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幻水3(ゼクセン騎士団)

 ――面倒くさいことになった。
 思いながら、パーシヴァルは愛馬に跨り、馬上で小さく息を吐いた。
 視線を前方に向けると、自分と同じように軽鎧を纏い、馬に跨る従騎士が少し離れた位置に立っているのが見える。騎兵は、息を呑むような気合を全身から漲らせている。まだ剣すら抜いていないというのに、今にも突っ込んで来そうな勢いだ。気迫十分の騎兵の様子に当てられてか、周囲をぐるりと取り囲む従騎士たちの熱も高く、既にやれやなんだと野次めいた言葉が飛び交っている。
 ――ああ、やはり面倒だ。
 びりびりと肌をひりつかせるオーラを真っ向から浴びたパーシヴァルは、少しばかりうんざりしながらもう一度息を吐き、馬上の兵――同期の従騎士であるボルスに声をかけた。
「なあ、ひとつ確認しておくが、これはただの訓練ってことでいいんだよな?」
 言葉を受けたボルスは眉を顰め、不機嫌そうにこちらを睨みつける。それと同時に、放っていた気合の色が更にぐっとに濃くになったような気がした。
「どういう意味だ?」
「別に。お前があまりにも殺気立っているから、決闘と勘違いしそうになっただけだ」
 冗談めかして薄く笑うと、ボルスは「バカなことを」と呆れたように吐き捨てる。
「決闘ではないが、真剣に戦えよ。それでなければ意味がない」
「……意味、ねえ」
 ぼそりと呟いて、パーシヴァルは小さく項垂れた。
 こんな状況になったのは、同期の従騎士の何気ないひとことのせいだった。ゼクセン騎士団に所属する従騎士たちの中で、自分とボルスはトップの成績を争う仲だ。従騎士たちが学ぶ科目は様々だが、そのどの科目においても接戦を繰り広げており、気を抜けば追い越される緊張感が常にある。それでも、数か月間争う中で実感したのは「剣術でこいつには敵わない」ということだった。
 ボルスの剣は、自分とはどこか次元が違う。天賦の才を持ちながら、それを更に努力で上乗せしている。何度となく剣を合わせる中で、ひしひしと感じていたことだ。諦めでも僻みでもなく、純粋な尊敬の念すら抱かせる。そんな魅力が、ボルスの剣にはある。
 それとは反対に、馬術においては決して負ける気がしない。早駆けではいつも接戦になるが、それでも自分の技をボルスが破ったことはなかった。これに関してはボルスも認めるところなのか、対戦が終わってもあまり悔しそうな顔せず、すっきりとした表情を見せる。
 互いに互いの得意とする技を認め合っている。口には出さないが、その意識は互いにしっかりと分かり合っていると言っていいだろう。
 そこまではいい。問題は、そんなふたりの様子を見ていた同期の従騎士のひとりが、何気なく疑問を投げかけたことにある。
「剣はボルス、馬はパーシヴァル。じゃあ、騎馬戦はどうなんだろうな?」
 そのひとことで、一瞬にしてその場に居合わせた従騎士たちの好奇心に火が点いた。従騎士たちは上官の監視下以外で騎馬戦を行うことを禁じられている。ボルスとは所属の部隊が異なるため、騎馬同士で対戦したことは一度もなかった。
 団則を敗れば、相応の罰が下される。そんなことは誰しもわかっていた。しかし、十代も半ばの少年たちが、一度火の点いた好奇心を抑え吹き消すことなど到底できはしない。流れ流され、気づけば剣を片手に馬の上だ。
「おい、今更隊長のゲンコツが怖くなったんじゃないだろうな」
「そりゃあ、できれば痛い思いはしたくないがな」
 わかりやすい挑発をさらりと流そうとするが、ボルスの瞳は至って真剣だ。はぐらかすことを許さない、まっすぐに突き刺すような琥珀色の双眸。パーシヴァルは、その瞳が嫌いではなかった。自分にはない、強く澄んだ瞳。それは、幾重にも言葉を重ねて見えないようにしている自分の本心をぐいと引き出してしまうことがある。そんな目で見られたら、面倒だなんだと思う心もすべて吹き飛ばされてしまう。真剣に向き合う以外の選択肢が、なくなってしまうのだ。
 一種の諦めを飲みこんだ後、パーシヴァルは静かに瞼を閉じて、うっすらと開く。目つきを少し変えて見つめると、ボルスは一瞬だけ顔をはっとさせ、それからニヤリと笑んだ。
「ようやく本気になったな」
「どうせゲンコツを食らうなら、とことん団則違反をしてやろうと思っただけさ」
 言いながら、ほぼ同時に剣を鞘から引き抜く。刃を潰した訓練用の剣だが、それでも今の自分たちには己の力を立派な示す刃だ。
 漲るボルスの気合が、引き抜いた剣に乗り移っていくのが見える。自分の気合も、静かに剣へと流れていく。
「行くぞ」
「ああ」
 短い言葉を交わし、じっと睨み合う。しんと静まり返った草原の中を、一陣の風がざあっと吹き抜けた。
 葉擦れの音が鳴り止んだ刹那。相対していた騎馬はすさまじい勢いでぶつかりあった。
 そのときのふたりの戦いは、十年を経た今でも、騎士たちの語り草になっているのだという。
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