頼れる隣人さん 中野夢
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「美和子、一緒に帰ろーぜ」
「え……ぁ、いや、その……ごめん、今日も急いでるから、一緒には帰れないっ!そ、それじゃ」
佐川くんの誘いを断ってそそくさと教室を出た。
冗談じゃない。だって佐川くんはどっからどう見てもちゃんとした不良だ。
あんなのと一緒に帰ったら目立って仕方ない。
つまり出来ればこの調子で、後少しの高校生活を問題なくただ平穏にやり過ごしたいわけだ……。
それだけが私の切なる願いなのである。
頼れる隣人さん
最近、訳あって1人でこの街に引っ越してきた。
新しく通い始めた軟葉高校にも慣れてきたし、小学生の頃から仲の良かった恵が偶然軟高だった事もあって、苦手な友達作りも苦労せずに済んでいた。
ただ……ひとつだけ気掛かりな事があった。
それはこの辺りには不良高が多いということだ。
しかもよりによってその気掛かりは、私にとっては問題が大き過ぎた。
何故ならば私は不良という類が大の苦手だから。
所謂、青春時代である高校生活が脅かされるのだけは何としてでも避けたい。
この地域に引っ越す事が決まった当初から、トラブルに巻き込まれないよう未然に防ぐ為、近辺の高校に関しては、それはそれは調べに調べ尽くした。
私が通う軟高も典型的な不良高という調査結果だったが、実際に通ってみると
学校生活というカテゴリーにおいては安心とまではいかないけれど、逆に心配し過ぎる要素もなさそうだった。
問題は校外にある男子校の紅高と開久である。
不良の数は両校とも軟高を上回り紅高はトップを始めバカの集まりで有名らしく、開久に至っては絶対に関わってはいけない悪の巣窟だとか。
内側が見えないからこそ、悪い想像も膨らむ。
つまり私の高校生活は学校を出てからが勝負だ。
如何にして他校の不良達と出会さないよう、目をつけられないように上手く自宅と学校を行き来するか。
常に気を張って登下校しなければならない。
だけどそれも、ほんの少しだけの辛抱。自宅であるアパートにさえ戻ってしまえば関係のない話だ。
だから頑張ろう……そう思っていたのに。
アパートに引っ越してきた日、挨拶にいく前に念には念をと隣人について大家さんに尋ねてみた。
すると隣に住んでいるのは中野という男で、彼もまた数ヶ月前に此処に入居し始めたばかりらしいが……どうやら今はあの紅高に通っているんだとか。
嗚呼、よりによって紅高……先が思いやられる。
此処へ来てから今日で1ヶ月も経つというのに、恐怖で未だにそのお隣さんには挨拶へ行けていない。
幸いにも未だ彼とは一度も鉢合わせた事がなかったので、気不味い雰囲気になってはいないが……
まぁ、しかしそれもきっと時間の問題だろう。
故に今はアパートへ帰る事さえも憂鬱なのだ。
「あー、今日もやり切った」
恰も誰かに追われているような、そんなコソコソとした素振りで今日も無事にアパートに到着したが、数名の男達が階段の前で屯しているではないか。
…フフフ。でも大丈夫、不良に屯は付き物。
こういう時の為に階段が2箇所あるアパートを選んでいたのだ。
そう、反対側の階段から行けば済む話、天才。
いつもとは違う反対側にある階段をなるべく音を立てずにそーっと登っていると、突然階段の下で喧嘩が始まった。
男達の上げる怒号に驚いた私が慌てて一気に階段を駆け上がり、一目散に自宅のドアを目指す。
しかしこういう時に限って鍵がなかなか開かない。
「や、やだ……ちょっと、なんなの……!」
焦りながらドアノブを何度も何度ガチャガチャとやっていると、何故かいきなり内側からドアが開いた。
そして中から茶髪の男が煩わしそうに出てきたのだ。
紺のネクタイを緩めながら出てきたその人は、青い制服から察するに紅高の中野という男だろう。
そう、私は自分の部屋のドアと間違えたのだ。
「何だ、テメーは」
此方に向けられた鋭い目付きにビクッとなる。
「ご、御免なさいッ!隣と間違えました……!」
深々と頭を下げ、やり過ごそうとするも……リサーチし過ぎた情報が一気に頭の中を駆け巡る。
基本的に不良という生き物は上下関係がきっちりしていて、礼儀を弁えない輩が大嫌いとあった。
もう既に1ヶ月も経っているため手遅れかもしれないが……
恐らく私は今このタイミングを逃してしまえば、この先もきっと永遠に挨拶できないままだろう。
そうなれば隣に住んでいながら、挨拶の1つもできない非常識な女というレッテルが確実に貼られてしまう気がする。
つまりそれは何れ、この人に……中野くんに締め上げられるかもしれないという恐怖に怯えながら、今後生活していかなければならないということだ。
そ、それだけはダメ!だって唯一のオアシスが!家での生活が脅かされるのだけは耐えられない!
アパートより外の世界は兎も角……せめて
「ーー……ま、待って!」
覚悟を決めた私が今にも閉まりかけのドアのノブに勢い良く掴み掛かると、思い切り引っ張った。
「テメッ何のつもりだよ、オイ」
「あのッ……この機会にご挨拶を!」
「は?」
「せ……先月、隣に引っ越して来ました檜山 美和子と申します……今は軟葉高校に通っております!挨拶が遅くなりまして申し訳ございません……以後このようなことが無いよう、気を引き締めて参りますので、どうぞ宜しくお願いします!」
有無をも言わぬ間に一気に挨拶をするが、相手の興味無さそうな表情に気付くとハッと我に返る。
「ぁ……あの、では失礼しました」
気不味くなり自宅へと逃げるように入った。
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