テスデイ版ワンドロ&ワンライ参加作品まとめ
テスデイ版ワンドロ 第2回、第4回、第5回
第2回テスデイワンドロ「煙草」
思えばデイビットの周りには煙草を吸う者が多かった。
父も子供の前では見せないようにしていたが喫煙者だったし、カルデアには喫煙室が備えられている。なにより、彼の召喚したサーヴァントは〝煙〟を冠する男だけあって、常にその気配を纏っていた。
とはいえデイビット自身が嗜むほどには興味もなかったし、そんな余白は無い生活を送ってきた。
それが変わったのは、前述の通りデイビットがサーヴァントを召喚してからである。
ある日、デイビットが煙草を吸うテスカトリポカの横顔を見ていると、彼はその手にした小さな箱をこちらに差し出してきた。
別にデイビットとしては、煙草に興味があって見ていた訳ではない。
そもそも、テスカトリポカが「偶には付き合え」と言って無理やり喫煙所にデイビットを引っ張って来たのだ。
最初は自分に用があるのかと思ったがそういうことでもなさそうで、だが文句を言ったところで解放されなかったので、仕方なく彼の横顔を見ていたにすぎない。
受け取るか拒否するか。
デイビットはほんの少し考えたが、神からの施しを拒否すると碌なことにならないのは短い付き合いでもよく分かっている。
断固として吸わないと決めているわけでもないのだし、とデイビットは差し出されたソフトケースから一本抜き出し、見よう見まねで指に挟んで端を咥える。
息を吸わなければ火が付かないのだと言っていたのは、たしか父だった。デイビットがデイビットになる前の記憶だ。
それを思い出しながら、テスカトリポカに向かって「ライターも貸せ」と手を差し出して――それをすいと避けた神は、何を思ったかこちらに顔を近づけてきた。
「何を……」
「火だろ? もっとこっち寄れ」
デイビットの鼻先にテスカトリポカの顔が迫る。
驚いて思わず動きを止めたデイビットに、だがそれでも上手く照準が合わなかったのか、大きな手に頭を掴まれ無理やり固定された。
「ちゃんと吸えよ」
言われ意識して吸う呼吸を深くすれば、触れ合った先端から、そこにある|赫《あか》がちりちりとデイビットの咥えた煙草の先に乗り移ってくる。
サングラス越しにそれを見ていたテスカトリポカは、火がしっかりとデイビットの煙草に燃え移ったのを確認してようやく体を離すと、満足そうに紫煙を吐き出した。
「…………フゥー」
「…………」
それを横目にデイビットは慎重に息を吸いこんだ。
舌の上に独特の味が広がり、煙が体内に充満していくのをまざまざと感じる。
「それでいい。初心者が急に深くまで吸うなよ」
そう言うテスカトリポカはしかめっ面のデイビットが面白いのか、ニヤニヤと笑って「美味いか?」と聞いた。
「苦い」
「おいおい、その苦さが良いんじゃねぇか」
お子様め、と言って笑うテスカトリポカに揶揄われているのがわかっていても腹が立つ。
「別に、嫌だとは言っていない」
「ハハッ! 無理すんなよ。次は砂糖菓子でも用意して……」
「オマエのキスの味だ。もう慣れたよ」
深く吸い込んだ煙が肺を侵していく。
少なくとも表面上は人類と同じ組成のこの体は、いずれ肺癌にもなるのだろうか。
と、初めてとは思えないこなれた仕草で煙を吐くデイビットは、そんな詮無いことをつらつらと考えていたために、ふいに横から伸びてきた手に反応が遅れた。
「デイビット」
「うん? なんだ、テス――…ッ⁉」
手首を掴まれて強引に彼と向き合わされる。
咥えていた煙草は奪われ、代わりに唇に触れるのは濡れた肉の感触で。
急に何をするのかと思わず文句を言おうと開いた隙間からは、問答無用とばかりに蛇のように薄くて長い舌が入り込んできた。
「んっ……ぅ、あッ、ふぅ…ッ!」
ぐちゃぐちゃと湿った音が響く。
それとは別に、足音と話し声がこちらに近づいてくるのに気づき、デイビットは唯一自由な片手でテスカトリポカの胸を叩いたが、サーヴァントの力はちっとも緩まない。
むしろますます強く引き寄せられて、デイビットが「いい加減にしろ!」と言いかけた、そのとき。
「あ゛~、終わった終わった~……って、どわっ⁉」
「ったく相変わらずマスターは人遣いが荒……えぇ!?」
喫煙所の扉が開いて、不幸な喫煙所常連サーヴァント達が姿を現した。
その後、カルデアの至る所に「公共スペースでの過度な接触を禁ず」という張り紙がされることになった
第4回テスデイワンドロ「映画館」
映画館が好きだ。監督や作品の有名無名を問わず、週に一度は映画館に足を運ぶくらいには。
だから昨今のチケット代の高騰は僕にとっては由々しき事態なのだが、それはこの際横においておく。
休日。いつものように余裕をもって映画館に着いた僕は、ポップコーンと飲み物の列に並んでいた。別にどうしてもポップコーンが食べたいわけではないのだが、映画館への貢献と「映画といえばポップコーン」という先入観のためである。
大型ショッピングセンターの中にある映画館はスクリーンがいくつもあるのでレジはいつも混んでいて、休日ともなれば並んでいるのは大概が家族連れかカップルだ。
「なんだ、席、隣じゃないのか?」
と、不機嫌そうな男の声が聞こえてきて、僕は思わずチラリと後ろを振り返った。そしてすぐに振り返ったことを後悔した。
隣に立つ女の子が持ったチケットを覗き込んで眉根を寄せているのは、サングラスをかけた金髪の、いかにもガラの悪そうな男である。ジャケットを脱いで肩に掛け、シャツはむしろいっその事ボタンを全部開けたらどうだという感じに、申し訳程度にしか留まっていない。おまけにノースリーブから覗く肩にはタトゥーまで入っている。
「文句を言うな。事前に予約していなかったんだから、仕方ないだろう」
そんな、どこからどう見てもチンピラ男のツレは、きっとギャルかお水っぽい派手な女性に違いない、という僕の予想は驚いたことに裏切られた。
不満顔で凄む男の言葉をぴしゃりと跳ね除けた連れの女性は、ごく普通の地味な色合いのセーターに暗めの色合いのスカートという、どちらかといえば圧倒的に僕らよりの服装をしていた。
もっとも、化粧している風でもないのにぱっちりとした目をした可愛らしい顔立ちで、さらに言えばセーターを押し上げるおっぱいもなかなか大きい。たとえ逆立ちしたところで僕みたいのは話しかけることもできないと思うが。
デートなら予約くらいしろよな……というか男の方、明らかに映画に興味ないだろ。リア充はカラオケかボーリングにも行っとけ!
と、(自分でも僻みだとわかっているが)後ろに気を取られていたら、列が進んで僕の番がきた。
「お次の方、どうぞー!」
「あっ、えっと……コーラのMと、Sサイズのポップコーン、塩で」
「コーラとポップコーン塩ですね。850円になります」
「はい……あっ!」
手元が狂って財布を取り落としてしまい、小銭がチャリンチャリンと辺りに散らばった。僕が慌ててしゃがみ、散らばった小銭を拾い集める。
結構な枚数をばら撒いてしまった。残りはどこへ行ったかときょろきょろ見渡せば、転がった百円玉が一枚、ピッチピチの黒のズボンにゴツいブーツを履いた長い脚の横に落ちている。
頭上から鋭い視線を感じ、別に悪いことをしているわけでもないのに、思わず手を伸ばすのを躊躇った、そのとき。
「どうぞ」
ほっそりとした指が百円玉を摘まみあげ、僕の目の前に差し出された。
わざわざしゃがんで拾ってくれたチンピラの彼女さんと目が合う。彼女はすぐに体を起こして隣の男との会話に戻ったので、彼女の宝石のような不思議な色をした瞳が見えたのは一瞬だった。
「あ、ありがとうございます……」
蚊の鳴くような声でなんとかそれだけ返して、僕はドギマギしたまま会計を済ませた。そのまま足早にその場を立ち去る。
すぐに場内の入場が始まり、僕は一番乗りで真ん中やや後方のシートに収まった。
そうしてポップコーンを食べながら先ほどの出来事を思い出す。
「あの子、良い子だったな」
別に、精々声をかけるだけでもよかったものを、わざわざしゃがんで拾ってくれた。言葉は少なかったが、彼女の善意は十分に伝わってきた。それだけに、何故あんなDVでもしてそうなチンピラ男と付き合っているのか、信じられない。
そんなことを考えていると、場内にも徐々に人が入って来た。
今日の映画は昔ヒットしたハリウッド映画の続編で、ストーリーはハードな冒険ものなので、子供の姿はほとんどない。
上映中のマナーが色々と話題になる時代。
変なやつがいなければいいなと思いながら何気なしに入口の方を見ていると、さっきのあのカップルが入って来たではないか!
デートなら他のスクリーンでやっている漫画原作のラブストーリーの方へ行くのかと思っていたが、いいんだろうか。この映画は主人公の隠し子が登場したりして、なかなか修羅場だぞ?
と、まあそんなこと僕が心配しても仕方がない。あのチンピラ男が突然暴れ出したり上映中にスマホを取り出したり大鼾をかいて寝たりしなければ、あとは勝手にしてくれていい。
ところが――
「Hの6と8…………そこだな」
席番号を確認しながら場内の緩い階段を上ってくる二人がどんどん近づいてくるので、嫌な予感はしたのだ。
そしてその予感通り、彼女が指さしたのは、まさに僕の右側と左側の席で。
気分としては「僕が一体何をした!」と叫びたかったのだが、そういう訳にもいかない。
打ちひしがれる僕を物ともせず、彼女は、
「すみません」
と断って僕の前を通り過ぎ、すぐ左側のシートに腰を下ろした。その拍子に、ふんわりと石鹼の良い香りが漂ってくる。
反面僕の右側では、タバコ臭い男がどっかりとシートに腰を下ろし、ドリンクのストローを咥え(似合わない!)ズズッと啜っている。おそらく時間的につい先ほどまで喫煙所にでもいたんだろうに、もうヤニ切れなのだろうか。
あまりにもやり辛い。
思いのほかチンピラ男は大人しく座っているが、先ほどの売店での男の様子を思い出すと、僕の方が針の筵の気分である。何故こんな苦行に立たされなければいけないのか。いや、彼らは別に何もしていないんだが……
「あ、あの……」
僕は今年一番の勇気を振り絞って、左側の彼女に声をかけた。
「席、変わりましょうか?」
普段であれば絶対にそんなことは言わない。ここは僕が予約した席なのだから。
だけど今日ばかりは空気に耐え切れなかった。
一つ横に移動したくらいなら見え方は大して変わらないし、カップルは隣同士になれて、僕は謎の気まずさから解放される。これぞウィンウィンである。
ところが、
「いや、それには及ばない。そこはあなたが予約した席だろう」
映画を観るのが目的なのだから、彼と席が隣である必要はない。
彼女は淡々とした口調で、僕の勇気ある提案をバッサリと切り捨ててしまった。
「おいおいデイビット、変わってくれるって言ってるんだから、素直に変わってもらえばいいじゃねぇか」
右側から男のサポートが入る。
そうだよく言った!と僕はこのときばかりは男に声援を送った。
だが彼女はそれさえも首を振って、
「私も彼も、今日のために予約してきたんだぞ。おまえが急に仕事がなくなったからと捩じ込んできたんだろう。席があっただけ幸運だと思え」
まさに取りつく島もなし。
それじゃあと男の方と交換しようと思って振り返ったら、彼はこうなったらもう仕方がないとばかりに肩を竦め、座席に深く凭れるとスマートフォンを取り出した。電源を切っている。
「デイビット、ポップコーンそっちの味も半分寄こせよ」
「だから最初からミックスにしろと言っただろう……ほら」
また「すみません」と僕に頭を下げて、前をポップコーンバケツが通過する。それきり彼らは無言で、まだカーテンが閉まったままの前方スクリーンを眺めはじめた。
「頼むから席を変わってくれ!」
と僕が叫び出す前に、まもなくの上映開始を告げるブザーが劇場内に響きわたった。
第5回テスデイワンドロ「焚き火」
元はと言えば、始まりはある特異点だった。
白紙化前の地球の概念を持ち込むなら、ユーチューバー特異点とでも言うべきか。
以前にあったサバフェスやアイドル特異点の亜種のようなもので、誰もが動画配信をするのが当たり前の特異点だった。
そこ自体はいつも通り波瀾万丈の末にすでに解消されたのだが、カルデアに戻ってからも局所的に動画配信のブームは続いていた。
技術班の凝り性が炸裂した結果、今ではカルデア内だけでなく、過去や並行世界の動画チャンネルにも接続できるようになっていて、藤丸自身は配信しないものの、そうした動画やサーヴァントたちのチャンネルを見たりするのは、余暇の良い気分転換となっていた。
その中でも近ごろハマっているのが、アウトドア系の動画だ。
キャンパーたちが森や山でテントを作ったり釣りをして料理したりしている動画で、それだけといえばそれだけなのだが、そのゆるさが妙に癒される。
アウトドア好きのサーヴァントたちが配信しているのもにはかなり本格的なものもあるので、もし今後、レイシフト先で一人森の中に放り出される機会があれば、ぜひ活用してみようと思っている。
この日チャンネルが合ったのは、これまで見たことのないチャンネルだった。
登録者数は一人。投稿数はまだ数個で、サムネイルを見る限り、そのどれもが焚き火動画というやつらしい。
焚き火を囲んで作業したり、話したりするやつだ。
最新のを開くとLIVEの赤い文字とマークが出ているから、過去のアーカイブではないらしい。誰かシミュレータでも稼働しているのだろうか。
どうしてそんな設定にしているのかわからないが、あまり天気が良くないらしく、霧で周囲の様子はわからない。
ただ薄暗い画面の中央に焚き火があって、その奥に人が座っているようだった。
「あっ!」
目が慣れてきてその人物がはっきりと像を結ぶと、藤丸は思わず驚きで声を上げた。
「デイビット⁉」
そこに映っているのは、少し前に最後の異聞帯で出逢い、そして結局たいして話さぬままに別れてしまったクリプター、デイビット・ゼム・ヴォイドその人であった。
彼は現在、黒のテスカトリポカが支配する死者の領域、ミクトランパにいる。
そのこと自体は、あの戦いの後カルデアに召喚されたテスカトリポカから聞いていたし、彼と話すときに時折り話題にのぼることもあった。
なにしろテスカトリポカはカルデア初の契約派遣サーヴァントで、普段からミクトランパとカルデアを自在に行き来しているのだ。
藤丸自身、ほとんど何もわからぬままになってしまったデイビットのことが気になっていたので、テスカトリポカから「元気にやっている」と話を聞くのは――死者の世界で元気とは矛盾しているようだが――慰めにもなった。
そのデイビットが、まさか焚き火配信をしているとは思わなかった。
あの地では対話するにも到底時間が足りず、多くの謎とその壮絶な信念だけを示して別れてしまった彼のことが、たとえ一方的でも少しは解るかもしれない。
そう思って期待と共に画面を見つめる藤丸であったが、一分経ち二分経ち、待てど暮らせどデイビットは一言も口を開かない。ただパチパチと炎の爆ぜる音が聞こえてくるだけだ。
その上話さないどころか、デイビットは身動ぎ一つせず、ジーっとただ焚き火を見つめていた。
ここまで何の動きもない動画は初めてだ。
コメントでも送ってみようか。いや、彼の手元には見る限り何の機材もないから、おそらくすぐには気づかないだろう。いやむしろ、カメラがあることを知っているのか……
ひょっとしてこれは、テスカトリポカによる盗撮なのでは?と藤丸が恐ろしい結論に辿り着きかけたとき、これまで微動だにしなかったデイビットがすっと視線を上げた。
『テスカトリポカ』
『よう、帰ったぜ』
地面に近いところに置かれたカメラにブーツを履いた足が映り込んで、次いで先ほどまで藤丸と一緒に周回していた低くて良い声をマイクが拾う。
『オマエ、またここにいたのか?』
『好きなことをしろと言ったのはおまえだろう。それで今……』
溜息を吐きながらそう言ったテスカトリポカがデイビットの隣に立つと、それを見上げていたデイビットがちらりとこちら、カメラの方に視線をやって口を開きかけ――
『んっ⁉ ……ぁ、て、テス、ッ!』
激しい口づけでもって、それを塞がれた。
「ひぇっ⁉」
高性能なマイクは舌が絡まる湿った音を拾い、藤丸は驚きのあまり小さく悲鳴を上げた。
咄嗟に動画を閉じることも忘れ、目を丸くして今カメラの向こうで起こっていることを見守る。
ひとしきりデイビットの口内を荒らしまわって満足したのか、ようやくテスカトリポカはがっちりと捕まえていたデイビットの後頭部を放すと、最後にちゅっと軽い音を立てて薄っすら赤みの差した頬にキスを落とした。
『それで、今は何をしてたんだって?』
打って変わって上機嫌でデイビットの隣に腰を下ろしたテスカトリポカは、気安げに彼の肩に腕を回しながら言った。
対してデイビットは、付き合いの浅い藤丸でも判る、思いっきり不満げな顔で、
『…………おまえがたまには何か違うこともしろと言うから、今、焚き火動画を撮っていたんだ』
『あ゛ぁ?』
以前、最近ノウム・カルデアで流行っているからと言って、カメラと機材を持ってきただろう、と言って
デイビットがカメラを指差す。
それに従ってこちらを見たテスカトリポカは次の瞬間、最初に彼と相対した時のように顔を歪め、
『お、っまえ! そういうことは先に言えよ!』
『言おうとした。それを邪魔したのはおまえのせいだ』
『ああクソッ! おい、まさかこれライブじゃねぇだろうな?』
『そのまさかだよ』
『チッ!』
ガラの悪い舌打ちが聞こえて、にゅっとこちらに手が伸ばされた。
大きな掌がカメラを覆い、次の瞬間にはブツリと映像が途切れて、何も映らなくなる。
「…………そういえばポカニキって、幸運Cだっけ」
どうやら彼らはこちらの予想以上に仲良くやっているらしい。次に彼がこちらにやって来たときはもっとたくさんデイビットの話を聞いてみよう。
そしてその前に、まずは何としても、この動画が消されてしまう前にカドックに見せなくては。
藤丸は端末を手に立ち上がると、
「唇のキスは愛情のキス」