私と彼女と彼の初七日
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三途の川
あの世にきたら最初に目にするのがこの川である。
これを渡ったら最後、おそらく生き返ることは無い。
果たして牡丹はその河岸に佇んでいた。
たくさんの鬼が追いかけて来て、ここまでたどり着いた。
しかし今は遠巻きに見つめているだけで何もしてこない。
牡丹は何か脳味噌の奥底がくすぐられるような心地がして
川を眺めていた。
川の流れが早いところ、遅いところ、深いところ、浅いところ、橋がかかっている所もある。
多くの人々がそれぞれ振り分けられ、そしてそれぞれが川を渡っている。
牡丹はふとあることを思い出し、身震いした。
「牡丹さん」
低い、どこか遠慮がちにも聞こえる声が自分の名前を呼びかけた。
彼女は振り向かない。
「ねえ、鬼さん」
(なあ、子鬼)
「私はこの川を、あの人の背に乗って渡らなければならないのですか?」
(私はこの川を、あいつの背に乗って渡らなくてはいけないのかな?)
鬼はそれにすぐに答えなかった。
彼女がこちらを見ていないのを幸いとしてグッと唇を噛み、一つ身震いをして、
それから静かに深く長いため息をついた。
「あなたは “また” そんなことを言うんですね。」
三途の川は初めての男に背負われて渡る
男は初めての女を背負って渡る
はん、と鬼は心底呆れたと聞こえるように鼻で笑ってみせた。
どこのお幸せな極楽とんぼが言い出したんだか。
しかし目の前の彼女はひどく青ざめていて、その右手は自身の左腕をぎゅうと握りしめている。
傍にあった鬼灯の刺繍が入った自分のものよりはだいぶ薄絹のそれを、彼女はすがるように握りしめている。
鬼はそれが自身のものだと知っていた。
それでも彼女がすがるそれが自身ではないことに歯噛みするほどには悋気をを覚えた。
鬼は今すぐにでも彼女を抱きしめてやりたいのを強い意志で抑え、努めて平静に、感情を乗せないように細心の注意を払って畳み掛けた。
「それは平安の頃に人間たちが勝手に言っていただけで、
あなたはあの男の背になど乗らなくていいし、
あの女を背負って渡らなくてもいいんですよ。」
第一もう2度と会いたく無いでしょう。
鬼は自身の口角が上がるのを自覚していた。
そう、それに。
そんなことをこの私がさせるものか。
「どうしても渡りたいと言うのなら、私が背負って渡りましょう。」
川だけでなく、背を越すほどの草むらの中も。
フッと彼女が安堵の息を漏らし、ゆっくりと振り向く。
このほの昏い地獄の入り口でも彼女の顔はほんのりと輝いて見える。
ああ、何百年ぶり、いや1000年ぶりの彼女、だ。
あなたに会えない間、私がどれだけあなたを思っていたか。
あなたに会いたいがためにあなたを死に追いやったことを、どれだけ後悔したことか。
そして前にここで会った時に、どんなに、
「私は白玉かと聞くような露知らずでは無いですよ。」
ああ、そうだ、あの時もあなたはそう言った。
「そうでしょうね、あなたはそんな儚い玉では無い。」
そしてこんな私とあの約定を交わしたのだ。
泣く子も黙る地獄No.2である私と、鬼神とそんなことが出来るのは徒人ではない。
何度生まれ変わってもあなたは。
「そうでしたね。」
彼女は笑った。
「そうですよ。」
鬼も笑った。
そこまでは普通に、余裕を持って笑えていたはずだった。
でもその後彼女の唇が動いた時、鬼は自身の目から温い水が流れ出すのを止められなかった。
ほおずきさん
彼女が、私の名を
ほおずき、さん?
前回も前々回も終ぞ呼ばなかった私の名を
名乗っても聞いてもらえず、かえって窘められてしまったと言うのに。
牡丹は鬼灯をそうっと包み込んだ。
そしてまるであやすかのようにトントンと背中を一定のリズムでたたく。
鬼灯は一瞬びくりと身を震わせたが、やがてギシギシと音がするほどのぎこちなさで、彼女の体に腕を回した。
壊れないように、今度こそ壊さないように慎重に。
あの世にきたら最初に目にするのがこの川である。
これを渡ったら最後、おそらく生き返ることは無い。
果たして牡丹はその河岸に佇んでいた。
たくさんの鬼が追いかけて来て、ここまでたどり着いた。
しかし今は遠巻きに見つめているだけで何もしてこない。
牡丹は何か脳味噌の奥底がくすぐられるような心地がして
川を眺めていた。
川の流れが早いところ、遅いところ、深いところ、浅いところ、橋がかかっている所もある。
多くの人々がそれぞれ振り分けられ、そしてそれぞれが川を渡っている。
牡丹はふとあることを思い出し、身震いした。
「牡丹さん」
低い、どこか遠慮がちにも聞こえる声が自分の名前を呼びかけた。
彼女は振り向かない。
「ねえ、鬼さん」
(なあ、子鬼)
「私はこの川を、あの人の背に乗って渡らなければならないのですか?」
(私はこの川を、あいつの背に乗って渡らなくてはいけないのかな?)
鬼はそれにすぐに答えなかった。
彼女がこちらを見ていないのを幸いとしてグッと唇を噛み、一つ身震いをして、
それから静かに深く長いため息をついた。
「あなたは “また” そんなことを言うんですね。」
三途の川は初めての男に背負われて渡る
男は初めての女を背負って渡る
はん、と鬼は心底呆れたと聞こえるように鼻で笑ってみせた。
どこのお幸せな極楽とんぼが言い出したんだか。
しかし目の前の彼女はひどく青ざめていて、その右手は自身の左腕をぎゅうと握りしめている。
傍にあった鬼灯の刺繍が入った自分のものよりはだいぶ薄絹のそれを、彼女はすがるように握りしめている。
鬼はそれが自身のものだと知っていた。
それでも彼女がすがるそれが自身ではないことに歯噛みするほどには悋気をを覚えた。
鬼は今すぐにでも彼女を抱きしめてやりたいのを強い意志で抑え、努めて平静に、感情を乗せないように細心の注意を払って畳み掛けた。
「それは平安の頃に人間たちが勝手に言っていただけで、
あなたはあの男の背になど乗らなくていいし、
あの女を背負って渡らなくてもいいんですよ。」
第一もう2度と会いたく無いでしょう。
鬼は自身の口角が上がるのを自覚していた。
そう、それに。
そんなことをこの私がさせるものか。
「どうしても渡りたいと言うのなら、私が背負って渡りましょう。」
川だけでなく、背を越すほどの草むらの中も。
フッと彼女が安堵の息を漏らし、ゆっくりと振り向く。
このほの昏い地獄の入り口でも彼女の顔はほんのりと輝いて見える。
ああ、何百年ぶり、いや1000年ぶりの彼女、だ。
あなたに会えない間、私がどれだけあなたを思っていたか。
あなたに会いたいがためにあなたを死に追いやったことを、どれだけ後悔したことか。
そして前にここで会った時に、どんなに、
「私は白玉かと聞くような露知らずでは無いですよ。」
ああ、そうだ、あの時もあなたはそう言った。
「そうでしょうね、あなたはそんな儚い玉では無い。」
そしてこんな私とあの約定を交わしたのだ。
泣く子も黙る地獄No.2である私と、鬼神とそんなことが出来るのは徒人ではない。
何度生まれ変わってもあなたは。
「そうでしたね。」
彼女は笑った。
「そうですよ。」
鬼も笑った。
そこまでは普通に、余裕を持って笑えていたはずだった。
でもその後彼女の唇が動いた時、鬼は自身の目から温い水が流れ出すのを止められなかった。
ほおずきさん
彼女が、私の名を
ほおずき、さん?
前回も前々回も終ぞ呼ばなかった私の名を
名乗っても聞いてもらえず、かえって窘められてしまったと言うのに。
牡丹は鬼灯をそうっと包み込んだ。
そしてまるであやすかのようにトントンと背中を一定のリズムでたたく。
鬼灯は一瞬びくりと身を震わせたが、やがてギシギシと音がするほどのぎこちなさで、彼女の体に腕を回した。
壊れないように、今度こそ壊さないように慎重に。