バレンタインデー 智司夢
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フウーとため息を吐き、その場に座り込む片桐さんの側へ駆け寄る。
痛々しい怪我を目前に思わず私も座り込んだ。
「片桐さん、ごめんね。私に気を取られたからこんな事にっ……」
半べそになりながら、取り出したハンカチで出血している頭の部分へとあてがった。
「……テメーが、美和子が無事で良かったじゃねーか。それだけだよ」
口許を緩めてそう言う片桐さん。怪我したのは自分なのに、私のせいなのに。他人の事、考えてる。
その寛大で堅気な姿がこうやって時折り垣間見える度、何度も何度も重ねて私の心を掴んでいく。
本当に……本当に大好き。
「智司、本当に大丈夫か。何だったら手貸すぜ」
「んなヤワじゃねーよ。……オメーらはもうけーれ。面倒かけたな」
ゆっくり立ち上がり、屋台周りに散らかった物を片付け始める。
慌てて首を横に振る私がまだ帰れないの目配せを兄にする。
「あー……わかったよ。そんじゃあまあ、俺は先帰るわ。美和子もなるべく早く帰って来いよ」
そう言いながら少し離れた場所に落ちていたバレンタインの袋を拾い私へ渡すなり軽くウインクした。
髪型はバランみたいで変だけど珍しくかっこいいよ、お兄ちゃん。
「……うん、有難う!」
姿が見えなくなるまで手を振ってあげた。
来年もお兄ちゃんにチョコあげよう。
「オメーもとっととけーれよ」
徐にポケットから煙草を取り出すと火を付けた。
「あのね、片桐さん。今日はちゃんと用があって来たの」
「……用?そりゃあ、どんな用だよ」
吸った煙草の煙を一気に吐ききった片桐さんが、訝しげな表情をする。
確かに今までは、たこ焼きを食べる為という理由で会いに来てたから自然だったんだろうけど……。
改めて用があって来たとなれば、相手は身構えてしまうようだった。
別に変な用事とかじゃないんだけど……。
「これ、渡しにきたの」
目の前に差し出すチョコレート。
「……なんだ、コリャァ」
「チョコレート……今日バレンタインだから、その……片桐さんにどうしても受け取って欲しくて」
こんなにも緊張するものなのか。チョコを差し出す手は震え、周囲の音が掻き消されるほど心臓が煩い。
何より相手の顔をまともに見れなかった。
羞恥心の余り上手く息が出来ないでいる私は、片桐さんの足元にばかり視線を落としていた。
「そういやぁ、今日はそうゆう日なんか。……ワリぃな、気遣わせちまってよ」
煙草の火を消し私の手からチョコレートを受け取る様子は、まるで社交辞令が交わされたようだ。
云わなきゃ、勇気を出して。
「ち、違う……違うの……!それ渡したのって……どうしてだか、片桐さんはわかってくれてる?」
片付けを再開する片桐さんの腕を掴み非力ながらに止める。
それを振り払おうとはせず、強引な私の手に掴まれたままこっちを向いて彼はただ口許を緩めた。
「アー?……さあな」
ウソ、絶対気付いてる。微かに笑ってるもん。
「だって、あの時だって……気づいてたよね。ほら、三橋さんが言ってたじゃん」
「……そんなんじゃねーだろ」
瞬間、片桐さんを掴む手から一気に力が抜けた。
そうやって愕然とする私を見据える眼差しは決して冷たくなくて、寧ろどこか温かかいから苦しい。
そんなんじゃないって……どうして気付かないフリするの?どうして私と距離をとろうとするの?
真冬の公園なのに寒さなんて一切感じられなかった。
今までに経験した事がないくらい感情が昂ぶっていたからだろう。突き放されればされるほど、想いは強くなっていく。
「私、片桐さんのこと好きなの」
気が付けば私は片桐さんの服を強く握っていた。熱い視線を送る先には、あからさまに「参ったな……」そんなふうに頭を抱える彼の姿があった。
「……バカヤロー」
そう呟いて無理矢理引き離すクセに乱暴じゃない。
「片桐さん……」
「……俺みてーなヤローは辞めとけ。ロクなコタァねーよ。今日みてーな事が数えきれねぇ程ある」
「私、片桐さんと一緒ならどんな目にあってもいいもん!」
「……そりゃあ、伊藤のヤローがタダじゃおかねーよ」
「ぃ……イヤ!無理、決めたもん。そもそもお兄ちゃん関係ないじゃん!彼女いなくて尚且つ私の事が嫌いじゃなければ相手してよ!いいじゃんか!!」
言いたい事を畳み掛けるかのように、尚且つ大声で言い切ったせいで肩で息をするはめになった。
我に返った時にはもう遅い。不快だっただろう。ほら、今も顰蹙面がとても似合っていて恐ろしい。
「……あの、ごめんなさい。感情的になると周りが見えなくて。だけど……片桐さんの事、これくらい好きって、こんなにも好きって知って欲しくて」
石段へ腰を降ろし煙草を取り出すと片桐さんは再び火をつけた。
暫くもの間、吸わずに煙草を燻らしていたが
「…… 美和子、テメーの気持ちは有難てぇが。オラァ、そもそもオンナは作らねー主義だ。俺みてーな野郎にとっちゃ、オンナは御荷物だからよ」
諦めてくれ。そう言わんばかりに苦笑した。
その瞬間、胸の奥がギュッと強く締め付けられた。
好きな人に振られたから、それだけじゃない。 辛そうに断る片桐さんの姿を目の当たりにしてしまったからだ。
「……そっか、そだよね。ごめんなさい……その、しつこくて」
とても隠せそうにはない作り笑顔で誤魔化そうとするけど正直、今にも泣いてしまいそうだった。
今吹く風は途轍もない冷たさを感じる。
「んな、シケた面すんじゃねーよ」
「……あのね、お店には又来てもいい?」
「好きにしな」
それが当然とでも言うような返事をして頬を緩めると、ポンッと私の頭に手を置く片桐さんが狡い。
本人は無意識なんだろうけど、こんな時まで優しく構ってくれるからまた期待してしまいそうになる。
「……お兄ちゃんが心配してるだろうからもう帰るね。有難う、片桐さん」
「オウ、気ぃつけてけーれや」
片桐さんが屋台の片付けを始めたのを確認すると、私は家路に向かおうと一歩踏み出した時だった。
「……オイ、コラ。待て、美和子」
後ろ髪を引かれる思いだった事もあり、引き止められた事が嬉しくて思わず明るい表情で振り返る。
「はいっ……!」
「少なくともオメーはよ、そこらの奴等とはちげーんだ。その……片桐さん、てのはよしてくれや」
「……え」
冬は日が暮れるのが早い。空はとても澄み切っていて、赤と紫のコントラストが夕焼けを知らせる。
辺りが暗くなった今、大好きな片桐さんの表情まではハッキリと見えなかったんだ。
だけど言葉だけは鮮明に聞こえたよ。
「智司で頼むわ」
そうやって最後の最後まで期待させるんだから。
本当に狡いよ……智司。
「うん…!!」
ほら、単純な私は今日1番の笑顔を向けている。
こうなったら彼女になるのは無理でも……絶対に智司の1番に、親友になってやるんだから。
