幻水3(ゼクセン騎士団)
「ああ、良い所にいた。ちょっと付き合ってくれないか?」
思わぬ人物からの突然の誘いに、サロメはひどく困惑した。
「なに、悪いようにはしないさ。席は取ってある。ついて来な」
笑いながら踵を返す主の背は拒むことを許さない。サロメは渋々、彼女の後を追った。
湖の城――ビュッデヒュッケ城の敷地の一角。
カラヤクランの女性・アンヌが切り盛りする酒場は今日も繁盛していた。席もいつものごとく既に埋まり切って――と思いきや、隅の一席だけが不自然に空いている。目を凝らすと、机上に『予約席』と書かれたプレートが乗っているのが見えた。
「さ、そこに座んな。アンヌ! 持ってきてくれるかい?」
誘い主に促されるがままそこに腰かけると、酒場の店主がてきぱきとした動きで用意していたらしい皿や酒を運んできた。
テーブルに載せられたのは、嗅ぎ慣れない匂いのする酒が注がれたジョッキと、見慣れない肴。
「今日はこちらの酒を用意させてもらった。ぜひともあんたに飲んでもらいたくてね」
言いながら、向かいの席に着いた女性――カラヤクラン族長・ルシアはニッと口の端をつり上げた。
「お言葉ですが、ルシア族長。なぜ私を? クリス様と、というのであれば、話はわかりますが」
「ん? クリスとはとっくの前に飲ませてもらったよ。白き乙女殿も、酔うとなかなか可愛いところもあるもんだ」
その話はクリスから聞き及んでいた。どうやら年長者のアドバイスと称して色々とからかわれたようだが、その交流そのものは楽しかったらしく、柔らかい笑みを浮かべていたのが印象的だった。
しかし、それならば尚のこと疑問は深まる。
「で、なぜ今度は私なんです?」
問うと、ルシアは薄紫の瞳をふと細めて笑んだ。
「なに、大した理由はないさ。日頃から会議で顔を合わせる人間と酒を飲み交わしてみたいと思うのは、自然なことだろう?」
「……ですが、私はあなたの村を焼き払えと命令した――」
言いかけた言葉は、ルシアに向けられた掌によって制止させられた。
「無粋な話は今日はなしだ。私は敵としてのあんたじゃなく、同胞としてのあんたと飲みたいと思っている。その心意気を踏みにじろうってのかい?」
掌越しに見るルシアの瞳は、鋭くも確かな理性を湛えていた。
――ふと、カウンターに戻っていた同族の女店主が、切なげな視線をルシアに向けているのが目に止まった。
そこで、サロメは理解する。
――彼女は、民たちに示しているのだ。
やむを得ない決断だったとしても、彼女たちの村に火をかける指示を出したのはほかでもない自分であり、彼女らとって殺したいほどに憎い相手。その腕をさらに伸ばして、首を締め上げたいはずの人間だろう。
だが、彼女は己を制して、そんな憎き相手と盃を交わすことを望む。族長たる自分が率先して向き合い、民たちにその姿を示しているのだ。
――彼女が族長として民に慕われている理由が、よくわかったような気がした。
「ご無礼をお許しください」
「構わないさ。で、どうだい? 付き合ってくれるのかい?」
「ええ、喜んで。慣れぬ酒に酔ってしまうかもしれませんが」
「それもいい。カタブツなアンタが酔う姿を見るのも一興だ」
「お手柔らかに頼みますよ」
「ふふ、それじゃあ、乾杯といこう。ゼクセンにも乾杯の文化はあるだろう?」
「ええ、そこは共通しています」
「……じゃあ、我らの勝利を願って」
掲げられたグラスが、テーブルの上で合わせられる。
その音はとても澄んだ、耳触りの良い音だった。
思わぬ人物からの突然の誘いに、サロメはひどく困惑した。
「なに、悪いようにはしないさ。席は取ってある。ついて来な」
笑いながら踵を返す主の背は拒むことを許さない。サロメは渋々、彼女の後を追った。
湖の城――ビュッデヒュッケ城の敷地の一角。
カラヤクランの女性・アンヌが切り盛りする酒場は今日も繁盛していた。席もいつものごとく既に埋まり切って――と思いきや、隅の一席だけが不自然に空いている。目を凝らすと、机上に『予約席』と書かれたプレートが乗っているのが見えた。
「さ、そこに座んな。アンヌ! 持ってきてくれるかい?」
誘い主に促されるがままそこに腰かけると、酒場の店主がてきぱきとした動きで用意していたらしい皿や酒を運んできた。
テーブルに載せられたのは、嗅ぎ慣れない匂いのする酒が注がれたジョッキと、見慣れない肴。
「今日はこちらの酒を用意させてもらった。ぜひともあんたに飲んでもらいたくてね」
言いながら、向かいの席に着いた女性――カラヤクラン族長・ルシアはニッと口の端をつり上げた。
「お言葉ですが、ルシア族長。なぜ私を? クリス様と、というのであれば、話はわかりますが」
「ん? クリスとはとっくの前に飲ませてもらったよ。白き乙女殿も、酔うとなかなか可愛いところもあるもんだ」
その話はクリスから聞き及んでいた。どうやら年長者のアドバイスと称して色々とからかわれたようだが、その交流そのものは楽しかったらしく、柔らかい笑みを浮かべていたのが印象的だった。
しかし、それならば尚のこと疑問は深まる。
「で、なぜ今度は私なんです?」
問うと、ルシアは薄紫の瞳をふと細めて笑んだ。
「なに、大した理由はないさ。日頃から会議で顔を合わせる人間と酒を飲み交わしてみたいと思うのは、自然なことだろう?」
「……ですが、私はあなたの村を焼き払えと命令した――」
言いかけた言葉は、ルシアに向けられた掌によって制止させられた。
「無粋な話は今日はなしだ。私は敵としてのあんたじゃなく、同胞としてのあんたと飲みたいと思っている。その心意気を踏みにじろうってのかい?」
掌越しに見るルシアの瞳は、鋭くも確かな理性を湛えていた。
――ふと、カウンターに戻っていた同族の女店主が、切なげな視線をルシアに向けているのが目に止まった。
そこで、サロメは理解する。
――彼女は、民たちに示しているのだ。
やむを得ない決断だったとしても、彼女たちの村に火をかける指示を出したのはほかでもない自分であり、彼女らとって殺したいほどに憎い相手。その腕をさらに伸ばして、首を締め上げたいはずの人間だろう。
だが、彼女は己を制して、そんな憎き相手と盃を交わすことを望む。族長たる自分が率先して向き合い、民たちにその姿を示しているのだ。
――彼女が族長として民に慕われている理由が、よくわかったような気がした。
「ご無礼をお許しください」
「構わないさ。で、どうだい? 付き合ってくれるのかい?」
「ええ、喜んで。慣れぬ酒に酔ってしまうかもしれませんが」
「それもいい。カタブツなアンタが酔う姿を見るのも一興だ」
「お手柔らかに頼みますよ」
「ふふ、それじゃあ、乾杯といこう。ゼクセンにも乾杯の文化はあるだろう?」
「ええ、そこは共通しています」
「……じゃあ、我らの勝利を願って」
掲げられたグラスが、テーブルの上で合わせられる。
その音はとても澄んだ、耳触りの良い音だった。