幻水3(パーシヴァル×クリス)
悪夢の見方を覚えてしまった。
材料はほんの僅か。
パーシヴァルという男と、彼をぐるりと囲めるだけの彼を慕う女性たち。それらが出揃うだけで、私の夢遊は焼け爛れる。
瞳に星を浮かべ、女性たちは男に弁当や菓子を差し出す。男は少し困りながら、それでも流麗に笑って献上品を受け取り、礼を述べる。私は少し離れたところで、黙ってそれを見つめる。
見たくもない光景に、気が狂いそうになる。ならば見なければいいだけの話なのに、視線は外せない。
それは、限りなくリアルな夢。
彼が城下で女性に囲まれるのは、何ということのない日常風景のひとつ。長いことつかまって城に帰れず、年長の騎士にいじられることも多い。
初めはそんな彼を気の毒に思いながらも笑って見ていた。ああ、帰ったらまたみんなに茶化される。容姿と愛想が良いのも、ときには不幸を招くんだな、と苦笑していた。
そんな彼の不幸を笑う余裕が消えたのはいつからだっただろう。次第に彼や彼を囲む女性たちに言いようのない苛立ちの感情が沸いて、無視を決めて通り過ぎるようになった。いい加減に適当なかわし方くらい覚えろと彼に憤るようになった。もちろん、口になど出さないけれど。
そして、少し前からこうして夢にまで見るようになった。いよいよ、重症の域だ。
自分がこの日常茶飯事に縛られていると認識し始めて、ふと思う。そもそも女性に囲まれる彼は本当に不幸なのだろうか?彼の愛想笑いに脈があると思い込み続ける彼女らの方が、不幸ではないのか?
――それとも。同じ騎士という立場を理由にして、手を伸ばせない私が不幸なんだろうか? 夢にまで見るような、この感情がなんなのかも認められない自分が、最も哀れで不幸なんだろうか?
そんな疑問を抱きながら、それから先を考えないように目の前の任務に明け暮れた。その結果、何もかもを詰め込みすぎて女どころか騎士団長であることもおぼつかなくなり、倒れた。
閉ざした意識の中で、夢は更に自分を追い立てる。着飾って、甘い香りを纏った女性たち。取り囲まれ、穏やかな笑顔で愛想を振りまく男。そして、少し離れた所から、ただその様子を見ているだけの、私。
(――パーシヴァル)
(――パーシヴァル!)
勇気を振り絞って叫んでも、声は届かない。どんなに喚いても、彼が気付くことはない。愛想笑いすら向けてもらえない。きっと、私の存在など彼の中にはありはしないのだ。彼にとっての私は、瞳に映らない空気と同じ。空気が恋してるなんて、思ってもいないだろう。
嫌だ。
誰にも触らないで。
誰にも笑いかけないで。
私を見て。
私はここに居る。
ここに居るから――。
その場に崩れ落ち、慟哭する。そんな私を見ることなく、彼の笑顔は彼女たちに注がれる。それが例え心のない、からっぽの愛想笑いだとしても、私ではない誰かに彼の意識は向けられている。
自覚するのが遅かった? もう少しだけ早く、この気持ちを認めて素直に泣き喚いていれば、私は変われた? 全ては変わっていた?
劣りを鮮明に描き出す夢は、磨ぎたての刃よりも鋭利で、この身をぼろぼろに引き裂く。
「――様?」
「っ……」
「クリス様」
「……」
「……魘されていたようですが、大丈夫ですか? ゼクセンの森で倒れたことは覚えていますか?」
開いた瞳に映った顔は、どんな夢より確かで美しかった。夢では決して私を見ることのなかった瞳が、今、心配そうに私を覗き込んでいる。私だけを視界に留めている。
「まだ顔色が悪い。もう少し眠った方がいいですね」
「……パーシヴァル」
「はい」
「パーシヴァル」
「……どうしました?」
聞こえるの?
届いているの?
このか細い声は、あなたに届いている?
あなたのその瞳に、私は確かに映っている?
今からでも、まだ――間に合う?
「……傍にいて。私が……眠れるまで……」
「……ええ、傍にいますよ。ですから、安心して眠って下さい」
瞼を閉じると、暖かい手が額に触れた。
最初の我侭。最初の一歩が受け入れられ、じわじわと胸に安息が広がっていく。深い眠りに落ちていく。
きっと、悪夢はこれからも私を苛み続けるだろう。だけど、いつか――いつか愛することに怯えず、素直にあなたへの想いを叫ぶことができたなら。その時は他の誰も見ず、女たちの輪を裂いて来て欲しい。蹲る私の頭を笑いながら撫でて、よくできたと褒めてあげて欲しい。
そうしてくれたなら、私の悪夢は終焉を迎えるだろう。今はまだ、繰り返す夢の中でしか戦えないけれど、いつか。
――いつか、きっと。
材料はほんの僅か。
パーシヴァルという男と、彼をぐるりと囲めるだけの彼を慕う女性たち。それらが出揃うだけで、私の夢遊は焼け爛れる。
瞳に星を浮かべ、女性たちは男に弁当や菓子を差し出す。男は少し困りながら、それでも流麗に笑って献上品を受け取り、礼を述べる。私は少し離れたところで、黙ってそれを見つめる。
見たくもない光景に、気が狂いそうになる。ならば見なければいいだけの話なのに、視線は外せない。
それは、限りなくリアルな夢。
彼が城下で女性に囲まれるのは、何ということのない日常風景のひとつ。長いことつかまって城に帰れず、年長の騎士にいじられることも多い。
初めはそんな彼を気の毒に思いながらも笑って見ていた。ああ、帰ったらまたみんなに茶化される。容姿と愛想が良いのも、ときには不幸を招くんだな、と苦笑していた。
そんな彼の不幸を笑う余裕が消えたのはいつからだっただろう。次第に彼や彼を囲む女性たちに言いようのない苛立ちの感情が沸いて、無視を決めて通り過ぎるようになった。いい加減に適当なかわし方くらい覚えろと彼に憤るようになった。もちろん、口になど出さないけれど。
そして、少し前からこうして夢にまで見るようになった。いよいよ、重症の域だ。
自分がこの日常茶飯事に縛られていると認識し始めて、ふと思う。そもそも女性に囲まれる彼は本当に不幸なのだろうか?彼の愛想笑いに脈があると思い込み続ける彼女らの方が、不幸ではないのか?
――それとも。同じ騎士という立場を理由にして、手を伸ばせない私が不幸なんだろうか? 夢にまで見るような、この感情がなんなのかも認められない自分が、最も哀れで不幸なんだろうか?
そんな疑問を抱きながら、それから先を考えないように目の前の任務に明け暮れた。その結果、何もかもを詰め込みすぎて女どころか騎士団長であることもおぼつかなくなり、倒れた。
閉ざした意識の中で、夢は更に自分を追い立てる。着飾って、甘い香りを纏った女性たち。取り囲まれ、穏やかな笑顔で愛想を振りまく男。そして、少し離れた所から、ただその様子を見ているだけの、私。
(――パーシヴァル)
(――パーシヴァル!)
勇気を振り絞って叫んでも、声は届かない。どんなに喚いても、彼が気付くことはない。愛想笑いすら向けてもらえない。きっと、私の存在など彼の中にはありはしないのだ。彼にとっての私は、瞳に映らない空気と同じ。空気が恋してるなんて、思ってもいないだろう。
嫌だ。
誰にも触らないで。
誰にも笑いかけないで。
私を見て。
私はここに居る。
ここに居るから――。
その場に崩れ落ち、慟哭する。そんな私を見ることなく、彼の笑顔は彼女たちに注がれる。それが例え心のない、からっぽの愛想笑いだとしても、私ではない誰かに彼の意識は向けられている。
自覚するのが遅かった? もう少しだけ早く、この気持ちを認めて素直に泣き喚いていれば、私は変われた? 全ては変わっていた?
劣りを鮮明に描き出す夢は、磨ぎたての刃よりも鋭利で、この身をぼろぼろに引き裂く。
「――様?」
「っ……」
「クリス様」
「……」
「……魘されていたようですが、大丈夫ですか? ゼクセンの森で倒れたことは覚えていますか?」
開いた瞳に映った顔は、どんな夢より確かで美しかった。夢では決して私を見ることのなかった瞳が、今、心配そうに私を覗き込んでいる。私だけを視界に留めている。
「まだ顔色が悪い。もう少し眠った方がいいですね」
「……パーシヴァル」
「はい」
「パーシヴァル」
「……どうしました?」
聞こえるの?
届いているの?
このか細い声は、あなたに届いている?
あなたのその瞳に、私は確かに映っている?
今からでも、まだ――間に合う?
「……傍にいて。私が……眠れるまで……」
「……ええ、傍にいますよ。ですから、安心して眠って下さい」
瞼を閉じると、暖かい手が額に触れた。
最初の我侭。最初の一歩が受け入れられ、じわじわと胸に安息が広がっていく。深い眠りに落ちていく。
きっと、悪夢はこれからも私を苛み続けるだろう。だけど、いつか――いつか愛することに怯えず、素直にあなたへの想いを叫ぶことができたなら。その時は他の誰も見ず、女たちの輪を裂いて来て欲しい。蹲る私の頭を笑いながら撫でて、よくできたと褒めてあげて欲しい。
そうしてくれたなら、私の悪夢は終焉を迎えるだろう。今はまだ、繰り返す夢の中でしか戦えないけれど、いつか。
――いつか、きっと。