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幻水3(ゼクセン騎士団)

『成金貴族のレッドラム家の子息と、辺境の村から入団した田舎者がコンビを組んだらしい』
 ゼクセン騎士団の従騎士たちの間にそのような噂が広まったのは、団内すべての従騎士たちを対象とした剣術トーナメント開催のおふれがガラハド団長から通達されて間もない頃だった。
 ゼクセン騎士団は戦場の歩兵戦においては二人一組で戦うこと基本としており、この意識づけは正騎士に昇格する前から徹底して行われる。剣術トーナメントもその一環であり、従騎士たちは各々で息の合う者と組み、鍛錬に励んだ。そんな中で飛び込んできた噂に、大半の騎士たちは嘲笑を隠さず、仲間たちを顔を見合わせて嘲った。
 彼らはどちらも団内で浮いた存在だった。ボルス・レッドラムはビネ・デル・ゼクセの名家の生まれで、その家名だけで部隊長の手にできるようなお坊ちゃまだが、誰よりも熱心に剣を振り、努力を怠らなかった。その姿はいささか暑苦しく、滑稽なものに映った。現在はグラスランド氏族との紛争は停戦中であり、騎士などただの警備隊のようなものでしかない。「レッドラム」の名を持つのなら、何もしなくても名声を浴びることができるというのに、汗水たらしてご苦労なことだ。お利口ぶって、点数が欲しいに違いない。
 もう片方のパーシヴァルは更に特異で、団内にはただひとりの平民の従騎士だった。正騎士の中には傭兵上がりの平民騎士は何人か所属しているが、従騎士の平民は極めて異例の存在だった。もともと志願兵でブラス城にやってきたらしいが、まだ十六と年若いこともあり、ガラハド団長とペリーズ副団長が従騎士として配属したらしい。剣の腕に優れ、馬術は従騎士の中では常にトップの成績だったが、従騎士たちはそんな実績には目もくれずに彼を蔑んだ。「平民」という出生は、貴族社会しか知らない彼らにとってはそれだけで「見下して良いもの」と認識できる属性であった。それはゼクセン連邦の大半の人間がグラスランド氏族を理屈抜きで「蛮族」と呼び捨てることを良しとしているような、彼らの中での「常識」とも呼べるものであった。
 そんな特異なふたりが、コンビを組んだ。それは、見方を変えれば「他に組む人間がいなかった」ことの証明。その事実だけで、従騎士たちの笑いのツボはくすぐられ、含み笑いが漏れる。訓練場、食堂、共同浴場――城内でふたりが共にしている姿を目にするたび、従騎士たちは嘲笑し、ときに茶化すような言葉を投げかけた。それに対し、ボルスは怒り、パーシヴァルは完全に無視を決め込んでいたが、ふたりの真逆の反応は、周囲の笑いを増幅させるだけだった。

 トーナメント当日も、従騎士たちは整然と佇むふたりに侮蔑の目を向けた。生まれ育ちはほぼ正反対ながら、団内ではみだし者のふたり。個々の成績は優秀かもしれないが、ありあわせで組んだ者同士が息を合わせて戦えるはずもない。近しい生まれ、能力を持った自分たちの方が、コンビネーションには優れている。どの従騎士たちも、そう信じて疑わなかった。
 ――数時間後。百〇〇組を超える従騎士たちの頂点に立っていたのは、成金貴族の子息と、辺境の村出身の田舎者のふたりだった。
「……ひ、ひぃっ!」
 刃を潰した模擬刀を叩き落とされ、その勢いのまま尻もちをついた敗者の従騎士の少年は、模擬刀の丸まった切っ先を鼻先につきつけられ、情けない悲鳴を上げた。
 見上げると、まばゆい西日を背負った金髪の少年が、力強い眼差しを突き付けている。その琥珀色の瞳は模擬刀とは比べものにならないほどに鋭く、雄々しい。
 隣を見やると、同じく腰を抜かした相棒が、黒髪の少年に剣を向けられている。そいつの目許は涼しく飄々としていたが、一切の隙はなく、背筋が凍りそうな圧があった。
 戦いは圧倒的だった。圧倒的すぎるほどだった。相棒は幼少の頃からの幼馴染で、親友だ。ふたりならば絶対に負けることなどないと、最強の騎士になれると信じて鍛錬に励んできた。事実、決勝までのし上がるのにも苦労はしなかった。しかし、このふたりは格が違った。勇猛に剣を打ち込んでくるボルスに集中すれば、その間にパーシヴァルが絶妙な隙を狙ってしゃしゃり込んできて追いつめられる。相棒がカバーしてくれても同じように跳ね除けられて、気付けばこのざまだ。手も足も出なかった。
「……嘘だ……余りもの同士のお前らが、こんな、」
「嘘じゃない。これが現実だ」
 ボルスの声が、無常な現実を告げる。
「俺たちにどうこう言うなら、剣で打ち負かしてからにするんだな」
「右に同じく。――ああ、俺は馬の早駆けでも大歓迎だ」
「な、それなら俺だって! お前にならわからんが、こいつらには馬でも負けるつもりはない!」
「――だそうだ」
 そう言って、パーシヴァルは涼やかな笑みを浮かべて模擬刀を地面に置き、踵を返した。ボルスもそれに続いて、剣を置き、審判の兵士に律義に頭を下げて背を向けた。
 ふたりの背が遠ざかる。その間、自分も相棒も微動だにすることはできなかった。
 訓練場の出入り口まで差し掛かったところで、ふたりは立ち止まり、顔だけをこちらに向けた。
「挑戦なら、いつでも待っている」
 どちらがその言葉を発したのかは、覚えていない。そのときの自分の中に在ったのは敗北感も超えた、諦念。食物連鎖の上位生物に首根っこをつかまれたような感情だった。

 そんなふたりがゼクセン騎士団の誉れ高き六騎士として、団の両翼を守る英雄として長く語り継がれるのは、少し先の話――。
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