鬼滅の刃
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男は兜谷、と名乗った。
ひょっとこのお面をつけているので顔はわからない。
その剽軽ながらも精巧な作りのそれを眺めながら、今まで考えもしなかったが顔が分からないとかなりその為人が分からなくなるものだな、と牡丹は思った。
何より表情が分からないというのは思ったよりも緊張する。
体つきや声色から幾らか年上であり、刀鍛冶らしい良い腕の筋肉のつき方をしている、と言うくらいしか分からなかった。
大きな手の平に肉刺が何度も潰れて出来たであろう分厚い肉が盛り上がり、それに相応しいしっかりとした手首、そこから肘につながる真ん中から更にガツンと主張する筋肉。
重いものを振るう腕だった。祖父の腕に似ている、とも思った。
もっとも祖父は職人ではなかったが。
「あんたの要望は通した、正直苦労した。」
す、と目の前に二振りの刀が差し出される。
1つは見た目は変わらぬ日輪刀。
鍔は5枚花びらの桜を模していて愛らしい。
そして今はあまり付けないらしいが鞘にはもう1本、笄と呼ばれる装飾兼整髪具を付属している。
もう片方は短刀。太ももに括り付けて隠し持てるように、丹念になめした革のベルトのおまけ付きである。
懐に入れても良さそうだった。
「あんたが若い女だって言うんで里長がやる気出していたんだが。」
兜谷は、けっと吐き捨てるように言った。
若い女、が問題なのか里長が問題なのかは分からない。
牡丹としてはきちんと打ってくれれば問題なかったので聞き流すことにした。
「あんた、あの石選んだんだろう?」
ぐい、と顎を上げてこちらをじっと見つめてくる。
「あの石を持たせたのは俺で、持ってきたのは俺の息子だ。正直あれを選ぶのは相当変わりもんだと思っていた。」
ほう、と牡丹はため息とも感嘆とも取れぬ吐息を漏らした。
つまり彼はその相当の変わりもんを探していた、と言うことになる。
里長のことはしのぶ様から聞いている。
しのぶ様や蜜璃ちゃんの刀を打っている人だ。当然腕もいいし権力というか発言力も大きいだろう。
それでも自分が打ちたいと名乗りを上げてくれたのだ。
変わりもんの私の為に。いや、それは語弊がある。
変わりもんの刀を打ちたいが為に、だ。つまり、
この人も相当の変わりもん、ということだ。
里の使いで来ていた彼ー息子ということだったがーは混じり物が多いと教えてくれた。
おそらくそれは本当のことであり、彼の親切心でもあったのであろう。
あれで刀を打つのは難しいのか、もしくは良い刀を打つのが難しいのだろう。
どうしても、あれが良かったのだ。あれで良かったのだ。
「あれじゃなきゃ、これは作れなかった。」
牡丹の考えを見透かし、肯定するかのように兜谷は高らかに告げた。
そして兜谷は抜いてみろ、と言わんばかりに片手で鞘のちょうど真ん中を持ち、目の前にずい、と突き出してくる。
牡丹は緊張しながらそれを両手で受け取った。
柄を握ると柄巻が吸い付いてくるように滑らかで握りやすいが、いつも稽古で使っているものよりもかなり重い。
しかし絶妙な重心の為にスラリと抜くことが出来た。
抜いてしまうとまるで重さを感じず、刃は肉厚、刃文は呉の目、日の光を反射してキラキラと輝いている。
一寸の間、色が変わらないかもしれないと思っていたが杞憂だった。
みるみるうちにそれは紺碧の青に染まり、その上から追いかけるようにして鍔元から切先へ虹色が被さっていく。
まるでないでいた海面に急に波が出現し、そのまま覆い被さって固まっていくようだった。
なんだこれ、と初めて見る光景に戸惑いを感じつつ、いつの間にか後ろで見守っていたしのぶを見やるがその大きな瞳が少しだけ見開かれていたまま一言も発しないでいるのを見て、少しだけ不安になった。
兜谷は手をパン、と叩いた。
「こりゃあいい、見事な紺碧だ。深い緑が入った海の色だ。
それに螺鈿が挿して見応えがある。」
刀鍛冶様がご機嫌のようなので悪くない、のだろうけど。
押し黙ったままじっと刀身を見つめ続けるしのぶの反応が不安である。
「こんなに大きな一枚剥ぎの螺鈿なんかねえからな。
蜃から剥ぎ取りでもしねえ限りねえだろうよ。」
蜃というのは蜃気楼を作り出すといわれる古代中国伝説の生物である。
それから螺鈿が取れるかどうかは知らないが、[#da=1#]は家を出る時置いてきてしまった文箱に付いていた夜光貝の螺鈿を思い出した。
父は娘を思ってか白蝶貝を、祖父は自身の好みなのか夜光貝を勧めてきたのだ。
(あなたのお好きなものをお作りします。あなたの望む通りに。)
そう言ったのは誰だったか。職人だっただろうか。
しかしそのあと自分で選んだ覚えはないから、おそらく祖父が推し進めたのであろう。
刀は少し経って当初のギラギラは落ち着いたものの、煌めきは消えず、なかなかの『派手派手』である。
一通り刀の特徴や使い方、念のためと言って刀の手入れなども説明しつつ、あらゆる角度から兜谷は刀を眺めていた。
やがて満足したのか、うんうんと大きく頷きながら兜谷は押し黙ったままのしのぶに声を掛けた。
「どうだい、蟲柱様、呼吸は。」
嬉しそうな声色の兜谷に、表情を変えないまましのぶは答えた。
「そうですね、呼吸は、まあ、風と水の間というところなのでしょうけど。」
どうやら呼吸は大丈夫なようだ。牡丹はホッと胸を撫で下ろした。
兜谷は満足げに立ち上がった。
慌てて刀を鞘に収め、礼を言う。
それを受け、兜谷は少しだけ言いにくそうに口を開いた。
「それとな、俺は礼が言いたくて来たんだ。」
牡丹は小首を傾げて言葉を待つ。
兜谷はううっと咳払いをして一気に捲し立てた。
「馬鹿な下っ端隊員が俺たちの魂の傑作である日輪刀を放り投げて逃げ出したってえのにあんたはきちんと手入れして鞘まで作って納めてくれた。
素人の手には違いねえが刀には十分な施しだ。ありがとよ。
おかげで元の損傷以外は差し障りなかった。
あんたは俺たちの魂を救った。本当にありがとう。」
言いたいことを言ってしまったからなのか、兜谷の声は当初よりも明るくなった。
「それからな、刀は俺が打ったがは拵えやら鞘、笄、短刀なんかは里の者が気合入れてやらせてもらった。みんなには言うな、と言われてんだがよ。」
それは言ってはダメなのでは。
牡丹はそう言いかけて口がムズムズしたが、彼は言いたいついでに口も軽くなったのかもしれなかった。
「まあ、気に入るか分からんが意を汲んでやってくれ。」
「そんな、とても気に入っています。素敵な刀をありがとうございます。」
牡丹はそれ以上何を言っていいか分からず、刀をぎゅうと抱きしめる。
兜谷は大きくうなづいて手をひらひらと振って部屋を出た。
「それからこれは聞き流してくれて構わねえが。」
ん?と牡丹は少し緊張して次の言葉を待った。
「ウチのカミさんも褒めてたんだがあんた拵えの才もある。鬼殺隊が嫌んなったらウチに来な。面倒見るぜ。」
そして今度こそ意気揚々と里へ帰って行った。
初めての日輪刀に喜びを隠せない牡丹は腰に差してみたり短刀を足に巻いてみたりと忙しい。
しかしこれから起こるであろう喧騒にいまいちピンと来ていない牡丹の様子にしのぶはそっとため息をつく。
紺碧。
ふむ、としのぶは考えを巡らせた。
ある程度予測ができた呼吸の傾向ではある。
水の呼吸は育手も同じ呼吸の使い手も多い。
自分が使う蟲の呼吸を始め、蛇・花もその派生である。
このまま自身の手元で育てるのが一番場が収まるような気もする。
しかし、風の呼吸の適性もあり、何よりあの螺鈿の輝きは彼女の『個」を主張するように思えた。
また、彼女の膂力も自分には無いものであり、これを十分に活かすところで学ばせたい。
出来るだけ関わる人間を少なくしたいがそういうわけにもいかないだろう。
しのぶは本日何度目かになる大きなため息をついた。
まあ、どうせ皆百依百順とする人々ではないのですし、ここで考えても無駄ですね。
そもそもお館様の以降が判然としかねた。
しのぶは被りを振り、考えるのを辞めた。
今日も良い天気である。
ひょっとこのお面をつけているので顔はわからない。
その剽軽ながらも精巧な作りのそれを眺めながら、今まで考えもしなかったが顔が分からないとかなりその為人が分からなくなるものだな、と牡丹は思った。
何より表情が分からないというのは思ったよりも緊張する。
体つきや声色から幾らか年上であり、刀鍛冶らしい良い腕の筋肉のつき方をしている、と言うくらいしか分からなかった。
大きな手の平に肉刺が何度も潰れて出来たであろう分厚い肉が盛り上がり、それに相応しいしっかりとした手首、そこから肘につながる真ん中から更にガツンと主張する筋肉。
重いものを振るう腕だった。祖父の腕に似ている、とも思った。
もっとも祖父は職人ではなかったが。
「あんたの要望は通した、正直苦労した。」
す、と目の前に二振りの刀が差し出される。
1つは見た目は変わらぬ日輪刀。
鍔は5枚花びらの桜を模していて愛らしい。
そして今はあまり付けないらしいが鞘にはもう1本、笄と呼ばれる装飾兼整髪具を付属している。
もう片方は短刀。太ももに括り付けて隠し持てるように、丹念になめした革のベルトのおまけ付きである。
懐に入れても良さそうだった。
「あんたが若い女だって言うんで里長がやる気出していたんだが。」
兜谷は、けっと吐き捨てるように言った。
若い女、が問題なのか里長が問題なのかは分からない。
牡丹としてはきちんと打ってくれれば問題なかったので聞き流すことにした。
「あんた、あの石選んだんだろう?」
ぐい、と顎を上げてこちらをじっと見つめてくる。
「あの石を持たせたのは俺で、持ってきたのは俺の息子だ。正直あれを選ぶのは相当変わりもんだと思っていた。」
ほう、と牡丹はため息とも感嘆とも取れぬ吐息を漏らした。
つまり彼はその相当の変わりもんを探していた、と言うことになる。
里長のことはしのぶ様から聞いている。
しのぶ様や蜜璃ちゃんの刀を打っている人だ。当然腕もいいし権力というか発言力も大きいだろう。
それでも自分が打ちたいと名乗りを上げてくれたのだ。
変わりもんの私の為に。いや、それは語弊がある。
変わりもんの刀を打ちたいが為に、だ。つまり、
この人も相当の変わりもん、ということだ。
里の使いで来ていた彼ー息子ということだったがーは混じり物が多いと教えてくれた。
おそらくそれは本当のことであり、彼の親切心でもあったのであろう。
あれで刀を打つのは難しいのか、もしくは良い刀を打つのが難しいのだろう。
どうしても、あれが良かったのだ。あれで良かったのだ。
「あれじゃなきゃ、これは作れなかった。」
牡丹の考えを見透かし、肯定するかのように兜谷は高らかに告げた。
そして兜谷は抜いてみろ、と言わんばかりに片手で鞘のちょうど真ん中を持ち、目の前にずい、と突き出してくる。
牡丹は緊張しながらそれを両手で受け取った。
柄を握ると柄巻が吸い付いてくるように滑らかで握りやすいが、いつも稽古で使っているものよりもかなり重い。
しかし絶妙な重心の為にスラリと抜くことが出来た。
抜いてしまうとまるで重さを感じず、刃は肉厚、刃文は呉の目、日の光を反射してキラキラと輝いている。
一寸の間、色が変わらないかもしれないと思っていたが杞憂だった。
みるみるうちにそれは紺碧の青に染まり、その上から追いかけるようにして鍔元から切先へ虹色が被さっていく。
まるでないでいた海面に急に波が出現し、そのまま覆い被さって固まっていくようだった。
なんだこれ、と初めて見る光景に戸惑いを感じつつ、いつの間にか後ろで見守っていたしのぶを見やるがその大きな瞳が少しだけ見開かれていたまま一言も発しないでいるのを見て、少しだけ不安になった。
兜谷は手をパン、と叩いた。
「こりゃあいい、見事な紺碧だ。深い緑が入った海の色だ。
それに螺鈿が挿して見応えがある。」
刀鍛冶様がご機嫌のようなので悪くない、のだろうけど。
押し黙ったままじっと刀身を見つめ続けるしのぶの反応が不安である。
「こんなに大きな一枚剥ぎの螺鈿なんかねえからな。
蜃から剥ぎ取りでもしねえ限りねえだろうよ。」
蜃というのは蜃気楼を作り出すといわれる古代中国伝説の生物である。
それから螺鈿が取れるかどうかは知らないが、[#da=1#]は家を出る時置いてきてしまった文箱に付いていた夜光貝の螺鈿を思い出した。
父は娘を思ってか白蝶貝を、祖父は自身の好みなのか夜光貝を勧めてきたのだ。
(あなたのお好きなものをお作りします。あなたの望む通りに。)
そう言ったのは誰だったか。職人だっただろうか。
しかしそのあと自分で選んだ覚えはないから、おそらく祖父が推し進めたのであろう。
刀は少し経って当初のギラギラは落ち着いたものの、煌めきは消えず、なかなかの『派手派手』である。
一通り刀の特徴や使い方、念のためと言って刀の手入れなども説明しつつ、あらゆる角度から兜谷は刀を眺めていた。
やがて満足したのか、うんうんと大きく頷きながら兜谷は押し黙ったままのしのぶに声を掛けた。
「どうだい、蟲柱様、呼吸は。」
嬉しそうな声色の兜谷に、表情を変えないまましのぶは答えた。
「そうですね、呼吸は、まあ、風と水の間というところなのでしょうけど。」
どうやら呼吸は大丈夫なようだ。牡丹はホッと胸を撫で下ろした。
兜谷は満足げに立ち上がった。
慌てて刀を鞘に収め、礼を言う。
それを受け、兜谷は少しだけ言いにくそうに口を開いた。
「それとな、俺は礼が言いたくて来たんだ。」
牡丹は小首を傾げて言葉を待つ。
兜谷はううっと咳払いをして一気に捲し立てた。
「馬鹿な下っ端隊員が俺たちの魂の傑作である日輪刀を放り投げて逃げ出したってえのにあんたはきちんと手入れして鞘まで作って納めてくれた。
素人の手には違いねえが刀には十分な施しだ。ありがとよ。
おかげで元の損傷以外は差し障りなかった。
あんたは俺たちの魂を救った。本当にありがとう。」
言いたいことを言ってしまったからなのか、兜谷の声は当初よりも明るくなった。
「それからな、刀は俺が打ったがは拵えやら鞘、笄、短刀なんかは里の者が気合入れてやらせてもらった。みんなには言うな、と言われてんだがよ。」
それは言ってはダメなのでは。
牡丹はそう言いかけて口がムズムズしたが、彼は言いたいついでに口も軽くなったのかもしれなかった。
「まあ、気に入るか分からんが意を汲んでやってくれ。」
「そんな、とても気に入っています。素敵な刀をありがとうございます。」
牡丹はそれ以上何を言っていいか分からず、刀をぎゅうと抱きしめる。
兜谷は大きくうなづいて手をひらひらと振って部屋を出た。
「それからこれは聞き流してくれて構わねえが。」
ん?と牡丹は少し緊張して次の言葉を待った。
「ウチのカミさんも褒めてたんだがあんた拵えの才もある。鬼殺隊が嫌んなったらウチに来な。面倒見るぜ。」
そして今度こそ意気揚々と里へ帰って行った。
初めての日輪刀に喜びを隠せない牡丹は腰に差してみたり短刀を足に巻いてみたりと忙しい。
しかしこれから起こるであろう喧騒にいまいちピンと来ていない牡丹の様子にしのぶはそっとため息をつく。
紺碧。
ふむ、としのぶは考えを巡らせた。
ある程度予測ができた呼吸の傾向ではある。
水の呼吸は育手も同じ呼吸の使い手も多い。
自分が使う蟲の呼吸を始め、蛇・花もその派生である。
このまま自身の手元で育てるのが一番場が収まるような気もする。
しかし、風の呼吸の適性もあり、何よりあの螺鈿の輝きは彼女の『個」を主張するように思えた。
また、彼女の膂力も自分には無いものであり、これを十分に活かすところで学ばせたい。
出来るだけ関わる人間を少なくしたいがそういうわけにもいかないだろう。
しのぶは本日何度目かになる大きなため息をついた。
まあ、どうせ皆百依百順とする人々ではないのですし、ここで考えても無駄ですね。
そもそもお館様の以降が判然としかねた。
しのぶは被りを振り、考えるのを辞めた。
今日も良い天気である。