いる陛下の仲間の中ではノーマッドは比較的最近加わった方である。
加入したばかりの頃、既に陛下の周りには強い仲間たちが揃っており、自分達が今更入っても、と気後れしたものだった。
しかし皇帝陛下という人物はそういうことは気にしない御仁だった
戦いにおいては適切な武器防具、技や術を覚えさせ、自分の旅に同行させ、仲間にした以上はいっぱしに戦えるようにするのが常だった。
日常では積極的に関わるまではなくとも、不自由はないかとこまめに気遣われ、声を掛ければ市井の民にも気さくに接する皇帝陛下に大変恐縮したものだった。
同じ頃加わった軍師は仲間の中でも更に重用されていた。
術士としてだけでなく、陛下や代々皇帝に仕える文官と共に軍議や内政、議論を活発に行なっているのをよく見かけている。
だからあんな離れたところから睨めつけるように見る必要なんかない。
それを咎めもせず、意にも介さない陛下の反応は何ともスッキリしない。
同郷のアルタンに愚痴ってみたが彼は呆れた顔で
「放っておいてやれ。」
というばかりで反応が捗々しくない。
挙句に「馬に蹴られるぞ。」と言い捨てて逃げられた。
馬の扱いに慣れたノーマッドが馬に蹴られるなんてことはない。失礼な。
そもそも、陛下の周りから少しでも不穏を取り除こうとは思わないのか。
陛下にはステップを救ってもらったというあまりある恩があるというのに冷たいヤツだ。
(そういう意味では軍師にも恩があることになるが一旦無視しよう。)
ファティマはますます憤慨していた。
ここは本人に問い質すべきかと思案して、再び帝国大学に赴くが姿が見当たらない。
帝国大学から出ようとしたとき、後ろから底冷えがするような低い声が響いた。
「陛下は、」
ばっと振り向くとあの軍師が立っていた。
狩りを旨とするノーマッドの後ろを取れるものなんてそうはいない。
「貴女と一緒の時はあんな風に笑って下さるんですね。」
逆光で表情は全く見えない。
驚愕の表情を浮かべるファティマに、軍師はこう続けた。
「私と一緒の時は困ったように微笑むだけなのに。」
何やら敵意に近いものを感じ、ファティマは腹立たしさを覚えた。
「あなたがあんな遠くからじっと睨め付けるからでしょう!」
先程までの苛立ちがファティマを後押しする。
「陛下はおっしゃってましたよ、シゲンにとって自分は石に過ぎないって。」
「石?」
先程までの冷たい表情はどこへやら。
珍しくキョトンとした顔に目を見開いたがファティマはもう後には引けなくなった。
「ええ、ろぼーの石だって。
せめて花であればとも仰って、」
その辺の石を表すのに随分古風な言い回しだと思ったが、陛下は教養がある方だから自然とそういう言葉も出てしまうのだろう。
その時はそう思っただけだった。
石も花もただそこにあるだけだ。
価値がない、というつもりはない。
それでも、陛下にそんなことを言わせるなんて酷い、陛下は傷付いている、そう続けるつもり、だった。
いつの間にか目の前にいた軍師は頬をステップの夕焼けのような色に染め上げていた。
「陛下が、私の、路傍の花になりたいと、本当に?」
ガクガクと両肩を揺さぶられて頷くことしかできない。
正確には花であれば、であってなりたいではない。
しかし軍師はそんなことお構いなしに早口でぶつぶつと呟く。
「先日お見せしたあの本を?いや先走ってはいけない思い違いをしてはならないだがしかしそれでも」
彼が頭を片手で支えながらフラフラとした足取りでその場を去るのを、ファティマは揺さぶられて呆然とする頭で見送った。
入れ替わりのように向かい側からひどく驚いた顔でフリーメイジのローズがやって来た。
「何アレ、初めて見たわあんな真っ赤なシゲン!
ファティマ、何があったの?」
驚きつつも不審に思ったローズに聞かれてファティマはありのままを説明した。一言一句一挙一動一挙手一投足の労をさえ惜しまず間違いなく。
ローズはひとしきり爆笑した後それでも笑いを堪えきれないままにファティマの手を引いて図書館に連れて行き、先程陛下が読んでいたすぐ近くの本棚から一冊を取り出してページを広げた。
亡国の故事が書かれた書物だった。
ローズのたおやかな指で示されたのは、血筋は良いが只人だった男が王になるまでの長い物語の一節である。
戦いに明け暮れる中で数少ない淡く色づいたそれに、花、とこぼした陛下。
それに気付いて頬を染めた軍師。
ファティマは自身の思いもよらぬ展開にいっそ感心を覚えた。
興奮冷めやらぬままアルタンに教えてみたが、気付いていなかったのは自分だけだったようで、
「だから言っただろう。」
と改めて呆れられるだけに終わったのだった。
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