頼れる隣人さん 中野夢
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「え、それってさ……襲ってきた男に自分が出入りしてるって思わせる為だったんじゃない?」
チョコレートパフェを突きながら恵みが言った。
学校帰りに寄った喫茶店で先日の出来事を恵に話すと、なんとも思いがけない返答が返って来た。
こないだ偽宅配業者から私を助けてくれた中野くんが、部屋には上がらないのに何故か玄関までは入って来た事が、どうにも不思議でならなかった。
あんな事があったと恵みに言えば心配するだろうから話すつもりは無かったけど、中野くんの行動の意味が気になって彼女にも意見を聞いてみたのだ。
案の定「だから言ったのに!用心しなきゃ!」と叱責されてしまったけど、経緯を話していく内に
「……へぇ、やるわね。中野って男。
惚けた表情で何処か嬉しそうにしていた頃、中野くんの不思議な行動について恵に意見を聞いてみたんだけど……
彼女の言ってる意味がよく分からない。
男に中野くんが出入りしてるって思わせる為って?
「どうしてそんなこと思わせる必要があるの」
「アンタバカねーそんなの決まってんじゃない」
「……バカって、なによ」
「女の部屋に男が出入りしてるってわかったらフツー2度と行かないわよ。現に返り討ちに合ってるし、それも喧嘩慣れした不良が相手じゃあね……」
その言葉にコーヒーを啜る私の手が止まる。
確かにあの時、中野くんは廊下から男がいなくなったかを確認してから私の部屋を出ていった。
それなら彼が起こした謎の行動の辻褄が合うけど……
「な、なんで?」
「流石にそれは私に聞かれてもわかんないわよ」
「う、……そうよね」
「まぁ、でも予め1人暮らしかどうか聞かれてたんでしょう?だったら隣人が事件に巻き込まれると寝覚めが悪いか、ただのお人好しか。或いは……」
ーー……美和子、アンタに気があるか。
イヤァ、流石にそれはないだろう……。
きっと私が中野くんの話ばかりするから、彼の事が気になってるって察した恵がただ愉しんでいるのだ。
彼女は浮ついた話が好きだから話を盛り上げようとするところがある。故に真に受けられない。
中野くんが私に気があるなんて、有り得ない。
そんなの……ない。
「……無い、無い!」
アパートの2階にある自宅の前で、鞄の中身を辺り一面に散乱させていた私が思わず大声を上げる。
幾ら探しても家の鍵が見当たらないのだ。
ど、何処かに落としたのかもしれない。
「もう〜、何処に……あっ」
そう言えば今日は教室を出る前に鞄の中身を整理したんだっけ。
家の鍵は大切だからって一旦、机の中へ入れて……結局、そのまま忘れてたかもしれない。
……きっとそうだ、早く取りに行かなくちゃ!
散乱した物を急いで鞄に戻すが、ふと左腕にある時計へ目をやると針はもう直ぐ20時を回る。
「え、もうこんな時間……!」
今日は恵と話し込んじゃったからなぁ。それでも完全に日が落ちる直前に何とかアパートまで帰って来れた、と思ったらこれだもん……。
鍵を探してる間にスッカリ日が落ちてしまった。
この辺りは街灯も人通りも少なく、夜は不良が多い。
引っ越してきてから1度だけ帰宅が遅くなった時には、付近に不良が大勢で屯していて、アパートに辿り着くまでかなり苦労した覚えがある。
「あー……どうしよう、やだな。もうー、よりによって、なんで家の鍵をわすれちゃうかなぁ……」
今直ぐ学校に戻ればまだギリギリ間に合うけど、不良に絡まれるのだけは何としてでも避けたい。
そんな時にふと恵が言ってた言葉を思い出す。
『確かめてみたら?アンタが困った時に彼に頼ってみて、助けてくれるかどうか。特に困ったことや頼み事が無いなら別に作っちゃえばいいじゃん』
『え、作るって?なにそれ……』
『何でもいいのよ。ただポイントは面倒で下らないよ。出来るだけ“面倒な″お願いを頼むの。それで助けてくれたらアンタの事、嫌じゃないのよ』
『め、面倒なお願いなんて出来ないよ』
『だから確かめやすいんじゃない!つまり、その内容が下らなければ下らないほど、面倒なほど美和子に対する気持ちが大きい証拠になるのよ』
とか言ってたな……流石に作るのは良く無いだろうけど、正直今は結構真面目に困ってるんだよね。
それにこれって私にとっては一大事だけど、中野くんからすれば恐らく下らない内容だろう。
ましてや他校まで付き添ってくれだなんて、面倒過ぎる。
しかし、だからこそ試す条件は揃っている。
隣の部屋の窓をそーっと覗き込む。
中野くん、未だ帰ってきてないのかな。一緒に来てくれないかなぁなんて思ったけど…
明かりも無ければ給湯器が動いてる様子もないし。
「……嗚呼、もう。ダメダメ。そんな都合よくいくわけないよね、私ったら図々しいにも程がある」
恐怖心を押し殺して1人で学校へ行くんだ。
そう意を決して勢い良く振り返った時、ちょうどタイミング良く階段を上ってくる中野くんの姿が。
「あ!中野くん……!」
「……何やってんだ、テメーは。人ん家の前でコソコソしちゃってよ。趣味ワリィ女だぜ」
今、目の前にいるって事はこれも何かの縁だ。
折角だしダメ元でお願いしてみようかな。
やっぱり出来れば一人で行きたくないし……。恵の言ってた件も気にならなくはないから。
……えぇい!もう、聞いちゃえ!
「あのね!家の鍵を学校に忘れてきちゃって…… それでその、この時間帯の学校までの道のりは1人じゃ心細いから……だから、ね。な、中野くんに一緒についてきて貰えないかなぁ、なんて……あはは」
拝むように手を合わせてチラッと視線を向ける。
「……ハァ?何で俺が付いてかなきゃいけねーんだよ、軟高のヤツ等にでも頼めばいいだろーがよ」
呆れたように笑う中野くんが家の鍵を開けた。
ぐぅ、そうなるよね……わかる。わかってる。それが普通の反応だってことくらい十分理解してる。
だけど私は中野くんにお願いしたいの。
「だって皆は実家暮らしだから、頼みにくいし……それに軟高には頼れるって感じの人いないから」
彼がドアノブに手をかけても尚、背後から付き纏うような形で必死に食らいついて懇願する。
「知るかよ、三橋にでも頼みゃいーだろ。普段からエバッてんだぜ、嘸かし頼りになるだろうよ」
「私、金髪で自分の事かっこいいと思ってるザ、ウェーイ系の不良は特に苦手だから嫌なの!」
「ナンダソリャ、別に伊藤でもいーだろ」
「彼女が元ヤンだから関わりたくないもん……」
「ぁあ?ナンナンダヨ、テメーは」
「んもー!だから私はッ中野くんが!いいの!」
ダメ元でと始まったお願いも心に嘘はつけず、必死になっていた所為か思わず本音が出てしまう。
告白めいた自分の台詞にハッとした私が手で口を押さえるが時既に遅く、ガッチリぶつかった視線から逃げられなくなると鼓動が速くなっていく。
瞬く間にカァーっと顔が真っ赤になるのは当然で、恥ずかしさの余りこの空間だけ時の流れが止まったかのような感覚に陥ってしまった。
妙な空気が流れる中、顳顬をひと掻きする彼が
「……ソリャ、ドーモ」
そうやって一言だけいうと部屋へ入っていった。
「…え、あ!待っ、ごめん」
し、しまった……!余計なこと言っちゃった!ていうか気持ち確かめるつもりが伝えてどうするのよ!
恥ずかしさの余り半べそかく私は、先の恐怖心よりも今の羞恥心の方が迚も耐えられそうにない。
逃げるようにして階段を降りようとした時だった。
ガチャっとドアの開く音がしたので思わず振り返ると、手ぶらになった中野くんが出て来た。
そして呆然とする私を追い抜いてスタスタと階段を降りて行くではないか。
「中野くん……?」
そうやって黙々と最下段まで降りると、漸く振り返った中野くんが怠そうに此方を見上げて来た。
「……オイ、何ボケェッと突っ立ってんだよ。行くんじゃねーのかよ」
「え……い、一緒についてきてくれるの?」
「テメーがそう言ったんだろ」
その言葉にパァッと表情を明るくする私は滑稽なほど単純で、誰がどこからどうみても恋してる。
「行く……!」
まだ少し時間は掛かりそうだけど……
もっと2人の距離が縮まりまように。
