一章
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あれから数年、成人してもなお、あの店で働き続けていた。
店主との契約通り、私はこの年になってもまだ身売りはしておらず、処女である。身体を売らないことはいいことなのだが、この歳まで相手が見つからないのもどうなのか……。
いつも通り事を済ませた部屋の掃除に向かう。
この後は食事を作らなくてはならない。
「掃除をしなきゃ」
掃除道具を持ち、部屋の方へと向かう。
あちらこちらから聞こえる話声、普段はそんなもの耳に入れど気にならない。
なのにその時、その部屋の話はなぜか意識が持っていかれた。
「……?」
不思議に思いながら音を立てないよう慎重に近づく。
耳を立てると話は聞こえる。
「なあ入れ墨の手掛かり掴めたか?」
「いいや、全然だ。陸軍の第七師団も関わっているって噂だ。下手に探れば殺されちまうよ」
「そうだな、だが金は欲しい」
ほんの少しだけ襖を開けて中を覗く。そこには常連客と店主がいた。
話を聞いているとそれがいかに恐ろしいかがわかる。
アイヌが集めた大量の金塊、その暗号は網走監獄の囚人に入れ墨として彫られているらしい。
何故私はこれを聞いてしまったのだろう。
「そこに誰かいるのか」
「っ!?」
早くこの場から離れなくては。
そう思ったとき、すでに目の前の襖は開かれてしまっていた。
「名前!お前!」
「しまった」
私は掃除道具を放り投げ、玄関へと向かう。
荷物を何も持たずに外に飛び出しどこに逃げればいいのかわからないまま走って逃げる。
足の速さには少し自信があった。
まだ寒い北海道の冬を羽織り一枚で出たのは我ながら馬鹿な決断だとは思ったがあのままあそこにいては殺されるだろう。
成人しても男に身を売らず炊事洗濯ばかりしている女、ああいった店的には邪魔だろう。
何度も店主に誘われた。
「顔立ちが整っているんだから体を売ればいい。そうしたら今よりもっと金が稼げるぞ」
最低な文言に身が震えた。数年前の私はなぜあそこを選んだのか、多分馬鹿なんだと思う。
「はぁっ…はぁっ…」
あいつらもしつこい。丸腰の女一人に銃持って、私は特別強いとかそういう訳では無いのに。
殺す気満々じゃないか。
「どうしよう……警察に行ったところでなにもならないし、誰に頼るべきなんだろう」
今の今まで仕事ばかりでまともな知り合いがいない私には匿ってくれるような場所がない。
建物の影からゆっくり移動する。
視界の端にとある男を捉える。
私娼窟で何度か見かけた、柔道耳と額のデコが特徴的な大男。
聞くに性欲は強いが、女に紳士的らしい。
あの人ならば、万が一あいつらに見つかっても返り討ちにしてくれるかもしれない。
私はその大男の元へと走る。
「助けてください!」
「ん、あんたは……」
「とある宿で雑用として働いておりました。聞いてはいけない話を運悪くも耳にしてしまい、口封じに殺されそうなのです。どうかこの哀れな私めを救ってくださいまし」
わざとらしくもほろりと涙を流すと、男は二つ返事で了承してくれた。
「あれが追手か?」
「はい。ですが、あちらが手を出さない限り私も何をするわけではありません。ただ逃げたいだけなんです」
「わかった」
先を歩く男の後ろを着いて走る。
しばらくすると、建物の中に案内される。
中に入り、男が襖を開けるとそこには白髪の老人がいた。
老人はなんとも美麗というか、若々しい雰囲気を漂わせていた。
男が老人の方へと向かい、小声で話し出す。
おそらく私のことを説明しているのだろう。
「なるほど……お嬢さん」
「はい」
「“聞いてはいけない話”というのをこの私に教えてはくれないか?」
「……はい、わかりました。私も襖越しに聞いていただけなのでどこか間違っているかもしれませんが、それでもいいのなら」
「あぁ、話してみてくれ」
私は先程聞いたアイヌの金塊の話を老人にする。
老人は一瞬驚いたような表情をしたがすぐに元の表情に戻る。
「お嬢さんが聞いたその入れ墨というのはこれのことだろう」
と、大男のスーツをおもむろに脱がせる。
ヤクザのもんもんとは違う変わった入れ墨が男の体に彫られていた。
「これが金塊の暗号ですか」
「そうだ。そこでだがお嬢さん、我々の仲間に入らないか?」
「仲間に?生憎ですが情報収集の為に身を売れと言うのならばお断りですよ」
「そんなことはさせない。逆に聞くが、働いていた店を追い出されたのだろう?行く宛はあるのか?」
「……いいえ、ありません」
「私にとっては捨て猫を拾うようなものだ」
「捨て猫……ふふ、わかりました。お仲間に入りましょう」
「男ばかりの空間に女が入るのはいいことだ」
「抱かせませんよ」
「手厳しい」
「私の名前は名字名前です。あなた方は?」
「土方歳三」
……土方、歳三?
「土方歳三って、函館戦争で戦死したんじゃないんですか……生きて……?」
「あぁ、網走監獄に投獄され囚人生活を送っていたよ」
「まさか、そんな……」
「嬢ちゃん、驚いてばかりじゃあ疲れちまうぜ」
「そ、そうですね。もう気にしないことにします。あ、あなたの名前は?」
「牛山辰馬だ」
「よろしくお願いします」
「よろしく」
「あと、私のお嬢さんって年齢じゃないと思いますよ。とうに成人済みです」
そう言って笑うと土方…さんはそうか、すまなかったと目を伏せ、笑った。
店主との契約通り、私はこの年になってもまだ身売りはしておらず、処女である。身体を売らないことはいいことなのだが、この歳まで相手が見つからないのもどうなのか……。
いつも通り事を済ませた部屋の掃除に向かう。
この後は食事を作らなくてはならない。
「掃除をしなきゃ」
掃除道具を持ち、部屋の方へと向かう。
あちらこちらから聞こえる話声、普段はそんなもの耳に入れど気にならない。
なのにその時、その部屋の話はなぜか意識が持っていかれた。
「……?」
不思議に思いながら音を立てないよう慎重に近づく。
耳を立てると話は聞こえる。
「なあ入れ墨の手掛かり掴めたか?」
「いいや、全然だ。陸軍の第七師団も関わっているって噂だ。下手に探れば殺されちまうよ」
「そうだな、だが金は欲しい」
ほんの少しだけ襖を開けて中を覗く。そこには常連客と店主がいた。
話を聞いているとそれがいかに恐ろしいかがわかる。
アイヌが集めた大量の金塊、その暗号は網走監獄の囚人に入れ墨として彫られているらしい。
何故私はこれを聞いてしまったのだろう。
「そこに誰かいるのか」
「っ!?」
早くこの場から離れなくては。
そう思ったとき、すでに目の前の襖は開かれてしまっていた。
「名前!お前!」
「しまった」
私は掃除道具を放り投げ、玄関へと向かう。
荷物を何も持たずに外に飛び出しどこに逃げればいいのかわからないまま走って逃げる。
足の速さには少し自信があった。
まだ寒い北海道の冬を羽織り一枚で出たのは我ながら馬鹿な決断だとは思ったがあのままあそこにいては殺されるだろう。
成人しても男に身を売らず炊事洗濯ばかりしている女、ああいった店的には邪魔だろう。
何度も店主に誘われた。
「顔立ちが整っているんだから体を売ればいい。そうしたら今よりもっと金が稼げるぞ」
最低な文言に身が震えた。数年前の私はなぜあそこを選んだのか、多分馬鹿なんだと思う。
「はぁっ…はぁっ…」
あいつらもしつこい。丸腰の女一人に銃持って、私は特別強いとかそういう訳では無いのに。
殺す気満々じゃないか。
「どうしよう……警察に行ったところでなにもならないし、誰に頼るべきなんだろう」
今の今まで仕事ばかりでまともな知り合いがいない私には匿ってくれるような場所がない。
建物の影からゆっくり移動する。
視界の端にとある男を捉える。
私娼窟で何度か見かけた、柔道耳と額のデコが特徴的な大男。
聞くに性欲は強いが、女に紳士的らしい。
あの人ならば、万が一あいつらに見つかっても返り討ちにしてくれるかもしれない。
私はその大男の元へと走る。
「助けてください!」
「ん、あんたは……」
「とある宿で雑用として働いておりました。聞いてはいけない話を運悪くも耳にしてしまい、口封じに殺されそうなのです。どうかこの哀れな私めを救ってくださいまし」
わざとらしくもほろりと涙を流すと、男は二つ返事で了承してくれた。
「あれが追手か?」
「はい。ですが、あちらが手を出さない限り私も何をするわけではありません。ただ逃げたいだけなんです」
「わかった」
先を歩く男の後ろを着いて走る。
しばらくすると、建物の中に案内される。
中に入り、男が襖を開けるとそこには白髪の老人がいた。
老人はなんとも美麗というか、若々しい雰囲気を漂わせていた。
男が老人の方へと向かい、小声で話し出す。
おそらく私のことを説明しているのだろう。
「なるほど……お嬢さん」
「はい」
「“聞いてはいけない話”というのをこの私に教えてはくれないか?」
「……はい、わかりました。私も襖越しに聞いていただけなのでどこか間違っているかもしれませんが、それでもいいのなら」
「あぁ、話してみてくれ」
私は先程聞いたアイヌの金塊の話を老人にする。
老人は一瞬驚いたような表情をしたがすぐに元の表情に戻る。
「お嬢さんが聞いたその入れ墨というのはこれのことだろう」
と、大男のスーツをおもむろに脱がせる。
ヤクザのもんもんとは違う変わった入れ墨が男の体に彫られていた。
「これが金塊の暗号ですか」
「そうだ。そこでだがお嬢さん、我々の仲間に入らないか?」
「仲間に?生憎ですが情報収集の為に身を売れと言うのならばお断りですよ」
「そんなことはさせない。逆に聞くが、働いていた店を追い出されたのだろう?行く宛はあるのか?」
「……いいえ、ありません」
「私にとっては捨て猫を拾うようなものだ」
「捨て猫……ふふ、わかりました。お仲間に入りましょう」
「男ばかりの空間に女が入るのはいいことだ」
「抱かせませんよ」
「手厳しい」
「私の名前は名字名前です。あなた方は?」
「土方歳三」
……土方、歳三?
「土方歳三って、函館戦争で戦死したんじゃないんですか……生きて……?」
「あぁ、網走監獄に投獄され囚人生活を送っていたよ」
「まさか、そんな……」
「嬢ちゃん、驚いてばかりじゃあ疲れちまうぜ」
「そ、そうですね。もう気にしないことにします。あ、あなたの名前は?」
「牛山辰馬だ」
「よろしくお願いします」
「よろしく」
「あと、私のお嬢さんって年齢じゃないと思いますよ。とうに成人済みです」
そう言って笑うと土方…さんはそうか、すまなかったと目を伏せ、笑った。