鬼滅の刃
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体が重い、指一本動かない。
この感覚は久しぶりだ。
婚姻して間もない頃はまだ動けたはずの私の身体は昔からの使用人がいなくなる頃にはほとんど動かなくなっていた。
昼も夜も寝たきりの私を世話するのは雇い入れたばかりの若い使用人で、それはそれは甲斐甲斐しく世話をしてくれたが具合が良くなる気配はちっとも無かった。
それでも医者だった夫が調合した薬は夜になると私を深い深い眠りへと誘った。
それを口に含むとまるで気絶するように意識を失い、知らぬうちに朝が来た。
朝になって使用人が色を失った顔で体を起こしてくれるまで、一度たりとも意識が浮上したことは無かった。
うかぬ顔の私を見て、その使用人は何度も励ましてくれたものだった。
「奥様はきっといつか良くなります。こんなに頑張ってお薬も飲んでいらっしゃるんですもの。」
その使用人は、来てすぐのときはもっと色黒で、屋敷中に声が響くほど元気な娘だった。
田舎から出てきた純朴なその娘は、いつの間にか色の抜けた顔をするようになっていたが、私を励ます事だけはやめなかった、
その日、使用人は私の世話をしながら、珍しく声を顰めて私に囁いた。
「奥様、今日からはいつものお薬と違うものをお渡しします。よくお眠りになられることは変わりありませんが……もし目が覚めてしまってもどうか、どうか声だけはお出しにならぬよう。」
どういう意味かと問いたかったがそれ以上は問えなかった。
娘のまなじりに涙が光っていたからだ。
その日の夜。
私は身体の表面を這いずり回る感触で意識を浮上させた。
温いそれは全体をやわやわと満遍なく這い回り、体の芯に棒が突き刺さって終わった。
目を開けて確認せずとも今まで夜毎私の身に何が起こっていたのかを知らしめるには十分であった。
しかし不可解なのはそれからだった。
適温の湯につけられた手拭いで全身を丁寧に拭き上げられ、清潔な夜着に着替えさせられた後、まるで愛おしいと言わんばかりにぎゅうと抱きしめられたのだ。
人を物のように扱っておきながら丁寧にその痕跡を消して去っていく様はなんとも不可解で却って滑稽であった。
しかしやはり我ながら衝撃を受けていたのであろう。
夜が明けて件の使用人が部屋に来る前に私は自身で身を起こし、流れる涙をそのまま流し続けていた。
その様子を見た使用人が全てを悟ったのか感極まって私の身を抱きすくめ、私達はそのままお互いに涙を流し続けた。
このままでは良くない。なんとか逃げなければとその日のうちに決意し、その使用人も連れていこうと考えていたたが夜になって部屋に来たのは全く見も知らぬ老婆であった。
娘について尋ねても遠くの親戚にやられたとしか言わず、更に問えば奥様とは親しく話をしてはならないと旦那様からキツク言い渡されたと震えながら言われてはこちらも口を噤むしか無かった。
夜には相変わらず以前と同じ薬を渡されたが飲んだふりをしてこっそり薬を捨てた。
幸いなことに夫は部屋を訪れなかった。
その日のうちから体調に変化が訪れた。
どうやら昔ほどではないにせよ、体が動くのだ。
警戒しているのか家にいるはずの夫は夜になっても部屋には来ない。
今しかない、と思った。
私が人間の尊厳を持って終わらせるのは今しかない、と思ったのだ。
だというのに人ならざるものに変わり果て、こうやって生きながらえているとはなんとも皮肉なものである。
閉じた瞼の向こう側にやわらかな光が差した。
カラカラと窓を開ける音、芳しい花の香り。
少しだけ混じる消毒液の匂いに身を強張らせる。
あの男も同じ匂いをさせていたからだ。
懐かしくもおぞましい記憶に脳の内側がざらりと障った。
少しだけ警戒をしながらゆっくりと目を開けた時、そこは知らない天井だった。
腕を動かせばさらさらとした清潔で糊の効いたシーツの感触が肌を撫ぜる。
慌てて身を起こした私の耳に鈴の鳴る様な音が響く。
「*******?」
え?
私は聞き返した。
いや、私の声は言葉になっていなかったかもしれない。
対してその鈴の音は言語を為している様だった。
あれ?おかしいですね、聞こえませんでしたか?
優しい声だ。なのになぜ私は逃げ出したいのだろう。
目の前の美しい人は微笑んでいる。
その艶やかな唇からは優しい声が紡がれている。
天女様だ、天女様がいる。
ああ、私はようやく、死ねたのか。
しかし彼女の身に纏っているものは白い、それ、は。
羽衣では、無かった。
大丈夫ですかーもう怖い人はいませんからねー。
こう、しときましたから、こう。
美しい笑みを浮かべながら天女様は握り拳を作ったそのしなやかな腕をブンブンと振って見せた。
額から冷たいものが、そして目からは熱いものが流れた。
ああ、あなた、人だった時の記憶があるんですね。
美しい人は嬉しそうに笑った。
私は手を合わせて拝む。
天女様、どうか、どうか私を。
大丈夫ですよー、あなたが**でないのは明白です。
天女様が視界から消える。
え?と気を取られている一瞬のうちに自身の左耳に鈴の音のような声が吐息とともに入ってきた。
なら私は、あなたの味方です。
全身からどっと冷や汗が流れ出たが顔全体には熱が集まり、爆発しそうになった。
天女様はそれを見ておかしそうに笑った。
天女様は人間だった。
胡蝶しのぶ様というお名前で、なんとこの嫋やかさで柱だという。
お医者様でもあると名乗られたところで私がビクンとあからさまに身を震わせたのでまたもおかしそうに笑った。
この感覚は久しぶりだ。
婚姻して間もない頃はまだ動けたはずの私の身体は昔からの使用人がいなくなる頃にはほとんど動かなくなっていた。
昼も夜も寝たきりの私を世話するのは雇い入れたばかりの若い使用人で、それはそれは甲斐甲斐しく世話をしてくれたが具合が良くなる気配はちっとも無かった。
それでも医者だった夫が調合した薬は夜になると私を深い深い眠りへと誘った。
それを口に含むとまるで気絶するように意識を失い、知らぬうちに朝が来た。
朝になって使用人が色を失った顔で体を起こしてくれるまで、一度たりとも意識が浮上したことは無かった。
うかぬ顔の私を見て、その使用人は何度も励ましてくれたものだった。
「奥様はきっといつか良くなります。こんなに頑張ってお薬も飲んでいらっしゃるんですもの。」
その使用人は、来てすぐのときはもっと色黒で、屋敷中に声が響くほど元気な娘だった。
田舎から出てきた純朴なその娘は、いつの間にか色の抜けた顔をするようになっていたが、私を励ます事だけはやめなかった、
その日、使用人は私の世話をしながら、珍しく声を顰めて私に囁いた。
「奥様、今日からはいつものお薬と違うものをお渡しします。よくお眠りになられることは変わりありませんが……もし目が覚めてしまってもどうか、どうか声だけはお出しにならぬよう。」
どういう意味かと問いたかったがそれ以上は問えなかった。
娘のまなじりに涙が光っていたからだ。
その日の夜。
私は身体の表面を這いずり回る感触で意識を浮上させた。
温いそれは全体をやわやわと満遍なく這い回り、体の芯に棒が突き刺さって終わった。
目を開けて確認せずとも今まで夜毎私の身に何が起こっていたのかを知らしめるには十分であった。
しかし不可解なのはそれからだった。
適温の湯につけられた手拭いで全身を丁寧に拭き上げられ、清潔な夜着に着替えさせられた後、まるで愛おしいと言わんばかりにぎゅうと抱きしめられたのだ。
人を物のように扱っておきながら丁寧にその痕跡を消して去っていく様はなんとも不可解で却って滑稽であった。
しかしやはり我ながら衝撃を受けていたのであろう。
夜が明けて件の使用人が部屋に来る前に私は自身で身を起こし、流れる涙をそのまま流し続けていた。
その様子を見た使用人が全てを悟ったのか感極まって私の身を抱きすくめ、私達はそのままお互いに涙を流し続けた。
このままでは良くない。なんとか逃げなければとその日のうちに決意し、その使用人も連れていこうと考えていたたが夜になって部屋に来たのは全く見も知らぬ老婆であった。
娘について尋ねても遠くの親戚にやられたとしか言わず、更に問えば奥様とは親しく話をしてはならないと旦那様からキツク言い渡されたと震えながら言われてはこちらも口を噤むしか無かった。
夜には相変わらず以前と同じ薬を渡されたが飲んだふりをしてこっそり薬を捨てた。
幸いなことに夫は部屋を訪れなかった。
その日のうちから体調に変化が訪れた。
どうやら昔ほどではないにせよ、体が動くのだ。
警戒しているのか家にいるはずの夫は夜になっても部屋には来ない。
今しかない、と思った。
私が人間の尊厳を持って終わらせるのは今しかない、と思ったのだ。
だというのに人ならざるものに変わり果て、こうやって生きながらえているとはなんとも皮肉なものである。
閉じた瞼の向こう側にやわらかな光が差した。
カラカラと窓を開ける音、芳しい花の香り。
少しだけ混じる消毒液の匂いに身を強張らせる。
あの男も同じ匂いをさせていたからだ。
懐かしくもおぞましい記憶に脳の内側がざらりと障った。
少しだけ警戒をしながらゆっくりと目を開けた時、そこは知らない天井だった。
腕を動かせばさらさらとした清潔で糊の効いたシーツの感触が肌を撫ぜる。
慌てて身を起こした私の耳に鈴の鳴る様な音が響く。
「*******?」
え?
私は聞き返した。
いや、私の声は言葉になっていなかったかもしれない。
対してその鈴の音は言語を為している様だった。
あれ?おかしいですね、聞こえませんでしたか?
優しい声だ。なのになぜ私は逃げ出したいのだろう。
目の前の美しい人は微笑んでいる。
その艶やかな唇からは優しい声が紡がれている。
天女様だ、天女様がいる。
ああ、私はようやく、死ねたのか。
しかし彼女の身に纏っているものは白い、それ、は。
羽衣では、無かった。
大丈夫ですかーもう怖い人はいませんからねー。
こう、しときましたから、こう。
美しい笑みを浮かべながら天女様は握り拳を作ったそのしなやかな腕をブンブンと振って見せた。
額から冷たいものが、そして目からは熱いものが流れた。
ああ、あなた、人だった時の記憶があるんですね。
美しい人は嬉しそうに笑った。
私は手を合わせて拝む。
天女様、どうか、どうか私を。
大丈夫ですよー、あなたが**でないのは明白です。
天女様が視界から消える。
え?と気を取られている一瞬のうちに自身の左耳に鈴の音のような声が吐息とともに入ってきた。
なら私は、あなたの味方です。
全身からどっと冷や汗が流れ出たが顔全体には熱が集まり、爆発しそうになった。
天女様はそれを見ておかしそうに笑った。
天女様は人間だった。
胡蝶しのぶ様というお名前で、なんとこの嫋やかさで柱だという。
お医者様でもあると名乗られたところで私がビクンとあからさまに身を震わせたのでまたもおかしそうに笑った。