-本編・妖狐編ⅡとⅢの間のお話-
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酔うわけがない。
酔うわけがないはずだが…
桜の木の根元に座る彼女の頬は赤く染まり虚ろな瞳でぐったりとする。
「なんであいつ酔ってんだ?」
「さぁ。…思い込みって怖いですね。」
少し離れた所で他の仲間達と宴会をしている黒鵺達はあきれた目で彼女を見るものの、狐のいない隙を狙って彼女に近づく者も少なくなかったため、そこはしっかりと近寄る団員に釘を刺しておく。
少なからず栄子に好意を持つ者もいれば、少女から大人になっていく彼女を男の目で見るものもいたからだ。
男ばかりの盗賊団、仕方がないといえばそうだが。
本当ならそんな動きすら処刑ものなのだが、今は裁く人物がいない。
あいにくさっき屋敷にいた部下達が蔵馬を呼びに来たのだ。
それは急を要することだったのか、ただ自分達に彼女を頼むとそれだけを伝え蔵馬は屋敷に戻っていった。
「黒鵺さん、お嬢…寝そうですよ?」
「あん?静かでいいじゃねぇか…ただ、野郎ともが馬鹿な真似をしない様に見張っとけよ?」
「へい!!…あ、なんかどっかいきますよ!!」
「見に行け!!」
へいっと返事をし彼女の所まで行く雲海だったが、すぐさま帰ってくる。
「…お嬢、涼みにいくみたいです。」
「勘違いもそこまでいくとすごいな、ほっとけ。気配だけ確認しとけよ。」
子守ばっかりしてられねぇしな!!と、黒鵺はしししと笑う。
「皆、じろじろじろじろ…見て-…、心配、しすぎだし…。」
ふらふらと少し離れた丘まで行きそこに座り込む。
涼しい風が髪を攫う。
「やっと一人だ…」
皆心配しすぎなのだ。
言ってみればもう子供ではない…
彼らからすればまだまだ子供かもしれないが、心配しすぎである。
『栄子、帰りたい?』
小さな鈴の様な声が耳元で聞こえる。
「え…?」
振り返った先にはなにもない。
『栄子、さっきの魔女は君を帰してくれるよ?』
「魔…女?」
周りを見回すものの声の出所がわからない。
『そう、さっきの魔女。君の恋人の客…』
「こ、恋人じゃないわ!!」
それが蔵馬の事だと瞬時に理解する。
『恋人じゃないんだ…ふうん。なら…』
『早く離れないと、君が傷つくよ。』
可愛い声に残酷な言葉。
『彼は愛し方が分からないから、きっと君を傷つける。』
「そんな事、ない…」
『今はでしょ?…僕には分かるよ。きっと狐は歪むよ…』
今までの事が脳裏をよぎる。
彼が殺してきた亡骸達…
『今のうちに…魔女に会いに行くんだ。』
「魔女に、会いに…」
『そう、僕に着いて来て…-ぎゃ!!!!』
「!!?」
もうろうとした意識がその叫び声ではっきりとする。
「誘惑するな、妖精よ。」
銀髪の長い髪が風になびく。
金色の瞳は手に握る小さな物に目を向ける。
「蔵馬…それ…」
「相変わらずおまえは妖怪に好かれやすい女だな…。」
狐の握る手から力が入る。
妖精が声にならない声を上げる。
「や、やめて!!」
「こいつはおまえを攫おうとした…無理だ。」
「お願いだから-…や-…」
小さな叫び声と骨の砕ける音…
それは彼女の耳だけには大きな悲痛の声に聞こえた。
「いくぞ、栄子。」
形すら確認することもなく、それを茂みに捨る狐。
彼女に手を差し伸べるものの次の瞬間狐の頬に微かな痛みが走る。
「最低…」
彼女の涙が石となり零れ落ちる。
見つめる金色の瞳に映る自身の怒る瞳。
「妖精についていけばおまえは迷う。」
だから殺したと?
それだけの為にいとも簡単に命を摘んだ。
「私は…」
『狐は歪むよ…』
優しい優しい狐。
それは私に対して、でも私の心はあなたの行動一つに迷わされる。
「私は…」
「栄子…。」
狐の伸ばす手を払う。
「嫌い…私はあなたの事、好きにならない。」
なってはいけない。
なるはずがない…
全て幻覚、妄想に過ぎない…
金色の瞳が悲しげに揺らぐ。
分かっている…
そう呟く。
歪む事は難しい事でない。
歪まない事の方が慣れないのだから…
「おまえがそうならそれで良い。」
それでも強引に狐は自身の腕を引く。
側にいるのに拒絶される事のもどかしさ
愛しいと囁くのに受け入れてもらえない哀しさ
なにがおかしいのか…
生きてきた環境も考え方も違う二人
生の重さが分からない妖怪に
心惹かれるのはなぜか…
ただ愛しいのだと伝えているだけなのに
泣いて拒絶されるのはなぜか…
歪む歪まぬの基準はその者の心にあり
それが交わる事はない
「…黒鵺さん…。」
「しっ…黙れ。」
茂みの中に隠れる黒鵺と雲海。
狐が彼女の腕を引き、その場から離れていくのを確認すると、すぐそばに投げられた妖精の亡骸を雲海は手に取る。
それを見て黒鵺はやれやれとため息を付く。
「雲海、それはそこに置いといてやれ。きっと栄子が後で見にくる。」
「…なら、なおさらここには置いておけないですよ。お嬢にこれは見せれねぇ。」
「……。」
「大丈夫、お嬢の気持ち無視しやせん。ちゃんと埋めておきます。ちゃんと祈ります。」
手の中のそれを見て、少し顔を歪ます雲海。
その表情を見て、確かにあいつに見せられない様だ…と納得をする黒鵺。
「……妖精を使うなんざ、面倒な女だ。」
舌打ちしながらそう呟く黒鵺に雲海は首を傾げる。
「それにしても…」
狐と彼女の去って行った方向を見る黒鵺。
「あいつも、もう限界だろうな…」
優しさの裏に隠された哀れな歪んだ感情に本人は気付いているのか、気付いていないのか。
愛し方が分からない狐。
「…黒鵺さん?」
「蔵馬のやつ、荒れるぞ…覚悟しとけ。」
側で青くなる雲海を他所に、黒鵺は大きなため息をついた。
end
-本編・妖狐編ⅡとⅢの間のお話-