幻水3(ゼクセン騎士団)
晴天の春の日に、ひとつの魂を見送った。
どうか、迷いなく高いところへ行き着けますように。
そして、彼らに出会った暁にはよろしく伝えて欲しい。
私も彼も変わらないまま、続いていると。
◆◆◆
「クリス様」
転寝の誘いに乗りかけたところで、静かな声に呼び戻された。デスクに埋もれていた身体を起こし、デスク越しに立ち尽くす人影を見上げる。
際立つ身の丈の高さは、見上げる体勢でもありありと実感することができる。彼――ロラン・レザウルスは、無表情でこちらを見下ろしていた。
「すまない、陽気にやられた」
返事はない。それどころか、表情の動きを見せることすらなかった。
日常の中で彼の思考を読み取ることは極めて難しい。常日頃から沈着で、滅多に感情を表に晒さない。彼が貫くそのスタンスは、長い付き合いの中で十分に理解し、心得ている。
「どうした。何かあったか?」
「これを」
まぶたをこすりながら問うと、彼は手にしていた一振りの剣をそっとデスクに載せた。
見覚えのある剣だった。鈍い黒の鞘に、金色の柄。アクセントに嵌めた深い青の宝石。
持ち主の面影が脳裏をよぎり、僅かに残っていた眠気がすっと体から引いていった。
「どうして、これがここに?」
「先程、ルイスのご家族が遺品を引き取りに来た際に受け取りました。剣だけはクリス様に収めたいと」
「……そうか」
「ご婦人が、クリス様には感謝してもしきれないと仰っていました。最後までクリス様に仕えることができて、彼もさぞ幸せであったろうと」
ロランの報告は相変わらずの調子で、淡々と紡がれる。見る者によれば冷徹とも受け取れるそれを、切なくも、穏やかに受け止めた。
寿命を迎え、穏やかに生を終える騎士は決して多くはない。その大多数は己が信念の華を戦の中で咲かせ、儚く散っていく。広い戦場のどこかで人知れず散る。ひどく寂しい終わりにも思えるが、そうなることが騎士の名誉とする者も少なくない。
この剣の持ち主である彼も、そのひとりだった。
『戦場で生きながらえ、老いてベッドに沈むのは嫌ですね。僕はレオ殿のようになりたいです。潔く、盛大に戦って果てたい』
そう笑って話していた姿を思い出す。彼が果てたのは、その翌日のこと。掲げていた理想どおり、彼は壮烈な剣技で戦場に大輪の華を咲かせ、逝った。そのおかげで此度の勝利を掴んだと言っても過言ではない。本当に、潔い最期を飾ってくれた。いくら感謝してもしきれない。
「大事に、しなくてはな」
優しく鞘に触れる。幼い日の彼の頭をそうしたように、静かに撫でて彼を想う。
ルイスがまだ自分の従者になりたての頃、気を利かせて掃除やお茶出しをしてくれた彼の頭をよく撫でてやった。「子供扱いしないで欲しい」と照れた顔が可愛かった。
育てるべき大事な部下でありながら、彼にはどこか部下よりも身内に近い感覚を抱いていた。兄弟がいない自分にとって、彼の存在は弟のような、新鮮で愛らしい存在だった。
そんな彼も時の流れとともに成長し、いつしか自分の背丈を軽やかに追い越していった。外見から見る関係性は姉と弟から同年代の男女へと変化し、更に年月が流れるとまるで父と娘のようになった。
着実に体に年齢を刻む彼と、老いることを止めた自分。望んで手にしたとはいえ、置き去りにされてしまう現実への憂いは拭いきれなかった。
鞘に指を触れたまま、ため息を吐いた。ずっと見つめ続けるのもやるせなくなり、ふと視線を剣からロランに戻してみた。
神秘的な色を湛える瞳は何も語ろうとはしない。
エルフは人間よりも肉体の時間の流れが穏やかだ。出会った頃よりは年齢の重みを感じさせる風貌になるも、その姿は未だ若々しい。そんな彼は、ただ静かに自分を見下ろしている。
何を思うのか、何を抱えているのか。彼は決して見せてはくれない。初めはそんな態度に不満を抱いたものだが、今は違う。見せてくれなくても、僅かに感じることが、今ならできるからだ。
彼も自分と同じように、大切な仲間をまたひとり失った悲しみをその胸に秘めているのだと。
「ロラン」
「はい」
短い返事に、ふ、と笑みを咲かせた。
「デートをしようか」
◆◆◆
穏やかな陽気に包まれた空の下、何代目かになる愛馬を駆り、全速力でヤザ平原を駆け抜けた。真横に並ぶロランに軽いアイコンタクトを織り交ぜながら、広大な草原を疾走する。
「こんなにスピードを上げたのは久々だ!」
「私もです」
「昔、みんなで競争した時以来かなあ!」
加速してゆく足並みに息を合わせて、少しでも風に近づけるように、彼らを感じられるように手綱を握った。
過去の記憶が鮮明に蘇る。あの日も、今日のように清々しく穏やかな空だった。殺伐とした時代の流れの中で途切れ途切れでも確かに存在していた、解き放たれた日々。
ビリになった奴には何かをやらせようと、誰かが無茶苦茶な罰ゲームを提案して、誰かが怒り、みんなで笑った。結果はどうだったかな? 涙が出るほど笑ったはずなのに、思い出せない。だけど、どうしようもなく楽しかったことだけはしっかりと覚えている。
そんな中でもロランは無表情だった。けれど、同じ時間を共有し、それを楽しんでいるであろうことは、その場にいた全員が感じ取っていたと思う。見た目だけではないもので感じられる繋がりが、私たちの中にはそのときから存在していた。
「ロラン、もう少し飛ばすぞ!」
「承知しました」
馬に刺激を与え、更に加速するスピードに身を委ねた。
――少しだけ、彼らが存在する場所に近づけたような気がした。
国境近くの小高い丘に辿り着くまで、そう多くの時間は要さなかった。
優しい春風が舞う中で呼吸を荒げる馬を宥め、自らの足で草を踏みしめる。春の訪れを喜ぶ緑の色は鮮やかで、その合間から垣間見える花は小さくも強く、しっかりと咲き誇っている。
その先には光をいっぱいに受けた白い十字架が、その場を護る様にしっかりと根差していた。
彼らの体が眠る大地は、それぞれの故郷と呼べる場所に存在している。ここに残るは、数多の記憶と、想いのひと欠片を集めたもの。自分の彼らへの想いを具現化したものと言ってもいいかもしれない。
端に刺さる真新しいクロスの刻印をそっと指で辿り、存在を確かめた。
「ルイス」
記された名前を唇で象り、まぶたを閉じる。
「……とうとう、私たちだけになってしまったな」
「ええ」
「次は何十年後かな」
「寿命をまっとうできるのなら、私はあと百五十年余りは」
「私は――気が向いたら、か」
「向く日はくるのですか」
「どうかな」
「せめて」
「ん?」
「せめて、私が生を終えるまでは、気が傾かない事を祈りたい」
「……冗談か?」
「ジョークは苦手です」
――風が吹く。
あるがままに下ろしていた長い髪が、好き勝手に舞った。時を止めている体が脈々と躍動し、熱くなってゆくのを感じる。
老いることのない体が、時を刻み始めたような気がした。この右手に在る紋章が離れない限り、そんなこと起こり得ないのに。それでも、彼の言葉が、自分を動かそうとしているのは確かだった。止まってしまった私の何かを、彼が動かそうとしている。
「看取られるのなら、あなたがいい」
「……私で、いいのか」
「他の選択肢が見つかりません」
言われて、言葉を失う。どんな言葉を返せばいいのかわからない。そんな風に真正面から言われたことなど、何十年となかったから。
だから、思わず謝ってしまった。
「……すまなかった。なにせ鈍感で」
「いいえ。私がそう思っている事実が、私の中にあれば良いことです」
「それは控えめ過ぎだよ。もっと積極的になってくれても良いものを」
「性分ではありません。“彼”のような人間であれば、話は別ですが」
言いながら、ロランはひとつの十字を指差した。刻まれた名前は、随分と前に見送ったひとり。面影を浮かべ、思わず吹き出した。
「そうだな。ロランの柄ではないな」
くすくすと笑いながら、いつしかの彼と交わしたやり取りを思い出した。
『好きですよ。クリス様』
『いきなりなんだ』
『思ったままを口にしたまでです』
『そう言われても……反応に困る』
『いいんです。私が言いたかっただけですから。私はね、あなたのことはもちろん、この騎士団が好きなんです』
『へえ、ちょっと意外。六騎士の中ではお前が一番、騎士団への情が薄いと思っていたのに』
『それは酷い。こうしてここに戻ってきたのも、騎士団への愛情があるからこそですよ』
『それは失礼した』
『……知らないうちに、自分でも驚くほどここに執着していたようなんです。騎士団という場所にも、ここにいる人々にも……。ここで過ごす日々が、かけがえのないものになっていた。だから、ここに戻ってきたんです』
『そう言ってもらえると嬉しいよ。少し、くすぐったいけれど』
『いつ死ぬか分からない職業ですからね。言えるときに言っておこうと思ったんです。悔いはできるだけ残したくないですから。だから、好きですよ。クリス様』
『ああもうっ。わかったからもう言わなくていい!』
他愛のない日々を愛しく思っていたのは、彼だけじゃない。何気なく過ごしていく毎日が、何より大切だった。私がこんな体になってしまっても、彼らは変わらないまま、肩を並べて戦ってくれた。一緒に笑っていてくれた。
そんな私は、果たして彼らに何を伝え、何を持たせてやれただろうか? 言いたいことはいつも伝えられず終いで、いなくなってから後悔した。今度こそ、今度こそと思っても変えることができなかった。
その後悔を拭いたくて、住まう世界が変わってしまった後でも伝えたいと思ったから、こんなものまで造ったんだ。
以来、ずっと十字に向かって想いを吐き出し続けている。それは、生前に伝えることができなかった懺悔にも似ていた。
「……決めた」
「何をですか?」
「私、言うよ。ずっと伝えたかったこと」
「伝えたかったこと?」
「そう。せっかくだから、みんなの前で言うわ」
何を言っているのかまったくわからない、と言った顔で、ロランがじっとこちらを見つめる。
感情が微かに滲み出たその顔に満足して、私はにっと笑った。
「五十五年目の告白」
風が少しだけ強くざわめいて、言葉はロランと十字にしか届かない。
時は流れて、すべては少しずつ変わっていく。
だけど、変わらないものは確かに存在していて、それは変わらないままここに在り続ける。
それは、この体と……この、心。
変わらない自分の異質さを憂いて、伝えることができなかったもの。
ずっと抱いている変わらないもの。
今なら言える。そう思い、万感の想いを込めて、口にした。
「私、ロランのこと、ずっと好きだったよ」
どうか、迷いなく高いところへ行き着けますように。
そして、彼らに出会った暁にはよろしく伝えて欲しい。
私も彼も変わらないまま、続いていると。
◆◆◆
「クリス様」
転寝の誘いに乗りかけたところで、静かな声に呼び戻された。デスクに埋もれていた身体を起こし、デスク越しに立ち尽くす人影を見上げる。
際立つ身の丈の高さは、見上げる体勢でもありありと実感することができる。彼――ロラン・レザウルスは、無表情でこちらを見下ろしていた。
「すまない、陽気にやられた」
返事はない。それどころか、表情の動きを見せることすらなかった。
日常の中で彼の思考を読み取ることは極めて難しい。常日頃から沈着で、滅多に感情を表に晒さない。彼が貫くそのスタンスは、長い付き合いの中で十分に理解し、心得ている。
「どうした。何かあったか?」
「これを」
まぶたをこすりながら問うと、彼は手にしていた一振りの剣をそっとデスクに載せた。
見覚えのある剣だった。鈍い黒の鞘に、金色の柄。アクセントに嵌めた深い青の宝石。
持ち主の面影が脳裏をよぎり、僅かに残っていた眠気がすっと体から引いていった。
「どうして、これがここに?」
「先程、ルイスのご家族が遺品を引き取りに来た際に受け取りました。剣だけはクリス様に収めたいと」
「……そうか」
「ご婦人が、クリス様には感謝してもしきれないと仰っていました。最後までクリス様に仕えることができて、彼もさぞ幸せであったろうと」
ロランの報告は相変わらずの調子で、淡々と紡がれる。見る者によれば冷徹とも受け取れるそれを、切なくも、穏やかに受け止めた。
寿命を迎え、穏やかに生を終える騎士は決して多くはない。その大多数は己が信念の華を戦の中で咲かせ、儚く散っていく。広い戦場のどこかで人知れず散る。ひどく寂しい終わりにも思えるが、そうなることが騎士の名誉とする者も少なくない。
この剣の持ち主である彼も、そのひとりだった。
『戦場で生きながらえ、老いてベッドに沈むのは嫌ですね。僕はレオ殿のようになりたいです。潔く、盛大に戦って果てたい』
そう笑って話していた姿を思い出す。彼が果てたのは、その翌日のこと。掲げていた理想どおり、彼は壮烈な剣技で戦場に大輪の華を咲かせ、逝った。そのおかげで此度の勝利を掴んだと言っても過言ではない。本当に、潔い最期を飾ってくれた。いくら感謝してもしきれない。
「大事に、しなくてはな」
優しく鞘に触れる。幼い日の彼の頭をそうしたように、静かに撫でて彼を想う。
ルイスがまだ自分の従者になりたての頃、気を利かせて掃除やお茶出しをしてくれた彼の頭をよく撫でてやった。「子供扱いしないで欲しい」と照れた顔が可愛かった。
育てるべき大事な部下でありながら、彼にはどこか部下よりも身内に近い感覚を抱いていた。兄弟がいない自分にとって、彼の存在は弟のような、新鮮で愛らしい存在だった。
そんな彼も時の流れとともに成長し、いつしか自分の背丈を軽やかに追い越していった。外見から見る関係性は姉と弟から同年代の男女へと変化し、更に年月が流れるとまるで父と娘のようになった。
着実に体に年齢を刻む彼と、老いることを止めた自分。望んで手にしたとはいえ、置き去りにされてしまう現実への憂いは拭いきれなかった。
鞘に指を触れたまま、ため息を吐いた。ずっと見つめ続けるのもやるせなくなり、ふと視線を剣からロランに戻してみた。
神秘的な色を湛える瞳は何も語ろうとはしない。
エルフは人間よりも肉体の時間の流れが穏やかだ。出会った頃よりは年齢の重みを感じさせる風貌になるも、その姿は未だ若々しい。そんな彼は、ただ静かに自分を見下ろしている。
何を思うのか、何を抱えているのか。彼は決して見せてはくれない。初めはそんな態度に不満を抱いたものだが、今は違う。見せてくれなくても、僅かに感じることが、今ならできるからだ。
彼も自分と同じように、大切な仲間をまたひとり失った悲しみをその胸に秘めているのだと。
「ロラン」
「はい」
短い返事に、ふ、と笑みを咲かせた。
「デートをしようか」
◆◆◆
穏やかな陽気に包まれた空の下、何代目かになる愛馬を駆り、全速力でヤザ平原を駆け抜けた。真横に並ぶロランに軽いアイコンタクトを織り交ぜながら、広大な草原を疾走する。
「こんなにスピードを上げたのは久々だ!」
「私もです」
「昔、みんなで競争した時以来かなあ!」
加速してゆく足並みに息を合わせて、少しでも風に近づけるように、彼らを感じられるように手綱を握った。
過去の記憶が鮮明に蘇る。あの日も、今日のように清々しく穏やかな空だった。殺伐とした時代の流れの中で途切れ途切れでも確かに存在していた、解き放たれた日々。
ビリになった奴には何かをやらせようと、誰かが無茶苦茶な罰ゲームを提案して、誰かが怒り、みんなで笑った。結果はどうだったかな? 涙が出るほど笑ったはずなのに、思い出せない。だけど、どうしようもなく楽しかったことだけはしっかりと覚えている。
そんな中でもロランは無表情だった。けれど、同じ時間を共有し、それを楽しんでいるであろうことは、その場にいた全員が感じ取っていたと思う。見た目だけではないもので感じられる繋がりが、私たちの中にはそのときから存在していた。
「ロラン、もう少し飛ばすぞ!」
「承知しました」
馬に刺激を与え、更に加速するスピードに身を委ねた。
――少しだけ、彼らが存在する場所に近づけたような気がした。
国境近くの小高い丘に辿り着くまで、そう多くの時間は要さなかった。
優しい春風が舞う中で呼吸を荒げる馬を宥め、自らの足で草を踏みしめる。春の訪れを喜ぶ緑の色は鮮やかで、その合間から垣間見える花は小さくも強く、しっかりと咲き誇っている。
その先には光をいっぱいに受けた白い十字架が、その場を護る様にしっかりと根差していた。
彼らの体が眠る大地は、それぞれの故郷と呼べる場所に存在している。ここに残るは、数多の記憶と、想いのひと欠片を集めたもの。自分の彼らへの想いを具現化したものと言ってもいいかもしれない。
端に刺さる真新しいクロスの刻印をそっと指で辿り、存在を確かめた。
「ルイス」
記された名前を唇で象り、まぶたを閉じる。
「……とうとう、私たちだけになってしまったな」
「ええ」
「次は何十年後かな」
「寿命をまっとうできるのなら、私はあと百五十年余りは」
「私は――気が向いたら、か」
「向く日はくるのですか」
「どうかな」
「せめて」
「ん?」
「せめて、私が生を終えるまでは、気が傾かない事を祈りたい」
「……冗談か?」
「ジョークは苦手です」
――風が吹く。
あるがままに下ろしていた長い髪が、好き勝手に舞った。時を止めている体が脈々と躍動し、熱くなってゆくのを感じる。
老いることのない体が、時を刻み始めたような気がした。この右手に在る紋章が離れない限り、そんなこと起こり得ないのに。それでも、彼の言葉が、自分を動かそうとしているのは確かだった。止まってしまった私の何かを、彼が動かそうとしている。
「看取られるのなら、あなたがいい」
「……私で、いいのか」
「他の選択肢が見つかりません」
言われて、言葉を失う。どんな言葉を返せばいいのかわからない。そんな風に真正面から言われたことなど、何十年となかったから。
だから、思わず謝ってしまった。
「……すまなかった。なにせ鈍感で」
「いいえ。私がそう思っている事実が、私の中にあれば良いことです」
「それは控えめ過ぎだよ。もっと積極的になってくれても良いものを」
「性分ではありません。“彼”のような人間であれば、話は別ですが」
言いながら、ロランはひとつの十字を指差した。刻まれた名前は、随分と前に見送ったひとり。面影を浮かべ、思わず吹き出した。
「そうだな。ロランの柄ではないな」
くすくすと笑いながら、いつしかの彼と交わしたやり取りを思い出した。
『好きですよ。クリス様』
『いきなりなんだ』
『思ったままを口にしたまでです』
『そう言われても……反応に困る』
『いいんです。私が言いたかっただけですから。私はね、あなたのことはもちろん、この騎士団が好きなんです』
『へえ、ちょっと意外。六騎士の中ではお前が一番、騎士団への情が薄いと思っていたのに』
『それは酷い。こうしてここに戻ってきたのも、騎士団への愛情があるからこそですよ』
『それは失礼した』
『……知らないうちに、自分でも驚くほどここに執着していたようなんです。騎士団という場所にも、ここにいる人々にも……。ここで過ごす日々が、かけがえのないものになっていた。だから、ここに戻ってきたんです』
『そう言ってもらえると嬉しいよ。少し、くすぐったいけれど』
『いつ死ぬか分からない職業ですからね。言えるときに言っておこうと思ったんです。悔いはできるだけ残したくないですから。だから、好きですよ。クリス様』
『ああもうっ。わかったからもう言わなくていい!』
他愛のない日々を愛しく思っていたのは、彼だけじゃない。何気なく過ごしていく毎日が、何より大切だった。私がこんな体になってしまっても、彼らは変わらないまま、肩を並べて戦ってくれた。一緒に笑っていてくれた。
そんな私は、果たして彼らに何を伝え、何を持たせてやれただろうか? 言いたいことはいつも伝えられず終いで、いなくなってから後悔した。今度こそ、今度こそと思っても変えることができなかった。
その後悔を拭いたくて、住まう世界が変わってしまった後でも伝えたいと思ったから、こんなものまで造ったんだ。
以来、ずっと十字に向かって想いを吐き出し続けている。それは、生前に伝えることができなかった懺悔にも似ていた。
「……決めた」
「何をですか?」
「私、言うよ。ずっと伝えたかったこと」
「伝えたかったこと?」
「そう。せっかくだから、みんなの前で言うわ」
何を言っているのかまったくわからない、と言った顔で、ロランがじっとこちらを見つめる。
感情が微かに滲み出たその顔に満足して、私はにっと笑った。
「五十五年目の告白」
風が少しだけ強くざわめいて、言葉はロランと十字にしか届かない。
時は流れて、すべては少しずつ変わっていく。
だけど、変わらないものは確かに存在していて、それは変わらないままここに在り続ける。
それは、この体と……この、心。
変わらない自分の異質さを憂いて、伝えることができなかったもの。
ずっと抱いている変わらないもの。
今なら言える。そう思い、万感の想いを込めて、口にした。
「私、ロランのこと、ずっと好きだったよ」