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幻水3(ゼクセン騎士団)

 盛大な歓声と共に舞台の幕が上がる。
 ビュッデヒュッケ城の名物として知れ渡り始めている劇場は本日も大入り満員で、城の住人や炎の運び手の兵たち酒場の一角にすし詰め状態で収まっている。
 本日の演目はウィリアム・テル。弓の使い手がウィリアム・テル役として舞台に上がり、息子役の頭上に載せた林檎を撃ち抜くのが見所の作品だ。ストーリーや役者の演技よりも大道芸的な要素の強いこの演目は、演劇にさほど興味がない者も気軽に覗きに来るため、城主と支配人が定期的に開催している。
 それはいい。元々、家計が火の車状態の城だ。稼ぐ方法があるならばいくらでも実践するといい。――しかし。しかしだ。
 どうしてこの俺が三回連続で息子役をやらなければならないんだ!! 息子役の候補なんて大量にいるはずなのに、どうして三連続で息子役のくじを引き当てちまうかなあここの城主様は! 自分の運の程度は三十七年生きてきて十分すぎるほど理解しちゃいるが、いくらなんでもこれは酷すぎやしないか? ササライ様に愚痴れば「そこまで来たら逆に強運だよ。前向きに捉えなよ」と流されるし、民衆役のボルス君には爆笑される始末。これだから運のいい連中は嫌なんだ! これがワン……じゃない、ジョーカーやエッジあたりなら話が通じるんだがなあ……。まったく。
 今日のテル役はロラン殿か……。ゼクセン騎士団きっての弓の名手とあらば、心配することはないだろう。とっととこんな趣味の悪い余興みたいな劇なんか終わらせてひとっ風呂といきたいところ……ん? ちょっと待て、何か様子がおかしいぞ。なんか矢尻がずいぶんブレてないか? どうしたんだロラン殿。え? 動くなって? いや、俺は動いてないぞ!? もう三回も続けば怖さも麻痺してるしな。――だから動いてないって、たぶん! ん? 台本にない私語をするなって? それどころじゃないんだ、黙っててくれ支配人!
 よし、お互いに一度深呼吸しよう。な? お客さん方も悪いが、もうちょっと待っててくれ。こういうのは落ち着くのが何より大事なんだ。
 嫌な空気を払うべく、大きく深呼吸をして眼前を見据える。向き合う先、ロラン殿がつがえた矢の先も、ようやく安定したのか静止していた。
 ――よし、大丈夫。ぎこちないながらも笑みを浮かべてウィンクすると、ロラン殿も真剣な面持ちで頷いた。
 それを合図に、大げさなまでのドラムロールが鳴る。その中でぎり、と弓を引き絞る独特の音を仕事で研ぎ澄まされた耳がしかと捉えた。程よい肌触りの緊張感だ。悪くない。
「ク、クウゥゥゥゥゥ……」
「!?」
 ――と、立て直された緊張感を一気に弛緩させるような気の抜けた鳴き声が客席の最前列から響く。
「わ、コロクだめだよ、静かにしてっ」
 コロクを抱きかかえて観覧していたセシルが小声で叱る。――そう、俺は愚かにもその様を目に留めてしまった。気を抜いて、客席の方に顔を逸らしてしまったのだ。
 不意に、ヒュン、と何かが風を切る音。それから、壇上から「しまった!」と切迫した声。
 その直後にやってきたのは、突き刺すような衝撃。肩なのか胴なのか頭部なのか、部位はわからない。いや、わかりたくもなかった。
 どさりと背中から倒れる。意識はまばらだが、現場がどよめきと悲鳴に満ちているのはステージを伝う声の振動で理解できた。
「医者だ!! 医者を呼べ!!」
 今度は劈くようなでかい声。民衆役のボルス君が駆けつけてくれたらしい。君、いい奴だな……。でも、医者よりも先に水の紋章か盾の紋章を呼んできてくれないかな……。というか体を支えてくれるのはありがたいけど、ゆ、ゆすらないでくれ……。

 ――その後、ナッシュは駆け付けた上司のササライによる流水の紋章により九死に一生を得た。
 ウィリアム・テルの演目はしばらくの間お蔵入りとなった。更に再会の祭はナッシュを息子役にすることは禁止となり、劇場内に犬を連れ込むことも禁止という、この大らかな城にしては厳しい決まりが発令されたのだった。
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