恋の予感は狂気 伊藤夢
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あれから伊藤くんに話し掛けられても碌に口を効かないまま、とうとう放課後になってしまった。
「ねぇ、美和子……いい加減、機嫌直してよ」
終礼も終わり大半の生徒が教室を出ていった頃、帰る準備をする私にコソッと話しかけて来た。
「待って、今検証中だから」
「……け、検証って一体何のかな」
「恋の予感」
「……へ?」
「それで鼻の下を伸ばす人がどれくらいいるのか、私が今確かめてるところなの。多分数日は掛かると思うから、その間は邪魔しないで欲しい」
言葉の意味を探すように一瞬動かなくなった伊藤くんの隙をついて教室を出て行った、その直後
「……エ、は?……ってオイ、 美和子!?」
悟ったように変わった声色が耳に入ってきた為、思わず走ってはいけない廊下を走って逃げた。
あー、久しぶりに本気で走った……疲れた。
深呼吸をしながら下駄箱で靴を履き替えていると、良い所に今井くんと谷川くんがやってきた。
2人の視線を感じたのでチャンスと思い、去り際にわざとハンカチを落としてみせる。
さすれば気付いた何方かが拾ってくれるわけだ。
「おっと、落としましたよ」
「有難う御座います」
今井くんからハンカチを受け取る時にそっと指に触れると、2人の口から「あっ」と溢れ落ちる。
透かさず「恋の予感……」と呟こうとした瞬間、大きくて無骨な手がギュッと私の両手を取った。
「……ぇ!、ちょ!あ、あの……?」
思いもよらない展開に心が騒ついた。
「チョッ、今井さん!?どーしたんスか」
きっと今井くんの衝動的な行動だったのだろう。
谷川くんですら慌てふためいてる様子だった。
「美和子さん……!実はボク、前々から貴女の事が気になっていました!これも何かの縁、宜しければ今度ボクとデ、デ、デデデデート!しませんか……!」
グワッと凄まじい気迫に本気度が窺える。
一方で先程から私の手の感触を確かめるかのように、にぎにぎと必要以上に動いている今井くんの大きな手。
それにはどうも耐えられそうになかった。
「ひ……わ、私は全く気になってません!!」
手を振り解いて逃げるようにその場を後にした。
辿り着いた校庭で大きく乱れた呼吸を整える。
嗚呼、なんかどっと疲れた。まさかあんな事になるなんて思ってなかった。
まるで返り討ちにでも合った気分だ。
そうやってゆっくりと歩きながら部活動する生徒達を何の気無しにボーッと眺めていた時だった。
野球部の「危ない!!」という声に気付いた時には、既に目の前にまでボールが迫ってきており
「ッー!!」
も、ダメだ、打つかる……!!
咄嗟にギュッと目を瞑り肩を竦めた瞬間だった。突然、凄まじい力に身体がグイッと持ってかれた。
覚悟した筈の打撃を受けず恐る恐る目を開ければ
「……何やってんだ、テメーは。死にてーのか」
そこには最近隣のクラスに越してきた中野くんの姿があって、私の腕をしっかりと掴んでいた。
予想外でドラマチックな展開に心拍数が上がる。
「あ、ありが……」
一瞬検証を忘れそうになるがハッと思い出す。
じゃなくて、こういう時こそあの台詞でしょう!
「こ、恋の予感」
「……ナンダソリャ」
「つまり、その……恋が始まる予感てこと」
「だからナンナンダヨ、ソリャァよォ」
眉間の皺を深くしていく彼に怖気付いた私は
「あ、いえ、その……助けてくれて有難う」
お礼を言って、そそくさと校門を出た。
危なかった……本当に危なかった!!
検証するにはこれとない最高のシチュエーションだったんだけどなぁ、なんせ相手が悪かった。
クールな中野くんの反応なんて考えたらわかる事だったのに……
シチュエーションという恋愛には欠かせない魔法によってこっちがトキメキ掛けた。
伊藤くんがいるのに浮気し掛けた(言い過ぎ)。
それにしても今のところ伊藤くんみたいに鼻の下伸ばす人はいなかったなぁ……。
三橋くんには馬鹿にされるし、今井くんのは何故か恋の予感って言う前に手握られちゃったから検証外だし。
中野くんに至っては照れもなければ突っ込みすら無かった……私が可笑しな人みたいになってた。
ん?それってやっぱり伊藤くんという男が女子に弱いって事?……それとも私に魅力がないって事?
うーん、と俯きながら考えていると前方からやってきた人とすれ違いざまに肩が打つかってしまう。
「イッテ」
発せられた声から男だと認識した瞬間、チャンスとばかりに顔を上げながら「あ、恋の予感……!」と発した時に初めて相手の制服が目に入った。
ーー……うッ、うわ!しまった…!開久…!
よりに寄って極悪非道で有名な開久高校の生徒である3人組と打つかった。
その上、挑発とも言えるような台詞を結構な勢いで投げ掛けてしまったではないか。
「いえ、ぁの……すみません、間違えました」
一礼してその場から一刻も早く離れようとするが
「そりゃねーぜ、ネーチャンよォ」
「誘ったのはそっちだろ?相手してくれよ」
「結構、可愛い面してんなァ」
囲うようにして壁際に追い込まれてしまった。
「ま、待って下さい……あの、ごめんなさい……!本当に間違えてしまって、だから私行かなきゃ」
逃げ場を失えば緊張感が最高潮まで達し、普段は気にならない心臓の音が鮮明に聞こえ始めた。
え、私は死ぬの?ここで死んでしまうの?
「恥ずかしがらなくてもいいぜ、俺もアンタに恋しちゃったんだからよー。お、て事は!お互い両想いってヤツならチューしなくちゃな……へへ」
すると伸びて来た無骨な手に頬を挟み上げられると
「やめ、むふぅッー…!」
頭を壁に押し当てられながら唇が近付いてくる。
逃げるように首を振ろうにも掌で男の身体を押し返そうにも、力の差があってとても出来ない。
嫌悪感と屈辱感が押し寄せれば息が詰まった。
そんな恐怖心に耐え切れず目を瞑ろうとした矢先、飛び込んできた光景には思わず息を呑んだ。
男の肩を強く掴む伊藤くんの姿があったからだ。
「やめてくんない?」
貼り付けたような笑顔、目が笑ってない。
「ァアんッ?!なんッ……伊藤!へへへ、なんだよ……お前1人で
「出来ればアンタらとは揉めたくねーケド、その汚い手離してくんないんなら容赦はしねーよ」
「テメー……随分、余裕じゃねーか」
器用にも私を壁に押し付けたまま、空いてるもう一方の手で伊藤くんの胸倉をグワッと掴んだ。
お互いが鋭い目付きで暫く睨み合っていると
「オイ、やめろ。今は他校とも揉めてんだ。ここで伊藤と揉めるってコタァ……今井は兎も角、三橋や中野も絡んでくんだろ。そうなりゃ面倒だぜ」
「そーだよ、行こーぜ」
幸いな事に他の開久メンバーは乗り気じゃない様子だった。
「チィ……しゃーねぇ、覚えてろよ」
そう言って渋々手を離すと開久は撤退していった。
