掌の温もりよりも 中野夢
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「え、っと…どうしたの」
半ばだった身体の向きが完全にこっちを向いた。
衝撃の余り言葉が出ない俺は、依然として目を丸くする美和子に視線を当てたまま言葉を探す。
クソ、何か答えろ。
じゃなきゃ
……ソーダ、ソーダヨ。…借りだ、俺はこのネーチャンに借りができたのが気に入らねーんだ。
今逃しゃ2度と会えない。つまり、この先借りを返せなくなってしまうから思わず引き止めた。
今直ぐにでも返さなきゃ納得いかねーんだ。
……………いやいや、待て。
そもそも誰が慰めてくれって頼んだよ、この女が勝手に余計なマネして来やがったんじゃねーか。
だったらコリャ、借りでも何でもねーだろ。
ケド、そうなれば俺が無意識のうちに女を引き止めていた理由の説明がつかなくなってしまう。
ただひとつだけ解っている事は、この女によって一度は解熱された筈の身体が何故か再び熱を帯び始めており、苛立ちが増している事くらいだ。
…熱い、熱いぜ。アドレナリン分泌がエグい。
このままではケンカ時にも似たこの高揚感に理性が呑み込まれてしまいそうで、かなり危険だ。
「…ねぇ、大丈夫?やっぱり具合悪いの?」
再び心配そうにしゃがみ込んできたのを尻目に
「…何でもねーよ、どっかいけ」
最終手段といってもいい、漠然とした台詞を使わされるハメになるとは思いもよらなかった。
兎に角、今はマズイ…これ以上は近寄らせるな。
何が衝動の引き金になっても可笑しくないこの状況、下手にこちらからは行動を起こせない。
普段は感じる事のない異質な緊張感に免疫など無く、堪えられなくなった俺は視線を逸らした。
「…だけど具合悪そうよ」
気付くと眉を落とした美和子の顔が直ぐ其処にあって、背中には再び手の温もりが戻っていた。
瞬間血圧がぐんぐんと上昇していく感覚に腹底から疼きを感じ、咄嗟に美和子の手を振り払う。
「触ってんじゃねーよ、テメーはァ…!こっちはよォなんだか知らねーケド、無性に今身体が熱くなってんのよ…だからとっとと消えろっつー…」
すると言葉を遮るようにして伸びてきた手が、ピタッと額に張り付いたではないか。
「…ッな、オイ」
「わ、確かに熱い…けど熱はどーかな」
一瞬だけ冷たい感触がヒヤリと伝わってくると心地よさすら感じてしまいそうになる一方で、相変わらず体内ではどんどんと苛立ちの熱が生み出されるも、発散出来ないままに渦巻いていった。
「うーん、熱はないと思うけど…傷もあるし、熱があったら大変だからちゃんと確かめなきゃ」
確かめるようにもう一方の手が伸びてきた瞬間、今度は掴み掛かるようにガシッと受け止める。
そして、そのままグイッと乱暴に引き寄せると
「…テメェ、マジでそれ以上俺に触れてみろ…今すぐここで張っ倒してやるよ…」
壊れそうな理性を必死に抑え込んでいる所為で、絞り出すような声が普段よりも威圧的になる。
「…ちょっ、まさか。君はそんな事しない。負傷してるし…それに、そんな事するような人なら、もうとっくに私に危害を加えてるでしょう?」
逸らす事なく此方に向けられた真っ直ぐな目は、平静を装ってはいるが微かに瞳が揺れていた。
「ククク…正気か、テメーは。俺がそーゆーふうに見えんのかよ、平和ボケした真面野郎によ。なんなら試してみるか?ケド、アンタ…どーなっても知らねーぜ。今の俺はどーかしてるからな」
不敵な笑みを浮かべながら手に力を込めれば、息を漏らした美和子が瞬く間に顔を歪ませる。
素人を脅すには充分だった。嫌、充分過ぎた。
「ッな、冗談はやめてったらッ…!」
そうやって発せられた声は確かに震えており、隠しきれない恐怖心と共に俺の手を振り解くと、反動で背後へと美和子がバランスを崩していく。
さすれば当然、防御本能による反射運動が働き
「ぁ、わッ…待っーッ」
「ォオッ…?!」
突然目の前に伸びてきた両手が俺の胸倉をガシッと掴んだかと思えば、次の瞬間には美和子の全体重の掛かった力に身体が持ってかれてしまう。
完全に倒れ込む寸前の所で何とか両腕で支えはしたものの足では踏ん張り切れず、一時は美和子が尻餅を付いた上から軽く覆い被さる体勢となるが、雨上がりの冷やりとした地面が尻でも刺激したのだろう。
「わ、冷たいッ!」
悲鳴と共に飛び上がると、有ろう事か今度は勢い良く首元へとしがみついて来るではないか。
そうやって結果的に辿り着いたのは、後ろ手に付いた俺の身体の上から美和子が抱き付いた体勢。
無論、側から見れば体裁はかなり良く無かった。
「な、にしてくれてんだ…クソオンナァ…!」
「ひ、ごめッ…だってお尻が濡れてッ…!」
慌ててパッと首から手は離したものの、余程濡れたくないのか身体を退けるのに手間取っている。
「今直ぐ離れねーとブチ殺すぞ…!」
モタモタする女を力尽くで引き剥がす事など物理的に考えれば容易に出来る、が身体が動かない。
と言うよりも、動かしてはいけない気がした。
交感神経が心臓を支配する事で齎した疼きによって呼吸はすっかり上がっており、今では理性で堰き止めていた筈の本能が徐々に溢れ出している。
自から美和子に触れれば終わりだと気づいた。
ケンカ以外で、こんな感覚は初めてだった。
このままじゃヤバイという事だけは理解出来る。
クソ、誰か止めてくれ。今の俺は相当ヤバイ。
血の巡りが良くなって再び外傷が痛み出せば尚更、生き残る為の性本能が心身ともに支配されクラッと眩暈がしそうになった、正にその時だ。
「中野ォー!」
聞き慣れた声が瞬く間に耳の奥を突いた。
「こんな所にいたのか!探したぞ、遅ぇから迎えに…ってあれ?…え、なに…どういう状況?」
救世主の如く現れた村井によって正気を取り戻した俺が、美和子の身体をグイッと押し退けた。
「あ、わ…ちょっ、酷い」
冷たい地面に倒れ込むように美和子が着地した。
そんな俺達2人へ交互に向けられる村井の視線。
イヤな予感がする中、徐に立ち上がった瞬間…
「もしかして邪魔しちまったか…なぁんて」
惚けた表情してフザケた事を吐かしやがるから
「んなワケねーだろが、ボケェ!!」
そう言い放つと俺は2人を残して歩き出した。
「オ、オイ…、中野…!」
ダチの呼び止める声すら普段よりも気に触る。
「どーしたんだよ、中野チャン。何マジで怒ってんだよ。…アンタ、大丈夫か?…悪かったな」
「あ、いえ…平気。…中野くんって言うんだ」
「えっと、察するに…アイツが世話になったようで…、本当に助かりました。…それじゃぁ」
遠のいていく2人の会話が背後から聞こえなく無った頃、漸く追いかけて来た村井が顔を出した。
「待ってくれよ、中野…!あのネーチャン、一緒に居てくれたんだろ?良かったのかよ、あれで」
「うるせーよ」
関係ねーだろ、もう会わねーんだからよ。
もう2度と会う事はないと、そう思っていたが
「初めまして…あれ、君は確か…中野くん?」
どうやら俺達は想像よりもずっと深い縁らしい。
