ONE PIECE
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海王類やカームベルト、ログホースが無ければまともな航海すらできないこの世界で、条件さえそろえばどこへでも行けるサクラの能力は確かに貴重だった。
能力を十分に練り上げリスクが高いリグリグの実を別の能力として昇華したことで、サクラはファミリー内での役割を得、命の危険を回避したと言えよう。
ただ実際のところそれは建前であり、ドフラミンゴはサクラの能力を移動手段として利用する気は毛頭なかった。
ファミリー内で命を狙われる危険から早急に逃れさせるため、またはせいぜい緊急の際の脱出手段の1つ。
そのくらいのつもりでいた。
いくらヴェルゴに鍛えられたとはいえサクラはファミリーの中では戦闘に長けているとは言い難かったし、緊急用という言い訳で自分の傍から離さない言い訳もできた。
言い訳?
ドフラミンゴは傍らですやすやとかすかな寝息を立てているサクラを見やった。
彼女は初めて出会った子供の頃と変わらず、穏やかで柔らかな空気をまとったままだ。
自分が指示するまで能力は使わないよう十分に言い含めていたし、自分の指示なく使う場合はサクラの生命の危機が訪れた際だと認識していた。
今や何の焦燥もなくそばにおける。
ずっとずっといくら探しても見つからなかった。
もしやあれは幻だったかと自棄になった期間。
弟と再会し、さらには彼女の実在を確信できた喜び。
彼女はあの頃と変わりなく子供だったことは計算違いだった。
出会ったらそれこそ毎日口説き、貪るように味わい尽くそうと思っていた。
いくらドフラミンゴであっても、子供相手にそれをするのは憚られた。
ただ今まで待ったのだ。
あと数年待つのは辛くはあっても苦ではなかった。
彼女の寝顔に抑えが聞かなくなって、夜の街に飛び出し、どこかしら彼女に似ている女を抱いた。
そして彼女と違う部分に気付いてはその女の痕跡をこの世から消した。
そうすれば部屋に戻っても彼女の無防備であどけない姿を心穏やかに見つめることが出来るのだ。
そんな日々を過ごすうち、最初に感じたのは違和感。
実力者ばかりとはいえ、ドフラミンゴファミリーとてまだまだ駆け出し。
周到に策を練り、情報を集め、海軍の目をかいくぐり、十分な報酬と策略があったとしても相手も海賊である。
失敗がないわけではなかった。
しかしなぜか最近、悉くうまく事が運ぶようになったのだ。
取引に赴く前、ぼんやりと浮かぶ、記憶。
海軍が近くにいる。
このルートは避けた方がいい。
今回の取引は相手が裏切るので先手を打ってファミリーを潜ませておく。
何か能力に目覚めたのかと思ったが日常では起こることは無い。
ディアマンテやピーカは組織の成長を喜ぶだけだし、これと言って思い当たることは無いようだ。
特にトレーボルはドフィはまた一歩悪のカリスマに近付いたのだと喜んだがドフラミンゴはそう楽観的な男ではなかった。
毎回そうではなかったにしろ、記憶の想起の仕方に覚えがあった。
そしておそらくコラソンもどうやら同じように奇妙な感覚を覚えているらしかった。
サクラがこっそり能力を使っているのではないか。
しかしこれと言って以前の様に寝込んだり、どこかへ消えたりする様子は無い。
ドフラミンゴは自分で制御できる範囲であれば使っていてもかまわないだろうと判断し、これと言って不利益もないことから目をつぶることにした。
悪魔の実を取引に使う様になってからはさらにとんとん拍子だった。
今回は格下の海賊がたまたま手に入れたという悪魔の実の取引を行うことになった。
相手の海賊団は人数は多いものの能力者はおらず、それこそ悪魔の実は必要だと思われるがどうやら使いこなせる頭が無いようだった。
相応の金額を提示すればあっさり乗って来た。
ただ悪魔の実の引き渡しは自分たちのアジトを指定してきたのが奇妙と言えば奇妙だった。
まずは今後の練習代わりに子どもたちだけで偵察に行かせることになった。
子どもたちだけ、ということで皆大はしゃぎでまるで遠足気分だった。
それこそあまり表情に出さないローでさえ、隠し切れないほど喜んでいた。
サクラも当然はしゃいでベビー5とお揃いの服を着たいと言い出した。
ドフラミンゴはみんな一緒というのがうれしいのだろうとあっさり承諾し、それぞれ揃いの服を用意してやった。
相手の海賊と接触することは無いだろうが、バッファローも窮屈だすやんとは言いながらお揃いの服に4人で輪になってクルクルと回っていたのでよほどうれしかったのだろう。
だからこそドフラミンゴは自分の見通しの甘さに歯軋りした。
子どもたちが捕まり、要求を携えた使いの者がドフラミンゴの元にやってきた。
悪魔の実と子どもたちの身柄、それらを元の金額の百倍でふっかけてきたのだ。
にやにやと下卑た笑いを浮かべていた男は、今はすでに赤く染まり、肉塊と化した。
矮小な海賊団は、ドフラミンゴを見誤ったのだ。
ローはうかれていた自分に歯軋りした。
自分達が敵のアジトに近付いてすぐ、待ち構えていた海賊どもは問答無用で襲いかかってきた。
善戦はしたものの、多勢に無勢だった。
小ぶりな海楼石の枷を最初から4人分用意しているところを見ると、自分たちを捕まえて金額を釣り上げる人質にでもするつもりなのは明白だった。
不幸中の幸いだったのが自分たちは全員能力者だと思われていたことだ。
ローはまだ能力者ではなかったのでその場ですぐに抜け出して、助けを呼ぶことが出来たはずだった。
しかしそれをサクラが止めたのだ。
「私たちは三人とも能力者。あなただけ違うのを敵が知らないのは好都合。自分が合図するまで待ってて。」と。
しかし今まさに自分たちはアジトの奥へ奥へと連れていかれている。
いつだ、いつなんだ。
ローの焦りは増すばかりである。
しかも道がわからないよう遠回りさせられている。
ドアもいくつかあったから、道が憶えられても通れない可能性が高い。
ローがやきもきしているとようやくサクラと目が合った。
どうやら先導していた見張りのうち一人が、次のドアを開けるのに手こずっているらしい。
行け、と目で合図するサクラにローは苛立ちを覚えた。
自分が能力者ではないとはいえ、枷にはカギがかけられている。
最初に逃げればせめてこの枷は掛けられずに済んだ。
なのになぜ、今なのか。
動かないローにしびれを切らし、サクラが囁く。
「早く行きなさい、鍵の外し方はわかるでしょう。」
ローは苛立ちを隠し切れず、それでも声を潜めて返す。
「そんなやり方、俺は知らねえ。」
それを聞いて、サクラはここへ来て初めて笑った。
花が綻ぶ様な、この窮地に相応しくない良い笑顔だった。
こんな時だったがローはその表情に息を呑み、目が離せず、そして戸惑いを覚えた。
「いいえ、教えたはずよ、思い出して。
出来るだけ早く助けを呼んで。ベビー5が怖がるわ。それはいや。
バッファローの腕がちぎれるのも見たくないの。
ただし、最初は若様にはばれないように。」
サクラの言葉に目を見開くと同時に習ったはずのない、枷からの抜け出し方、逃走経路がローの脳裏に浮かびあがる。
驚く間もなくローはサクラに突き飛ばされた。
珍しく慌てふためくローの身体は、固そうな壁に思いっきり押し込まれる。
そこはなぜかちょうど仕掛け扉になっていて、ローは難なく外に出た。
そしてその一瞬で脳内をめぐる記憶に吐き気を催す。
ベビーの悲鳴
ありったけの罵声を上げ、腕がちぎれんばかりに止めようとするバッファロー
床に縫い留められ、服をびりびりに裂かれ、醜い男がそのケガラワシイ欲望をぶつけようとサクラの眼前にその象徴を突き付けているところだった。
サクラは自分の身に何が起きようとしているかわかっておらず、ただ眼前のそれが悪臭を放っているのが不快である、という表情をしていた。
湧き上がる記憶を振りきるように、転がりながら皆の待つ船を合図を送り、最初に出迎えたセニョールピンクに知らせた。
「みんな奴らに捕まった!サクラが、サクラが変な男にっっ……!」
『最初は若様にばれないように。』と言われたことを思い出してセニョールピンクに伝えようとしたときはもう遅かった。
全身がビリビリするような空気をまとわせて、ドフラミンゴはそこに立っていた。
その凄まじい気を受けて、ローはそのまま気を失いかけた。
その直前セニョールピンクの声がそれを遮った。
「若!止めてください。間に合わなかったらどうするんです?」
ピタリ、ドフラミンゴの周りの空気が収まった。いや、違う、範囲を狭めたのだ。
ドフラミンゴは表面上は冷静にその場にいたファミリー数人を従えて、敵のアジトに乗り込んだ。
ローはなぜか一見遠回りの道を示したので、他のファミリーは首を傾げていた。
だがドフラミンゴはそれを全く戸惑う素振りは無かった。
「遅れるな、ついてこい。」
嫌がるローを有無を言わさず抱きかかえ、自分もわかっていると言わんばかりにするすると道を進んでいく。
けして身を隠しながらではなかったのに、もはや敵となった取引相手はなぜかその道のどこにも見当たらなかった。
鉄さびの浮いた古いドアが見える。
ローが声を上げる前に、セニョールピンクが様子を窺おうと提案する前に、ドフラミンゴはためらいなくそのドアを破壊した。
倉庫をいくらか改造したようなたまり場。
ごちゃごちゃした中に、いささか不自然な大きなマットレスが直置きされている。
そこに、サクラはいた。醜い大男が彼女の上に覆いかぶさられた状態で。
男の下半身は、……口にしたくない状態なのが一目瞭然。
横には今少し見なりのいい男……副船長だろうか……が呆れたような表情で気乗りしない声色を隠さずその男を止めている。
ほど近いところでベビー5はすすり泣き、バッファローが何やら罵声を上げている。
先程脳裏に流れた映像とは違い、サクラの服はまだ破られてはいなかったのでホッとして、ローはサクラを見た。
サクラはこちらに視線をよこして、ほっとした表情を見せたがドフラミンゴの姿を確認して眉をひそめた。
そして、メッというようにローを軽く咎めたような眼で見た。
まるでコラさんへのいたずらが見つかった時と同じように、いつも通りに。
「だから言ったのに、もう。ローったら。」
もちろん男に覆いかぶさられたままである。
ローはその光景にゾクリと背筋が泡立った。
瞬間的にドフラミンゴを見上げるがローの視界は一瞬昏くなり、サクラの上の醜い男の体が宙を舞ったのを目の端でとらえる。
自分の顔を大きな手が、ドフラミンゴのその手が覆っている。
ローは子供扱いするなと抗議しようとしたがすぐに口を噤んだ。
その手が、あのドフラミンゴの手が少し震えていたからだ。
うすら寒い空気の中で、声と音だけが聞こえる。
ああ、済まねえ、こいつ、幼い子供に目がねえんだ。
メイド服の子供がいるって目輝かせて、二人もいるっていうんでじゃあさらに幼い方を
ドン、という音
続けて別方向からぐちゃり、何かがつぶれた音がする。
なんでだ、あんただって楽しんでいるんだろう。
息は乱れ、鼻が詰まって大変聞き取りにくい野太い声がする。
「おれは、自分のファミリーにそんなことをしねェ。」
ドフラミンゴの声が叫んでいるわけではないのに全体を震わせるように肌に沿ってビリビリと大きく響く。
何キレイごと言ってんだよ
アンタだって子供が好きなんだろう。だから海賊なのに子供を引き取ってるんだろう?
若い女があんたのところにはいないじゃないか
浮いた話はさておき、娼婦どもの自慢話も流れて来ねえ
……単なる娼婦じゃあ満足できねえんだろ?
下卑た笑い声があたりを包む。
おなじ趣味の者同士、おれだって楽しませてもらってもいいじゃねえか。
何ならその具合次第で実の金額まけてやっても、
男はそれ以上言葉を続けられなかった。
「このおれを、
お前のような下衆と一緒にするんじゃねェよ。」
ローの視界を覆っていたドフラミンゴの手がおもむろに離れた。
急に光が目に入り、咄嗟に目を閉じると生臭い匂いが鼻を付く。
ゆっくりと目を開けると辺りはおびただしい血肉の海であった。
それでいて、子供達には、バッファローにもベビー5にももちろん自分にも一滴の血も、一片の肉片も飛んではいなかった。
ローは一瞬、サクラがその血肉の海の一部になってしまったような錯覚を覚えて彼女の姿を探す。
ねっとりとした赤とぼこぼことしたベージュが交じり合う海の真ん中で、かつてマットレスだった布の上に彼女は座っていた。
彼女も自分たちと同じようにそれらによる汚れはついていなかった。
そんな醜怪な赤い海の中で、先ほどと変わらずに、呆れたように眉を顰めつつ微笑んでいる。
キラキラとした糸の様なものが彼女を囲み、ほのかに輝いてさえ見える。
こんな状態でも彼女は変わらず
それに、なんてキレイ
だ?
ローは自分の考えに背筋がゾクリと泡立った。
更に、自分の中心がおなかの奥底が熱くなるような、むず痒いような感覚を覚えた。
「後は任せたぞ。」
セニョールピンクに言い置いて、ドフラミンゴはおもむろにコートを脱ぐ。
ピンク色のコートがサクラを包み込み、ドフラミンゴは彼女を優しく抱き上げ、彼女はまるで骨が無いようにぐんにゃりとその身を預けた。
ドフラミンゴとサクラの視線が交じり合う。
そのドフラミンゴがサクラを見つめる瞳が怪しく光ったような気がしてローは咄嗟に手を伸ばした、がその瞬間、二人の姿は霧散した。
ローは自分がなぜ手を伸ばしたのかわからないまま、こぶしを強く握りしめた。
能力を十分に練り上げリスクが高いリグリグの実を別の能力として昇華したことで、サクラはファミリー内での役割を得、命の危険を回避したと言えよう。
ただ実際のところそれは建前であり、ドフラミンゴはサクラの能力を移動手段として利用する気は毛頭なかった。
ファミリー内で命を狙われる危険から早急に逃れさせるため、またはせいぜい緊急の際の脱出手段の1つ。
そのくらいのつもりでいた。
いくらヴェルゴに鍛えられたとはいえサクラはファミリーの中では戦闘に長けているとは言い難かったし、緊急用という言い訳で自分の傍から離さない言い訳もできた。
言い訳?
ドフラミンゴは傍らですやすやとかすかな寝息を立てているサクラを見やった。
彼女は初めて出会った子供の頃と変わらず、穏やかで柔らかな空気をまとったままだ。
自分が指示するまで能力は使わないよう十分に言い含めていたし、自分の指示なく使う場合はサクラの生命の危機が訪れた際だと認識していた。
今や何の焦燥もなくそばにおける。
ずっとずっといくら探しても見つからなかった。
もしやあれは幻だったかと自棄になった期間。
弟と再会し、さらには彼女の実在を確信できた喜び。
彼女はあの頃と変わりなく子供だったことは計算違いだった。
出会ったらそれこそ毎日口説き、貪るように味わい尽くそうと思っていた。
いくらドフラミンゴであっても、子供相手にそれをするのは憚られた。
ただ今まで待ったのだ。
あと数年待つのは辛くはあっても苦ではなかった。
彼女の寝顔に抑えが聞かなくなって、夜の街に飛び出し、どこかしら彼女に似ている女を抱いた。
そして彼女と違う部分に気付いてはその女の痕跡をこの世から消した。
そうすれば部屋に戻っても彼女の無防備であどけない姿を心穏やかに見つめることが出来るのだ。
そんな日々を過ごすうち、最初に感じたのは違和感。
実力者ばかりとはいえ、ドフラミンゴファミリーとてまだまだ駆け出し。
周到に策を練り、情報を集め、海軍の目をかいくぐり、十分な報酬と策略があったとしても相手も海賊である。
失敗がないわけではなかった。
しかしなぜか最近、悉くうまく事が運ぶようになったのだ。
取引に赴く前、ぼんやりと浮かぶ、記憶。
海軍が近くにいる。
このルートは避けた方がいい。
今回の取引は相手が裏切るので先手を打ってファミリーを潜ませておく。
何か能力に目覚めたのかと思ったが日常では起こることは無い。
ディアマンテやピーカは組織の成長を喜ぶだけだし、これと言って思い当たることは無いようだ。
特にトレーボルはドフィはまた一歩悪のカリスマに近付いたのだと喜んだがドフラミンゴはそう楽観的な男ではなかった。
毎回そうではなかったにしろ、記憶の想起の仕方に覚えがあった。
そしておそらくコラソンもどうやら同じように奇妙な感覚を覚えているらしかった。
サクラがこっそり能力を使っているのではないか。
しかしこれと言って以前の様に寝込んだり、どこかへ消えたりする様子は無い。
ドフラミンゴは自分で制御できる範囲であれば使っていてもかまわないだろうと判断し、これと言って不利益もないことから目をつぶることにした。
悪魔の実を取引に使う様になってからはさらにとんとん拍子だった。
今回は格下の海賊がたまたま手に入れたという悪魔の実の取引を行うことになった。
相手の海賊団は人数は多いものの能力者はおらず、それこそ悪魔の実は必要だと思われるがどうやら使いこなせる頭が無いようだった。
相応の金額を提示すればあっさり乗って来た。
ただ悪魔の実の引き渡しは自分たちのアジトを指定してきたのが奇妙と言えば奇妙だった。
まずは今後の練習代わりに子どもたちだけで偵察に行かせることになった。
子どもたちだけ、ということで皆大はしゃぎでまるで遠足気分だった。
それこそあまり表情に出さないローでさえ、隠し切れないほど喜んでいた。
サクラも当然はしゃいでベビー5とお揃いの服を着たいと言い出した。
ドフラミンゴはみんな一緒というのがうれしいのだろうとあっさり承諾し、それぞれ揃いの服を用意してやった。
相手の海賊と接触することは無いだろうが、バッファローも窮屈だすやんとは言いながらお揃いの服に4人で輪になってクルクルと回っていたのでよほどうれしかったのだろう。
だからこそドフラミンゴは自分の見通しの甘さに歯軋りした。
子どもたちが捕まり、要求を携えた使いの者がドフラミンゴの元にやってきた。
悪魔の実と子どもたちの身柄、それらを元の金額の百倍でふっかけてきたのだ。
にやにやと下卑た笑いを浮かべていた男は、今はすでに赤く染まり、肉塊と化した。
矮小な海賊団は、ドフラミンゴを見誤ったのだ。
ローはうかれていた自分に歯軋りした。
自分達が敵のアジトに近付いてすぐ、待ち構えていた海賊どもは問答無用で襲いかかってきた。
善戦はしたものの、多勢に無勢だった。
小ぶりな海楼石の枷を最初から4人分用意しているところを見ると、自分たちを捕まえて金額を釣り上げる人質にでもするつもりなのは明白だった。
不幸中の幸いだったのが自分たちは全員能力者だと思われていたことだ。
ローはまだ能力者ではなかったのでその場ですぐに抜け出して、助けを呼ぶことが出来たはずだった。
しかしそれをサクラが止めたのだ。
「私たちは三人とも能力者。あなただけ違うのを敵が知らないのは好都合。自分が合図するまで待ってて。」と。
しかし今まさに自分たちはアジトの奥へ奥へと連れていかれている。
いつだ、いつなんだ。
ローの焦りは増すばかりである。
しかも道がわからないよう遠回りさせられている。
ドアもいくつかあったから、道が憶えられても通れない可能性が高い。
ローがやきもきしているとようやくサクラと目が合った。
どうやら先導していた見張りのうち一人が、次のドアを開けるのに手こずっているらしい。
行け、と目で合図するサクラにローは苛立ちを覚えた。
自分が能力者ではないとはいえ、枷にはカギがかけられている。
最初に逃げればせめてこの枷は掛けられずに済んだ。
なのになぜ、今なのか。
動かないローにしびれを切らし、サクラが囁く。
「早く行きなさい、鍵の外し方はわかるでしょう。」
ローは苛立ちを隠し切れず、それでも声を潜めて返す。
「そんなやり方、俺は知らねえ。」
それを聞いて、サクラはここへ来て初めて笑った。
花が綻ぶ様な、この窮地に相応しくない良い笑顔だった。
こんな時だったがローはその表情に息を呑み、目が離せず、そして戸惑いを覚えた。
「いいえ、教えたはずよ、思い出して。
出来るだけ早く助けを呼んで。ベビー5が怖がるわ。それはいや。
バッファローの腕がちぎれるのも見たくないの。
ただし、最初は若様にはばれないように。」
サクラの言葉に目を見開くと同時に習ったはずのない、枷からの抜け出し方、逃走経路がローの脳裏に浮かびあがる。
驚く間もなくローはサクラに突き飛ばされた。
珍しく慌てふためくローの身体は、固そうな壁に思いっきり押し込まれる。
そこはなぜかちょうど仕掛け扉になっていて、ローは難なく外に出た。
そしてその一瞬で脳内をめぐる記憶に吐き気を催す。
ベビーの悲鳴
ありったけの罵声を上げ、腕がちぎれんばかりに止めようとするバッファロー
床に縫い留められ、服をびりびりに裂かれ、醜い男がそのケガラワシイ欲望をぶつけようとサクラの眼前にその象徴を突き付けているところだった。
サクラは自分の身に何が起きようとしているかわかっておらず、ただ眼前のそれが悪臭を放っているのが不快である、という表情をしていた。
湧き上がる記憶を振りきるように、転がりながら皆の待つ船を合図を送り、最初に出迎えたセニョールピンクに知らせた。
「みんな奴らに捕まった!サクラが、サクラが変な男にっっ……!」
『最初は若様にばれないように。』と言われたことを思い出してセニョールピンクに伝えようとしたときはもう遅かった。
全身がビリビリするような空気をまとわせて、ドフラミンゴはそこに立っていた。
その凄まじい気を受けて、ローはそのまま気を失いかけた。
その直前セニョールピンクの声がそれを遮った。
「若!止めてください。間に合わなかったらどうするんです?」
ピタリ、ドフラミンゴの周りの空気が収まった。いや、違う、範囲を狭めたのだ。
ドフラミンゴは表面上は冷静にその場にいたファミリー数人を従えて、敵のアジトに乗り込んだ。
ローはなぜか一見遠回りの道を示したので、他のファミリーは首を傾げていた。
だがドフラミンゴはそれを全く戸惑う素振りは無かった。
「遅れるな、ついてこい。」
嫌がるローを有無を言わさず抱きかかえ、自分もわかっていると言わんばかりにするすると道を進んでいく。
けして身を隠しながらではなかったのに、もはや敵となった取引相手はなぜかその道のどこにも見当たらなかった。
鉄さびの浮いた古いドアが見える。
ローが声を上げる前に、セニョールピンクが様子を窺おうと提案する前に、ドフラミンゴはためらいなくそのドアを破壊した。
倉庫をいくらか改造したようなたまり場。
ごちゃごちゃした中に、いささか不自然な大きなマットレスが直置きされている。
そこに、サクラはいた。醜い大男が彼女の上に覆いかぶさられた状態で。
男の下半身は、……口にしたくない状態なのが一目瞭然。
横には今少し見なりのいい男……副船長だろうか……が呆れたような表情で気乗りしない声色を隠さずその男を止めている。
ほど近いところでベビー5はすすり泣き、バッファローが何やら罵声を上げている。
先程脳裏に流れた映像とは違い、サクラの服はまだ破られてはいなかったのでホッとして、ローはサクラを見た。
サクラはこちらに視線をよこして、ほっとした表情を見せたがドフラミンゴの姿を確認して眉をひそめた。
そして、メッというようにローを軽く咎めたような眼で見た。
まるでコラさんへのいたずらが見つかった時と同じように、いつも通りに。
「だから言ったのに、もう。ローったら。」
もちろん男に覆いかぶさられたままである。
ローはその光景にゾクリと背筋が泡立った。
瞬間的にドフラミンゴを見上げるがローの視界は一瞬昏くなり、サクラの上の醜い男の体が宙を舞ったのを目の端でとらえる。
自分の顔を大きな手が、ドフラミンゴのその手が覆っている。
ローは子供扱いするなと抗議しようとしたがすぐに口を噤んだ。
その手が、あのドフラミンゴの手が少し震えていたからだ。
うすら寒い空気の中で、声と音だけが聞こえる。
ああ、済まねえ、こいつ、幼い子供に目がねえんだ。
メイド服の子供がいるって目輝かせて、二人もいるっていうんでじゃあさらに幼い方を
ドン、という音
続けて別方向からぐちゃり、何かがつぶれた音がする。
なんでだ、あんただって楽しんでいるんだろう。
息は乱れ、鼻が詰まって大変聞き取りにくい野太い声がする。
「おれは、自分のファミリーにそんなことをしねェ。」
ドフラミンゴの声が叫んでいるわけではないのに全体を震わせるように肌に沿ってビリビリと大きく響く。
何キレイごと言ってんだよ
アンタだって子供が好きなんだろう。だから海賊なのに子供を引き取ってるんだろう?
若い女があんたのところにはいないじゃないか
浮いた話はさておき、娼婦どもの自慢話も流れて来ねえ
……単なる娼婦じゃあ満足できねえんだろ?
下卑た笑い声があたりを包む。
おなじ趣味の者同士、おれだって楽しませてもらってもいいじゃねえか。
何ならその具合次第で実の金額まけてやっても、
男はそれ以上言葉を続けられなかった。
「このおれを、
お前のような下衆と一緒にするんじゃねェよ。」
ローの視界を覆っていたドフラミンゴの手がおもむろに離れた。
急に光が目に入り、咄嗟に目を閉じると生臭い匂いが鼻を付く。
ゆっくりと目を開けると辺りはおびただしい血肉の海であった。
それでいて、子供達には、バッファローにもベビー5にももちろん自分にも一滴の血も、一片の肉片も飛んではいなかった。
ローは一瞬、サクラがその血肉の海の一部になってしまったような錯覚を覚えて彼女の姿を探す。
ねっとりとした赤とぼこぼことしたベージュが交じり合う海の真ん中で、かつてマットレスだった布の上に彼女は座っていた。
彼女も自分たちと同じようにそれらによる汚れはついていなかった。
そんな醜怪な赤い海の中で、先ほどと変わらずに、呆れたように眉を顰めつつ微笑んでいる。
キラキラとした糸の様なものが彼女を囲み、ほのかに輝いてさえ見える。
こんな状態でも彼女は変わらず
それに、なんてキレイ
だ?
ローは自分の考えに背筋がゾクリと泡立った。
更に、自分の中心がおなかの奥底が熱くなるような、むず痒いような感覚を覚えた。
「後は任せたぞ。」
セニョールピンクに言い置いて、ドフラミンゴはおもむろにコートを脱ぐ。
ピンク色のコートがサクラを包み込み、ドフラミンゴは彼女を優しく抱き上げ、彼女はまるで骨が無いようにぐんにゃりとその身を預けた。
ドフラミンゴとサクラの視線が交じり合う。
そのドフラミンゴがサクラを見つめる瞳が怪しく光ったような気がしてローは咄嗟に手を伸ばした、がその瞬間、二人の姿は霧散した。
ローは自分がなぜ手を伸ばしたのかわからないまま、こぶしを強く握りしめた。