頼れる隣人さん 中野夢
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「ほらね、なんとも無かった」
普段通り不良達を躱しながらアパートに帰宅すると、部屋の隅に畳んである布団へと倒れ込んだ。
噂に対してみんな大袈裟なんだからマッタク。
それにしてもだ。中野くんと、恵の1人暮らしかという質問のタイミングが幾ら何でも一緒過ぎる。
もしかして彼も又、あの噂を知っていたから?
つまり……私を気にかけてくれてるってこと?……いや、まさか。そんな事あるはずない。
だって苦手な不良の中で幾ら私が気を許し始めている唯一の人物だったとしても……そんなの中野くんにとっては関係ない。
自分の仲間以外を助けるようなことはしない。
ましてたまたま隣に住む女なんて眼中にさえないだろう。
しかしそうなればそうなる程、本当にどうしてあんな事を聞いてきたのかが気になって仕方なくなる。
……うーん、あれは単なる世間話だったのかな?
そりゃ最初は女性に1人暮らしかどうか聞くなんてって色々疑ったけど……よくよく考えてみたら比較的顔を合わせるお隣同士の会話なら別に可笑しくない。
何より私達は学校は違えど同い年の高校生だ。
ただ何となくで、そんな他愛のない話もするだろうし……。
良くも悪くも私が過剰に意識し過ぎたのかもしれない。きっと何か意味があっての質問なんだと。
今もそう、中野くんも不良なんだからって……自身に言い聞かせなきゃならないって事は、やっぱりどこかで期待してしまってる自分がいるのだ。
考えれば考えるほど頭が痛くなっていった。
…嗚呼もう、やめたやめた。考えるだけ無駄だ。
もう余計な事を考えるのはやめてお昼寝しよ。
そうやってウトウトと意識が遠のき始めた頃だった。「檜山さん、宅急便でーす」と言う声に起こされた。
なんだろう、親からの仕送り?にしては前の仕送りから間隔が開いてないから違うだろうし……。
うーん、何か頼んでたっけ?
そんな事を思いながら玄関のドアを少しだけ開けて宅配業者の男を確認するが、その手には何も持っていないことに違和感を感じた瞬間だった。
「ぁ、キャアッ……!」
突然ドアノブを引かれ身体が持ってかれる。
ヤバイと感じた私が反射的にドアを閉めようとするけれど、隙間から入ってきた足に阻止された。
そしてドアを抉じ開けるように手が入ってくる。
「やッ、やめて!!なんな、の……!」
必死に両手でドアを押さえていると、宅配業者を装った男が鼻息を荒くして隙間から顔を覗かせた。
「アンタさァ、スッゴク僕のタイプなんだよね。一回でいいからさ……ね、ね?やらせてよ、ね」
その瞬間、腹の底からゾワゾワと何かが這い上がってくるような、今まで経験したことのない恐怖と嫌悪感に見舞われた。
狼狽する私を見てニヤリと不気味に笑う男が更に力を込めれば、グイッーとドアが押し開けられていく。
まるで今まで本気を出していなかったようだ。
「ィヤ……!あ、やだ!助けてッ……!」
諦めずにドアノブを離さない私が、引き摺られるように玄関の外へと半ば身体が出た時だった。
突然「オイ」とドアの向こう側から聞こえてきた。
男が声のした方へ振り向いたその瞬間、顔面に衝撃を受けた拍子に私の視界から消えていった。
すると外側から掛かっていた力が突然フッと無くなった所為で、バタンッ!と勢い良くドアが閉まる。
遮断されたドアの前で私は呆然となっていた。
あ、あの声は中野くんだ……。
顔は見てないけど、すぐに誰だかわかった。
ただ一体何が起きたのか一瞬の出来事過ぎて理解できなくて、少しだけ開けたドアの隙間から恐る恐る廊下を覗き込んだ。
視線の先には呻き声を上げながら悶える男の姿。鼻からは滴り落ちる鮮血が目に留まり、思わず「ひっ」と声が出しながら後退りした弾みに上がり框へと尻餅をついてしまった。
今まで避けてきた光景が突然目の前に広がり、身体が緊張状態になってクラッと眩暈さえもした。
「ックソ……なんなんだよ、アンタはッ」
「消えろ」
2人のやり取りのする声が外から聞こえてきた直後、中に入ってきた中野くんがドアを閉めた。
「中野くんッ……!」
普段と変わらない中野くんの顔を見た途端、安堵の感情が不思議と喉の奥から込み上げてきた。
不良相手にこんな気持ちは初めてだった。
「ヘーキか、オイ」
「うん、有難う……」
緊張の余韻というものが直ぐに抜ける筈もなく、腰を抜かしたまま先ほど男を殴ったであろう彼の右手へと視線がいく。
血がついてない事にほっと胸を撫で下ろした。
その後も中野くんは特に部屋に上がるわけでもなく、ただその場で壁に凭れ掛かったかと思えば小さく溜息を吐く。
「お前、もっと用心した方がいいぜ」
「え……」
「ボケェとしてっから、こないだも部屋間違えんだよ。チッタァ危機感もったらどーだ。じゃなきゃいつか泣きを見ることになるぜ」
いや、私が危機感持ててないって……まさか。そんな筈ない。だって此処に引っ越しが決まった時からこれまでずっとずーっと対策してきたんだから。
不良という定義から不良が守る仕来りまで。先ずどういう人達なのか、何故そうなったのか……。
不良については兎に角、有りとあらゆる手段を尽くしてやってきた。だからーー…………
……あ、よくよく考えたら不良の事ばかりだ。
それって詰まり、不良が苦手ということを意識し過ぎるあまり他が疎かになっていたということ?
……よくよく考えてみると、偽宅配業者が来た時も特に覗き穴で外の様子も確認しなかったし、チェーンだって掛けず何の迷いもなくドアを開けた。
恵の忠告もあったから用心出来た筈なのに。
「た、確かにそうかも……今後は気をつけるね」
だけど中野くん……それを
だったらこれは親密度を高める為のチャンス。
先程の余韻から未だに震えの止まらないこんな状況でも、彼に対する高揚感は確かに存在していた。
もっと仲良くなりたいと、そう思わせてくる。
「せ、折角だから上がってく?お礼といえるほどじゃないけど……その、お茶くらいは出すよ?」
意を決して誘ってみるけど、当の本人はというと先程からドアを開けて外の様子を確認している。
「もう用はねーよ」
そう言うとさっさと部屋から出て行ってしまった。
