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幻水3(ゼクセン騎士団)

 太陽歴四八〇年 春 ブラス城城門前。

 ――ん? ああ、こんにちは。あれ、君は……確か、半月くらい前にゼクセンの森で魔物に襲われていた子、だよね? あのときは大変だったね。擦りむいた膝はもう良くなったかい? ――そうか、良かった。あのときは安いおくすりしか持ち合わせがなかったから心配だったんだ。女性の体に傷痕が残ってはいけないからね。
 それで、今日は僕に何か用事でも? ――え? この前のお礼? そんな、気にしなくて良いのに。でも、すごく嬉しいよ。中身は……ハンカチ、かな? 大事に使わせてもらうよ。ありがとう。
 ――ふふ、なんだか不思議だな。ちょっと前までは何もできない従騎士だった僕が、こうして誰かの役に立てる日が来るなんて。見てのとおり、僕はまだ新米の正騎士でね。つい先日までは戦線で戦うことすらままならない従騎士だったんだ。従騎士っていうのは正騎士になる前の身分で、いわば騎士の雛みたいなものでね、仕える正騎士と共に戦場に同行することが許されているんだけれど、戦うことはできないんだ。
 戦えないのに、どうして戦場に出るのかって? それは、正騎士になって実際に戦うときに怯えない勇気を身につけるためなんだ。訓練で剣の腕は磨けても、戦場の空気を知ることはできないからね。命のやり取りが行われる場で、自分は本当に戦えるのか。正騎士たちが戦う姿を見て、その答えを見極めるとても貴重な経験なんだよ。
 だけど、その反面、とても歯がゆくもあるんだ。正騎士たちがゼクセンを護るために剣を振るっているのに、自分たちには何もできない。正確には仕えている騎士の鎧を磨いたり、ご飯を作ったりするから何もしないわけじゃないんだけど……戦場にいながら戦えないのは、やっぱりとても辛かったな。
 ちなみに、僕が仕えていたのはあのクリス様でね。従騎士の頃はクリス様や六騎士のみんなに同行して、たくさんのものを見させてもらっていたんだ。みんな僕を子供扱いしていたし、からかわれることも多かったけれど、騎士としての彼らは本当に素晴らしくて、他の騎士たちとは明らかに格が違っていた。戦場での輝きが全然違うんだよ。抽象的だけど、あの六人が騎士たちを率いてくれている内は、どんな敵が来ても絶対に負けないだろうって、理屈抜きに感じさせてくれる。だからこそ、国中から慕われているんだろうね。
 ――え? 僕がいずれ七人目の誉れ高き騎士になると噂されてるって? それは恐れ多すぎるよ! いや、謙遜なんかじゃなくって、本当に。団長のクリス様に仕えられたのだって、ちょっとした縁というか……コネみたいなものもあったし。
 ……まあ、そう言ってもらえるのはとても嬉しいことだけどね。でも、僕はたとえ何年、何十年先にそう呼ばれるようなことがあっても、七人目になるつもりはないよ。ああ、本当に。これっぽっちもない。
 確かに、僕は正騎士になった。先の戦での武功も認められて、運よく大隊の隊長も任せてもらえるようになった。そういう意味では、表面上はみんな――誉れ高き六騎士と肩を並べられたと言ってもいいのかもしれない。けれど、だからと言って追いつけたわけじゃないんだ。ボルス卿と剣の手合わせをして一本を取れたことはまだないし、パーシヴァルさんと馬の早駆け勝負をして勝てたこともない。レオさんほどの力もなければ、ロランさんのような冷静さもなくて、戦場で突っ走ってしまうこともまだ多い。サロメさんのように戦の流れを読む先見の明もないし、クリス様に至っては一生の憧れみたいなものだ。
 ――ね? みんな、まだ僕のずっとずっと先にいるんだ。そんな人たちと一緒に並んで「誉れ高き七騎士」と呼ばれるだなんて、おこがましすぎるよ。
 そりゃあ、いつかは並んで、追い抜かしたい気持ちだってあるよ。特にボルス卿とパーシヴァルさんには、いつか何かで一泡吹かせてやりたいと思ってる。まだそれが何かは見えないけれど、ふたりにはない、僕にしかない何かで、見返してやりたいな。
 だけど……なんていうかな。僕にとって「誉れ高き六騎士」っていうのは、永遠に追いかけていたい存在なんだよね。僕は数年のあいだ彼らの傍にいて、活躍する背中を間近で見てきた。それはとても鮮烈で、今もこの目に焼きついて離れない。全員が「こんな風になりたい」と思える、理想の姿であり……憧れなんだ。
 ……うん。僕は彼らに最も近い、彼らのファンなんだと思う。だから、ずっと憧れて、追い続けていたい。その気持ちは、そこらの騎士や街の人には負けない自信があるよ。僕はずっと彼らの後ろに立って、その背中を追っていたい。そんな彼らの背中を護りたい。……そんな目標があっても、いいと思うんだよね。
 あっ、ごめん、ボルス卿が呼んでる。たぶん、今日の宴会の話だな。レオさんが国境警備の遠征から帰って来て久しぶりに六騎士が揃うから、皆で飲もうってことになってるんだ。ああ、飲むって言っても、戦場から帰ってきた時に騎士団全体でやるようなバカ騒ぎじゃないよ。割と落ち着いた感じ。初めはそういうノリもあったけれど、もうみんなもそれなりに年を取ったからね。いちばん若い僕に芸をしろだのなんだのってお鉢はやっぱり回ってくるけれど、まあ、そういうのも悪くないかなって思ってる。酔っぱらったパーシヴァルさんの無茶振りには参るけどね。
 はーい! 今行きますよー! え!? ち、違いますよ! ナンパなんかしてませんってば!――って、なんですかその顔は! もう、本当になんでもないんですから、変な噂流したりしないでくださいね!?
 ……もう、ニヤニヤして怪しいなあ。はいはい、ちゃんと時間までには行きますから、先に行っててください。はい、わかりました。ちゃんとお話ししてたツマミは持って行きますよ。はい。それじゃあまたあとで。
 ――もう、参ったな。あれは絶対にみんなに言いふらす顔だな。……ああ、ごめんね。大丈夫、変な話にならないよう、みんなにはちゃんと僕の方から説明しておくから。
 じゃあ、僕はそろそろこの辺で。ん? また話しかけても良いかって――もちろんだよ。僕なんかで良ければ喜んで。このプレゼント、ありがとう。さっそく明日から使わせてもらうよ。
 それじゃあ、また。
 この日、この場所を与えたもうた女神に感謝を――。
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