鬼滅の刃 短編
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チリン、風鈴が控えめに響く。
藤の紋の家で、女は思案していた。
膝には耳まで赤くした少年の頭が乗っている。
少年の意識はないらしく、それをいいことに女はその癖のある逆立った髪を何とは無しに梳いていた。
やがて部屋の外の廊下からドタドタと遠慮がない足音が聞こえ、
しかしそれは部屋の外で、何ともおかしなことにまるで躊躇するかのように、または遠慮でもするかのようにピタリと止まった。
女……牡丹は思わずクスリと声を漏らす。
尚も躊躇するかの人に、できるだけ笑いを抑えつつ声を掛けた。
「どうぞお入りください、不死川様?」
意を決したようにガラリと戸が開いた。
果たしてその人物が確かに風柱、不死川実弥その人であった。
ただでさえ開き切ったその瞳孔は牡丹がその膝に乗せている頭を見るや更に開いていった。
「こりゃあいったいどういう冗談だァ。」
それもそうだ、と牡丹は思った。
なんせ不死川は認めてはいないがこの子は不死川玄弥、実の弟、なのだから。
そのままの勢いで彼の頭を膝から叩き落とそうとしたのでフルフルと首を振ってやんわりと制すと、存外すぐにやめてくださった。
見た目にそぐわず、この人はやはり優しい方なのだろう。
そもそも私が彼の許容を超えた申し出をしたのがいけないのだ。
いくら鬼殺隊とは言え、まだ思春期の子供である。
訳を話せと促す風柱に座布団を勧め、それにどかりと座り込むのを見届け、牡丹はポツリポツリと話し出した。
その間玄弥の髪を梳くことはやめず、それを見て苛立ちを隠さない風柱のことは無視である。
ここは海と山に囲まれた、風光明媚な観光地である。
豊かな温泉とおいしい食物に恵まれ、それ故に新婚夫婦も数多く訪れていた。
しかし最近になって次々と新妻が行方不明になる。
決まって出来たばかりで観光の目玉となっている、海水浴がてら楽しむことができるというお洒落なカフェーで新婚夫婦が楽しんでいる最中にふ、と消えてしまうのである。
あまりの不可解さに新夫は発狂し、当然その時は客が激減した。
しかしてそれはすべての、ではなくある一定条件に当てはまるものだけというので却って肝試しがわりに赴くものも増えているということだ。
かろうじて話が出来る目撃者によれば鬼が出たと考えて差し支えなかったのだろう。
新妻が襲われるというのでとりあえず女の隊員を派遣することと相なった。
牡丹はこれでも鬼殺隊に所属しており、腕が突出しているわけではなかったが見極めが早いために怪我をすることはほぼ無かった。
また、その襲われる条件というのがまだ未確定ではあるが非常に限定的であったために先遣隊としては打ってつけ、のはずだった。
結論から言えば牡丹は真っ先に襲われた。
そこには多くの女性が、そして人間がいたにもかかわらず、である。
女を何人も喰らっているからもしかしたらひどく強い鬼かもしれない、何とすれば12鬼月かもというので念のためにたまたま近くにいた岩柱とその弟子がいなければ彼女は喰われていただろう。
大いなる食欲を持ってその鬼はまっすぐ牡丹に向かった。
油断を誘うためとは言え、牡丹は日輪刀を持たず、まさに水中から迫りくる鬼を迎え撃つ術は無かった。
すんでのところで岩柱の鎖が鬼に巻きつき、玄弥が牡丹の腰に抱きつくようにして泳ぎ逃げ切ったのである。
水中だったせいなのか岩柱の剛力を持ってしても捕らえ切ることが出来ず、鬼を逃してしまった。
鬼が真っ直ぐに牡丹だけを狙ったお陰で犠牲はなかったものの、今度は牡丹を探して鬼が彷徨い出したのだ。
しかし何故か今は鬼に牡丹が判別出来ない。
苛立った鬼が何をするか分からないので襲われたあの時と同じ条件にする必要がある。
牡丹と悲鳴嶼そして玄弥はその条件を探るべく奔走した。
そして先ほどようやく判明したのである。
「で、その条件てなあ、何だァ。」
牡丹の珍しく歯切れの悪い様子に不死川は先を急がせた。
玄弥は未だ目を覚まさない。牡丹は愛おしそうにその髪を梳いてばかりである。
それが尚不死川の苛立ちを助長する。
牡丹は話を続けた。
「襲われるのは新妻でした。この地は実は昔から良く新妻が行方知れずになっていた。」
「新妻が襲われる、というのであえて悲鳴嶼様と海べりを仲睦まじく歩いてみるなどしてみたのですが、」
ビキ、と不死川の額に血管が浮き出る。
牡丹はそれを見ないふりをした。
「どうやら鬼は夫と共にいる新妻でなければ襲わないようなのです。
つまりはその時自分を捕らえようとした悲鳴嶼様ではなく、私を助けた玄弥君を私の夫と見定めたようでして。」
ギリ、今度は不死川の歯軋りと思しき音がする。
牡丹はそれも聞こえない振りをした。
かといって、それだけではどうにも決め手に欠ける。
悲鳴嶼と共にいるのだから彼を夫と見定めても良いはずだった。
鬼は何を持って夫である、と見定めたのか。
「本日ようやく村の老人が口を割りました。」
牡丹はふっと自嘲気味に笑った。
その老人は昔新妻を鬼に喰われていた。
目の前で愛しい愛しい新妻を時間をかけてゆっくりと。
気が狂わなかったのは怒りのせいか愛のせいか。
口をつぐんでいたのは村人への恨みのせいか。
口を割ったのはもしかしたら牡丹が少し、その喪った妻に似ていたせいかも知れないが。
鬼はその時彼にこう言ったそうです。
すう、と牡丹は大きく息を吸い、一息に言葉を吐いた。
頭の天辺から爪先まで、舐るほど愛した妻でないと食欲が沸かない
ぐうと不死川から声が漏れた。
何と残酷なことか、何と皮肉なことか。
「鬼の滅殺のためとは言え、そんなことをお坊さまである悲鳴嶼様にお願いするのは忍びなく、」
ほう、とあたかも困ったようにため息を吐く牡丹を不死川は恨みがましく睨めつけた。
「玄弥くんに私を『頭の天辺から爪先まで、舐るほど愛し』てくれないかとお願いしたらこうなってしまいまして。」
そう言ってまた玄弥の髪を梳く。
その手つきはいかにも愛おしげではあったが男に対するそれではなく、子供に対するそれであるには違いなかった。
最初から今まで、ずっと。
鬼は、間違えたのだ。
彼女を愛したのは、玄弥ではない。
しかしそれは仕方がないのだろう、悲鳴嶼と玄弥を見定めるのであれば、玄弥の方が、近い。
「ね?実弥様?」
ぞくりと肌が泡立つ感覚と同時に不死川は自身の中心が熱を持ったのを感じた。
にい、と嗤う彼女は、これまで以上に美しかった。
藤の紋の家で、女は思案していた。
膝には耳まで赤くした少年の頭が乗っている。
少年の意識はないらしく、それをいいことに女はその癖のある逆立った髪を何とは無しに梳いていた。
やがて部屋の外の廊下からドタドタと遠慮がない足音が聞こえ、
しかしそれは部屋の外で、何ともおかしなことにまるで躊躇するかのように、または遠慮でもするかのようにピタリと止まった。
女……牡丹は思わずクスリと声を漏らす。
尚も躊躇するかの人に、できるだけ笑いを抑えつつ声を掛けた。
「どうぞお入りください、不死川様?」
意を決したようにガラリと戸が開いた。
果たしてその人物が確かに風柱、不死川実弥その人であった。
ただでさえ開き切ったその瞳孔は牡丹がその膝に乗せている頭を見るや更に開いていった。
「こりゃあいったいどういう冗談だァ。」
それもそうだ、と牡丹は思った。
なんせ不死川は認めてはいないがこの子は不死川玄弥、実の弟、なのだから。
そのままの勢いで彼の頭を膝から叩き落とそうとしたのでフルフルと首を振ってやんわりと制すと、存外すぐにやめてくださった。
見た目にそぐわず、この人はやはり優しい方なのだろう。
そもそも私が彼の許容を超えた申し出をしたのがいけないのだ。
いくら鬼殺隊とは言え、まだ思春期の子供である。
訳を話せと促す風柱に座布団を勧め、それにどかりと座り込むのを見届け、牡丹はポツリポツリと話し出した。
その間玄弥の髪を梳くことはやめず、それを見て苛立ちを隠さない風柱のことは無視である。
ここは海と山に囲まれた、風光明媚な観光地である。
豊かな温泉とおいしい食物に恵まれ、それ故に新婚夫婦も数多く訪れていた。
しかし最近になって次々と新妻が行方不明になる。
決まって出来たばかりで観光の目玉となっている、海水浴がてら楽しむことができるというお洒落なカフェーで新婚夫婦が楽しんでいる最中にふ、と消えてしまうのである。
あまりの不可解さに新夫は発狂し、当然その時は客が激減した。
しかしてそれはすべての、ではなくある一定条件に当てはまるものだけというので却って肝試しがわりに赴くものも増えているということだ。
かろうじて話が出来る目撃者によれば鬼が出たと考えて差し支えなかったのだろう。
新妻が襲われるというのでとりあえず女の隊員を派遣することと相なった。
牡丹はこれでも鬼殺隊に所属しており、腕が突出しているわけではなかったが見極めが早いために怪我をすることはほぼ無かった。
また、その襲われる条件というのがまだ未確定ではあるが非常に限定的であったために先遣隊としては打ってつけ、のはずだった。
結論から言えば牡丹は真っ先に襲われた。
そこには多くの女性が、そして人間がいたにもかかわらず、である。
女を何人も喰らっているからもしかしたらひどく強い鬼かもしれない、何とすれば12鬼月かもというので念のためにたまたま近くにいた岩柱とその弟子がいなければ彼女は喰われていただろう。
大いなる食欲を持ってその鬼はまっすぐ牡丹に向かった。
油断を誘うためとは言え、牡丹は日輪刀を持たず、まさに水中から迫りくる鬼を迎え撃つ術は無かった。
すんでのところで岩柱の鎖が鬼に巻きつき、玄弥が牡丹の腰に抱きつくようにして泳ぎ逃げ切ったのである。
水中だったせいなのか岩柱の剛力を持ってしても捕らえ切ることが出来ず、鬼を逃してしまった。
鬼が真っ直ぐに牡丹だけを狙ったお陰で犠牲はなかったものの、今度は牡丹を探して鬼が彷徨い出したのだ。
しかし何故か今は鬼に牡丹が判別出来ない。
苛立った鬼が何をするか分からないので襲われたあの時と同じ条件にする必要がある。
牡丹と悲鳴嶼そして玄弥はその条件を探るべく奔走した。
そして先ほどようやく判明したのである。
「で、その条件てなあ、何だァ。」
牡丹の珍しく歯切れの悪い様子に不死川は先を急がせた。
玄弥は未だ目を覚まさない。牡丹は愛おしそうにその髪を梳いてばかりである。
それが尚不死川の苛立ちを助長する。
牡丹は話を続けた。
「襲われるのは新妻でした。この地は実は昔から良く新妻が行方知れずになっていた。」
「新妻が襲われる、というのであえて悲鳴嶼様と海べりを仲睦まじく歩いてみるなどしてみたのですが、」
ビキ、と不死川の額に血管が浮き出る。
牡丹はそれを見ないふりをした。
「どうやら鬼は夫と共にいる新妻でなければ襲わないようなのです。
つまりはその時自分を捕らえようとした悲鳴嶼様ではなく、私を助けた玄弥君を私の夫と見定めたようでして。」
ギリ、今度は不死川の歯軋りと思しき音がする。
牡丹はそれも聞こえない振りをした。
かといって、それだけではどうにも決め手に欠ける。
悲鳴嶼と共にいるのだから彼を夫と見定めても良いはずだった。
鬼は何を持って夫である、と見定めたのか。
「本日ようやく村の老人が口を割りました。」
牡丹はふっと自嘲気味に笑った。
その老人は昔新妻を鬼に喰われていた。
目の前で愛しい愛しい新妻を時間をかけてゆっくりと。
気が狂わなかったのは怒りのせいか愛のせいか。
口をつぐんでいたのは村人への恨みのせいか。
口を割ったのはもしかしたら牡丹が少し、その喪った妻に似ていたせいかも知れないが。
鬼はその時彼にこう言ったそうです。
すう、と牡丹は大きく息を吸い、一息に言葉を吐いた。
頭の天辺から爪先まで、舐るほど愛した妻でないと食欲が沸かない
ぐうと不死川から声が漏れた。
何と残酷なことか、何と皮肉なことか。
「鬼の滅殺のためとは言え、そんなことをお坊さまである悲鳴嶼様にお願いするのは忍びなく、」
ほう、とあたかも困ったようにため息を吐く牡丹を不死川は恨みがましく睨めつけた。
「玄弥くんに私を『頭の天辺から爪先まで、舐るほど愛し』てくれないかとお願いしたらこうなってしまいまして。」
そう言ってまた玄弥の髪を梳く。
その手つきはいかにも愛おしげではあったが男に対するそれではなく、子供に対するそれであるには違いなかった。
最初から今まで、ずっと。
鬼は、間違えたのだ。
彼女を愛したのは、玄弥ではない。
しかしそれは仕方がないのだろう、悲鳴嶼と玄弥を見定めるのであれば、玄弥の方が、近い。
「ね?実弥様?」
ぞくりと肌が泡立つ感覚と同時に不死川は自身の中心が熱を持ったのを感じた。
にい、と嗤う彼女は、これまで以上に美しかった。
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