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幻水3(パーシヴァル×クリス)

――人が並んでいる。

直線、曲線、時に円や花を描きながら並んでいる。人々の姿は様々。金髪の高貴な婦人に始まり、子息らしき身なりの整った少年、屈強な騎士、初老の紳士、みすぼらしい男と、様々な風情の者がひとつの列に連なっている。彼らはひとり欠けることなく無表情だった。
私は列の先頭に立ち、彼らを見つめる。並ぶ彼らが余りに無機質で、私は無性に悲しくなり眉を顰めた。するとどうだろう、数百、数千を数える人々は、一斉に眉根を顰めたではないか。老若男女を問わないすべてが、私と同じ顔をしたのだ。不気味な現象に口を開けて驚くと、今度は全員が驚嘆の意を示した。私とそっくりそのまま、同じ顔をして。

そこで気づく。言うなれば、この世界では私が最初の一個なのだ。すべてが私に右に習えの、脆弱な世界。それは、支配を好む誰かが強く望んでいるであろう世界。自分の思いのままになる、歪みの空間。
しかし、私は支配など望んではいない。生きとし生けるすべてがそれぞれの思考を持ち、己の思うままに生きて欲しい。自由であればと願う。
だが、無機質に並ぶ彼らに私の願いは届かない。今もまた、私の歯がゆい思いをそっくりそのままコピーした表情で俯いている。
私は途方に暮れて考えた。考えに考えを尽くした。辿りついた答えは“私が自由であること”。自らの思考に忠実に生き続けること。皆が私に習うのならば、きっと彼らも。
しかし。
望みは甘く、彼らは己が生を通す私を、ただただ崇拝するのみだった。
どうしたら、どうしたら。
列の先頭で惑う私の背中を、誰かが押した。私の体は盛大に目前の女性にもつれ、倒れる。そこを起点に、その先の少女も、騎士も、青年も、その先も更に先の人々も、ドミノ倒しにあっけなく倒れていった。
瞬く間に倒れた人々は折り重なり、列は一匹の蛇のように繋がった。その様子を呆然と見つめながら私は立ち上がったが、人々は倒れたままだった。
起き上がる気配はない。息の音さえ聞こえない。
ひょっとすると、彼らは、出来の良い人形でしかなかったのかもしれない。
「――」
不意に気配を感じて振り向いた。そこには、ひとりの男が立っていた。
「パーシヴァル」
名を呼ぶと、彼は満悦を含んだ、艶のある笑みを浮かべた。今起こった惨事に私が歎こうとも、彼はその笑みを絶やさず私を抱き締めた。誰も見ない、聞かないことをいいことに堂々と私に愛を囁いた。離せと叫ぶが、言葉は受け入れてもらえない。
――思い通りにならない。
私は苛立ちながらも、その現実について胸の締め付けられるような感情が蠢いているのを感じていた。
私ではない誰か、私と同じではない誰かがここに生きている。私の言葉を必ずしも肯定せず、己の意思を持った彼がここにいる。無機質な人々が動くことをやめたとしても、彼は彼としてそこに存在するのだ。その現実に、涙が流れた。
「これが望みだったのでしょう?」
甘い声が降ってくる。私は、答えることなく彼に縋りついて、泣いた。それから、彼の胸の中で小さく頷いた。
これが、私が望んだ世界。無機質な大勢がいる世界より、たったひとりの彼が抱き締めてくれるこの世界が、どうしようもなく愛おしかった。愛おしくて、今、このときが幸せでならなかった。

背後には倒れて動かない民の列。
彼らを守るべき、私。
だけど、私は。幾万の民よりも、たったひとりの、あなたを。
私を個として引き上げてくれる、たったひとりのあなただけがいる世界を、今は素直に、欲しているのだと思う。

私は彼を抱き返した。
それからは、もう、倒れた列を見ようとはしなかった。

これが本当の現実でなくてもいい。あと少しで醒めてしまう夢でもいい。だから、どうか今だけは。
彼しかいない世界に、溺れさせていてください――。
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