幻水3(ゼクセン騎士団)
「……で、どうして俺が城主殿の稽古をつける必要があるんだ?」
穴だらけの城のややはずれに位置する武術指南所の稽古場に腕を組んで仁王立ちするボルスは、訝しげな面持ちで眼前の少年――ビュッデヒュッケ城主のトーマスを見下ろした。木刀を握って佇む少年は引け越し気味にびくびくとしている。
「あんた、ゼクセンで一番の剣の使い手なんだろ? だったらうちのボンクラ城主様のことも一人前に鍛え上げてくれるんじゃないかって思ってね」
指南所の小屋の前でごろんと横たわりながらもっともらしいことを言ってのけるのは、この武術指南所の主であり師範代のジョアンだ。昼食中にやってきた彼に「とりあえずなんでもいいから来てくれ」と強引に連れられてきたボルスは、唐突に木刀を渡され、この場に立たされている。
「武術を鍛えるのはお前の仕事じゃないのか」
「そりゃそうなんだが、餅は餅屋。剣を使う人間には剣に精通した人間がいいと思ってね。せっかく色んな得物を使う人間が集まってるんだ。これを使わない手はない」
確かに、道理は通っている。現在、このビュッデヒュッケ城にはグラスランド、ゼクセン、その他地域からひとつの目的のために集った大勢の戦士が「炎の運び手」としてその身を置いている。戦士たちは剣に槍や弓、果てはスコップやら腹話術の人形やらあらゆるものを武器にし、その種類の豊富さには目移りするほどだ。こんなタイミングはそうそうない。師範代が目をつけるのも、頷ける部分はある。
「だが、城主殿を鍛える必要はあるのか? 彼には元気な護衛がいるじゃないか」
「セシルのことか? あいつの本職はここの門番だ。もちろん城主を守るのも仕事のひとつだが、このご時世、自分の身くらい自分で守れないとな」
それもまた、話としては筋が通っている。いささか「ああ言えばこう言う」状態なのは否めないが、剣の教えを請われて悪い気はしない。幸い、今日は炎の英雄に同行する予定はなく、時間もある。ボルスは軽く息を吐いて「まあいいか」と納得し、再びトーマスに向き直った。
「わ、わっ」
視線がかち合うだけで、トーマスはびくりと体を強張らせた。その体は貧弱というほどではないが、鍛えている様子もない。至って「普通の男の子」といった体格だ。
「す、す、すみません、お忙しいところ。ジョアンさんには僕からも言ったんですけど……」
「いや、構わない。剣が上手くなりたいのは、城主殿の本心で?」
「あ、は、はい! ジョアンさんの言うとおり、ここが賑わってきたらいさかいや悪いものが来ることもあると思うんです。そういうとき、僕がみんなに迷惑をかけるわけにもいきませんから」
木刀を握りしめてそう告げるトーマスは、やはり変わらず「男の子」だ。しかし、その気弱そうな瞳には、確かなる決意と信念が力強く宿っている。少し前に評議会の強引な侵攻を退け、誉れ高き六騎士のひとりであるレオにも物怖じしなかったという話は聞いていたが、そのときはにわかには信じられなかった。しかし、この力強い意志と軍師の知恵が合わさった結果であったとすれば、頷ける。
「わかった。そういうことなら相手になろう。クリス様からも世話になっている城主殿には良くするよう言われているしな」
「あ、ありがとうございます!」
少し安心したように緊張を緩めて笑んだトーマスだったが、笑っていられるのはこの時までであった。
◆
「も、もうだめだぁ……」
訓練を開始して十分も経過するかしないかの時点で、トーマスはふらふらになっていた。たまらずその場にくずおれて膝をついてしまうトーマスに、ボルスはやれやれといった風に木刀を肩にかけて声をかけた。
「まだまだ、ひとつも俺の体に打ち込めていないぞ」
「だ、だって、ボルスさん全部避けるか弾いちゃうから……」
「仕方ないさ。そういう訓練だからな」
訓練の形式は簡単。トーマスはひたすらボルスに木刀を古い、一撃でも当てられれば勝ち。対するボルスは攻撃を避けるか木刀ではじき返すのみ。単調な繰り返しだが、トーマスにとっては地獄の特訓に等しかった。
ぜぇ、ぜぇとトーマスの乾いた息継ぎに、訓練を眺めるジョアンはふああ、と大きなあくびをひとつ漏らす。助けようという気配はまったくない。
「さすがにまだ休憩には早すぎる。ほら、もう一回」
普段、部下たちにかけるような檄とはほど遠い、励ましのような声をかけたボルスは、軽く剣を受ける姿勢を取る。
トーマスはもはや返事をするのもままならない状態だったが、なんとか木刀を杖がわりにして立ち上がり。両手でそれを持ち直して身構えた。「へっぴり腰」という言葉がぴったりの姿勢のまま、トーマスはゆるい一歩を右足で踏み出した。
「う、うわああああ!」
「もうヤケだ」と言わんばかりの声は、トーマスのその日一番の大声で、腹の底から振り絞られたものだった。その声に併せて、トーマスはおおきく振りかぶり、ボルスに襲い掛かる。
しかし、その一撃は軽く受け流される。木刀同士がぶつかりあう乾いた木の音のあまりの軽さに、トーマスは顔を歪めた。
(一撃は、軽い。型もめちゃくちゃ。打ち込んだあとの脇も隙だらけ。これでは――)
思いながら、ボルスは受け流した木刀を構えの定位置に戻した――が、その次の瞬間。
「!」
流された木刀を持ったままバランスを崩されたトーマスが、その体勢のまま足を踏ん張り、倒れることなくもう一度木刀を振りなおした。下からすくい上げるようなフォームで、刀身はボルスの左脇腹付近を狙う。
それを瞳に捉えたジョアンがはっと目を見開いたと同時に、パシィン、と何かが破裂するような音が響き渡った。
――水を打ったような静寂が訪れる。その場には、木刀を弾かれ、その勢いで吹っ飛ばされて尻もちをついたトーマスと、腰を深く落としてトーマスの木刀を叩き落としたボルスが、どちらも驚いた表情で向き合っていた。
「……す、すまない!」
放心気味だったボルスがハッと我に返り、トーマスに駆け寄る。トーマスは未だに状況が把握できず目をぱちくりとさせていた。
「こっちが手を出さない訓練だったのに、悪かった」
「……あ、そ、そうか、僕の剣が弾かれたのか……」
うわごとのようにつぶやくトーマスに、ボルスは手を差し出す。トーマスはためらいがちだったが、腕を伸ばして握り返す。その手を引いて立ち上がらせるのに、力はほとんど要らなかった。
「怪我はないか?」
「はい、大丈夫です……。でもやっぱり本物の騎士様の剣はすごいですね。僕なんかじゃ太刀打ちできそうにないや」
「……いや」
ボルスは口ごもる。先ほどの体勢を崩されてからの一手。それは、素人とはとても思えない対応力と鋭さだった。研ぎ澄まされた動きは、反射的に体が動いてしまうほど。木刀を叩き落とせたのも、すれすれのタイミングだった。瞬きひとつ分のタイミングを違えていたら、危なかったかもしれない。
「城主殿は、剣術は誰から教えを?」
「い、いえ、特に誰からも。剣も護身用に持っているだけで、ちゃんとした型は特に……」
「そうか……」
ふと、ボルスは訓練場の柵に立てかけられたトーマスの剣を見やる。鞘は古めかしく、刀身は小ぶりなものだ。しかし、今の彼の体格や背丈には釣り合っているように思える。それを持つ彼が訓練を重ね、腕を磨いて振るう姿を想像すると――妙な高揚に包まれる。
「城主殿」
「は、はい!」
疲弊してぐったりした体をしゃきっと正して返される返事は、素直で曇りがない。
「今はまだ未熟だが、剣の筋は目を見張るものがある。できるものなら、日々の鍛錬を続けるといい」
「え、僕がですか?」
「ああ。このまま鍛錬を続けて行けば、だが」
どんなに才があったとしても、磨かなければ芽吹かない者がほとんど。自分で才覚に気付いていないのならなおさらだ。現に、トーマスは「冗談か何かですよね」とでも言いたさげな面持ちでぽかんとしている。
「ここに滞在している間であれば、俺もまた剣を見よう」
「え、ほ、本当ですか!?」
「ああ、今日より厳しいしごきでもついてこられるなら」
「うわ、そ、それは大変そうだけど……でも、頑張ります! 僕もみんなに守られてばかりもいられませんので!」
目を輝かせて頷く姿は純粋そのもの。その気持ち良さにボルスも笑みを浮かべて頷き返した。
「では、僕はコロクたちの散歩があるのでそろそろ。ボルスさん、本当にありがとうございます!」
「あ、ああ……またな」
城主の仕事とは思えない予定に虚を突かれつつ、ボルスは小走りで去っていくトーマスに片手を振って見送った。
その姿見えなくなると、ボルスは澄み渡った空にふう、とひとつ息を吹き付け――
「……お前、わかっていて俺を差し向けたな?」
一切その場を動くことなく横たわっていたジョアンに視線を突きつけた。それを受けたジョアンはというと、ハーブの茎を食みながら眠そうな目を更に細めて悪い笑みを象る。
「さすが、熱しやすくても誉れ高き六騎士。気づくのが早いねぇ」
「誰が熱しやすいだ! ――しかし、あれは化けるぞ」
「そうなって貰いたいんだよ、俺も。才能があるとわかっちゃ、血が騒ぐってもんさ」
言いながら、ジョアンは上体を起こして軽くあぐらをかく。
確かに、彼の才能が開花した瞬間は、何かしらの武に携わる人間ならば、目にしてみたいと思えるほどのものだ。この戦いが終わるまで、あるいはその後だとしても――期待に胸は弾むばかりだ。
「あ、ちなみに、守備隊長のセシルもなかなかの才能持ちなんだけど――」
ジョアンはにんまりしながら、ちら、と欲のある目線をボルスに向ける。だが、その中に含まれた要望は「調子に乗るな!」の一言でぴしゃりと叩き落とした。
――その後、武術訓練所では、城主に鬼のしごきをするゼクセン騎士団烈火の剣士、ボルス・レッドラム卿の姿が頻繁に見られるようになったという。
穴だらけの城のややはずれに位置する武術指南所の稽古場に腕を組んで仁王立ちするボルスは、訝しげな面持ちで眼前の少年――ビュッデヒュッケ城主のトーマスを見下ろした。木刀を握って佇む少年は引け越し気味にびくびくとしている。
「あんた、ゼクセンで一番の剣の使い手なんだろ? だったらうちのボンクラ城主様のことも一人前に鍛え上げてくれるんじゃないかって思ってね」
指南所の小屋の前でごろんと横たわりながらもっともらしいことを言ってのけるのは、この武術指南所の主であり師範代のジョアンだ。昼食中にやってきた彼に「とりあえずなんでもいいから来てくれ」と強引に連れられてきたボルスは、唐突に木刀を渡され、この場に立たされている。
「武術を鍛えるのはお前の仕事じゃないのか」
「そりゃそうなんだが、餅は餅屋。剣を使う人間には剣に精通した人間がいいと思ってね。せっかく色んな得物を使う人間が集まってるんだ。これを使わない手はない」
確かに、道理は通っている。現在、このビュッデヒュッケ城にはグラスランド、ゼクセン、その他地域からひとつの目的のために集った大勢の戦士が「炎の運び手」としてその身を置いている。戦士たちは剣に槍や弓、果てはスコップやら腹話術の人形やらあらゆるものを武器にし、その種類の豊富さには目移りするほどだ。こんなタイミングはそうそうない。師範代が目をつけるのも、頷ける部分はある。
「だが、城主殿を鍛える必要はあるのか? 彼には元気な護衛がいるじゃないか」
「セシルのことか? あいつの本職はここの門番だ。もちろん城主を守るのも仕事のひとつだが、このご時世、自分の身くらい自分で守れないとな」
それもまた、話としては筋が通っている。いささか「ああ言えばこう言う」状態なのは否めないが、剣の教えを請われて悪い気はしない。幸い、今日は炎の英雄に同行する予定はなく、時間もある。ボルスは軽く息を吐いて「まあいいか」と納得し、再びトーマスに向き直った。
「わ、わっ」
視線がかち合うだけで、トーマスはびくりと体を強張らせた。その体は貧弱というほどではないが、鍛えている様子もない。至って「普通の男の子」といった体格だ。
「す、す、すみません、お忙しいところ。ジョアンさんには僕からも言ったんですけど……」
「いや、構わない。剣が上手くなりたいのは、城主殿の本心で?」
「あ、は、はい! ジョアンさんの言うとおり、ここが賑わってきたらいさかいや悪いものが来ることもあると思うんです。そういうとき、僕がみんなに迷惑をかけるわけにもいきませんから」
木刀を握りしめてそう告げるトーマスは、やはり変わらず「男の子」だ。しかし、その気弱そうな瞳には、確かなる決意と信念が力強く宿っている。少し前に評議会の強引な侵攻を退け、誉れ高き六騎士のひとりであるレオにも物怖じしなかったという話は聞いていたが、そのときはにわかには信じられなかった。しかし、この力強い意志と軍師の知恵が合わさった結果であったとすれば、頷ける。
「わかった。そういうことなら相手になろう。クリス様からも世話になっている城主殿には良くするよう言われているしな」
「あ、ありがとうございます!」
少し安心したように緊張を緩めて笑んだトーマスだったが、笑っていられるのはこの時までであった。
◆
「も、もうだめだぁ……」
訓練を開始して十分も経過するかしないかの時点で、トーマスはふらふらになっていた。たまらずその場にくずおれて膝をついてしまうトーマスに、ボルスはやれやれといった風に木刀を肩にかけて声をかけた。
「まだまだ、ひとつも俺の体に打ち込めていないぞ」
「だ、だって、ボルスさん全部避けるか弾いちゃうから……」
「仕方ないさ。そういう訓練だからな」
訓練の形式は簡単。トーマスはひたすらボルスに木刀を古い、一撃でも当てられれば勝ち。対するボルスは攻撃を避けるか木刀ではじき返すのみ。単調な繰り返しだが、トーマスにとっては地獄の特訓に等しかった。
ぜぇ、ぜぇとトーマスの乾いた息継ぎに、訓練を眺めるジョアンはふああ、と大きなあくびをひとつ漏らす。助けようという気配はまったくない。
「さすがにまだ休憩には早すぎる。ほら、もう一回」
普段、部下たちにかけるような檄とはほど遠い、励ましのような声をかけたボルスは、軽く剣を受ける姿勢を取る。
トーマスはもはや返事をするのもままならない状態だったが、なんとか木刀を杖がわりにして立ち上がり。両手でそれを持ち直して身構えた。「へっぴり腰」という言葉がぴったりの姿勢のまま、トーマスはゆるい一歩を右足で踏み出した。
「う、うわああああ!」
「もうヤケだ」と言わんばかりの声は、トーマスのその日一番の大声で、腹の底から振り絞られたものだった。その声に併せて、トーマスはおおきく振りかぶり、ボルスに襲い掛かる。
しかし、その一撃は軽く受け流される。木刀同士がぶつかりあう乾いた木の音のあまりの軽さに、トーマスは顔を歪めた。
(一撃は、軽い。型もめちゃくちゃ。打ち込んだあとの脇も隙だらけ。これでは――)
思いながら、ボルスは受け流した木刀を構えの定位置に戻した――が、その次の瞬間。
「!」
流された木刀を持ったままバランスを崩されたトーマスが、その体勢のまま足を踏ん張り、倒れることなくもう一度木刀を振りなおした。下からすくい上げるようなフォームで、刀身はボルスの左脇腹付近を狙う。
それを瞳に捉えたジョアンがはっと目を見開いたと同時に、パシィン、と何かが破裂するような音が響き渡った。
――水を打ったような静寂が訪れる。その場には、木刀を弾かれ、その勢いで吹っ飛ばされて尻もちをついたトーマスと、腰を深く落としてトーマスの木刀を叩き落としたボルスが、どちらも驚いた表情で向き合っていた。
「……す、すまない!」
放心気味だったボルスがハッと我に返り、トーマスに駆け寄る。トーマスは未だに状況が把握できず目をぱちくりとさせていた。
「こっちが手を出さない訓練だったのに、悪かった」
「……あ、そ、そうか、僕の剣が弾かれたのか……」
うわごとのようにつぶやくトーマスに、ボルスは手を差し出す。トーマスはためらいがちだったが、腕を伸ばして握り返す。その手を引いて立ち上がらせるのに、力はほとんど要らなかった。
「怪我はないか?」
「はい、大丈夫です……。でもやっぱり本物の騎士様の剣はすごいですね。僕なんかじゃ太刀打ちできそうにないや」
「……いや」
ボルスは口ごもる。先ほどの体勢を崩されてからの一手。それは、素人とはとても思えない対応力と鋭さだった。研ぎ澄まされた動きは、反射的に体が動いてしまうほど。木刀を叩き落とせたのも、すれすれのタイミングだった。瞬きひとつ分のタイミングを違えていたら、危なかったかもしれない。
「城主殿は、剣術は誰から教えを?」
「い、いえ、特に誰からも。剣も護身用に持っているだけで、ちゃんとした型は特に……」
「そうか……」
ふと、ボルスは訓練場の柵に立てかけられたトーマスの剣を見やる。鞘は古めかしく、刀身は小ぶりなものだ。しかし、今の彼の体格や背丈には釣り合っているように思える。それを持つ彼が訓練を重ね、腕を磨いて振るう姿を想像すると――妙な高揚に包まれる。
「城主殿」
「は、はい!」
疲弊してぐったりした体をしゃきっと正して返される返事は、素直で曇りがない。
「今はまだ未熟だが、剣の筋は目を見張るものがある。できるものなら、日々の鍛錬を続けるといい」
「え、僕がですか?」
「ああ。このまま鍛錬を続けて行けば、だが」
どんなに才があったとしても、磨かなければ芽吹かない者がほとんど。自分で才覚に気付いていないのならなおさらだ。現に、トーマスは「冗談か何かですよね」とでも言いたさげな面持ちでぽかんとしている。
「ここに滞在している間であれば、俺もまた剣を見よう」
「え、ほ、本当ですか!?」
「ああ、今日より厳しいしごきでもついてこられるなら」
「うわ、そ、それは大変そうだけど……でも、頑張ります! 僕もみんなに守られてばかりもいられませんので!」
目を輝かせて頷く姿は純粋そのもの。その気持ち良さにボルスも笑みを浮かべて頷き返した。
「では、僕はコロクたちの散歩があるのでそろそろ。ボルスさん、本当にありがとうございます!」
「あ、ああ……またな」
城主の仕事とは思えない予定に虚を突かれつつ、ボルスは小走りで去っていくトーマスに片手を振って見送った。
その姿見えなくなると、ボルスは澄み渡った空にふう、とひとつ息を吹き付け――
「……お前、わかっていて俺を差し向けたな?」
一切その場を動くことなく横たわっていたジョアンに視線を突きつけた。それを受けたジョアンはというと、ハーブの茎を食みながら眠そうな目を更に細めて悪い笑みを象る。
「さすが、熱しやすくても誉れ高き六騎士。気づくのが早いねぇ」
「誰が熱しやすいだ! ――しかし、あれは化けるぞ」
「そうなって貰いたいんだよ、俺も。才能があるとわかっちゃ、血が騒ぐってもんさ」
言いながら、ジョアンは上体を起こして軽くあぐらをかく。
確かに、彼の才能が開花した瞬間は、何かしらの武に携わる人間ならば、目にしてみたいと思えるほどのものだ。この戦いが終わるまで、あるいはその後だとしても――期待に胸は弾むばかりだ。
「あ、ちなみに、守備隊長のセシルもなかなかの才能持ちなんだけど――」
ジョアンはにんまりしながら、ちら、と欲のある目線をボルスに向ける。だが、その中に含まれた要望は「調子に乗るな!」の一言でぴしゃりと叩き落とした。
――その後、武術訓練所では、城主に鬼のしごきをするゼクセン騎士団烈火の剣士、ボルス・レッドラム卿の姿が頻繁に見られるようになったという。