鬼滅の刃 短編
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男は暗闇の中を走り続けていた。
男は病を得ていた。
幸か不幸か良い家柄だったので手を尽くすことが出来た。
しかし手を尽くす事で得られたのは「もう治らない」という絶望。
次第に動かなくなる身体、思うようにならない呼吸、遠巻きに見守るだけの家族。
そんな中で厭夢という一筋の光に縋ったのは至極当然と言えよう。
彼さえいれば、全ての苦しみから解放された。
それでも最初に人を手に掛けた時は震え上がった。
目をあけると息苦しさを感じると共に自身と繋がれた目の前の相手は冷たい骸と化していた。
ひいと悲鳴を上げた男に彼はこう甘く囁いたのだ。
「良かったですね、あなたはこうならずに済んで。」
その通りだった。
苦しんで死ぬことより恐ろしい事など無い。
やがて人を手にかけることに、その核を砕くことに躊躇う事など無くなっていった。
砕けば砕くほど心は穏やかになった。
彼が幸せな夢を見せてくれるからだ。
もはや夢と現実の区別など付かない。
淡々と仕事をこなすだけで良い。
男はそんな日々に疑問など持っていなかった。
今回もたやすく終わる仕事のはずだった。
若く美しい娘だった。
とても剣を振るうようには見えなかった。
しかし少し手強いのだろう、体の殆どは列車の肉塊に取り込まれていた。
表に出ているのはその花のような顔と、それから剥き出しになった白く艶めかしい脚だけ。
生身の女のそのような部分を見るのは久方ぶりだった。
ごくりと生唾を飲む込み、思わずその足に手を這わせようとしたところで壁にギョロリと厭夢の目玉が生えてこちらを見た。
ブルリと身を震わせる。
何でも無い素振りを見せつつ、その脚と自身の手を厭夢の縄で繋いだ。
いつもならいくつか数を数えて夢に入るのに、今日は繋いだ直後に眠りに落ちた。
目を開けると果たしてそこは慣れ親しんだ東京の邸宅街だった。
自宅に戻ってしまったと思ったがそんなはずはない。
男はぶるりと頭を振った。
女を探そう。近くにいるはずだ。
程なくして彼女を見つけた。矢絣お召に茄子紺の女袴、編み上げの洋靴を履いた女学生の格好をしている。
どこかのお嬢様だったのだろう、先ほどの剣士姿よりよほどこちらの方がしっくり来た。
これから、この彼女の核を砕くのか。
一瞬だけ躊躇ったが必死で思考を振り払う。
どこかで厭夢が見ている。
夢と書かれたその目玉は、自身の苦しみとそれからの開放を呼び起こさせた。
嗚呼名も知らぬ君よ、俺が楽になるために死んでくれ。
ただただそれだけを思った。
しかしどうだろう。
明るく穏やかな彼女の世界は、その姿を目に留め、核に繋がる壁を探し始めると一変した。
男は自身の甘い考えを悔いる事となる
男は闇雲に走った。
ここは、ここはなんて恐ろしいところだ。
彼に言われて入り込んだこの世界は、何度も何度も「勝手に」終わる。
唐突にバン、と電気が落ちたかのように、雷が落ちたように無になったかと思えば、また世界がもどる。
何度も何度も明滅する世界に男は眩暈を覚えた。
いまが中心なのか端なのか分からず、改めて彼女の本体を探そうにも見つからず、埒が明かないまま、状況はわからない。
早く、早く核に向かわねば。
必死に彷徨っていると突然何か固いものに当たった。
壁があった!ようやく見つけた!
錐を使い、ゆっくりと慎重にこじ開ける。
それは何やら女の柔肌を裂いているような感触がして、また男は彼女の脚を思い出した。
次は彼女のような美しい女を抱く夢を見せてもらうのも良いかもしれない。
彼女自身を、と望まないのはまだなけなしの罪悪感があったせいなのだろうか。
切り開いた先の景色はそれまでの街中とは違い、どこかの山の中のように思えた。
しかし坂はなく、一本道でどことなく潮の香りもする不思議な空間だった。遠くに富士山と、そして大きな桜の木が見えた。
幹は柳のように歪んでおり、その木に抱かれるように輝く核が見えた。
あれだ。
早くあそこにたどり着いて、あれを壊さなければ。
男が気を逸らせて一歩近づいた時だった。
壊すんですか、あれ?
それは冷たく、まるで地獄の底から響くような低い男の声だった。
ひ、と悲鳴を飲み込んで辺りを見回すが誰もいない。
まさかそんな、ここに他の誰かがいるわけがない。
核のそばに本人は愚か、他の誰かがいたことなど今までないのだから。
男は気を取り直してまた歩を進めようとした。
すると今度は耳元で声がする。
大体、こんなもので繋がるというのが業腹なんですよ
先ほどの男の声だった。
それは言葉尻に進むに従って高い子供の声のようにも若い女の声のようにも聞こえた。
直後、男は音にならない悲鳴を上げた。
痛い、いや暑い、熱い、あつ、イタイアツイ、いた
そして今まで経験したことの無い、まるで地獄というものがあるのならその業火に焼かれるような痛みが肌の表面を走って、男はそのまま意識を手放した。
女は夢を見ていた。
先程まで列車に乗っていたはずだ。
しかし今揺られているのはいつもの馬車である。
目を開けているのにふわふわと大変乗り心地が良い。
本日の御者は腕が良いのだろう。
もやもやと微睡みながら馬車を降りる。
するとそこに降りるのを手助けしようとする男がいた。
見覚えがある顔である。
優しそうな微笑みを浮かべてこちらの手を取ろうとしているのは、
夫だった。
女は咄嗟に手に持った刀で自身の首を掻き切った。
夫が掻き消え、その刹那見えたのは列車の中の景色。
しかしすぐにまた屋敷に戻されてしまう。
父を見た。
母を見た。
強面だが優しかった祖父を見た。
万事控えめで野菊のようだった祖母を見た。
親切だった学友を見た。
子供の頃から世話になった家令を、ねえやを、乳母を、侍女を見た。
そのたびに自身の首を掻き切った。
もういない、もういない、もういない。
そんな事はとうにわかっていたからだ。
そのうち場所がどんどん変わっていった。
祖父にこっそり連れていかれた遊郭、劇場、芝居小屋、見せ物小屋。
今思えばあまり淑女らしからぬ場所のように思える。
だからいつもの和装では無く、男の子のような洋装を着せて、あたかも自分の跡取りを連れているかのような振る舞いで周りの反応を楽しんでいたのではないか。
そんな気がする。
自分が男児ではないと看過したのは遊郭にいた男一人だけだった。
もしかしたら他の人は気を遣って言わなかっただけかもしれないが。
あの祖父に苦言を呈するような人は他にいなかったから、大層親しかったのだろう。
「孫娘が大事なら妹にだきゃあ見せるんじゃねえよ。***ちまうからな。」
ひどく痩せた男だった。可愛がってくれていたように思えるが遊郭に行くたびに渋い顔でこちらを見ていた。
それからも場所が変わるたび何度も自身の首を切ってみた。
それでも先ほどよりも反応が鈍っているのだろう。
この世界を変えているのが誰かは知らないが、とうとう凌雲閣の天辺にまで来た。
今までの景色が一望出来るそこは自身も一等気に入りの場所であると自覚している。
しかし今度も躊躇う事は無かった。ただ趣向を変えてみようとは思った。
祖父の姿を視界に収めながら後ろ向きに身を投げてみたのである。
思った通り、ここの“祖父”は人形のように突っ立っているだけだ。
本物の祖父であれば、自身も身を投げ出して一緒に飛んでくれただろう。
私のいのちを守るために。
たとえ自分がしんだとしても。
あ の と き の よ う に
目を閉じているのに視界が次第に光を感じ始めた。
体が急に浮上して柔らかく暖かい感触が自身を包み込んだ。
果たして今度はどうだろう。
何度かみた列車の中であることを期待して目を開けた。
視界のだいぶ下の方に、頬を火が出るかのように染めた男が立っていた。
私は彼を知っている。
れんごくさん
声にならない。体も動かない。手が、足が、どうなっているかさえわからない。
首も動かないので目だけ動かして辺りを見回す。
どうやら自分は壁に取り込まれているようだ。
しかも肉塊のようにぶにょぶにょしていて、見た目は気持ち悪いが包まれている感触は心地良い。
やがて自身の右足だけが剥き出しになっていることに気が付いた。
袴が破れてしまった訳ではない。
今回は足捌きがうまく行くように切れ目が入った前田考案の袴である。
足をぶらぶらさせると足首に何か縄のような切端が引っかかっていて、何やら焼け焦げた匂いがした。
それにしても脚絆がわりに編み上げブーツを履いていたのにどこに行ったのだろうか。ここからは見えないがどこかに落ちていないだろうか。
「嗚呼、うん、このままの君の姿を眺めているのも良いのだが、どうにも気まずい。」
煉獄さんはこちらを真っ直ぐに見て……はいないな、目を逸らしつつもチラチラと、足、を見ているように思える。
この列車の肉塊が鬼である以上、のんびりしている余裕はない。
力任せにメリメリと動かすと体のあちこちから肉の千切れる音がする。
少々痛いがこれで出られるだろう。
「待て待て!それでは君が傷ついてしまう!」
一閃
剣筋が周りの肉塊ごと削ぎ、体から綺麗にひらひらと剥がれ落ちていく。
がくり、と重力を感じ、そのまま床にぶつかると思ったが、煉獄さんの硬い体に抱き止められた。
刀を抜いたままなのに器用である。
「ありがとうございます。」
声が出た。体も動く。問題ない。
しかし、壁から伸びる肉塊がまたもや私の足を捕らえた。
執拗に左足を狙うのは何故なのか。
先ほどは右足だけ外に出されていたが右足がそんなに嫌か。
「あ。」
そういえば出掛ける前にしのぶさんから試作品をもらったんだった。
1つは藤の花の練香、もう1つは彼岸花から作った解毒の軟膏だ。
粘膜か口に突っ込めば痺れ薬も麻酔にもなる優れもので、私の体質を憂いたしのぶさんが作ってくれたものだ。
右のポケットに練香を、左のポケットには軟膏は入れていたがこぼれてしまったんだろうか。
香りもほとんどしないし、まあ良いかと思ったが鬼にはやはりわかるのか、迂闊だったなあ。
そうだとしてもむしろ彼岸花の軟膏が鬼の好物なのだろうか?
肉塊は執拗に左足を取り込もうとしている。
煉獄さんはその様子を見て困ったように些か早口でこう告げた。
「溝口少年も猪頭少年も鬼と直接戦っている、雷少年と妹の鬼は乗客を守るために戦っている。
鬼の執着する理由は分からないが。俺はここで援護のため5両の乗客を守らなくてはならない。
だから、」
煉獄さんは私にここで繋がれたまま耐え凌げ、と言いたかったのだろう。
「いやいや煉獄さん、善い手があるんです。」
後輩が頑張っているというのにここに繋がれるわけにはいかない。
煉獄さんのように5両とはいかないが、せめて2両くらいは、
返事を待たず、牡丹は即座に左足を切り落とした。
片足がなくとも戦える。
だが煉獄さんには叱られた。
男は病を得ていた。
幸か不幸か良い家柄だったので手を尽くすことが出来た。
しかし手を尽くす事で得られたのは「もう治らない」という絶望。
次第に動かなくなる身体、思うようにならない呼吸、遠巻きに見守るだけの家族。
そんな中で厭夢という一筋の光に縋ったのは至極当然と言えよう。
彼さえいれば、全ての苦しみから解放された。
それでも最初に人を手に掛けた時は震え上がった。
目をあけると息苦しさを感じると共に自身と繋がれた目の前の相手は冷たい骸と化していた。
ひいと悲鳴を上げた男に彼はこう甘く囁いたのだ。
「良かったですね、あなたはこうならずに済んで。」
その通りだった。
苦しんで死ぬことより恐ろしい事など無い。
やがて人を手にかけることに、その核を砕くことに躊躇う事など無くなっていった。
砕けば砕くほど心は穏やかになった。
彼が幸せな夢を見せてくれるからだ。
もはや夢と現実の区別など付かない。
淡々と仕事をこなすだけで良い。
男はそんな日々に疑問など持っていなかった。
今回もたやすく終わる仕事のはずだった。
若く美しい娘だった。
とても剣を振るうようには見えなかった。
しかし少し手強いのだろう、体の殆どは列車の肉塊に取り込まれていた。
表に出ているのはその花のような顔と、それから剥き出しになった白く艶めかしい脚だけ。
生身の女のそのような部分を見るのは久方ぶりだった。
ごくりと生唾を飲む込み、思わずその足に手を這わせようとしたところで壁にギョロリと厭夢の目玉が生えてこちらを見た。
ブルリと身を震わせる。
何でも無い素振りを見せつつ、その脚と自身の手を厭夢の縄で繋いだ。
いつもならいくつか数を数えて夢に入るのに、今日は繋いだ直後に眠りに落ちた。
目を開けると果たしてそこは慣れ親しんだ東京の邸宅街だった。
自宅に戻ってしまったと思ったがそんなはずはない。
男はぶるりと頭を振った。
女を探そう。近くにいるはずだ。
程なくして彼女を見つけた。矢絣お召に茄子紺の女袴、編み上げの洋靴を履いた女学生の格好をしている。
どこかのお嬢様だったのだろう、先ほどの剣士姿よりよほどこちらの方がしっくり来た。
これから、この彼女の核を砕くのか。
一瞬だけ躊躇ったが必死で思考を振り払う。
どこかで厭夢が見ている。
夢と書かれたその目玉は、自身の苦しみとそれからの開放を呼び起こさせた。
嗚呼名も知らぬ君よ、俺が楽になるために死んでくれ。
ただただそれだけを思った。
しかしどうだろう。
明るく穏やかな彼女の世界は、その姿を目に留め、核に繋がる壁を探し始めると一変した。
男は自身の甘い考えを悔いる事となる
男は闇雲に走った。
ここは、ここはなんて恐ろしいところだ。
彼に言われて入り込んだこの世界は、何度も何度も「勝手に」終わる。
唐突にバン、と電気が落ちたかのように、雷が落ちたように無になったかと思えば、また世界がもどる。
何度も何度も明滅する世界に男は眩暈を覚えた。
いまが中心なのか端なのか分からず、改めて彼女の本体を探そうにも見つからず、埒が明かないまま、状況はわからない。
早く、早く核に向かわねば。
必死に彷徨っていると突然何か固いものに当たった。
壁があった!ようやく見つけた!
錐を使い、ゆっくりと慎重にこじ開ける。
それは何やら女の柔肌を裂いているような感触がして、また男は彼女の脚を思い出した。
次は彼女のような美しい女を抱く夢を見せてもらうのも良いかもしれない。
彼女自身を、と望まないのはまだなけなしの罪悪感があったせいなのだろうか。
切り開いた先の景色はそれまでの街中とは違い、どこかの山の中のように思えた。
しかし坂はなく、一本道でどことなく潮の香りもする不思議な空間だった。遠くに富士山と、そして大きな桜の木が見えた。
幹は柳のように歪んでおり、その木に抱かれるように輝く核が見えた。
あれだ。
早くあそこにたどり着いて、あれを壊さなければ。
男が気を逸らせて一歩近づいた時だった。
壊すんですか、あれ?
それは冷たく、まるで地獄の底から響くような低い男の声だった。
ひ、と悲鳴を飲み込んで辺りを見回すが誰もいない。
まさかそんな、ここに他の誰かがいるわけがない。
核のそばに本人は愚か、他の誰かがいたことなど今までないのだから。
男は気を取り直してまた歩を進めようとした。
すると今度は耳元で声がする。
大体、こんなもので繋がるというのが業腹なんですよ
先ほどの男の声だった。
それは言葉尻に進むに従って高い子供の声のようにも若い女の声のようにも聞こえた。
直後、男は音にならない悲鳴を上げた。
痛い、いや暑い、熱い、あつ、イタイアツイ、いた
そして今まで経験したことの無い、まるで地獄というものがあるのならその業火に焼かれるような痛みが肌の表面を走って、男はそのまま意識を手放した。
女は夢を見ていた。
先程まで列車に乗っていたはずだ。
しかし今揺られているのはいつもの馬車である。
目を開けているのにふわふわと大変乗り心地が良い。
本日の御者は腕が良いのだろう。
もやもやと微睡みながら馬車を降りる。
するとそこに降りるのを手助けしようとする男がいた。
見覚えがある顔である。
優しそうな微笑みを浮かべてこちらの手を取ろうとしているのは、
夫だった。
女は咄嗟に手に持った刀で自身の首を掻き切った。
夫が掻き消え、その刹那見えたのは列車の中の景色。
しかしすぐにまた屋敷に戻されてしまう。
父を見た。
母を見た。
強面だが優しかった祖父を見た。
万事控えめで野菊のようだった祖母を見た。
親切だった学友を見た。
子供の頃から世話になった家令を、ねえやを、乳母を、侍女を見た。
そのたびに自身の首を掻き切った。
もういない、もういない、もういない。
そんな事はとうにわかっていたからだ。
そのうち場所がどんどん変わっていった。
祖父にこっそり連れていかれた遊郭、劇場、芝居小屋、見せ物小屋。
今思えばあまり淑女らしからぬ場所のように思える。
だからいつもの和装では無く、男の子のような洋装を着せて、あたかも自分の跡取りを連れているかのような振る舞いで周りの反応を楽しんでいたのではないか。
そんな気がする。
自分が男児ではないと看過したのは遊郭にいた男一人だけだった。
もしかしたら他の人は気を遣って言わなかっただけかもしれないが。
あの祖父に苦言を呈するような人は他にいなかったから、大層親しかったのだろう。
「孫娘が大事なら妹にだきゃあ見せるんじゃねえよ。***ちまうからな。」
ひどく痩せた男だった。可愛がってくれていたように思えるが遊郭に行くたびに渋い顔でこちらを見ていた。
それからも場所が変わるたび何度も自身の首を切ってみた。
それでも先ほどよりも反応が鈍っているのだろう。
この世界を変えているのが誰かは知らないが、とうとう凌雲閣の天辺にまで来た。
今までの景色が一望出来るそこは自身も一等気に入りの場所であると自覚している。
しかし今度も躊躇う事は無かった。ただ趣向を変えてみようとは思った。
祖父の姿を視界に収めながら後ろ向きに身を投げてみたのである。
思った通り、ここの“祖父”は人形のように突っ立っているだけだ。
本物の祖父であれば、自身も身を投げ出して一緒に飛んでくれただろう。
私のいのちを守るために。
たとえ自分がしんだとしても。
あ の と き の よ う に
目を閉じているのに視界が次第に光を感じ始めた。
体が急に浮上して柔らかく暖かい感触が自身を包み込んだ。
果たして今度はどうだろう。
何度かみた列車の中であることを期待して目を開けた。
視界のだいぶ下の方に、頬を火が出るかのように染めた男が立っていた。
私は彼を知っている。
れんごくさん
声にならない。体も動かない。手が、足が、どうなっているかさえわからない。
首も動かないので目だけ動かして辺りを見回す。
どうやら自分は壁に取り込まれているようだ。
しかも肉塊のようにぶにょぶにょしていて、見た目は気持ち悪いが包まれている感触は心地良い。
やがて自身の右足だけが剥き出しになっていることに気が付いた。
袴が破れてしまった訳ではない。
今回は足捌きがうまく行くように切れ目が入った前田考案の袴である。
足をぶらぶらさせると足首に何か縄のような切端が引っかかっていて、何やら焼け焦げた匂いがした。
それにしても脚絆がわりに編み上げブーツを履いていたのにどこに行ったのだろうか。ここからは見えないがどこかに落ちていないだろうか。
「嗚呼、うん、このままの君の姿を眺めているのも良いのだが、どうにも気まずい。」
煉獄さんはこちらを真っ直ぐに見て……はいないな、目を逸らしつつもチラチラと、足、を見ているように思える。
この列車の肉塊が鬼である以上、のんびりしている余裕はない。
力任せにメリメリと動かすと体のあちこちから肉の千切れる音がする。
少々痛いがこれで出られるだろう。
「待て待て!それでは君が傷ついてしまう!」
一閃
剣筋が周りの肉塊ごと削ぎ、体から綺麗にひらひらと剥がれ落ちていく。
がくり、と重力を感じ、そのまま床にぶつかると思ったが、煉獄さんの硬い体に抱き止められた。
刀を抜いたままなのに器用である。
「ありがとうございます。」
声が出た。体も動く。問題ない。
しかし、壁から伸びる肉塊がまたもや私の足を捕らえた。
執拗に左足を狙うのは何故なのか。
先ほどは右足だけ外に出されていたが右足がそんなに嫌か。
「あ。」
そういえば出掛ける前にしのぶさんから試作品をもらったんだった。
1つは藤の花の練香、もう1つは彼岸花から作った解毒の軟膏だ。
粘膜か口に突っ込めば痺れ薬も麻酔にもなる優れもので、私の体質を憂いたしのぶさんが作ってくれたものだ。
右のポケットに練香を、左のポケットには軟膏は入れていたがこぼれてしまったんだろうか。
香りもほとんどしないし、まあ良いかと思ったが鬼にはやはりわかるのか、迂闊だったなあ。
そうだとしてもむしろ彼岸花の軟膏が鬼の好物なのだろうか?
肉塊は執拗に左足を取り込もうとしている。
煉獄さんはその様子を見て困ったように些か早口でこう告げた。
「溝口少年も猪頭少年も鬼と直接戦っている、雷少年と妹の鬼は乗客を守るために戦っている。
鬼の執着する理由は分からないが。俺はここで援護のため5両の乗客を守らなくてはならない。
だから、」
煉獄さんは私にここで繋がれたまま耐え凌げ、と言いたかったのだろう。
「いやいや煉獄さん、善い手があるんです。」
後輩が頑張っているというのにここに繋がれるわけにはいかない。
煉獄さんのように5両とはいかないが、せめて2両くらいは、
返事を待たず、牡丹は即座に左足を切り落とした。
片足がなくとも戦える。
だが煉獄さんには叱られた。