静かな病院の一室で今まさに女が一人息を引き取ろうとしていた。
大病ではない、老衰に加え、少々風邪を拗らせてしまったのだ。
しかしもう女にはそこから回復する力は残っていなかった。
容体は緩やかに下降し、それ故に気付かれることなく静かに終わるのだろう。
女はそれを気付きながら、ただ穏やかに和やかに、微笑みさえ浮かべている。

女ー牡丹ーは昔から体が弱かった。
しかし却ってそれが良かったのだろう、無病息災ならぬ一病息災というやつだ。
ああ、もう死ぬかと思った時にはいつもどこからか桃の香りがして、息が楽になったと思ったらいつも絶妙なタイミングで何かしらの治療が施されていたものだ。
女は笑った。
おかげで平均寿命までは生き延びることが出来た。

ヤクソク通りだ

？
約束？
牡丹は自分の思考に疑問が沸く。
誰とそんな約束を？
まあいい、もうすぐ私は死ぬ。
もう、あの桃の香りはしない。

子供たちも孫もおそらく間に合わないのだろう。
泣くだろうが仕方ない、ヒトはいつか死ぬのだ。

ああ、もうスグあのこにアえる。

？
あのこ？
再び牡丹は自分の思考に疑問を持つ。
ややあって我ながら意識が混濁しているようだ、と結論付けた。

ふわり、と柔らかい懐かしいお香のような香りが彼女を包む。
ほう、と彼女は息を吐き、そのまま二度と息をしなかった。