鬼滅の刃
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さて、鬼殺隊入隊とも成れば彼らの行動は早かった。
その日の晩には10個の猩々緋鉱石が持ち込まれ、牡丹はしばらく眺めていたが、結果その中でも大振りで中に木化貝石が混じった1つを選んだ。
里の使いの者が気を使ったのか、混じり物が多いとささやいてくれたが牡丹は気にしなかった。
それを鍛錬するのだから硬く良いものができるでしょうと微笑むものだから使いは恐縮するばかりだった。
隊服も発注され、すぐに届くかと思ったが思ったより長引いているようだった。
牡丹は単純にのんびりと待っていたが、どうやらそういう物ではないらしく、必ずしのぶ同席の下で試着するよう厳命された。
任務に隊員の治療にと忙しいしのぶに、日輪刀の受け渡しはともかく隊服の試着にまで付き合わせることに牡丹はいくらか難色を示した。
鬼殺隊の特殊な隊服とはいえ、洋服の1つではあるのだし、祖父が着ていたような軍服に近いのであれば釦の数が多くとも自身だけでも着る事はできると思ったからだ。
しかししのぶは任務があっても出立前に毎回真顔で必ず、とさらに言い置くので、牡丹はそれ以上逆らう気もなくコクリと素直にうなづいた。
鬼殺隊の縫製係から連絡があったのはまさにしのぶが出立した直後であった。
対応したアオイが、厳しい顔で言い放つ。
「蟲柱任務帰還後と厳命されています。なのに本人に来いというのですか。」
しかし縫製係は引かなかった。
今回特殊な技法を使うのでどうしても調整が難しく、是非本人に来て欲しいというのだ。
だがそう伝えられてもアオイは首を縦に振る訳にはいかなかった。
一般隊員の隊服だというのにかなりの時間を要しており、それにさらに特殊な技法、更には調整とはどう言うことか。
しかもしのぶは留守中と分かっている今である。
アオイが唸り続けているのを見かねて牡丹は快く調整に赴くことを承知した。
牡丹は調整と言うくらいだから、さほど大事にはなるまい、すぐに戻るからと暢気な顔で宥めるのを、アオイは大いなるため息をもって迎える他なかった。
しかも明確な返事を持たせる前に迎えの者が来るあたり、アオイには身に覚えがある“あの”嫌な予感しかしない。
他の屋敷、しかも縫製係がいる邸に行けるのをワクワクしているだけではないかというアオイの懸念を払拭できないほど牡丹はにこやかに微笑んでいる。
アオイは牡丹がここに閉じ込められ続けているにもかかわらず、不平不満を言わないことに好感を持っていた。
自分がダメだといえば、がっかりはしてもそれに逆らう事はない。
しかしこの笑顔を曇らせる事は、アオイには決断できなかった。
アオイは苦渋の末、牡丹にそっと小瓶に入れた油と燐寸を渡すことにした。
首を傾げる牡丹は当然これは何かと尋ねることになる。
「あの、これは。」
「お守りです。しのぶ様からの命令と思ってくださって結構です。
しのぶ様から『不浄なものがあれば火を付けて燃してしまいなさい。」との伝言を預かっています。」
間髪入れずにそう答えるアオイにそれ以上牡丹が尋ねる事は無かった。
期待と不安を抱きつつ、牡丹は洋装のため想定される身支度を整え、当然のように背を向けて待つ隠にそういえばそうだったと恐縮しつつ、機密を守るためと目隠しをされ、牡丹はそっと隠の背に乗った。
隠はよねと名乗った。
よねは意外と話好きらしく、走りながら自身のことを聞かれるでもなく答えてくれた。
5人の子を育て上げた幾らか年配の女性で、どうやら今回牡丹の特性を踏まえた上で抜擢されたらしい。
まさに肝っ玉母ちゃんなよねに安堵し、牡丹は今度こそ身を預けた。
程なく縫製係もいる屋敷に到着する。
そのまま手を引かれて部屋に入り、よねはまた迎えに来ると言ってその場を辞し、早速用意された隊服を身に付けた牡丹はアオイの嫌な予感を目の当たりにすることになる。
これは・・・・・
洋服は着たことがあるけれど、これはどういうことなのか。
見た目は皆の隊服と同じような陸軍仕様の詰襟である。
漆黒は糸から染め上げられた極上、肌触りは良く、強く引っ張ったり指で突いたりしてみたがその滑らかさとは裏腹に破ける様子は見えない。
かなり丈夫な布である。
雑魚鬼の爪や牙を弾くとは聞いていたが本当にそうなのだと思える代物である。
しかし、だ。
牡丹はため息をこぼした。
中に着る襯衣と上着を身に付けてみると、丁寧に付けられた銀色の釦は上と下の一つずつしか締められない。
だが恐ろしくピッタリと肌に吸い付き、体に馴染んでいる。
このままでは動いた時に胸がまろび出る、と思ったが幾らか動いてもそのような事はなく、動きを妨げる事はない。
恐ろしい技術である。
風柱様と蜜璃ちゃんはこういう着こなしではあったがこれは柱のみの格好ではなかったのか。
牡丹はそっと自分の心臓の位置に指を添わせた。
心臓というのは左胸にあると思われがちだが実は正中線にある。
この世に生まれ落ちた時から心臓の左側の筋肉が発達するのでそちらから鼓動が聞こえるだけなのだ。
着慣れない形にも戸惑うが、何より急所を曝け出すのはいかんせんどうかと思う。
これでは急所である胸まで一直線だ。
しかもスカートはかなり短く、動きやすさを重視してか足が顕になっており、これでは自分の動きが相手に丸わかりである。
今後体術も修めるにしても、丸わかりなのは未熟な自分にはよろしくない。
せっかくの技術ではあるが、これは直してもらうことにしよう。
おそらくこの形は最良なのだろうが、私には相応しくない。
そこまで考えて、牡丹ははたと気付いた。
おそらくこれは縫製係の気遣いなのだ。
私が急にこれを受け取って戸惑うことがないよう、速やかに任務に向かえるように調整という名目で選択の猶予を与えてくれたのだろう。
よし、このまま縫製係のところまで行こう。
牡丹は意気揚々と部屋の外に出た。
しかし、初めての屋敷ということもあり、縫製係の部屋がわからない。
当然案内係もおらず、順路もわからない。
幸い邸内には隊員らしき人の気配が多い。
奥の方に10数名、隠と思しき気配を感じ、そこに向かって歩きつつ、道中であった人に道を尋ねて行くことにした。
早速一般隊員と思われる隊服の人に出会ったので牡丹は道を尋ねた。
「すみません、縫製室というのはどちらにありますか。」
「ああ、あちらです。」
振り向く隊員。優しそうな人である。
やはり服は私と違うなあ、と思いつつ、牡丹は指さされた方を向いた。
「ありがとうございます。」
牡丹がそう言ってそちらへと歩き出した後、隊員はふわりと香る花の匂いを感じた。
しばらくぼうとした様子で見ていた隊員はそのまま音もなく頽れた。
この屋敷の構造は複雑だ。
道を尋ねても、皆大体の方向しか知らない。
機密上仕方がないのだろう、その都度出会った隊員に聞く他ない。
調整すると言われていたのだから近くなのかと思っていたがずいぶん歩いた。
もしかして部屋で待つべきだったのか。
そう思い始めた頃、ようやく目の前に縫製室と書かれた古い木札が目に入る。
最初に感じた気配もここで間違い無いだろう。
牡丹は襖の外から声をかけることにした。
「すみません、縫製係の方をお願いしたいのですが。
「はいはーい。ちょっと待っててくださいねー。」
砕けた口調で出てくれた隠は、牡丹の姿を見た途端、明らかに慌て始めた。
「え、は、はい、あの、くっ、ま、前田、まえだ、来い!」
それ以降、彼はこちらには全く目を向けず、まえだという名を連呼している。
牡丹は部屋をぐるりと見渡した。
シンガーミシンの縫製女学院が出来、少しずつ普及しているとはいえ、目視だけで10台近く並んでいるのは圧巻である。
好奇心に目を輝かせる牡丹を視界に収め、前田はこれ以上ない喜びを持って近づいて行った……はずだった。
さてそれより少し前の時間に遡る。
不死川は報告のため産屋敷邸を訪れた後、隊服の修復と補充のため隠のいる邸に向かっていた。
縫製室に向かおうとしたところ、どうにも周りの様子がおかしい。
近づくにつれて、隊員が何人も倒れている。
「おい、どうした、何があった。」
隊員がかろうじて言葉を発する。
「もう良いんです、死にます。」
なんと表現したものか、隊員は怪我はない様子だがその体には力が入らず、まるで骨がないかのようにぐにゃぐにゃである。
すぐに駆けつけた治療担当の隠にその場を任せ、報告を受ける。
男女問わず一様に頬を紅潮させ、体に力は入っておらず、腰から砕けたように座り込むか倒れ込んでいる。
ひとまず鬼の仕業ではないことに不死川は顔には出さず、安堵した。
しかしながらこれには見覚えがある。
まさか。
いや、確かあれの隊服は蝶屋敷に届けて胡蝶が見聞する手筈になっていたはずだ。
結局彼女が鬼殺隊に入る事は決まってしまったが影響が少なく済むように細心の注意を払うように通達文が出回ったはず、だ。
だがこれは。
俺はまだ、甘く見ていたのかもしれない、あの男の執念を。
不死川は嫌な予感の赴くまま一瞬で縫製室に向かった。
「よう、邪魔するぜえ。」
返事を待たずに部屋に入るとさもありなん、縫製係がほぼ全員倒れている。
無事なのは襖近くにいて、目と耳を塞ぎ、何やらぶつぶつと前田の名前を連呼する一人だけ。
その男すらも腰が抜けたように座り込んでいる。
声をかけようかとは思ったが、奥の方を見ればまともに立っている人影が二つ。
そして耳に飛び込んでくる声には確かに覚えがあった。
「ねえ、前田さん、わかるでしょう。」
艶やかに微笑む牡丹がいた。
そして確かに何度か見覚えがあるあの隊服に身を包んでいる。
つう、と彼女の指はその豊かな乳房の内側の曲線をなぞり、その中心よりやや下でぴたりと止まる。
不死川はもう目が離せなかった。
「私の心臓ね、ここにあるんです。」
まるで秘密を明かすような秘めやかな色を載せた声音で、前田の耳に牡丹の声が響く。
「この服、たいへん伸縮性に富んでいて、ピッタリと包み込んでくださっているけれど。」
前田は自身が彼女のその胸を包み込んでいるかのような錯覚を覚えて眩暈がした。
「ね、蜜璃ちゃんみたいに若くて張りのある方はいいけれど、」
もう何がとか聞けない、破裂しそう。
「私だときっと動いたらまろび出てしまいそうなの。
心配で不安で、もう仕方がないわ。
どうにかしてくださらない?」
どうにか、何を何をどうしてもいいんですか?
不死川はすうと目を細める。
前田の性癖ともいう執念を軽蔑はするが、同時に前田を初めて哀れに思った。
確かに自業自得ではある。
懲りずに、しかも彼女は特殊であると従前に口すっぱく重々に言い含められているはずなのに。
前田は動機はともあれ、彼なりの矜持を持って縫製の仕事をしている。
破廉恥な隊服ではあるが実際のところ、どれだけ激しく動いたとしてもずれるなどして動きを妨げるものでは決してない。
牡丹はそれは承知の上で急所が曝け出されていることを主張して変えさせる気なのである。
だがあのやり方はどうなのか。
前田はもう気絶寸前である。
ここに来るまでに耳にした以上の何かを囁かれているのかもしれないが、おそらく彼女が自分の隊服を身につけてくれた喜びと縫製係としての矜持とが彼を正気たらしめているのだろう。
しかし、彼女にとってはまだ序の口である。
何せ……
不死川はちら、と視線を下に向けた。
まだ足が残っている。
今まで和装だったとはいえ、それなりの家のお嬢様だった女だ。
洋装に慣れてないということはないだろう。
しかし、下履きを履いているのかいないのかわからないような状況であの短さでそばにいられて正気でいられる男などいるものか。
このままでいればおそらく前田は死ぬ。
もしくは命を取られる。
とち狂って何か事を起こせばあるいは命を刈られる。
俺かあるいは他の柱に。
不死川はできるだけ冷静を装って声をかけた。
「ひいっ!。」
前田は絶叫した。
不死川の目は血走り、爆発寸前であると前田は思った。
俺はきっともう死ぬのだ。不死川様にころされる。
だがこんな美しい人に自分の最高傑作である隊服を着てもらえて満足である。
前田はそのまま意識を手放そうとした。
「だめですよ、前田さん?」
ぐい、と自分の胸ぐらを掴む手がある。
ぐらりと頭が傾いで自身の顔の真前に彼女の花の顔が広がる。
ああうつくしい人、俺の芸術をわかってくれるひと。
「ほら、まだ、足の話が残っておりますよ。」
自身が作ったスカートの絶妙な長さからすらりと伸びる太もも、くびれた膝、そして無防備にさらされた足が輝かんばかりに目を惹く。
「ね、こんなに短くちゃあ、動きが丸わかりでしょ?」
首根っこを捻りあげられたまま、彼女の指が自身の足を足先から太ももまでするりとなぜるのを見届けて前田は安らかにいった。
その後前田は不死川から同情交じりながらコッテリと説教を受け、縫製のやり直しを命じられた。
試着の際にはしのぶと不死川両名の監督の元行われることになり、隊服の支給はさらに長引いた。
お詫びの印にと届けられた西洋刺繍の絹で仕立てられた乳当ては牡丹を大いに感心させたが結局上着の袖が無くなって脇から肌がチラ見えしたり、牡丹の要望に従ったはずの馬乗り袴が横は縫われずに大きく足を上げると丸見えになるなど前田の暴走が止まらなかったため、不死川が再度怒鳴り込みに行ったのは縫製係の中でも伝説となった。
その後至極真っ当な上着と袴が用意されたがその後任務に行くようになって十回に一回はチラ見え上着と袴が送られてくるのはもはや止められないのかもしれない。
その日の晩には10個の猩々緋鉱石が持ち込まれ、牡丹はしばらく眺めていたが、結果その中でも大振りで中に木化貝石が混じった1つを選んだ。
里の使いの者が気を使ったのか、混じり物が多いとささやいてくれたが牡丹は気にしなかった。
それを鍛錬するのだから硬く良いものができるでしょうと微笑むものだから使いは恐縮するばかりだった。
隊服も発注され、すぐに届くかと思ったが思ったより長引いているようだった。
牡丹は単純にのんびりと待っていたが、どうやらそういう物ではないらしく、必ずしのぶ同席の下で試着するよう厳命された。
任務に隊員の治療にと忙しいしのぶに、日輪刀の受け渡しはともかく隊服の試着にまで付き合わせることに牡丹はいくらか難色を示した。
鬼殺隊の特殊な隊服とはいえ、洋服の1つではあるのだし、祖父が着ていたような軍服に近いのであれば釦の数が多くとも自身だけでも着る事はできると思ったからだ。
しかししのぶは任務があっても出立前に毎回真顔で必ず、とさらに言い置くので、牡丹はそれ以上逆らう気もなくコクリと素直にうなづいた。
鬼殺隊の縫製係から連絡があったのはまさにしのぶが出立した直後であった。
対応したアオイが、厳しい顔で言い放つ。
「蟲柱任務帰還後と厳命されています。なのに本人に来いというのですか。」
しかし縫製係は引かなかった。
今回特殊な技法を使うのでどうしても調整が難しく、是非本人に来て欲しいというのだ。
だがそう伝えられてもアオイは首を縦に振る訳にはいかなかった。
一般隊員の隊服だというのにかなりの時間を要しており、それにさらに特殊な技法、更には調整とはどう言うことか。
しかもしのぶは留守中と分かっている今である。
アオイが唸り続けているのを見かねて牡丹は快く調整に赴くことを承知した。
牡丹は調整と言うくらいだから、さほど大事にはなるまい、すぐに戻るからと暢気な顔で宥めるのを、アオイは大いなるため息をもって迎える他なかった。
しかも明確な返事を持たせる前に迎えの者が来るあたり、アオイには身に覚えがある“あの”嫌な予感しかしない。
他の屋敷、しかも縫製係がいる邸に行けるのをワクワクしているだけではないかというアオイの懸念を払拭できないほど牡丹はにこやかに微笑んでいる。
アオイは牡丹がここに閉じ込められ続けているにもかかわらず、不平不満を言わないことに好感を持っていた。
自分がダメだといえば、がっかりはしてもそれに逆らう事はない。
しかしこの笑顔を曇らせる事は、アオイには決断できなかった。
アオイは苦渋の末、牡丹にそっと小瓶に入れた油と燐寸を渡すことにした。
首を傾げる牡丹は当然これは何かと尋ねることになる。
「あの、これは。」
「お守りです。しのぶ様からの命令と思ってくださって結構です。
しのぶ様から『不浄なものがあれば火を付けて燃してしまいなさい。」との伝言を預かっています。」
間髪入れずにそう答えるアオイにそれ以上牡丹が尋ねる事は無かった。
期待と不安を抱きつつ、牡丹は洋装のため想定される身支度を整え、当然のように背を向けて待つ隠にそういえばそうだったと恐縮しつつ、機密を守るためと目隠しをされ、牡丹はそっと隠の背に乗った。
隠はよねと名乗った。
よねは意外と話好きらしく、走りながら自身のことを聞かれるでもなく答えてくれた。
5人の子を育て上げた幾らか年配の女性で、どうやら今回牡丹の特性を踏まえた上で抜擢されたらしい。
まさに肝っ玉母ちゃんなよねに安堵し、牡丹は今度こそ身を預けた。
程なく縫製係もいる屋敷に到着する。
そのまま手を引かれて部屋に入り、よねはまた迎えに来ると言ってその場を辞し、早速用意された隊服を身に付けた牡丹はアオイの嫌な予感を目の当たりにすることになる。
これは・・・・・
洋服は着たことがあるけれど、これはどういうことなのか。
見た目は皆の隊服と同じような陸軍仕様の詰襟である。
漆黒は糸から染め上げられた極上、肌触りは良く、強く引っ張ったり指で突いたりしてみたがその滑らかさとは裏腹に破ける様子は見えない。
かなり丈夫な布である。
雑魚鬼の爪や牙を弾くとは聞いていたが本当にそうなのだと思える代物である。
しかし、だ。
牡丹はため息をこぼした。
中に着る襯衣と上着を身に付けてみると、丁寧に付けられた銀色の釦は上と下の一つずつしか締められない。
だが恐ろしくピッタリと肌に吸い付き、体に馴染んでいる。
このままでは動いた時に胸がまろび出る、と思ったが幾らか動いてもそのような事はなく、動きを妨げる事はない。
恐ろしい技術である。
風柱様と蜜璃ちゃんはこういう着こなしではあったがこれは柱のみの格好ではなかったのか。
牡丹はそっと自分の心臓の位置に指を添わせた。
心臓というのは左胸にあると思われがちだが実は正中線にある。
この世に生まれ落ちた時から心臓の左側の筋肉が発達するのでそちらから鼓動が聞こえるだけなのだ。
着慣れない形にも戸惑うが、何より急所を曝け出すのはいかんせんどうかと思う。
これでは急所である胸まで一直線だ。
しかもスカートはかなり短く、動きやすさを重視してか足が顕になっており、これでは自分の動きが相手に丸わかりである。
今後体術も修めるにしても、丸わかりなのは未熟な自分にはよろしくない。
せっかくの技術ではあるが、これは直してもらうことにしよう。
おそらくこの形は最良なのだろうが、私には相応しくない。
そこまで考えて、牡丹ははたと気付いた。
おそらくこれは縫製係の気遣いなのだ。
私が急にこれを受け取って戸惑うことがないよう、速やかに任務に向かえるように調整という名目で選択の猶予を与えてくれたのだろう。
よし、このまま縫製係のところまで行こう。
牡丹は意気揚々と部屋の外に出た。
しかし、初めての屋敷ということもあり、縫製係の部屋がわからない。
当然案内係もおらず、順路もわからない。
幸い邸内には隊員らしき人の気配が多い。
奥の方に10数名、隠と思しき気配を感じ、そこに向かって歩きつつ、道中であった人に道を尋ねて行くことにした。
早速一般隊員と思われる隊服の人に出会ったので牡丹は道を尋ねた。
「すみません、縫製室というのはどちらにありますか。」
「ああ、あちらです。」
振り向く隊員。優しそうな人である。
やはり服は私と違うなあ、と思いつつ、牡丹は指さされた方を向いた。
「ありがとうございます。」
牡丹がそう言ってそちらへと歩き出した後、隊員はふわりと香る花の匂いを感じた。
しばらくぼうとした様子で見ていた隊員はそのまま音もなく頽れた。
この屋敷の構造は複雑だ。
道を尋ねても、皆大体の方向しか知らない。
機密上仕方がないのだろう、その都度出会った隊員に聞く他ない。
調整すると言われていたのだから近くなのかと思っていたがずいぶん歩いた。
もしかして部屋で待つべきだったのか。
そう思い始めた頃、ようやく目の前に縫製室と書かれた古い木札が目に入る。
最初に感じた気配もここで間違い無いだろう。
牡丹は襖の外から声をかけることにした。
「すみません、縫製係の方をお願いしたいのですが。
「はいはーい。ちょっと待っててくださいねー。」
砕けた口調で出てくれた隠は、牡丹の姿を見た途端、明らかに慌て始めた。
「え、は、はい、あの、くっ、ま、前田、まえだ、来い!」
それ以降、彼はこちらには全く目を向けず、まえだという名を連呼している。
牡丹は部屋をぐるりと見渡した。
シンガーミシンの縫製女学院が出来、少しずつ普及しているとはいえ、目視だけで10台近く並んでいるのは圧巻である。
好奇心に目を輝かせる牡丹を視界に収め、前田はこれ以上ない喜びを持って近づいて行った……はずだった。
さてそれより少し前の時間に遡る。
不死川は報告のため産屋敷邸を訪れた後、隊服の修復と補充のため隠のいる邸に向かっていた。
縫製室に向かおうとしたところ、どうにも周りの様子がおかしい。
近づくにつれて、隊員が何人も倒れている。
「おい、どうした、何があった。」
隊員がかろうじて言葉を発する。
「もう良いんです、死にます。」
なんと表現したものか、隊員は怪我はない様子だがその体には力が入らず、まるで骨がないかのようにぐにゃぐにゃである。
すぐに駆けつけた治療担当の隠にその場を任せ、報告を受ける。
男女問わず一様に頬を紅潮させ、体に力は入っておらず、腰から砕けたように座り込むか倒れ込んでいる。
ひとまず鬼の仕業ではないことに不死川は顔には出さず、安堵した。
しかしながらこれには見覚えがある。
まさか。
いや、確かあれの隊服は蝶屋敷に届けて胡蝶が見聞する手筈になっていたはずだ。
結局彼女が鬼殺隊に入る事は決まってしまったが影響が少なく済むように細心の注意を払うように通達文が出回ったはず、だ。
だがこれは。
俺はまだ、甘く見ていたのかもしれない、あの男の執念を。
不死川は嫌な予感の赴くまま一瞬で縫製室に向かった。
「よう、邪魔するぜえ。」
返事を待たずに部屋に入るとさもありなん、縫製係がほぼ全員倒れている。
無事なのは襖近くにいて、目と耳を塞ぎ、何やらぶつぶつと前田の名前を連呼する一人だけ。
その男すらも腰が抜けたように座り込んでいる。
声をかけようかとは思ったが、奥の方を見ればまともに立っている人影が二つ。
そして耳に飛び込んでくる声には確かに覚えがあった。
「ねえ、前田さん、わかるでしょう。」
艶やかに微笑む牡丹がいた。
そして確かに何度か見覚えがあるあの隊服に身を包んでいる。
つう、と彼女の指はその豊かな乳房の内側の曲線をなぞり、その中心よりやや下でぴたりと止まる。
不死川はもう目が離せなかった。
「私の心臓ね、ここにあるんです。」
まるで秘密を明かすような秘めやかな色を載せた声音で、前田の耳に牡丹の声が響く。
「この服、たいへん伸縮性に富んでいて、ピッタリと包み込んでくださっているけれど。」
前田は自身が彼女のその胸を包み込んでいるかのような錯覚を覚えて眩暈がした。
「ね、蜜璃ちゃんみたいに若くて張りのある方はいいけれど、」
もう何がとか聞けない、破裂しそう。
「私だときっと動いたらまろび出てしまいそうなの。
心配で不安で、もう仕方がないわ。
どうにかしてくださらない?」
どうにか、何を何をどうしてもいいんですか?
不死川はすうと目を細める。
前田の性癖ともいう執念を軽蔑はするが、同時に前田を初めて哀れに思った。
確かに自業自得ではある。
懲りずに、しかも彼女は特殊であると従前に口すっぱく重々に言い含められているはずなのに。
前田は動機はともあれ、彼なりの矜持を持って縫製の仕事をしている。
破廉恥な隊服ではあるが実際のところ、どれだけ激しく動いたとしてもずれるなどして動きを妨げるものでは決してない。
牡丹はそれは承知の上で急所が曝け出されていることを主張して変えさせる気なのである。
だがあのやり方はどうなのか。
前田はもう気絶寸前である。
ここに来るまでに耳にした以上の何かを囁かれているのかもしれないが、おそらく彼女が自分の隊服を身につけてくれた喜びと縫製係としての矜持とが彼を正気たらしめているのだろう。
しかし、彼女にとってはまだ序の口である。
何せ……
不死川はちら、と視線を下に向けた。
まだ足が残っている。
今まで和装だったとはいえ、それなりの家のお嬢様だった女だ。
洋装に慣れてないということはないだろう。
しかし、下履きを履いているのかいないのかわからないような状況であの短さでそばにいられて正気でいられる男などいるものか。
このままでいればおそらく前田は死ぬ。
もしくは命を取られる。
とち狂って何か事を起こせばあるいは命を刈られる。
俺かあるいは他の柱に。
不死川はできるだけ冷静を装って声をかけた。
「ひいっ!。」
前田は絶叫した。
不死川の目は血走り、爆発寸前であると前田は思った。
俺はきっともう死ぬのだ。不死川様にころされる。
だがこんな美しい人に自分の最高傑作である隊服を着てもらえて満足である。
前田はそのまま意識を手放そうとした。
「だめですよ、前田さん?」
ぐい、と自分の胸ぐらを掴む手がある。
ぐらりと頭が傾いで自身の顔の真前に彼女の花の顔が広がる。
ああうつくしい人、俺の芸術をわかってくれるひと。
「ほら、まだ、足の話が残っておりますよ。」
自身が作ったスカートの絶妙な長さからすらりと伸びる太もも、くびれた膝、そして無防備にさらされた足が輝かんばかりに目を惹く。
「ね、こんなに短くちゃあ、動きが丸わかりでしょ?」
首根っこを捻りあげられたまま、彼女の指が自身の足を足先から太ももまでするりとなぜるのを見届けて前田は安らかにいった。
その後前田は不死川から同情交じりながらコッテリと説教を受け、縫製のやり直しを命じられた。
試着の際にはしのぶと不死川両名の監督の元行われることになり、隊服の支給はさらに長引いた。
お詫びの印にと届けられた西洋刺繍の絹で仕立てられた乳当ては牡丹を大いに感心させたが結局上着の袖が無くなって脇から肌がチラ見えしたり、牡丹の要望に従ったはずの馬乗り袴が横は縫われずに大きく足を上げると丸見えになるなど前田の暴走が止まらなかったため、不死川が再度怒鳴り込みに行ったのは縫製係の中でも伝説となった。
その後至極真っ当な上着と袴が用意されたがその後任務に行くようになって十回に一回はチラ見え上着と袴が送られてくるのはもはや止められないのかもしれない。