鬼滅の刃
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「さ、牡丹。スイカが冷えているぞ。」
微睡から起き上がれば目の前に大きな影が差した。
差し出されたスイカはすでに食べやすい大きさに切られている。
赤々としていていかにも美味しそうだ。
牡丹は礼を言って受け取り、シャクリとかぶりつく。
甘く瑞々しいスイカは言葉通り確かによく冷えており、寝起きの体によく沁みた。
悲鳴嶼はその様子を大層にこやかに眺めている。
夏だというのに暑さが緩み、穏やかな春のひだまりにいるような心地である。
牡丹は未だ覚め切らぬ頭をなんとか総動員した。
はて私はここで何をしているのだろう?
隊服と日輪刀を与えられ、兎にも角にも隊員となった牡丹であるが流石にすぐに実戦に出されるというわけにはいかないようだった。
本来であれば育手が修行を付けるのだがすでにその段階は過ぎてしまっていた。
また、牡丹の性質上おいそれと別の者に任せるというわけにもいかず、消去法で柱が修行をつけることになる。
牡丹はしのぶから水と風の呼吸とに適性があると言われたのでてっきり冨岡か不死川のところにやられるものだとばかり思っていた。
しかししのぶはうんうんと唸っていたかと思うと、徐にパンと手を叩き、それはそれは晴れやかな顔で岩柱悲鳴嶼行冥の元に修行に出すことを決めたのであった。
しのぶとその姉であるカナエも世話になったと聞いており、いつも作り上げたような微笑みを浮かべるしのぶが悲鳴嶼の話をする時には心底穏やかな表情を浮かべるので、しのぶが信頼しているのは十二分に見て取れ、牡丹はなんら不安を感じることは無かった。
それでもやはり泊まり込みではなく、通いなのはまだ自分の未熟さ所以であろうと牡丹は承知していた。
隠のよねに背負われる道すがら、柱に師事するからには修行はもちろんのこと、身の回りの世話まで滞りなく行う心算で悲鳴嶼の屋敷に降り立った。
牡丹は我知らず息を呑む。
大きいが全体的に侘び寂びを感じられる佇まい、質素に見えて上質な設えの屋敷であった。
しのぶの師匠ということは師匠の師匠、大師匠である。
牡丹は今になってとんでもない相手に師事することになったのだとそら恐ろしくなって来た。
なんとか足を奮い立たせて声をかけようとするがふとまだ自身の背後によねが立っていることに気付く。
不思議に思ったが自身がきちんと中に入るのを見届けようとしてくれるのだと合点してなんとか声を上げた。
玄関先に現れた悲鳴嶼行冥という人は、話に聞く以上に大男だった。
以前であった音柱宇随天元もかなりの大男でかつ美丈夫だったが、それを遥かに上回る上背に牡丹は驚きを隠せなかった。
しかし、本当の驚きはこれからだったのだ。
悲鳴嶼は牡丹を見るなりハラハラと涙を流したのである。
そして言うに事欠いてこのように言い放ったのである。
「なんという可哀想な子供だ。このような幼な子が鬼を滅する任に着こうとは。」
牡丹は必死に自分は幼な子ではないこと、出戻りではあるが嫁にいくほどの年齢であることを含め必死に言い募ったが悲鳴嶼はそれを聞いても更に涙を流すばかりであった。
果てには鬼殺隊員に追いかけ回されたり、宇随に首を切られたり、煉獄に求婚されて断ったことまで言い出してハラハラと泣き続けた。
困り切って後ろで大人しくしているよねに助けを求めたがにこやかに首を振るばかりであった。
しかしそのよねも悲鳴嶼が感極まって牡丹を抱き上げたときには慌てた。
どうやら悲鳴嶼には本当に牡丹が子供に見えているらしかった。
それならばもう、牡丹には何も抵抗のしようがない。
借りて来た猫のように悲鳴嶼の腕の中で大人しくするほか無かった。
抱き上げたまま屋敷を案内され、一通り終わったらまずは昼前に休憩、それから主に呼吸について勉強、昼食、昼寝、鍛錬、勉強、休憩、鍛錬と聞いていたよりもずっとゆるりとした修行が続いた。
食事や身の回りの世話は当初から求められることは無かった。
主によね、顔をあまり合わすことは無かったが他の隠が代わる代わる世話を焼いてくれた。
あまりにも心苦しいのでそっと手伝いを申し入れたがどうやら悲鳴嶼の指示らしく、決して手伝いはさせてもらえなかった。
悲鳴嶼はあくまでもここでは鬼殺隊の基礎を学ぶようにという意向だった。
にしても。
牡丹はそっとため息をついた。
鍛錬は確かに厳しい。
滝に打たれたり、丸太を運んだり、滝の上から丸太が落ちて来て受け止めたり、岩を一町先に押したりと今まで蝶屋敷で行っていたものとは性質の違う鍛錬が続いた。
悲鳴嶼は1つ終えるごとに涙を流しながら休憩を取らせ、おやつを与え、昼寝を促すが鍛錬そのものを甘くすることは無かった。
呼吸についても不死川から概要を教わってはいたもののきちんと学んだわけでは無かったから、古文書から現代の文書に至るまで1日10冊から20冊ほどの使って行われる悲鳴嶼の講義は非常に分かりやすく、面白かった。
日が暮れる前に帰らねばならないのが非常に惜しくなるほど悲鳴嶼の修行は牡丹にとって楽しいものだった。
それまでただ何かしなければという焦り、何かしなければならないのに何をしたらいいかわからないという漠然とした不安が霧散する。
やがて修行の最終日がやって来た。
燦々と輝いていた太陽は俄かに厚い雲に覆われ、一寸の間に大量の雨が降り注ぐ。
濡れた身体を拭き、着替えを終えた牡丹はぼんやりと外を眺めていた。
ピカリ
雷光があたりを照らし、すぐに轟音が鳴り響く。
どうやら近くに落ちたらしい。
ふるり、牡丹の身体が震える。
牡丹はその自身の反応に得体の知れない寒気を覚えた。
牡丹は雷が好きだった。
特に夜闇に落ちる雷光があたりを照らすのを見るのが好きだった。
動かぬ身体で僅かに望める景色が常ならぬ光景を見せるのが好きだった。
だというのに。
なぜ今、こんなにも寒気を覚えるのか。
こわい怖い恐い怕い?
「牡丹、身体が冷えただろう。温い茶を、」
悲鳴嶼の声に弾かれたように振り向く。
「どうした?」
悲鳴嶼は急ぎ牡丹に駆け寄った。
座り込んだ牡丹の顔は色が抜け落ちたかのように青い。
俄雨に濡れそぼっただけとは思えない顔色に体温を確かめようと悲鳴嶼はその体に手を伸ばす。
牡丹の身体が跳ねる。
それまで牡丹が悲鳴嶼にそんな反応をすることは無かった。
こんな怯えたような、反応は。
悲鳴嶼の手が宙を掻く。
目の前で向かって手を伸ばしたまま跪いている悲鳴嶼を視界に留め、
牡丹はゆっくりとその姿を確かめるとその胸にトン、と額を預けた。
「すみません。いつもは、いつもは怖くないんです。でも、今だけ、」
悲鳴嶼は動けなかった。何が、とは問えなかった。
先ほどまで庇護の対象だったはずの子供が腕の中でゆるゆると大きくなっていく。
彼女が幼な子ではないことはとうに理解していた、しかし子供だった。
つい、先ほどまでは。
彼女の腕は自分には回らない。
自分の腕も彼女には回らない。
自分の胸の中心に、彼女の小さな頭がある。
暖かな柔らかい身体が自身の触れられない腕の中に。
悲鳴嶼は動けない。
彼女はその胸に額をつけて安らいでいる。
雷鳴が遠くに行くまで、二人はそのまま佇んでいた。
微睡から起き上がれば目の前に大きな影が差した。
差し出されたスイカはすでに食べやすい大きさに切られている。
赤々としていていかにも美味しそうだ。
牡丹は礼を言って受け取り、シャクリとかぶりつく。
甘く瑞々しいスイカは言葉通り確かによく冷えており、寝起きの体によく沁みた。
悲鳴嶼はその様子を大層にこやかに眺めている。
夏だというのに暑さが緩み、穏やかな春のひだまりにいるような心地である。
牡丹は未だ覚め切らぬ頭をなんとか総動員した。
はて私はここで何をしているのだろう?
隊服と日輪刀を与えられ、兎にも角にも隊員となった牡丹であるが流石にすぐに実戦に出されるというわけにはいかないようだった。
本来であれば育手が修行を付けるのだがすでにその段階は過ぎてしまっていた。
また、牡丹の性質上おいそれと別の者に任せるというわけにもいかず、消去法で柱が修行をつけることになる。
牡丹はしのぶから水と風の呼吸とに適性があると言われたのでてっきり冨岡か不死川のところにやられるものだとばかり思っていた。
しかししのぶはうんうんと唸っていたかと思うと、徐にパンと手を叩き、それはそれは晴れやかな顔で岩柱悲鳴嶼行冥の元に修行に出すことを決めたのであった。
しのぶとその姉であるカナエも世話になったと聞いており、いつも作り上げたような微笑みを浮かべるしのぶが悲鳴嶼の話をする時には心底穏やかな表情を浮かべるので、しのぶが信頼しているのは十二分に見て取れ、牡丹はなんら不安を感じることは無かった。
それでもやはり泊まり込みではなく、通いなのはまだ自分の未熟さ所以であろうと牡丹は承知していた。
隠のよねに背負われる道すがら、柱に師事するからには修行はもちろんのこと、身の回りの世話まで滞りなく行う心算で悲鳴嶼の屋敷に降り立った。
牡丹は我知らず息を呑む。
大きいが全体的に侘び寂びを感じられる佇まい、質素に見えて上質な設えの屋敷であった。
しのぶの師匠ということは師匠の師匠、大師匠である。
牡丹は今になってとんでもない相手に師事することになったのだとそら恐ろしくなって来た。
なんとか足を奮い立たせて声をかけようとするがふとまだ自身の背後によねが立っていることに気付く。
不思議に思ったが自身がきちんと中に入るのを見届けようとしてくれるのだと合点してなんとか声を上げた。
玄関先に現れた悲鳴嶼行冥という人は、話に聞く以上に大男だった。
以前であった音柱宇随天元もかなりの大男でかつ美丈夫だったが、それを遥かに上回る上背に牡丹は驚きを隠せなかった。
しかし、本当の驚きはこれからだったのだ。
悲鳴嶼は牡丹を見るなりハラハラと涙を流したのである。
そして言うに事欠いてこのように言い放ったのである。
「なんという可哀想な子供だ。このような幼な子が鬼を滅する任に着こうとは。」
牡丹は必死に自分は幼な子ではないこと、出戻りではあるが嫁にいくほどの年齢であることを含め必死に言い募ったが悲鳴嶼はそれを聞いても更に涙を流すばかりであった。
果てには鬼殺隊員に追いかけ回されたり、宇随に首を切られたり、煉獄に求婚されて断ったことまで言い出してハラハラと泣き続けた。
困り切って後ろで大人しくしているよねに助けを求めたがにこやかに首を振るばかりであった。
しかしそのよねも悲鳴嶼が感極まって牡丹を抱き上げたときには慌てた。
どうやら悲鳴嶼には本当に牡丹が子供に見えているらしかった。
それならばもう、牡丹には何も抵抗のしようがない。
借りて来た猫のように悲鳴嶼の腕の中で大人しくするほか無かった。
抱き上げたまま屋敷を案内され、一通り終わったらまずは昼前に休憩、それから主に呼吸について勉強、昼食、昼寝、鍛錬、勉強、休憩、鍛錬と聞いていたよりもずっとゆるりとした修行が続いた。
食事や身の回りの世話は当初から求められることは無かった。
主によね、顔をあまり合わすことは無かったが他の隠が代わる代わる世話を焼いてくれた。
あまりにも心苦しいのでそっと手伝いを申し入れたがどうやら悲鳴嶼の指示らしく、決して手伝いはさせてもらえなかった。
悲鳴嶼はあくまでもここでは鬼殺隊の基礎を学ぶようにという意向だった。
にしても。
牡丹はそっとため息をついた。
鍛錬は確かに厳しい。
滝に打たれたり、丸太を運んだり、滝の上から丸太が落ちて来て受け止めたり、岩を一町先に押したりと今まで蝶屋敷で行っていたものとは性質の違う鍛錬が続いた。
悲鳴嶼は1つ終えるごとに涙を流しながら休憩を取らせ、おやつを与え、昼寝を促すが鍛錬そのものを甘くすることは無かった。
呼吸についても不死川から概要を教わってはいたもののきちんと学んだわけでは無かったから、古文書から現代の文書に至るまで1日10冊から20冊ほどの使って行われる悲鳴嶼の講義は非常に分かりやすく、面白かった。
日が暮れる前に帰らねばならないのが非常に惜しくなるほど悲鳴嶼の修行は牡丹にとって楽しいものだった。
それまでただ何かしなければという焦り、何かしなければならないのに何をしたらいいかわからないという漠然とした不安が霧散する。
やがて修行の最終日がやって来た。
燦々と輝いていた太陽は俄かに厚い雲に覆われ、一寸の間に大量の雨が降り注ぐ。
濡れた身体を拭き、着替えを終えた牡丹はぼんやりと外を眺めていた。
ピカリ
雷光があたりを照らし、すぐに轟音が鳴り響く。
どうやら近くに落ちたらしい。
ふるり、牡丹の身体が震える。
牡丹はその自身の反応に得体の知れない寒気を覚えた。
牡丹は雷が好きだった。
特に夜闇に落ちる雷光があたりを照らすのを見るのが好きだった。
動かぬ身体で僅かに望める景色が常ならぬ光景を見せるのが好きだった。
だというのに。
なぜ今、こんなにも寒気を覚えるのか。
こわい怖い恐い怕い?
「牡丹、身体が冷えただろう。温い茶を、」
悲鳴嶼の声に弾かれたように振り向く。
「どうした?」
悲鳴嶼は急ぎ牡丹に駆け寄った。
座り込んだ牡丹の顔は色が抜け落ちたかのように青い。
俄雨に濡れそぼっただけとは思えない顔色に体温を確かめようと悲鳴嶼はその体に手を伸ばす。
牡丹の身体が跳ねる。
それまで牡丹が悲鳴嶼にそんな反応をすることは無かった。
こんな怯えたような、反応は。
悲鳴嶼の手が宙を掻く。
目の前で向かって手を伸ばしたまま跪いている悲鳴嶼を視界に留め、
牡丹はゆっくりとその姿を確かめるとその胸にトン、と額を預けた。
「すみません。いつもは、いつもは怖くないんです。でも、今だけ、」
悲鳴嶼は動けなかった。何が、とは問えなかった。
先ほどまで庇護の対象だったはずの子供が腕の中でゆるゆると大きくなっていく。
彼女が幼な子ではないことはとうに理解していた、しかし子供だった。
つい、先ほどまでは。
彼女の腕は自分には回らない。
自分の腕も彼女には回らない。
自分の胸の中心に、彼女の小さな頭がある。
暖かな柔らかい身体が自身の触れられない腕の中に。
悲鳴嶼は動けない。
彼女はその胸に額をつけて安らいでいる。
雷鳴が遠くに行くまで、二人はそのまま佇んでいた。
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