抱擁の効果よりも 中野夢
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笑えるぜ、俺はケンカで負けた。
「村ちゃん、頼むワ。一人にしてやってよ」
辛気臭い面構えの村井を置いて、振り返る事なく覚束ない足取りで京都の町へと消えて行く。
何となく辿り着いた河原で一人、思い耽った。
どれくらい時間が経ったのか、気付いた頃には雨が降り始めており、水滴が妙に身体に染み渡る。
「…クソ、冷てーな」
ブルッと身震いを起こした、その時だった。
「怪我、酷いけど…大丈夫?」
幾分か歳の離れた女が何処からともなく突然現れると、心配そうな表情で此方を見据えていた。
然も、広げた傘を俺の頭上に被せながら。
「……。」
何だ。こんなネーチャン、知らねーぜ。
カンケーねーのに、なんて顔してんだ。
チンケなヤローに声掛けてんじゃねーぞ、チィ…全く面倒くせーな、お節介な勘違いオンナが。
「君、さっき違う制服の子達と喧嘩してたよね。…病院、行かなくても良いの?凄く痛そ」
「………」
女を無視して立ち上がろうとした時だ。
「っぐぅ…クソッ…」
漸くケンカの興奮状態が治まったはいいが、アドレナリン分泌が完全に無くなったことで痛覚が正常に戻った今、容赦無く身体中の傷が痛み出す。
耐えられない痛みが身体中に走り、足から崩れ落ちてしまった俺は情け無い事に、跪いた。
その瞬間、先程のケンカが走馬灯のように脳内へ去来すると、一気に悔しさが込み上げてくる。
激しい痛みと屈辱感に苛まれる俺は上手く息が出来ず、地面に身を屈めたまま動けないでいた。
「大丈夫?…息、しにくい?」
すると突然、女が身を屈め目線を合わせると
「アー?!…ウルセーナ!!放っとけってんだ…ッ、さっきからよッ、テメーは…っ!」
ソッと俺の背中に手を添えて、撫で摩る。
予期せぬ出来事とはこの事だろうか、思わず目を見開く俺の視線は無論、女の方向へ向く。
そこには、穏やかな表情の女が口許を緩め
「…いいから。息、ちゃんと大きく吐いてから吸ってみて…ほら、ゆっくり…大丈夫。大丈夫」
俺の感情を吐き切る様にと、優しい手で促す。
「…なッ、…」
普段なら強引にでも振り解いているだろう。
然しこの女の手の温もりは、冷たく傷だらけになった俺の身体だけで無く、見えない芯の部分まで治癒していくような、そんな感覚を齎す。
其れどころか、苛立ちも悔しさも痛みも全て抜けていき、心地良さすら感じて仕舞う程だ。
そんな女の不思議な手の効力とやらに、俺は不覚にも、息を詰まらせ肩を震わせてしまった。
「…ヨシヨシ、大丈夫」
雨が止む頃まで、ずっと。
抱擁の効果よりも
どういった縁だろうか、
「今日は、隣に引っ越してきた檜山 美和子です。今後どうぞ……あれ、君は…中野くん?」
京都で出会ったアノ女が突然、現れた。
千葉の同じアパートの隣人となって再びだ。
学校から帰宅したばかりの俺がドアを開けるなり、挨拶の品物を携えた美和子が、驚いたように瞳を揺らしながら目の前に突っ立っていた。
当然、思わぬ再会にお互い衝撃を受けたが
「…未だ懲りずに喧嘩してるの?」
制服を乱し口許の血痕を手の甲で拭う俺を目の当たりにした所為か、より一層唖然となっている。
瞬間、美和子の手首を掴みグイッと引き寄せる。
「ちょ、何…っ!」
「ウルセーよ。ケンカしよーが、テメーにゃカンケーねーだろ。…それともナンダヨ、京都の時みてーに、又慰めてくれんのかよ?クククク」
お互いの顔が至近距離まで来たところで、嘲笑しながら挑発的な態度を取る俺に、耳の先までカーッと紅く染めて素直な反応をみせる美和子。
「…ちょっ冗談言わないで、今日は挨拶しに来ただけ。これ受け取……っキャッ、何これ!」
動揺を隠すようにして俺の手を振り解いた瞬間、自分の手首についた血に思わず声を上げる。
酷く驚いた様子で顔を上げる美和子から、不意に視線を逸らすのは俺自身の失態を隠す為である。
見せて、と伸びて来た手に俺の手首を掴まれ、思わず握り拳を作って掌を隠しては平然とするが
「やだ、…血が出てるじゃない」
指の隙間からジワっと血が滲み出てきてしまう。
「ンなもん大した事ねーよ、ってオイ!」
「いいから、ちょっときて!」
人の話も碌に聞かない女に手首を掴まれたまま、半ば強引に自宅へと引き込まれていった。
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