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幻水3(ゼクセン騎士団)

 慣れない石造りの砦の一室。座り心地の良いソファに腰を下ろしたカラヤクランの青年は、身を硬直させ、緊張した面持ちで向かい合って座る男を直視した。
 男が身に着けているのはゼクセン騎士団の象徴ともいえる、重々しい白銀の甲冑。そのいでたちから、数年前までは村では「鉄頭」と呼ばれ、敵視してきた者たちが纏う鎧だ。
 ――そう、ここはゼクセン騎士団の本拠であるブラス城。カラヤクラン族長の使者として書簡を届けに訪れた青年は、静寂の空気に息を詰まらせそうな思いで鎮座していた。
 向かい合う騎士は、自分が届けた書簡に目を通している。金色の整った髪と琥珀色の瞳を持つ騎士には、覚えがあった。
 数年前、グラスランド氏族とゼクセン騎士団が手を結び、ハルモニア神聖国の進軍を食いとめた戦い。まだ幼かった自分は、本拠としたビュッデヒュッケ城にその身を寄せていた。その中で、この男の姿を見かけたことがある。大人が言うには、彼こそがカラヤ族の村を焼いた騎士のひとりだそうだが、本当のところはわからない。名前は、確か――
「えーと、確認するところはここと、ここと――うん、大丈夫だろう。たぶん」
「……たぶん?」
「あ、いや、なんでもない。族長からの親書、確かにこのボルス・レッドラムが預かった。団長と副団長が戻り次第、責任を持って手渡そう」
 そう言って、騎士は――ボルスは書簡をまとめて笑みを向けてきた。自分よりもずっと年上と思われるが、笑うと同世代のような印象を抱かせる。とても、戦場で同胞の仲間を斬り捨てたことのある人間とは思えなかった。彼だけではない。ビュッデヒュッケ城は不思議な場所で、シックスクランの他部族も、ゼクセンの騎士もみんな子供には優しかった。そのせいか、ゼクセンの人間がかつての敵であったというのが、青年にはどうにもしっくりこなかった。
「団長も副団長も留守にしていてすまないな。ふたりともカラヤの使者殿と会えることを楽しみにしていたんだが、緊急の案件が入ってしまってな」
「いえ、俺は渡せるものを渡せれば、別に。それに、あなたも名のある騎士だと聞いている。族長も納得するだろう」
「そう言ってもらえるなら、ありがたいよ」
 ゼクセン連邦はグラスランドの人々とは違い、ややこしい組織やしきたりがあると聞いている。こうして、上の人間が急遽の不在というのも、よくある話だと族長が苦笑していた。出際に「もしかすると、団長はいないかもしれない」とも言われていたので、驚きはしなかった。
「ご苦労だったな。長旅で疲れてはいないか? 必要なら、休憩室を用意するが」
「いえ、馬を飛ばしてきたので大丈夫です。今日中に帰るつもりなので、俺はこれで……」
 言いながら、ソファから立ち上がる。収まりの良いソファから離れるのは少し名残惜しかったが、使者として村に戻り、務めを果たす方が大切だ。族長から初めて受けた大仕事。怠けてはいられない。
「なあ」
 礼をして退室しようと振り向いたところで、声をかけられた。
 振り向くと、見送りに立ち上がったボルスが明るい面持ちで問いかけてきた。
「族長のヒューゴ――殿は息災か?」
 取ってつけたような敬称に、一瞬虚を突かれた。彼と族長は、くだんのハルモニアとの戦いで共闘していたそうだが、特に親しかったような話は耳にしたことがない。むしろ、彼個人はグラスランドの民への敵意が強いとも聞いていたのだが。
「……あ、あぁ。元気でやっている。最近は書いたり読んだりする仕事が多くて、少し息苦しそうだけど」
「そうか」
 少したどたどしく答えると、男は楽し気に笑んで、頷いた。そこに、茶化したり、見下すような意図は感じられない。
「族長殿に伝えておいてくれ。次の村への訪問は、俺も同行するつもりだ。手合わせできるように体は動かしておけ、と」
 その声には芯がとおっていて、真っ直ぐだった。受け止めた胸のあたりに、重たい何かがずしりとのしかかるような。力強い、言葉の重みがあった。
「――わかった。必ず伝えよう」
 受け取った言葉を持ち帰り、族長へ伝えるのも自分の務め。年若い、自分でなければできない務めなのだろう。
 思い、再度頭を下げる。今度は先ほどよりも深く、敬意をしかと込めた。
「あなたに、風の精霊の加護があらんことを」
「ああ。この日、この場所を与えたもうた女神に感謝を」
 互いが信ずる者への感謝と祈りを告げ合い、青年は部屋を出た。
 慣れない石造りの砦から帰路に向かう青年の足取りは軽やかで、弾むようだった。
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