バレンタインデー 智司夢
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2月14日、当日。今年のバレンタインデーは奇跡的にも休日である。
「オーイ、美和子。忘れ物だぜ、寒いだろー」
ラッピングされたチョコレートを横に、玄関で靴を履いている時だった。
振り向くとあの日以来、真面に会話していなかった兄がマフラーを持って立っている。
別に喧嘩していたわけではないけれど気まずかったのだろう。垣間見える照れ臭ささはまるで怒られた子供が謝り来たかのようだった。
「有難う、お兄ちゃん」
「あのさ、そのーー……」
「あ、もうこんな時間!行くね、渡したらすぐ帰ってくるから心配しないでね」
「え、チョット!?」
時計を確認して立ち上がった。チョコレートを大事に抱え、玄関のドアを開ける。
ふと思い出した私が足を止めると振り返った。
「……あ、そーそ。リビングにチョコレート置いてるから食べてイイよ……それじゃあね」
そう言い残して出て行く。数秒後には家の中から歓喜の声が聞こえたのだった。
公園の中央広場にある遊具周りでは小さな子供達が駆けずり回って遊んでいる。
そんな賑やかな遊び場から少し離れた静かな場所を目指した。
心臓の律動が上がるのとは裏腹に、目前にして緊張感が最大値まで達したせいか歩くスピードは下がっていく一方。
今頃になって余計なことを想像してしまう。
だって、もし受け取ってくれなかったら?向こうは開久の元頭、もしかすると恋愛なんて興味ないかもしれない。
ま、全く相手にされなかったらどうしよう。
色々な事を考えていたら、気付くともう既に屋台が見えてきていた。
休憩中なのだろうか。店の前にいる片桐さんの姿が見える。
「片桐さーん……!」
好きな人の姿を確認すると、今までの緊張感よりも嬉しくなった私が思わず駆け寄ろうとしたけど……あと十数メートルという所で足が竦んだ。
何故ならそこには相良の姿もあったからだ。
片桐さんと睨み合ったままで突っ立っており、お互いに相手の様子を伺っている様子だった。
オマケに相良の右手には使い古されたであろう愛用の鉄パイプが握られていた。
ハッキリ言って、かなりヤバそう。
「……!!」
恐れ慄き動けないでいる私に気付いた片桐さんが、頃合いの悪さに目を見張る。
当然、片桐さんの表情の変化を敏感に察知した相良もまた私の存在に気付いたようで、瞬く間に振り返った。刹那、相良とばっちり目が合う。
「ククク。傑作だぜ、智司。遂に女までつくっちまったのか?」
狂犬相良という異名を持つ男。
喧嘩の腕自体は片桐さん程ではないが、そこらの不良とはまるで違う……。
何をしでかすか分からない相当、危険な人物。
まずい状況に居合わせてしまった。
「そんなんじゃねーよ。……相良、すまねーが今回は引いてくれや」
「……ハッ、何だそりゃ。テメーは、オンナの為に俺に引けってか。オメーらしくもないね」
言いながらこちらへ視線をやる相良は、口の端を持ち上げて不気味に笑う。
たじろぐ私は嫌な予感がした。
「オイ、コラ。相良、余所見してんじゃねえ。あいつぁ、カンケーねーー……ぐぁッ!!」
瞬間、片桐さんの頭部と鉄パイプから凄まじい接触音が轟いた。不意打ちに近い状態で襲われた片桐さんが徐に体勢を崩していく。
「片桐さん……!!」
竦んでいた足が無意識に動いた。
「テメーはそんな甘ぇー事ぬかすヤツじゃねーだろ?!ぁあ!?智司よぉー!」
その場に跪く片桐さんへ、殴る蹴るわで容赦なく追い打ちをかける。
大好きな人がやられる。そう思うと危険を顧みる余裕なんてなかった。
「や、やめてよ!!お願いだから!」
無謀にも相良の目の前へ飛び出す。
「ククク。こんなヤツ庇っちゃってよ。……俺は女でも容赦しねーぜ」
「……きゃっ!いやっ!」
再び不気味な笑みを浮かべる相良に胸倉を掴まれると、甚だしい力で一気に引き寄せられる。
「や、やめろォオ!!相良ぁあ!」
片桐さんの阻止しようとする怒号に、本当に自分は殴られるんだ。
そう確信できたから歯を食いしばり目を瞑った。
ーー……その時だった。
「オイ」
聞き慣れた声に思わず瞼を開けば、鈍い音と同時に顔を歪める相良が横へ吹っ飛んで行く。
大きな衝撃に身体が引っ張られ持ってかれそうになるが、反対側から手を引かれると懐へ受け止められた。
「オイ、美和子。ヘーキか?」
「お、お兄ちゃん……っ!」
何故ここにいるのか。何がなんだかわからないが、口調が荒い事から恐らくかなり怒っている様子だ。
兄のこんな姿、家では見た事がないから驚いた。
「オウ、伊藤。……情けねーな、テメーの手を借りちまうとはな」
「キッ!本当だぜ、智司!おめーの意地はそんなもんなんか、ォオ!?俺の美和子……じゃなくて、妹に何かあったらどーしてくれんだよ!!」
これもまた家では拝見できない光景で、感情の赴くままに文句を言う兄の姿はとても新鮮だった。
「クク……そーか。その女は伊藤ちゃんの妹だったのね。あんま似てねーからよ、気づかねーわ」
鼻血を拭きながら立ち上がろうとするが、兄の一発が利いていたのか身体をよろめかせている。
立っているのがやっとのようだ。
「相良、テメーはチョットしつこ過ぎるんじゃない?」
「俺は執念深いんでね」
暫くは距離をとったまま互いに動かず鋭い刃物のような視線をぶつけ合っていた。
やがて面倒くさそうに嘆声を漏らす相良が
「……やめたやめた。飛んだ邪魔が入りやがった。……又来てやるぜ、智司。へへへ……」
背を向けてそう言い残すと去って行った。
